年齢不詳な若人が唄の話を中心にアレコレと・・・


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『襲名!二代目水谷八重子 涙と苦悩の365日』(その1)

―ここ1年ちょっと、新派にハマっている。
なんて、話をしていたら、新派好きな友人から
貴重な映像や書籍、雑誌、写真をいろいろ拝見する機会が何度か与えられた。
『運が良いな』と思うし、嬉しいし、何より有り難い。

思うことはいっぱいあるのだけれど、うまく伝えられない。
ツイッターで一言つぶやくのも良い。
でも、少し長めに話したいときは、まとめておきたいときは…ブログだ。

いま、備忘録として遺しておこうと思ったのは
平成7年放送の
「スーパーテレビ 情報最前線『襲名!二代目水谷八重子 涙と苦悩の365日』」(日本テレビ)。

テレビ番組での取り上げで有り難いのは、やはり話題になる・しやすいこと。
そして、動画という形式。顔がある、体が動く、声が聞こえる。
イメージしやすいのだ。

もっとも、テレビ=正しい、という訳ではないが(意外とこれが判らない人が多いらしい)
あくまで参考資料と割り切ると、やっぱり有り難い。


さて、「スーパーテレビ 情報最前線」だ。
『その日、水谷良重は緊張の朝を迎えていました』…という羽佐間道夫のナレーション。
画面は仏壇を拝む水谷の姿。
この光景から番組は始まる。

平成7(1995)年11月1日。
新橋演舞場への楽屋入り、関係者の楽屋挨拶の様子が映る。
そして、舞台の口上シーンへ。
七代目尾上菊五郎、山田五十鈴の言葉が抜粋して一言づつ紹介され、良重の言葉。

--------------------------------------------
>尾上:この度の良重さんの二代目水谷八重子御襲名、心からお喜び申し上げ奉ります。

>山田:末永くご声援ご指導して頂きますよう、僭越ではございますが私からも心からお願い申し上げる
>次第でございます。

>水谷:水谷良重改め二代目水谷八重子でございます。
>(客席から拍手)
>母の果たしました役目を、何とか、果たそうと、懸命に精進努力致して参ります。
>どうか末永く、ご贔屓下さいまするよう

>菊五郎:隅から隅までずいーと
>(『音羽屋!』『水谷!』の大向こうが掛かる)
>水谷:乞い、願い、
>全員:上げ奉ります
--------------------------------------------

まったく、豪華な顔ぶれだと思う。
この月の公演演目は「風流深川唄」「鹿鳴館」。
NHKで放送された「鹿鳴館」に菊五郎は出ていないので、口上は昼の部だったのだろう。
昼は菊五郎、山田五十鈴、夜は團十郎・新之助(現:海老蔵)ほか。
八重子襲名がいかに力が入れられていたかが、よく判る。
カメラに映っている、演舞場を取り囲む人の山も頷ける。
私だって、行きたかった。


番組ダイジェストを兼ねたオープニングの後は
東京・中央区築地の松竹本社(当時)での様子が紹介される。
第二応接室へ入って行く水谷。
部屋にいたのは、永山武臣・松竹会長(当時)。
--------------------------------------------
永山:八重子襲名をするということで…ね、自ずから変ってきますからね。襲名ってものは。
人間を変えますからね。もうただ芸のことだけ考えて。
もうね、後には退けないんですから。
--------------------------------------------

画面は変る。
時の流れもさかのぼり、平成7年9月29日、「二代目水谷八重子決死の披露パーティー」会場の様子に。

ナレーションが流れる。
>「ひとりの女の、あずかり知らぬところで、歯車は回り始めていました。
>二代目水谷八重子、その晴れがましさと重荷が、いちどきに良重の肩に、のしかかって来ました。
>この頃彼女は、夜ごと自問自答したと言います。
>『私は本当に二代目水谷八重子にふさわしいの?』」

来場する客層は多種多様、華やかな顔ぶれ。
富司純子(尾上菊五郎・夫人)、市川團十郎、大橋巨泉、森繁久彌、永六輔、植木等、朝丘雪路の顔が見える。

永六輔は語る
「良重チャン時代に聞いた言葉のなかで
『明治・大正の風をいつだって新派の舞台から吹かせてみせる』という。
これをね、今、本当に大事にして欲しいと思うんです」

森繁久彌も言葉を寄せる。
「(初代)八重子さんのようになれといっても無理でしょうが。良重は良重のように、あの人間が、にじみ出るような芝居をして欲しいと思いますね」

パーティの間、どこか作り笑顔だったり、どこか不安そうだったり、淋しげな顔を見せる水谷。
そんななかで、若き日を共に過ごした古い仲間と話すのは、気張り続けなければいけない場のなかで、ほっと一息つけるひとときなのだろう、いつもの可愛らしい水谷良重の顔が覗いていた。

水谷いわく"戦友"のクレイジーキャッツの植木等とは「いつか新派に出てね」「そうね」と話している。
これは、どうも実現はしなかったらしい。勿体無い。
クレイジーキャッツと水谷は舞台やテレビ番組「若い季節」などで競演し、親しかった。
水谷の元夫・白木秀雄も、クレイジーと同じ渡辺プロダクション所属だった時期があるなど、縁は深い。

大橋巨泉と水谷とは往年のテレビ番組「あなたとよしえ」「夜をあなたに」で
メインホステスと構成作家という間柄だった。
大橋の著書「出発点」(講談社文庫)に、このときの様子が記されている。
--------------------------------------------
>金屏風前の良重に「ねえさん、来たわよ」と言うと、眼を輝かせた彼女は
>「かあさん、ありがとう」と言って両手をとり合った。
>これは当時競演の故藤村有弘がスタッフ内で流行らせたオカマ言葉の挨拶である。
>二人とも従って小声で言い合ったが、あとでテレビのレポーターに
>「良重さんすごくうれしそうに何か言ってましたけど、何をおっしゃっていたのですか」
>と聞かれて困った。
>良重はちっとも変っていなかったが、周りは松竹や財界の偉い人ばかりですっかり変ってしまった。
>八重子になったらもっと遠くなってしまうのだろうか。一寸さみしい。
--------------------------------------------
忌憚の無い、旧知の人の言葉である。


番組に戻る。
「あなたとよしえ」の映像が流れ、水谷良重のあゆみがかいつまんで紹介され、初代八重子の代表演目、通称"八重子十種"の舞台写真が映る。


番組中、水谷良重の初舞台は彼女が花柳章太郎に懇願して実現した…と紹介されているのが気に掛かる。
本人の著書「あしあと」や川口松太郎「八重子抄」では、水谷が新派主事の川口松太郎へ
『女優になりたい、でもマミー(初代・八重子)が許してくれない』と訴え、やっと実現したとある。
花柳へも、水谷が口添えを頼んだ可能性は充分考えられるが、主に尽力したのはあくまで川口のように、私は思う。
花柳と初代八重子の関係を考えれば、たとえ花柳が口添えしたところで初代が話を聞くとは到底思えない。


カメラは文京区・川口アパートメントの水谷の住む部屋(当時)へ。
年配の男性3人と麻雀に興じる、生き生きと楽しそうな水谷の姿。
その様子を、見つめるのは男女一人づつ。
おそらく、麻雀の控え要員なのだろう。
微笑ましく眺めているのは女性は、脚本家の服部佳。

そこにナレーション。
>「数少ない趣味のひとつは、やはり母譲りのマージャンです。
>良重さんのために集まってくれる男ともだちは、母の代からのお医者さんや演出家の先生方。
>見かけによらず、人の前に出ると気疲れしてしまうという良重さんが本当に気を許せるのは
>こんな70代のオジサマたち。いささか意外な現実です」


2012年現在、この麻雀仲間は全員鬼籍に入られたらしい。
ナレーションで紹介された演出家は戌井市郎のこと。
新派の名優・喜多村緑郎の孫。文学座代表でもあり、日本演劇界の重鎮。
新派との縁も深く、戌井最期の演出は、2011年の初春新派公演『日本橋』(三越劇場)だった。

水谷のブログに麻雀について書いている文がある。
http://funnygirl.exblog.jp/12625566/
ちょっとだけ引用してみる。

--------------------------------------------
>母は、大晦日の夕方から、必ず、麻雀の卓を囲んだ。
>母の一番尊敬していた喜多村録郎先生の未亡人、通称「バンバ」
>耳鼻科で母の生涯の主治医だった「杉村先生」
>文学座なのに喜多村録郎先生の孫、、って訳で新派の演出家の戌井市郎先生。
>そして二抜け(誰も抜けたがらないけど)に明治座の営業にいた「山戸さん」
>と、それに母、、、芝居は美味いけど、麻雀は酷い、母だった。
>このメンバーは、ネンマツの恒例行事として何十年間も母のオモリをして下さった。
--------------------------------------------
カメラに映った面子は、おそらくこの面子だったのだろう。


麻雀のシーンのあとは、
「誰にも触らせない部屋」が映し出される。
仏壇が置かれ、初代八重子の写真や賞状、舞台等を収めたビデオテープが部屋中に並んでいる。
『良重さんは今も母八重子と共にに暮らしているのです』のナレーションが活きる。


それにしても、あれだけのビデオテープ。
おそらく母親だけじゃなく、自分のものもあるのだろうが
あれだけ映像が残っているというのは凄い。
願えるならば、一度拝見させて頂きたい。宝の宝庫だ。


水谷が訥々と話し出す。
「八重子って風に名前が変るんだな・・・って、思った途端にね、
じゃあ良重って、一体何だったんだろうっていう思いが凄く強くて。
何か、初めて、その良重をアピールしたいな、このまま消えたくないなって」

新幹線が映り、時は平成6年年末、大阪へと舞台は移る。
良重では無くなる前に、良重でしか出来ないことをと考えた答えが"歌"だったらしい。
良重からの卒業旅行という位置づけらしい。

クリスマスディナーショーを行う会場で、リハーサルを行う水谷の姿。
伴奏を受け持つミュージシャンには、あのジョージ川口の姿もある。
ディナーショーのポスターにはツーショットが写っている。

会場は水谷良重に惹かれた人々であふれている。
水谷と同世代が集い、まるで同窓会のよう、とナレーションは紹介しているが、年上も多い。
若い世代も見受けられる。女性が多い。

ジョージ川口と軽口を交わし、ロビーへとスタンバイする水谷。
客用の出入り口から歌いながら登場する演出なのだ。
落ち着かない様子の水谷は話す。

>「いつも嫌なんですよね。こんなね、こんなドキドキする想いぐらいならいっそやんなきゃいいと
思うんですよ」
>「うちの母が、よく初日が怖くて怖くてたまらないって言ってたけど、キザだなと思ってたんですけどね…」

こう言いながらも、1曲目『ホワイトクリスマス』を歌って部屋へ入って行く水谷には
緊張は微塵も感じない。声も態度も堂々たるもの。お見事。

コミカルに仕立てた、越路吹雪の代表曲『ラストダンスは私に』も軽快で楽しい。
水谷は喜劇が本当に巧い。
ジョージ川口は、越路のバックバンドで長らくドラムを叩いていた。
水谷も越路を慕い、可愛がられていた。
二人に共通して縁ある人のナンバーだ。

ディナーショーのクロージング。
新派の仲間で、名脇役として知られる青柳喜伊子から花束を渡される。
『キーコ!』、水谷の声は歓喜に溢れている。

水谷は、眼に涙をいっぱい溢れさせながら語る。
>「良重っていう、ただ一生懸命、走った女優を、ほんのちょっとでも、心の片隅に覚えておいて下さい。
>水谷八重子だなんて、あんな大きな、大きな名前なんて継げやしないんです。中身はこのままなんですから。
>でも高い山を目指して、一生懸命、いい八重子になります。
>八重子になって生きていきます」

滝のように涙を流しながらも、話す言葉は明瞭に聞き取れるのはさすが。

私が会場に居たなら、間違いなくこの言葉にもらい泣きしている。
素晴らしいショーであったことは、細切れの映像からもひしひしと伝わってくる。
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by hakodate-no-sito | 2012-05-11 23:32 | テレビ | Comments(0)