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年齢不詳な若人が唄の話を中心にアレコレと・・・


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深緑夏代リサイタル

ここしばらく、深緑夏代を一日最低1曲は聴いている。
亡くなったのは高英男と同じ2009年だから、今年は没後4年になる。
生の歌声を聴く機会は数度しか無かったが、どれも素晴らしかった。
全身から発せられるスター・オーラ、エネルギーに満ちた歌声、立ち居振る舞い。
とにかく格好良かった。歌は私の命という台詞が気障に聞こえない、真実の声に聞こえる人。
思い出すとつい涙ぐみそうになる。

深緑夏代は「私はレコード歌手じゃなく、シャンソン歌手でありたいの。たとえ貧乏しても、好きな歌を納得ゆくまでうたいたいの。恥は残したくないの。私に名誉を頂戴」と、レコード吹き込みを拒み、それまではソノシートや宝塚時代に残した数曲しか遺していなかったそうだ。

深緑がシャンソンを唄う度、リサイタルを行う度、レコードを望む声は日々高まる。
有名無名問わず、声が上がる。天津乙女や衣笠貞之助という面々も声を上げた。
身内であるスタッフや弟子たちも、彼らと同じ思いであったことは言うまでもない。

当時石井音楽事務所で深緑の担当だった中村富一と、深緑の弟子で日本コロムビアの音楽ディレクターだった東元晃の両名が賢明に説得に当たり、「ライブ盤なら」「私の好きな歌を唄わせてくれるなら」という条件で、ついに深緑を口説き落とし、世に出たのが「深緑夏代リサイタル」(1973年/日本コロムビア/ALS-5220)だった。

1972年12月6日、芝・郵便貯金ホールでのリサイタルを収録。
編曲は、田辺信一・横内章次(俳優の横内正は実弟)・三保敬太郎。
演奏はコロムビア・シャンソニエとある。どのような顔ぶれだったのかはLPからはわからない。
リサイタルのパンフレットには記載されているのだろうか。
中牟礼貞則が1曲(「死刑囚」)、ギターで参加している。

深緑の20周年に位置するリサイタルの実況録音で、初のLPレコードだけあって、気合が入っている。
歌謡曲の全盛時代で、まだまだミュージシャンの活躍する場所があった時代。
選曲も、演奏も、歌も、どれも素晴らしい。捨て曲なんて言葉は浮かんで来ない。

深緑夏代、当時51歳。老いや衰えという類は影もかたちも無い。
バンバン声が出て、シャウトしている。情熱の塊、灼熱の炎のような歌声だ。
特に「貴方を待つ(Je t’attends)」「貴方を迎えに(Je reviens te chercher)」「インシャラー」あたりは、シャンソンが苦手な人でも取っ付きやすいと思う。

シャンソン界の頂点にある人でありながら、いわゆるJシャンソンっぽくない唄い方じゃないのは本当に面白い。もっとも、これは日本のシャンソン黄金時代の第一世代の人たちに共通していることなのだが。

数年前にコロムビアから発売されたベスト盤に、このLPの音源が数曲収められているが、叶うならばアルバムごと、音源が現存するならばノーカット完全盤で復刻を願いたい。
それだけの価値はある。

あまり知られていない話だが、デビューまもない岸洋子に、ハッキリと「私は生涯シャンソンを唄ってゆくのだ」と決意させたのは、実は深緑夏代の歌声である。岸がリサイタルに寄せた一文で告白している。
この事実ひとつ取っても、深緑がシャンソン界いやポピュラー音楽界に与えた影響は大きい。

岸洋子、深緑夏代ともに石井音楽事務所の所属歌手だった。
他に芦野宏がいて、大木康子がいて・・・まるで夢のような事務所だ。
石井好子が音楽事務所時代の話だけで著書を遺さなかったことを、私は嘆きたい。
関係者で編纂する人はいないのだろうか。もし既に存在するなら、ぜひとも読みたい。

日本のシャンソン黄金時代。
石井好子がいて、高英男がいて、深緑夏代がいて、中原美紗緒がいて、芦野宏もいて・・・。
中原には間に合わなかったが、石井・高・深緑・芦野は間に合うことが出来た私はやはり幸福者だ。
去るものは日々に疎しとは言うが、この面子を、深緑夏代という人を、好事家だけが知る存在にしてはいけない。

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「深緑夏代リサイタル」(1973年/日本コロムビア/ALS-5220)
A-1:そして今は Et Maintenant
A-2:貴方を待つ
A-3:ラ・ボエームLa Boheme
A-4:貴方を迎えに
A-5:不思議ね Ca Fait Drole
A-6:インシャラー Inch allah
A-7:水に流して Non, je ne regretterien
B-1:死刑囚 Le Condamive A Mont
B-2:ルシアン Mon Vleux Lucien
B-3:タバコ Tabac
B-4:すり切れたレコード Le Disque Use
B-5:白衣 Les Blouses Blanches
B-6:おお神様(モンデュー) Mon Dieu
B-7:マイ・ウェイ My Way
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by hakodate-no-sito | 2013-04-02 00:36 | 歌・唄・うた