年齢不詳な若人が唄の話を中心にアレコレと・・・


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淡谷のり子の「ビッグショー」

3月3日の、NHK-BS2『蔵出しエンターテインメント・ビッグショー』は
"淡谷のり子・歌に生きて"
(1978年3月26日本放送)
の再放送。
とても素晴らしい内容でした。

番組内で歌った曲をちょっと紹介させて頂きます。

OPナンバーは
「雨のブルース」
この歌は昭和13年の大ヒット曲。
出だしの ♪雨よふれ ふれ という部分、ヒット当時阪神大水害が起きたことで「雨よふれふれとは不謹慎だ」と批判されてしまったというエピソードがあります。
「別れのブルース」に続いて、この歌がヒットしたことで淡谷のり子は"ブルースの女王"を称されるようになったのです。
さらに、この歌なんとブルガリアでも流行しているのです。
昭和14年、全権特命大使であった蜂谷輝雄が赴任の際にこのSP盤をブルガリアに持ち込んだことがきっかけでした。
やがてこの歌は新たに歌詞がつけられ、タンゴに編曲され、当時ブルガリアで唯一知られていた日本の小説『不如帰』のヒロインから「NAMIKO」と改題され、ブルガリアでひろく愛唱されてました。
昭和56年、元曲を歌っている歌手が淡谷さんであると判ったことがきっかけで、ブルガリア政府の招きで淡谷センセはソフィア、ドルナ、ブルガスの各都市でコンサート(政府主催)を行いました。会場はアンコールの嵐、ブルガリア政府からは勲章も貰ったそうです。

「夜が好きなの」
は淡谷のり子40周年記念アルバムのために書き下ろされた曲。
数度の書き直しを経て、このカンツォーネ風のメロディが生まれました。
淡谷センセ自身「割とイイわね」と気に入り、シングル化もされ、ステージで歌う機会が多かったそうです。

作曲は和田香苗(1932-2001)
扇ひろ子「新宿ブルース」「みれん海峡」「仁義」
こまどり姉妹「三味線渡り鳥」
冠二郎「炎」「ムサシ」「バイキング」
堀江美都子「アクビ娘」(ハクション大魔王ED曲)
…などド演歌からポップステイストあふれる曲まで幅広く作曲しています。

「夜のプラットホーム」
この歌は二葉あき子の絶唱で知られていますが、最初にレコーディングしたのは淡谷のり子。
昭和14年に初吹き込みされますが、検閲にひっかかり発売禁止に。
作曲した服部良一は何とかこの曲を世に出したいと、洋盤にカムフラージュすることを考え出し、日本コロムビア洋楽部にいた日独ハーフの社員ファクトマンに歌って貰い、ヴィック・マックスウェル楽団「I'll be waiting(待ち侘びて)」(作詩maxwell/作曲R.Hatter)として発売して、世に出すことに成功しました。
この「夜のプラットホーム」、淡谷は大変気に入っており、積極的にステージで歌っていたそうです。また、笠置シヅ子もこの歌を気に入って歌っていたとか…。

昭和20年3月、淡谷はコロムビアから一方的に専属解除を言い渡されました。
戦後すぐ日本中で洋楽が大流行したこともあり、破格の待遇で再契約を打診されるも拒絶し、盟友ディック・ミネがいるテイチクと専属契約を結んだのです。

このため、レコード会社の壁に挟まれ、淡谷はこの歌をレコーディングすることは叶わず、昭和21年に二葉あき子によって吹き込まれ翌年大ヒットとなりました。

淡谷は最期まで「これは私の歌」と言って歌い続け、二葉もまた淡谷へ敬意を払いつつも「この歌を手放すことは一生無い」と大切に歌い続けました。

なお、淡谷によればこの曲、本当には服部の作曲では無くコロムビアの専属ピアニストだったドイツ(ユダヤ)人のマークラスが戦争のため日本を離れる際に、淡谷への置き土産として作曲して置いていった曲のひとつだとのこと。

今や真実は歴史の闇の中・・・・です。

「雨の夜は(Il Pleut Sur La Route)」
「小雨降る径」の題で知られた、コンチネンタル・タンゴの傑作でシャンソンの名曲としても知られています。アルフレッド・ハウゼ楽団の演奏やティノ・ロッシの名唱も有名。
この歌の訳詩は、なんと画家の藤田嗣治。
何でも4度目の妻マドレーヌへ送った詩だったそうです。
日本を離れる際に、親交のあった淡谷に「コレ歌って」とその訳詩を渡したとか。

「夜のタンゴ(Tango Notturno)」
昭和13年、ドイツ映画『夜のタンゴ』の主題歌として発表。
この曲を気に入った淡谷のり子、映画館に何度か通い、聴き取りで採譜し、自身で作詩。
晩年までよくステージで披露していたそうです。

「花宵闇」
淡谷のり子歌手生活50周年記念アルバムに収められた1曲。
作詩阿木燿子、作曲は宇崎竜童・・・と当時新進気鋭の二人による和製タンゴ。

「しばらくあなた」
淡谷のり子歌手生活50周年記念曲のひとつ。
「歌詞がグッとくる」と、淡谷は気に入り、これも晩年までステージでよく歌ったそうです。
作詩阿久悠は、作曲三木たかし。

「灰色のリズム&ブルース」
昭和46年、いずみたくプロデュース/全曲作曲によるアルバム「昔、一人の歌い手がいた」に収録され、後にシングル化された曲。
このアルバム企画は「懐メロ歌手として隅に追いやられた…」と引退を考えていた淡谷の心をも奮い立たせることにもなりました。
発売後、このアルバムは評判を呼び、この年のレコード大賞特別賞受賞へと繋がります。
この歌は詩/曲ともにいずみたく。
「割とイイわね」と淡谷は、この歌もやはり晩年までステージで歌っていました。
一部歌謡ファン、淡谷ファンにコアな人気がある曲です。

「別れのブルース」
昭和12年のヒット曲。
淡谷自身はあまり好んではおらず、特に晩年はステージでかかることは稀だったとか…。
その想い出など、御本人の話でどうぞ(ココココ)。

「バラ色の人生(La Vie En Rose)」
エディット・ピアフの大ヒット曲で、ルイ・アームストロング(サッチモ)のレパートリーとしても有名なシャンソン。この歌の作詩はピアフ自身、イヴ・モンタインとの愛と別離を書いたと言われています。

「愛の讃歌(Hymne a l'amour)」
エディット・ピアフ、そして越路吹雪の絶唱があまりにも有名な歌。
淡谷のり子も早いうちからステージで積極的に歌っていました。
訳詩は岩谷時子のモノではなく、ビクターの井田誠一版。


淡谷のり子と黒柳徹子
―実は徹子ママこと、黒柳朝が淡谷のり子と同じ音楽学校の後輩で親しくしていたそうで、親交がとても深いそうです。

それにしてもイイ番組でした。
録画したモノを何度も見返してますが本当に素晴らしい。
ホンモノとはこういうモノである、と見ていて思います。
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by hakodate-no-sito | 2008-03-04 16:00 | テレビ | Comments(5)
Commented by masatanguito at 2008-03-05 21:00 x
「夜のプラットホーム」の原作者はマークラスではなく服部ですが、片面の「loves gone」の間奏はマークラスの手によるものというコロムビア芸能の坂田さんのお話でしたが。
Commented by masatanguito at 2008-03-05 21:03 x
この手の淡谷さんの話の記憶違いは結構あります。
たとえば「巴里の夜」は原さんが私のために書いてくれた曲と言って舞うがこれはあきらかに二葉のために書かれたものです。
しかし、原ちがいの原孝太郎(バイオリニスト)東京六重奏団のマエストロが淡谷のためにこれをアレンジし、自らの楽団のテーマソングにしたのが本当です。
Commented by 函館のシト at 2008-03-06 09:44 x
masatanguitoさん
貴重な情報ありがとうございます。
「夜の~」ではなく、「loves gone」の間奏がマークラスさん…そうだったんですか。これで疑問がやっと解けました。ありがとうございます。

「巴里の夜」は間違いなく二葉さんのオリジナルですよね。
なぜ淡谷さんがああ堂々と…と思っていたらこういうことだったんですね。
Commented by う--でぶ at 2008-03-09 10:59 x
年をとる...って悲しくて辛いですけど...
年とってたから生ノリちゃん先生を観ることができました。
晩年...最近うまく歌えないのヨ!といったノリちゃんの見事さ、潔さをナマで見届けることができました。
ジャンジャンのころからは失礼ながら「可愛いらしかった」ですよ。

淡谷先生は見事な最期だったと思います。
Commented by hakodate-no-sito at 2008-03-11 09:29
淡谷センセ、いつも「もう少しうまく歌えないのか」って悩んでいたそうですしね。
美しく年を重ねての大往生だった...のでは、と思います。