年齢不詳な若人が唄の話を中心にアレコレと・・・


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徹子の部屋 京塚昌子さんをしのんで(1994年放送) 前編

京塚昌子という女優に関心がある。
だいぶ前にブログで京塚昌子について書いたこともあった。
資料も少しづつ集まっているのだが、亡くなって20年以上経ち、表舞台から姿を消して30年。
なかなか思うように京塚昌子に触れることは難しい。
そんな中、有難いことに、京塚昌子の追悼番組を見る機会に恵まれた。「徹子の部屋」である。
「徹子の部屋」では、定期的に行われる追悼特集のほか、故人ゆかりのゲストを呼び過去のVTRを見ながら偲ぶ追悼回、過去のVTRのみで構成された追悼回が不定期に放送される。
京塚昌子の場合は、ゆかりのゲストを招く形式で放送されていた。そのゲストとは山岡久乃だった。
山岡久乃と京塚昌子、テレビドラマや舞台における石井ふく子作品に欠かせない女優である。
ふたりは「肝っ玉かあさん」「ちょっといい姉妹」などで競演している。
山岡久乃も、私にとって欠くことのできない、大好きな女優だ。もう有難く、嬉しく拝見した。
備忘録も兼ねて、番組の様子を紹介しておきたい。


------------------------------------


徹子:皆様、こんにちは。
本当に、大きな、大きな、庶民的なお母さんと言われてらっしゃった京塚昌子さんがお亡くなりになりました。本当に芝居が好きで、新派では名女優と言われた方でいらっしゃいました。それがテレビにいらしゃって、あの笑顔と、そして、あのふくよかな御身体で、どれだけの沢山の方を楽しませて下さったか、わからないと思います。8年間に及ぶ、本当に大変な闘病、リハビリ。それをやってらして、もう一度と、再起するというお気持ちでいらしたんですけども、本当に残念でございました。 私も何回か舞台など御一緒させて頂きましたけども、・・・もういろんな思い出がございます。
 今日は、もう本当に、50年ぐらいのお付き合いだと言ってらっしゃる山岡久乃さんにおいでいただきまして、この・・・あの「肝っ玉かあさん」、64歳で亡くなったけど、あの京塚さんの追悼にさせて頂きたいと思います。
 なお、京塚さんには4回出て頂いているんです。今日のお客様と一緒に、あと池内淳子さんとみんなでお正月にワーワーしたものとか、いろいろございましたけれども、今日は一番最後の、そしてこれが京塚さんの、本当にお美しい、最後の元気なテレビになっただろうと思う、一回お倒れになった後なんですけど、とてもお元気だったんです。その、あの・・・追悼を皆さんにご覧頂きながら、と思っておりますけれど、山岡久乃さんです。

山岡:(溜息をつきながら)ねぇ・・・

徹子:あの・・・。(気を取り直すように)随分お古いお付き合いなんですって。

山岡:ええ。あの、戦後ね、千田是也さんが主宰する舞台芸術アカデミー研究所っていうところが、スポンサーがヤイデンキの社長さんかだったの。その方が新派に御懇意の方だったと思うんですけど、あたしたちのね、その道場っていうか、ところにね、新派の女優さんたちが来てね。まだ京塚さん10代でしょうけどね、一緒にチータカチータカ、ダンスのレッスンしたんですよ。

徹子:あっ、そう・・・!

山岡:その頃京塚さん痩せてて、舞妓さんとか子役とか、細い細い女優さんでしたけどね。
ある日私にはね、「ある日突然、あの・・・何か私太ったの」なんておっしゃってらしたけれど(笑)

あの、手術した後にね、何か・・盲腸か、何かした後に飲まされた薬で、ホルモンが異常になってしまって太ったって言って、お医者さんのせいだって言ってましたよ。

徹子:そう。うん。「たった一本の何かでそうなっちゃったのよ」って言ってました。

山岡:そうなんですって。

徹子:「ただ。私も非常に非科学的な人間だったからいけないのよ」って言ってらしたけど。でもお元気でずっとやってらした・・・。

山岡:ねぇ。

徹子:それから、あの・・・方角に凝ってらして、山岡さん家(チ)の御墓は、あれなの・・・

山岡:そうなの。あのね、私はもう、うーん、とにかくその時すぐ片付け魔でしょ。だから気が付いたらすぐ何かやるって思ってたら、ちょうど番組一緒だったから(話したら)、お墓なんてものはそんな勝手に作ったりするもんじゃないって、誰も・・・私は、誰も亡くなってないから、今がいいと思ったんだけど、いけないって言ってね、自分がお坊さん呼んで来て下すって、それで、いつにしなさいとか全てして下さっすたのよ。
おかげさまで、私がお墓を立てて、戦争中バラバラになってた父や母とかね・・・あ、父や母とかじゃない。お祖母ちゃんとかをね、収めさせて頂いたんです。
 そいでね、京塚さんが明治座・・・今の明治座じゃない、前の明治座はね、ホラ戦災で亡くなった方がいっぱいいるので、オバケが出るとか出ないとかということがあって。私もあるとき、金縛りみたいによくなったの、よくなったの、楽屋でね。それでお塩撒いたり、お線香立てたりしたんですけどね。そのとき、京塚さんがね、あの・・・お塩撒いたりお線香立てたりしたら抹香臭くなるでしょう、楽屋が。だから、そこにお札貼るのも良くないからって、水晶の玉をね、代わりに置きなさいってね。それでね、あたいは身体が大きいから大きいの、あんたは小ちゃいから小ちゃいの。あの人が五万円でね、私が三万円でね、何か差がつけられた水晶の玉を買いなさいって言われて。未だに私、楽屋で、それをお座布団の上に置いて、お水あげてますけどね。

徹子:そうすると、もう金縛りは無かったですか。

山岡:そうですね。何か・・・気のせいかもしれませんけどね。

徹子:でも、そういうこと本当にこまめで。

山岡:そう。

徹子:嫌じゃないのね、そういうこと。

山岡:うん。

徹子:面白い方でしたよね、そういう点・・・。

山岡:ねぇ・・・。
それで、もう、自分が気に入らないと「やっちゃダメ」ってね、本気でね。で、自分は私たちが言うと「あたいはいいの」って。言う事きかないでしょ。

徹子:そうなの。それでね、森光子さんとか越路吹雪さんとかと御一緒の舞台でね、何だかもう・・・みんな色々ゴタゴタ嫌なことがあって、皆で「嫌ァねぇ」って、「どうして、こういう・・・」って、ある女優さんのことで、私なんかいじめられちゃった、皆庇ってくれてどうしたりしてたら。
「皆、女学生みたい。ダメですよ、そんなこと女優で言ってちゃ。もう、これから先どうするの」って、森光子さんや越路吹雪さんまで皆言われちゃって。

山岡:フフフ、アハハ。

徹子:で、結構、本当はお齢はお若かったんですよ。

山岡:そうですよ。

徹子:ええ。亡くなったとき64(歳)ですから、リハビリをお始めになったときからだって、まだ50ちょっとだったわけでしょう。

山岡:ええ、そうですよ。

徹子:だから、うんと若いのに、もう本当にね・・・。あの、申し訳ない。私、親子やったことあるのよ。
そして殆ど歳違わないのに。それでね、「お若くて結構ね」って(笑)
・・・私、何と言ったらいいかってね、思ったんですが(笑)

山岡:はい、うん・・・。

徹子:ただ、このリハビリやってらっしゃる間、会いに行ったりなさらなかったんですって。

山岡:うん。会いに行きたいと言うとね、泣くから・・・来ない下さいって言われて。お電話はしたことあるのよ。だけど、電話口で泣いちゃうの。

徹子:そうなのよねぇ・・・。

山岡:それはね、懐かしいので泣くのと、それから人が元気で働いてるのが悔しいんで泣くのと・・・。やっぱり女優さんって、いろいろあると思ってね。それでご遠慮して、で、ハガキをね、誰が読んでもいいようなハガキを何回か出したことはありますけどね。

徹子:でも、あれだけ活躍してらした方が、とにかく8年間・・・その前にもさらにあるんですけど、まぁ今度、最後は8年間、やるぞやるぞとおっしゃりながら結局出来なかった。その間、1回かな、ここのテレビ朝日の「こんにちは2時」で取材したときにね、「リハビリはやってるのよ、だけどちっとも良くならないの」って泣いてらっしゃるのを見たとき、たまらなかったものね。どうしてあげようもないって思ってね。
もう随分・・・あの、糖尿病とか、いろんなとこ悪くて、随分痩せさせていらっしゃったんだけれども・・・。
でも、本当に明るくて、あの方がいらっしゃると、本当にこうね。

山岡:そうなんですよね。で、あの方はね、いつも「アタシはそんな良い人じゃないのよ」

徹子:そうそう、いっつも。

山岡:「腹黒お昌よ」って、いっつも。

徹子:そうそう、腹黒お昌っていっつも言ってらしたわね。

山岡:そう、だから私ね、腹黒お昌の役、やらしてあげたかった。
たとえばね、春日局みたいなのがね。しっかりもので、御薬湯も飲まないで・・・ね、というのがさ、もしあの人がやって、その御薬湯が不味いから飲まなかったって人物像も、京塚さんなら成り立っちゃうような気がするの。ねぇ。

徹子:本当そうです。

山岡:あの不思議な愛嬌っていうのは、役者にとって欠くべからずものなんです。

徹子:そうですね。

山岡:あの愛嬌は、あの方が神様から戴いたものねぇ。

徹子:あれだけお太りになってらっしゃるのに、着物の着付けがお上手で。新派にもいらしたから・・・

山岡:それとね、柔らかいのよ、身体が。

徹子:そう・・・!

山岡:真っ向棒みたいにペタっと(地面に足が)着くの。

徹子:あら、そうなの・・・。

山岡:身軽なんですよ。

徹子:うーん、身軽だったのね。
とにかく、最初にお倒れになったのは今から11年前。そして、あのときは脳血栓だったんですが、それからリハビリなさって7か月で、ドラマにカムバックなさって。その後に私のところ(「徹子の部屋」)に来て下さったんです。そのとき、マネージャーの方がこう仰ったんです。
「ここんとこ、ちょっとまたテレビに出て泣いちゃうので。それは病気のせいで。もし、黒柳さん、泣くようなことがあってもそれは病気がさせているんで、本人が泣いてるんじゃないってフォローして下さい」って仰ったの。
そうしたら、この日は、笑っちゃう日で、楽しい日で。
もうずっとずっと笑ってらしたのね。

山岡:よかったねぇ。

徹子:うん。だから、これを皆さまにね、ぜひ見て頂きたいんですけど、これがおそらく最後の、京塚さんの、お美しい、お母さん役者じゃなくて、本当にね、女の人としてね、出て頂いて。

山岡:今も何か、いい男の何とか・・・。

徹子:そうなの。何かおかしいの。私に会うと、男の人の話ばっかりしてたから。その話してたんですけれども。これは84年10月1日、ちょうど10年前の京塚昌子さんです。
では、追悼でございますので、御一緒に・・・。

山岡:拝見します。
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by hakodate-no-sito | 2015-05-03 23:32 | テレビ | Comments(0)