年齢不詳な若人が唄の話を中心にアレコレと・・・


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『襲名!二代目水谷八重子 涙と苦悩の365日』(その2)

1995年1月2日の新橋演舞場の様子が写る。
>「今年正月の新橋演舞場は新派公演で幕を開けました。
>いよいよ二代目八重子襲名の年です」
というナレーション。

新派では、芝居だけではなく、舞踊も披露されるときがある。
久々の初春公演だからか、舞踊が披露されたらしい。
セリ上がりにスタンバイする水谷と波乃久里子。

波乃を紹介するナレーションが入る。
波乃は、新派における水谷の好敵手で名コンビで対の存在なのだ。

波乃は、母方の祖父は六代目尾上菊五郎、父は十七代目中村勘三郎、弟は十八代目中村勘三郎
という芸能一家のサラブレッド。
母は初代水谷八重子、父は十四代目守田勘彌、義弟(父の養子)は五代目坂東玉三郎という水谷
と比べても遜色ない。
今の新派にとって欠くことのできない中心人物だ。

小走りで花道へと移動する舞台裏が映し出される。
裏方の人手不足をめいめいの努力で補うのだそうだ。

画面は変り、別演目「婦系図」の「湯島境内の別れ」へ。
水谷良重のお蔦、青山哲也(2006年没)の早瀬主税。

水谷のお蔦は親子二代の当たり役。
『静岡は箱根より遠いの?』という台詞が泣かせる。

続いて、3月16日の湯島天神詣での様子。
新派では毎年恒例の行事なのだそうだが、この年は劇団存亡が懸かっているとあって、
新派幹部全員での参拝。
水谷良重、波乃久里子、安井昌二…今は想い出の人となった菅原謙次や花柳武始の顔も見える。

新派と湯島というと、境内には新派碑が建立されている。
これは本来、昭和52年に新派90周年を記念して初代水谷八重子および松竹によって、新橋演舞場の玄関前に設立されたものだが、昭和54年4月26日に、新橋演舞場改築計画に伴い移設された。


初代八重子のフィルム映像が映る。
昭和44年、新橋演舞場。
楽屋入りの様子、楽屋での化粧の様子。
舞台稽古の様子、舞台袖でじっと若手役者を見つめる様子。

初代は語る。
>「こういうお仕事は、自分でどこまで出来てるって判る仕事ではございませんし
>自分が…まあ死んだ後で、どの辺までやれてたかということは、
>観た方に評価して頂くより、ないものですから」

晩年の水谷親子の会話が紹介され、昭和54年、初代水谷八重子の葬儀の様子(フィルム映像)が映る。
まるで魂が抜けている、涙も枯れ果てたような水谷良重の姿がそこに映っている。

襲名にあたって、より一層、母のことを考えることが多くなったという水谷。
「母が喜んでくれるのかな、このことを喜んだり、何かまだしなきゃならないことを注意してくれたりして
本当にこう…今まで家族というものは煩わしいものと思っていたんですけど
こうなってみると、分かち合える、っていうのかな。
私に家族があったなら、どんなリアクションをしてくれるのかな…って思うんですよ。
そういうときに、こうポコっと…深い淵に沈む、みたいなね」

そんな想いの中、襲名準備を行う水谷良重。
襲名の際の引き出物をチェック。
引き出物は、手ぬぐい、焼き物、扇子の3つで1セット。
焼き物には水谷の水の字を。
手ぬぐいの意匠の、二代目水谷八重子の字は…先代のサインの流用。
どうしても字が描けなかったのだという。


9月26日、清水市民文化会館・大ホール。
地方巡業中、水谷良重では最後となる舞台。
「千秋楽おめでとうございます。水谷良重、長いことお世話になりました」
全楽屋を、ユーモアたっぷりに明るく挨拶周りをする水谷。

そして、駆け回るなか、廊下でボソッとつぶやく。
「何だか郷里に帰るみたい(笑)」
こういうところは、まさしく水谷良重の面目躍如。

この挨拶周りの間、舞台では彼女のために垂れ幕などをコッソリ設営していた。

舞台「明日の幸福」上演後、波乃久里子が仕切ってアフタートーク。

波乃:良重という名前にお客様と劇団員一同からお疲れ様と言ってあげたいと思います。
全員:お疲れ様でした!
(拍手)

ボンッという音のあと、垂れ幕や紙テープ、紙吹雪が落ちてくる。
盛り上がる会場。嬉しそうな顔をする水谷。

終演後、幕が降りた舞台上では、打ち上げ。

波乃:もうね、どっかにいると、お姉チャマいるから言えないのよ。
水谷:おしゃべりがいない!
波乃:いないねー。この劇団は凄い。ヤマちゃんとね、昨日打ち合わせた。

波乃のマシンガントークが炸裂する中、「何にも言えない」と眼をうるませる水谷だった。


8月26日、京都。
猛暑の最中、芝居の贔屓筋を一軒一軒、襲名挨拶へ出かける水谷。
「この度は襲名をさせて頂くことになりました…」
1週間かけて、回ったという。

まったく恐れ入る。
新派が歌舞伎に継ぐ歴史を持つことを改めて実感させられる一コマ。

夏の終わり、川口アパートメント。
水谷の自宅。
"八重子の部屋"で、初代八重子の舞台『鹿鳴館』のビデオを観る水谷。
襲名興行で演じるのだ。

ビデオは昭和47年上演のもの。記録用に先代が遺したものだという。
>「アタシが言うのもおかしいけど、本当にこんな女優いないね。
>誰も代れないよ、これは…」

画面はアパートの地下階へ。
『鹿鳴館』の台本、昭和37年の初演を探すためだ。
初代八重子の演技プランの書き込みがあるのはこのときのものだけだからだという。
捜索に当たるのは、先代最後の弟子で今も新派に所属する俳優の田口守。
整理はされているので、箱をどかすだけで済むが、それでも膨大な量。
1時間かけて探し出した。
その脚本を読み演技プランを練り、初演以来使っている衣装に手をやる水谷。

初代八重子、出演作のうち、戦後からの台本はすべて残っているのだという。
『鹿鳴館』は台本のほかにも、三島由紀夫による台本読みの音声テープなども残っているそう。
水谷と三島。
もとは先代との付き合いから縁がはじまったという。
水谷の著書「あしあと」によると、歌舞伎座の先代の楽屋へ、三島が顔を出した際、コロッと
なついて、夜まで一緒に遊びに連れまわしたのだという。
三島の主演映画「からっ風野郎」(1960年・大映)では、競演しラブシーンまで演じている。


番組もいよいよ大詰め。

10月18日、浅草寺境内。
襲名披露のお練りを行っている様子が映る。
道道から、ミズタニ、ミズタニと大向こうが掛かる。


水谷にとって、浅草は想い出深い土地なのだという。

http://funnygirl.exblog.jp/15379422/
ふたたび、水谷八重子ブログ「ないしょばなし」から流用してみる。

>浅草・・・良重から八重子に変わった町、浅草・・・
>襲名の色々なキャンペーンの中、
>「水谷良重って一体どこに消えてしまうの?」って想いで一杯だった。
>それが、浅草、浅草寺のお練りをしている時、浅草の人達の「八重ちゃ〜ん」って声を、聞くうちに
>「私は八重子になったんだ」って、初めて思った。
>疑問がかき消えた。
>二代目・水谷八重子はここから生まれたように思う。

浅草は二代目生みの土地なのだ。


11月1日。
新橋演舞場。
楽屋には、初代八重子の鏡台を持ち込んだ。
演舞場の楽屋口、今日からは八重子として入る。
神棚へのお参りも、普段より長い。

舞台『鹿鳴館』の幕が上がる。
寺島しのぶ、市川新之助(現:海老蔵)、英太郎(はなぶさ・たろうと読む)、中山仁らが映し出される。

良重改めて二代目が台詞を謳い上げる。
先代とは違う、二代目の影山朝子がそこにいた。

終演。
カメラを見つけ
「アラ~、カツラもう取っちゃった~」
と、ご機嫌の水谷。

楽屋で、贔屓客からの願いで、やっと水谷八重子とサインを書く水谷。
「ダメね、まだ…」

―終無始無―
先代の鏡台に刻まれた言葉を見て、語る水谷。
>「字の通り、終りも始まりも無い道、なんでしょうね。
>これは母の鏡台なんです。私の鏡台にはこれは付いていない」

こうして番組はエンディングを迎える。
水谷親子のツーショット写真を映し出されるなか、ナレーションは友人からの言葉を紹介する。
>「もう少し楽をしなさい」「また恋をなさい」という…。


水谷八重子襲名、2012年の今年で17年経つ。
当時の意気込み、少しだが伝わって来た。
確かに盛り上がったのだろう。翌1996年は、前年同様新橋演舞場で2ヶ月連続で公演があり、
国立劇場での1ヶ月公演も復活するなど、新派は勢いに乗っていた。

現状と比べると、まったく羨ましい。

…それはさておき。
映像を見ていて思ったのは
新派は、松竹が少し力を入れて宣伝し、メディアで煽れば、潜在ファンが浮上してくるのではないのか。
ということ。
新派百年の記念年(87年~88年)も、そうだったように思える。

それとも、もう潜在ファンはいないのか。
興味はあれど踏ん切りがつかないという人はいないのか。

今の新派に必要なのは、若手が育つ・育たないなどではない。
メディアを利用できる、メディアにアピールして宣伝して貰うことが出来る人材(ブレーン)
を得ることに尽きる。
大江良太郎や川口松太郎のような逸材が、新派に付くことを願ってやまない。
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by hakodate-no-sito | 2012-05-12 03:01 | テレビ | Comments(0)