年齢不詳な若人が唄の話を中心にアレコレと・・・


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ありがとう!ダークダックス

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3月29日夜、NHK-BS2で「ありがとう!ダークダックス」という番組が放送された。

私がダークダックスの存在をある程度キチンと認識出来るようになったのはこの7~8年であり、既にダークダックスは3人。
テレビの歌番組で見た彼らは、衰えを隠せない状態で痛々しく思え、好きになれなかった。
その後、昭和時代に遺した数々の名唱音源を聴くことで認識が改まったものの、やはり現在のダークは正視出来なかった。
不届き者、なのかも知れない。ファンとは言えないだろう。

今年のはじめ、トップテナーだったパクさんが亡くなったときはショックだったが、その一方でホッともしてしまった、 これ以上痛々しい姿を見ないで済むという・・・残酷な想いすら胸に浮かんでしまったのだ。

今回の番組が放送されると知ったときは
90分みっちり4人揃ったダークの道程と歌を観て聴いて楽しめる、と浮かれ気分で放送日を待ち続けた。

いざ、放送日。
テレビの前に座る。
番組が終わった頃には虚脱・放心状態に陥った。
そして、自分の残酷な感情に対し、腹立たしくなり、やるせなくなった。
寂しさをこらえきれなくなった。
一杯あおらなきゃ眠れなかった。


番組―
ダイジェスト形式でも充分に伝わってくるダークダックスの偉大さ。

ソロ歌手>コーラスグループとされる中で独自のポジションを得て、国民的コーラスグループにまでなったこと。
ダークの歌声で親しんだ歌の多さ。
ダークダックスが取り上げたことで知られるようになった歌。
ジャズ、アメリカンポップス、ロシア民謡、俗謡、童謡、唱歌、流行歌・歌謡曲・・・。
本場で認められたロシア民謡。
入国手続が厳しかったソビエト時代から6回の大陸公演。

その上で、マンガさんが病に倒れ(現在は脳梗塞の後遺症で療養中と紹介された)、パクさんが急逝し、残ったゲタさん、ゾウさんの2人から語られる
「何とか3人ででも今年60周年の記念コンサートを開きたかった」
「パクがいなくなることで4人揃ったダークダックスは無くなってしまった」
「この番組を以ってダークダックスとしての(音楽)活動にひと区切り打ちたい」
という言葉。重みは嫌でも認識される。
ひとつの伝説に終止符が打たれる瞬間を目撃することの重みも。

現在の二人の活動の様子も取り上げられた。
スタジオでは泣きそうになるのを必死にこらえながら語ったゲタさんは筆が立つ(日本ペンクラブ会員)ことからダークダックス60年の回顧録を執筆中らしい。
書斎には本が溢れ返っており、小林秀雄らと共に植木等の父親について書かれた本も棚にあったことが個人的に印象深い。
ゲタさんはこれまで「日本の叙情歌」「日本の美しい歌」などと言ったダークの活動と絡めた歌の解説本を出版されているほか、メルダック以降のダークのアルバム解説も載せている。
難しいのかもしれないが、出来るだけ沢山のダークのエピソードを大河小説ばりに綴って欲しい。
「我々もそのうち残念がられるでしょう」と語っていたが、少なくとも完成するまでは元気でいて欲しい。

悔しい、パクも無念だったろうと話すゲタさんを
「今更言っても仕様が無い」といなし、いつもどおり穏やかな表情で大人ぶりを発揮していたゾウさんは女声コーラス(50代以上の高年層)の指導。
椅子を間に挟み、左側に置かれたピアノで作曲(編曲?)し、右側の(70歳を過ぎてから始めたという)PCで譜面を打ちむ姿も放送された。
(注:ゲタさんの書斎にもPCは置かれている)

VTRでコメントを寄せたのは
ダークと多くのヒットを送り出した長田暁二、共通点も多い後輩で親しい歌手のペギー葉山に、コーラスグループの後輩デュークエイセスの谷道夫、ボニージャックスの玉田元康。

長田暁二はダークの元担当ディレクターとして軽く、音楽面での特色などを指摘。
ペギー葉山はあくまで同年代を共に過ごしたファンでもある後輩としての言葉。
デュークの谷はダークとデュークの違いにビートを持ち出したこと(このことはよく話すことなので新鮮さは無い)。
ボニーの玉田(ベース担当で髭の方)は慶応と早稲田ならではの持ち味の違いを語った。
機会があるなら、この4人にはもっとたっぷりとダークの話を語って欲しいし、聴きたい。
ダークゆかりの方々で、パクさん追悼・ダークダックスひと区切りのイベントも行って欲しいが、この時世ではやはり難しいのだろうか・・・。

さらには「花のメルヘン」の台詞を担当した女性がスタジオへ登場するサプライズもあった。
(野球の名監督として知られる故・水原茂の孫娘、このときのエピソードはゲタさんの著書「日本の美しい歌」に詳細が出ている)

流れたVTRは意図的なのか、単に残っていないのか、昭和50年代からへ平成一ケタまでのものが中心。
平成期の映像はハイビジョン収録されたものもあり、それらはおそらく今回初めてハイビジョン形式で流れたのではないか。
そういう意味では映像面、音質面でもしっかりしたものが選択され、放送されたという意味で評価されても良い。
ただ、そのことによってダークの全盛期ともいうべき1960年代の映像が見事にオミットされたことは哀しい。
映像も音質もクリアだが、90年代のダークダックスは歌声などに衰えが見て取れ、歌によっては複雑な気分にさせられる。

ダークダックスはコーラスグループで初めて紅白歌合戦へ出場していることも触れて欲しかった。
グループでの紫綬褒章受章という快挙を頂点とする、受賞歴の多さも触れてよかったのではないか。
民放において長寿ラジオ番組を複数受け持っていたことや、CM曲の雄としての側面もしかり。
選曲も、無理を承知でいえば、オリジナルの楽曲ももう少し欲しかった。
「二十二歳まで」「歌声がきこえる」「青春(Youth)」・・・こういう機会だから観たかった、聴きたかった。
そういう不満も正直に言えばある。

それでも、ダークダックスの素晴らしさ、偉大さは光っていることには変わりは無いし、伝わっても来たのだ。

番組の最後に
パクさん、マンガさんのパートを変わって担当する、と慶応の後輩ワグネルソサエティの現役及びOBメンバーが集った。
そこで1曲、40年来の専属伴奏者白石哲也のピアノ演奏で披露された。
ダークのテーマソングともいうべき曲「銀色の道」だ。
ゲタさんもゾウさんの声も響き渡り、〆に、歌い収めにふさわしい名唱だった。
歌い終わったところにペギー葉山が現れ、二人に花束と頬にキスを贈呈。
VTRのコメント出演は伏線だったのだ。なかなか粋なはからい。

これで終わりか・・・と思ったら画面にテロップが出た。
「2年前、病気療養中のマンガさんが突然3人のライブに参加しました」
映し出されたのは、個人用カメラで撮影されたファン向けイベントの映像。
そこにかぶさるように
「これが4人そろった最後の映像です」という文字。
披露されたのは30周年の記念曲で当時生命保険のCM曲としても流れた、ダークダックスもう一つのテーマ曲「絆」
2番を歌いだすメンバー。パクさんが身体がやや不自由なマンガさんをささえながら歌っている。
マンガさんの声は、長い間の闘病生活や病の後遺症もあって、声量が失われ、僅かに聞き取れる程度。 それでも、やはりマンガさんはマンガさんの歌声でした。
そして歌声及び映像はフェードアウトし、おそらく白石哲也のピアノ演奏による「絆」が流れ、4人揃った写真が映りEND。

すっかり心を持っていかれ、ちょっと涙が出そうに・・・。
一人で見ていたら泣いていたはず。

ひと晩経ち、感想用にもう一度見返すも
ありがとう、とは言えても、さよなら、とは言えない。
私にとってダークダックスはかけがいの無い存在で、今もiPodに100曲は軽く入っている。
歳を重ねても聴くだろうし、また今とは違う部分で感じ入る部分があると信じてもいる。
後年の視聴に耐え得る、キチンとした録音を遺したいと30年間、年に複数のアルバムを制作し、その後も10年近く年1枚のアルバム制作
という世界でも異例なのではないかと思えるほど、音源を遺したグループでもある。
レコードを追い求めることで、知らないダークダックスにはまだまだ逢えるのだから。

フォーエバー、ダークダックス。
キザな台詞だが、この言葉を捧げたい。
個人としての活動はこれからも続けるというゲタさんとゾウさんには、折に触れてまたトークゲストという形ででも、お目見えの機会があることを願っている。
番組を観ていて、話の巧いゲタさんはいうまでもないが、ゾウさんがなかなか鋭いことを話していた。ダークのメディア担当はゲタさんということになっているようだが、叶うならゾウさんの話をもっと伺いたい。
「徹子の部屋」「スタジオパークからこんにちは」「ラジオ深夜便」・・・このあたりの番組で話が聴けたら嬉しい。

そして、この番組が地上波でも放送され、より多くの人の眼にとまることを祈って止まない。
ダークダックスのファン層・支持層は声を上げる術を知らない人が多いだけで、もっともっと潜在していると信じている。
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by hakodate-no-sito | 2011-04-03 00:01 | テレビ | Comments(0)