年齢不詳な若人が唄の話を中心にアレコレと・・・


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唄に歴史あり 「山小舎の灯」

昭和22年夏、近江俊郎は悩んでいた。
昭和11年に武蔵野音楽学校を辞めて以来抱き続けていた
"一流歌手になりたい""ヒットを出したい"
という夢が、前年の昭和21年発売「悲しき竹笛」(奈良光枝とのデュエット)で叶った。

街中を歩くと、ある者は口ずさみ、あるものはじっとラジオで流れる「悲しき竹笛」に聞き惚れている。
そんな光景を目にし、近江は心の底から喜んでいた。
しかし…それまで張り詰めていた糸がプツンと切れたような気持ちもまたあった。

10年イバラの道を歩き続け精魂尽き果てたというような疲れと、もうこれでいいという満足感
に陥り、それに加え、今後歌って行ってもこれ以上のヒットはもう出せないのでは無いか、という不安にも襲われた。

「念願のヒット、しかも古賀メロディーでのヒットだ。もう思い遺すことは無い」
「ヒットも出て一人前の歌手なったのだ。お袋も兄貴(大蔵貢)も文句は言わないだろう」
すっかり弱気になり、進退を考えていたそのとき、ある人が近江を訪ねた。

「こんにちは…近江ちゃんのお部屋はこちらですかァ?」
その日は家にいた近江、"誰だろう?でもどこかで聞いた声だな…"と思いながら玄関の戸を開けた。

「あっ!?ヨネさん…」
―今にも栄養失調で倒れそうな顔をして、ほころびだらけの国民服にゲートル姿の男。
ポリドール時代、親友の仲だった作曲家の米山正夫である。

「やっと日本に帰ってきたんだよ…」
その言葉を言うや否や倒れそうになる米山を抱きかかえるようにして、近江は部屋へ入れた。

米山正夫は戦争中にポリドールから満州/奉天中央放送局へ移り、現地で召集されシベリヤで約2年抑留、先ごろやっと日本へ帰国できたところだった。

「お~い慶子、家中の食べ物持ってこい」
近江はせかすように、台所にいた、妻の慶子に言った。

「向こうにいるとき、日本じゃ食糧不足で餓死者がどんどん出てるって聞いたぜ、いいのかい?」
「いいんだ、歌手の有難さでいろいろと物資は手に入るんだよ、親友が戻って来たお祝いだ」

見るからに心身共に弱っていた米山だが、差し出された食べ物を腹に入れたことで少し元気になった。それを見て、近江は尋ねた。
「ところでさ、ヨネさん。何か作ったものあるかい?」
「うん、1曲だけね。でも今の終戦で何もかも変わった世の中にに受け入れられるかな…」
聞けば、その曲を米山はシベリヤの収容所で、飢えと寒さに震えながら、学生時代登った山のことを思い出しながら書いたという。
「俺はこの唄を遺書のつもりで書いたんだ…」
そう話す米山の目には涙が滲んでいた。

近江は米山が差し出した五線紙を黙って見た。
すっかり黄ばみ、ところどころに消した鉛筆のあとがあった。
譜面を読み、歌詞を読んでいるうちに近江の胸にさまざまなことがよぎった。
「これ、オレに歌わせてくれるか?」
近江は真剣なまなざしで米山を見つめ、言った。

「歌ってくれるのか?」と米山。
「歌わせてくれ、きっとこの唄を世に出してみせる」
―もう、近江の心に歌手引退などという文字はどこにも無かった。
"この唄をヒットさせたい"その気持ちで一杯だった。

数日後、早速近江は『NHKラジオ歌謡』の担当プロデューサーの三枝健剛のもとへ行き、この唄を使ってくれと迫った。
三枝と近江の付き合いは古く、戦時中ニュース歌謡を歌いにくる歌手と放送担当者という間柄から親しくなり、ざっくばらんに話せる仲だった。

「朝っぱらから"黄昏"とか"君を偲ぶ"とかいうのはどうなんだろうねえ…」
三枝の反応は鈍かった。
「なに言ってるの。このメロディー、実に爽やかでしょ。このメロディーは朝の空気にピッタリ。ラジオ歌謡にピッタリ。絶対ウケますよ」
近江は執拗に食い下がった。
その熱意にほだされ、三枝はとうとう折れた。
「今回は近江ちゃんに免じてやってみよう」

こうしてNHKラジオで毎日「山小舎の灯」は流れることになった、勿論近江の歌声で。
三枝の予想を裏切り、この歌への反響はすさまじかった。
コロムビアでは、「作詩/作曲者はフリー、歌い手はウチの近江、売れること間違い無し」
ということで早速レコード化した。

近江にとっては2曲目、米山にとっては最初の大ヒット曲だった。
そして近江はコロムビアに「(米山と)専属契約して欲しい」と頼んだ。

しかし、当時のコロムビア文芸部長/伊藤正憲は
「たった1曲のヒットで、いきなり専属には出来ないよ。いくら近江ちゃんの頼みでも…。せめてもう1曲あれば話は違うけどね」
と近江に諭した。

近江は燃えた。
"親友のためにもここはもうひと頑張りしないと"
こうして、次に近江×米山コンビで作ったのは「南の薔薇」
「今ウケるのは明るい曲じゃないかな」
「日本じゃない、どこか南国を舞台にした明るい曲でいこう」
こうして出来たのが、この軽快かつ情熱的なパルドブル形式の1曲である。

同名映画が作られるほどのヒットとなり、米山はめでたくコロムビアに迎えられ、激貧生活から脱出し、また近江もソロ歌手として完全に独り立ちできたのであった。

なお、この歌のヒットで作者も想っていなかった注文が飛んだ。
この歌の歌詞(2番)に出てくる
 暮れ行くは白馬(しろうま)か
  穂高(ほたか)は茜(あかね)よ

この部分である。
こんな山、穂高はおろか、どこにも無いというのである。

しかし、この歌は発表後60余年経った今も合唱などで愛唱され続けている。
歌は心、である。
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by hakodate-no-sito | 2008-03-12 00:01 | 歌・唄・うた | Comments(0)