飯野知彦は昭和28年5月6日生まれ。
上州、群馬県の産。群馬は前橋で生まれ育った。
生家は農家で音楽的な環境とは言いがたく、幼少時はラジオ程度しか音楽に触れることは無く、それも記憶にあるのは両親や祖父が聴いていた浪曲だという。
飯野が小学生のとき、家にテレビがやってきた。
そこから流れる歌謡曲に少年飯野は気を惹かれていた。
ある日、東京から従兄弟が遊びに来た。
「そんな歌謡曲なんかより、こっちを聴け」
わざわざ持参したオープンリールでクラシック音楽を掛けた。
「今思えば"悲愴"なんですけど、当時は何でこんなつまらないもの聴くんだって…」
とはいえ、それから飯野少年はクラシックも聴くようになった。
家の隣に分家し、幼稚園の先生をしていた叔母がいた。
その叔母が蓄音機(とSP盤)を持っていたのだ。
「イージーリスニング的なものなんでしょうけどねえ…」
飯野少年は歌は好きだが、小学校時はそれよりもスポーツが好きだった。
何より野球が好き。
学校が終って、暗くなるまで延々と野球をしている日々だった。
そんな飯野少年のベクトルが変わり始めたのは中学入学後である。