年齢不詳な若人が唄の話を中心にアレコレと・・・


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川内康範は函館生まれ

もう何年も前になるが「月光仮面は函館生まれ ~川内康範氏の心を辿る~」というイベントに参加したことがある。

地方の、手弁当的なイベントでしっかりしたものではなかったが、大収穫は川内の長男・飯沼春樹氏の話を聴けたこと。
これは忘れておきたくない、とその日の夜に必死にキーボードに向かい、いろいろ記しておいた。
そのメモ書きが出てきたので、ここに忘備録がわりに載せておきたい。

私が会場入りしたとき、その人はロビーのソファに座っていた。
面長のダンディな風貌は、往年の川内康範を髣髴させた。顔の輪郭もそうだが目元が特に似ている。ロビーに飾られた、昭和20年代の康範の写真と見比べると、うり二つだ。
古武士のような鋭さを持ちながら、どこかスヌーピーにも似た愛嬌もある。

これも、実は父親譲りなのだ。
康範の妻・クリスティーナが、スヌーピーに似ているからと康範を「スヌー」と呼ぶ、というエピソードが著書「生涯助っ人回想録」(集英社)に掲載されている。

ひとつの歴史が、ドラマが目前にそびえている。
感慨深いものがあった。
だが、それは序幕に過ぎなかった。

イベントの中盤に、飯沼氏の特別講演があった。
「父とは2歳のと父に対する思いは複雑な思いがありますので、弁護士口調で淡々とお話するつもりですが、時に詰まったりするかもしれません。×時半までだから45分・・・保つかな。何とか頑張ります」

こんな出だしで、飯沼氏は話し始めた。
当初淡々と関西弁混じりに話していた語り口が、話の中盤以降は質問に答えつづ展開していく形になったこともあり、ジョークも交えた柔らかめの口調になっていった。

函館には祖父(康範の父。僧侶)が居て、逢いたいというので×歳(失念)のときに上野から汽車と連絡船を乗り継いで来たのが初めで、そこから20数回来函したという縁があり、思い入れがある土地。そして「月光仮面」にも思い入れがあり、お話を頂いて、どうしてもお力になりたいと思ったのだそうだ。

飯沼氏は銀座の大きい弁護士事務所の所長である。多忙を極めている人であることは想像に難しくない。そんな人が、地方のそれも予算がまったくかかっていない小さなイベントにわざわざ足を運び、最初から最後まで会場に姿勢ひとつ崩さず居て、心の整理が付いているとは決して言えないなかで長時間父親の話をして、なおかつロビーに飾る写真に康範からの手紙まで提供するなんて、にわかには信じられない。
出来た人であることは間違いない。

「自分は飯沼姓だから」と、おふくろさん騒動の解決に動き出したときも当初親子関係を付せようし、相談を持ちかけた長良じゅんから「そんなことをしたら、かえって事務所に問い合わせが殺到して業務に支障が出る。はっきり親子と明かした方が良い」と諭されたという。
継父に対して、義理堅いものを今でも抱き続けているようで、そのことが康範と距離を置き続けたことに深い影響を与えているように私は感じた。

康範は、飯沼氏の継父とも一度逢っているのだそうだ。
別れた妻が再婚し、息子が養子縁組で引き取られることにあたって、よろしくお願いいたしますと挨拶をしたであろうことは想像に難しくない。

離婚によって息子に可愛そうな思いをさせたことを申し訳なく思い、以後「断種」し、結婚は何度もしているが、子どもは他に作らなかった康範。

生前、息子がいるということを殆ど話さなかった康範。

2歳のときに父と別れ5歳のときに離婚したので父の記憶がないという話のくだりで絶句し、目をうるませていた飯沼氏。

「月光仮面」が父が書いたものと知り、「月光仮面」は父からのメッセージだと思い、今でも思い入れを抱き続ける飯沼氏。

見知らぬ父を見たさに、親に黙って、父が出ている映画をこっそり見に行って先生から大目玉を食らった飯沼氏。

飯沼氏と康範の関係は哀しい。
でも、どこかで同じ思いを抱き続けている。

数年前、飯沼氏の会見をテレビや雑誌・新聞記事で見たとき、冷たい関係だなと私は思った。
だが、今回話を聞いていると、それはまったくの検討違いだったことがわかった。

ハッキリ「父を恨んだことはない」と語り、康範を悪く言う言葉は殆ど出なかった。
森進一に関しても、一瞬言葉を飲み込んだような瞬間があり、本当は森の川内への応対に何か思うことがあったのかもしれない。だが、何も言わず、森を立てていた。

森に限らず、胸に収めるべきことは収め、立てなければいけないものはしっかり立てる人で、そのなかで最も大きい存在が飯沼氏の継父なのだろう。

大人だと思う。
大人とはこれほどまでに哀しい思いをしなければなれないものなのだろうか。
いや、そういう思いをして育っても、こんなに立派な人に育つとは限らない。

そして、普通の人なのだと思う。
家族の話をしているときの飯沼氏の表情や声色は、ちょっぴり頑固で一徹な家族思いな父であり夫なのだろうと思わせるものがあった。

川内康範が成し得なかったことを、ご子息が代わって成し遂げた。
きっと康範は息子の幸福を心から喜んでいたのだろう。いや、そうに違いない。
だからこそ、一線を引き続けた。

冷たいどころか、これほど血の通っている関係はないだろう。
これこそ、「無償の愛」じゃないのか!
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by hakodate-no-sito | 2015-06-08 23:56 | つぶやき | Comments(0)