年齢不詳な若人が唄の話を中心にアレコレと・・・


by hakodate-no-sito

プロフィールを見る

S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

最新のコメント

あらさん さま コメン..
by hakodate-no-sito at 21:52
函館のシト さま ..
by あらさん at 01:56
とんかつ女将さま コメ..
by hakodate-no-sito at 15:22
こんばんは。初めてコメン..
by とんかつ女将 at 23:16
if194552さま ..
by hakodate-no-sito at 20:30
if194552さま ..
by hakodate-no-sito at 21:54
てんてこ舞いさま お返..
by hakodate-no-sito at 21:35
こんにちは、てんてこ舞い..
by てんてこ舞い at 08:28
はじめまして 私はシャ..
by ゆう at 17:04
てんてこ舞いさま 御無..
by hakodate-no-sito at 20:04

最新の記事

低音の魅力を映像でもどうぞ
at 2016-02-24 12:52
わたしのデュークエイセス
at 2015-09-07 11:17
「父・川内康範を語る」飯沼春樹
at 2015-06-08 23:58
川内康範は函館生まれ
at 2015-06-08 23:56
徹子の部屋 京塚昌子さんをし..
at 2015-05-04 00:34

記事ランキング

フォロー中のブログ

ないしょばなし
ブック・ダイバー(探求者...

リンク

検索

カテゴリ

全体
つぶやき
歌・唄・うた
テレビ
菊池章子
デュークエイセス
古今俳優ばなし
読書感想
CD視聴感想
未分類

タグ

以前の記事

2016年 02月
2015年 09月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 03月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 05月
2008年 08月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月

ブログパーツ

最新のトラックバック

venusgood.com
from venusgood.com
www.whilelim..
from www.whilelimit..
http://while..
from http://whileli..
http://while..
from http://whileli..
http://www.v..
from http://www.val..
http://en.wi..
from http://en.wiki..
boom beach c..
from boom beach che..
石井好子 (20) 文藝..
from CORRESPONDANCES
NHKドラマにもなった「..
from 劇団新芸座ブログ

カテゴリ:つぶやき( 32 )

お喋りについて、ちょっとだけ考えてみた

私は、ハキハキした喋りが好きだ。
歯切れの良い喋り、立て板に水が流れるように話す人が大好きだ。

全盛期の黒柳徹子は憧れなのだが、この前モノマネをしてみようと実験したところ、息継ぎ無しであれだけの言葉を短時間で打ち込むのは、なかなか困難で結構なスキルがいることを痛感した。

『「徹子の部屋」の時間でございます。今日のお客様は私が大変ご尊敬申し上げている方。「若い季節」というドラマで競演して以来かあさんとお呼びしていて、この「徹子の部屋」へも毎年のようにお越し頂いて、今回で14回目のご出演になります。エッセイストとしても「私の浅草」「私の台所」「私の茶の間」と数多くのベストセラーをお持ちの、女優の沢村貞子さん、今日のお客様です。まあ、どうもしばらくでございました。かあさんも、ホントお元気そうで・・・』

これを18秒から20秒ぐらいのスピードで、明瞭かつ一息で、噛まずに読んでみて欲しい。
読めた人は徹子になれます。

だが、私はボソボソとした喋りがキライかというとそうでもない。
八代目三笑亭可楽という噺家(落語家)のボソボソとした喋りは大好きだ。
半魂香という落語での「ちょいと、アタシは隣りのおさきだけどね」というフレーズがなぜか好きだ。
別に面白くも何ともないはずのだが、あの舌足らずの早口で再生すると何ともクセになる。

こんな何でもない言葉の文句を面白がるクセが、自分にはある。
そして、クセになると、ご丁寧にモノマネ付きで覚えたくなる。
最近は瀬戸内寂聴の『アタシ、不良が好き♡』という言葉と、富司純子(伊藤蘭ではダメなのだ)の『お肌は、まだ、間に合う・・・サントリー、エファージュ』というキャッチコピーである。

話は戻るが、往年の女優に一の宮あつ子という女優がいる。
彼女と可楽が落語で演じる下町女の喋り方が実によく似ているのだ。
もっとも、一の宮の口跡は可楽よりは随分と明瞭である。

確か東宝劇団の1期生で、昭和20-30年代の映画に脇役でぼつぼつ見かけたことがある。
本領は舞台女優だが、さすがにそれは知らない。
私にとって、一の宮あつ子はテレビドラマ「女と味噌汁」。
彼女演じる、主人に先立たれ子供との折り合いが悪く、帰り新参となった年増芸者"金とき"と、金ときとは芸者時代三羽ガラスの仲だった芸者屋のおかみ"おすが"の遣り取りがとにかく楽しかった。

山岡久乃演じるおすがさんの無駄遣いに目を光らせ、御小言をいう金とき。
『ちょいと、おすがさ~ん』『金ときちゃ~ん』
この二人に限らず、「女と味噌汁」は東京ことばの小気味いい言葉の応酬をよく耳にすることが出来た。
原作・脚本の平岩弓枝、プロデューサーの石井ふく子、主演の池内淳子、メイン出演者の山岡久乃、一の宮あつ子と多くが東京出身というのが大きかったのだろう。

私の話し方の中には、そういう憧れの人からの影響は・・・あるのかないのか自分ではわからない。
だが、東京ことばへの憧れは今なお強い。
おかげで落語家口調と、ずっと言われている。当時落語を全く聴いていないのにも関わらず。
別に噺家的な言い回しは取り入れていないはずだし、影響を受けるほど落語は聞いていないはずなのだけど。それに、今の落語家さんでも「女と味噌汁」の山岡・一の宮のような聞いているだけでワクワクするような口吻の持ち主なんて今のところ知らない。

私が新派に肩入れしたくなる理由のひとつは、そういう死語に近い言葉を生きた言葉として伝えることが出来る人たちがまだ少し残っているから、でもある。
でも、正直に言って、それもカウントダウンが始まっている気がしないでもない。

いずれにしても、ネイティブ東京弁というのは、早晩アーカイブでのみ見出すことのできるものになってしまいそうだ。無念でならない。
[PR]
by hakodate-no-sito | 2013-12-17 20:33 | つぶやき | Comments(0)

これが日本の「まつり」だよ

函館には観光名所が数多くございます。
今では斜陽、いや落日の地方都市でありますが、戦前までは全国有数の、東北以北最大の都市と呼ばれた土地。偲ぶ草があちらこちらに遺されているのです。

函館の観光名所・金森倉庫(ベイエリア)の片隅に、ある歌い手の記念館がございます。
北島三郎。日本を代表する歌手、演歌界最大のスター。
好き嫌いはあるにしろ、知らぬもののいない、説明無用の国民的歌手でしょう。
北島三郎は函館ではなく、松前に近い知内町の出身なのですが、出身高校が函館で、「函館の女」という大ヒットのご当地ソングを唄い、数代前の函館市長とは同期生という縁もありました。

今から10数年前に開館して以来、現在まで函館名所として存在しております。
同じ建物にはGLAYミュージアムもございましたが、こちらは契約終了に伴い既に閉館しています。

気にはなっても、こういう施設へは地元民はあまり足を運ばないもので、私も多分に漏れず、一度も入館しておりませんでした。行くことはないのかもしれない、と思っておりました。

ところが、縁は異なものでございまして、あるとき、東京から友人がやって参りました。
長く付き合いがあるのですが、ネットの世界の友人ゆえに逢う機会がないまま、今日に至っていたのですが、急にフィールドワークの関係で函館に1泊なさることになり、お声掛けいただきまして、初顔合わせとなったのでございます。
友人は数年来の研究課題として全国の大衆ポピュラー音楽(関係)の記念館を見て回っていて、その一環で北島三郎記念館も足を運ぶ、それが目的の来函というではありませんか。
折角なのでご一緒することに致しました。はい、物見遊山でございます。

北島三郎記念館、入り口で入場料を払うと係員がこちらへ来て、「お時間は大丈夫でしょうか。大丈夫でしたらご案内いたします」と言いました。お願いいたしました。

三郎記念館は動画撮影は不可ですが、写真撮影は可であることを、まず説明されました。
なかなか太っ腹な場所です。
館内には三郎少年~青年苦闘の日々が、セットで再現。時に北島三郎自らの音声ガイドを交えながら、係員が説明してくれます。説明の口調はマニュアル通り。紹介されていくお涙頂戴の苦労譚と、マニュアル口調の対極ぶり。そのアンバラスさに笑いがこみ上げます。

若かりし頃の三郎夫妻のプライベート水着写真も展示されていて、当時としては大胆な水着をまとった三郎夫人の姿に目を惹かれました。大物の妻だけあって、度胸も当時から満点だったのでしょう。

三郎がスターになってからの展示はシングルジャケット写真全作品が主になります。苦労譚よりもスター時代の紹介を見たいと私はと思うのですが、周囲の思惑、本人の想いはそうではないのかもしれません。
苦労ばなしで泣かせるというのは、昭和の昔からの定番。演歌の・・・いや、これはジャンル関係ありませんね。そういう方が需要があるのでしょう、やはり。

さて、スター時代の証のひとつたるジャケット写真も、ただ並べてあるだけで、確かにそれだけでも存在感はありますが、曲紹介や発売年、本人からの一言などの類は一切ありません。曲の試聴も出来ません。記念館としては少々不親切なつくりです。

ジャケット写真以外では、小さく出演映画の紹介、パチンコ機にレコード大賞・北海道民栄誉賞、函館市民栄誉賞の盾や賞状、馬主としての顔紹介のコーナーがありますが、物足りなさが覚えます。せめて八王子の三郎御殿や、新宿コマ劇場の楽屋風景の再現コーナーも設けて欲しいものです。現役歌手ゆえに、現物を持ってくるのは難しいのでしょうが、写真や再現小物ぐらいは欲しいものです。

北島三郎ポートレートは、カタギじゃない臭が濃厚な格好のものばかり。
毛皮のコート、パンチパーマ、サングラスで雪の中にたたずむ三郎は、どう見ても組関係の親分にしか見えません。フォトジェニックな1枚でした。

エレベーターを上り、ある部屋へ案内されると、記念館の展示コーナーのトリが待っています。
新宿コマ劇場のステージを元に製作された、北島三郎ロボットによるステージです。

円形ステージの近くにある椅子に腰をかけると、係員が照明を切り、舞台スイッチを押しました。
この舞台に限り、カメラでのみ撮影(動画不可)となります。

しばしの静寂の後、威勢の良い掛け声と、聞き覚えのあるイントロが鳴り響きます。
紅白歌合戦のステージでも知られている「まつり」です。

音響効果は抜群で、臨場感は満点。
家紋入りの提灯がステージから飛び出し、床のライトも光り、盛り上がったところで、三郎ロボットがねぶたのようなセットの上に飛び出し、唄い始めます。

ステージの左右には、スクリーンが設けられて、大劇場で唄うサブの姿が数種類編集され映し出されます。右と左の映像は微妙に編集が違います。
ロボット、右スクリーン、左スクリーン、三方向で見聞きするサブ。
美空ひばり館でも、ライブ上映コーナーはありましたが、こんな臨場感体験コーナーは無かったと思われます。
ああ、これぞジャパニーズ・エンターテイメント、ディズニーランドも真っ青のアミューズメントです。

―これが北島まつりだよ
歌い終わると、舞台からスモークが飛び出し、ステージはフィナーレを迎え、笑いと感動のひとときは終ります。

「ご来場ありがとうございました、ここで記念館は出口となります。最後に北島三郎ブロンズ像と握手してお帰り下さい。本日はご来場頂き、まことにありがとうございました」

紅白衣装でも御馴染みのはかま姿の三郎像が、手を差し出し、立っています。
その小ささに「実物大なんですか」と、係員に尋ねたところ、「はい、実物大です。161cmと聞いています」という回答。もっと小さいのではないかという疑念を抱きそうになりながら、展示コーナーとお別れ、出口前の売店コーナーへ。三郎グッズにあふれ、中には三郎シュシュなんて代物まで。バラをあしらった三郎ネクタイも販売されていて、いかがですかと勧められるも、カタギの衆が身に着けるにはいささかハードルが高すぎる、素敵なデザインでした。

一通り見終えて、会場を後にしましたが、まあ友人いわく、記念館としてはあまり良い出来とは思えないという言葉。私も同感です。
とはいえ、まつり再現コーナーの面白さはぶっち切りでした。
同じ趣向で「北の漁場」(@新宿コマ仕様)も製作して欲しいものです。

函館観光にいらっしゃる方で、B級エンタテイメントに興味のある方。
よろしかったら、足を運ばれてみてはいかがでしょうか。
[PR]
by hakodate-no-sito | 2013-10-14 13:27 | つぶやき | Comments(0)

Personality SAZAE

「サザエさんのオールナイトニッポンGOLD」
放送45周年記念企画の一環で、フジテレビとは系列会社のニッポン放送で、こんなアニラジが今夜放送されました。

テレビでの印象が強すぎる「サザエさん」。
お古い方や昭和好き、邦画好きな方だと江利チエミの映画の存在も知っておられるかもしれません。
ラジオとは無縁だろうと思いきや、昭和20年代のころから、徳川夢声と七尾怜子(日本の声優の先駆けのお一人)で取り上げられたり、昭和50年代にもアニメと同じキャストでレギュラー番組化されていた時期もあったとか。以外と縁があったようです。

とはいえ、平成期以降では初だと思われるアニラジです。

今はアニラジは花盛り。
アニメが製作されると、インターネット配信で、出演声優によるアニラジも宣伝用に作られます。好評であれば、本編同様にそれもラジオCD化されます。

とはいえ、あまりアニメのキャラクターがそのまま出張って製作されるものは多くないようです。
これは制作上の権利関係の都合が大きいのと、声優ファン向けなものだから、製作裏話や背景を知りたいというニーズもあるのだとか。

そんなアニラジのなかで、アニメ世界の延長という「サザエさん~」はさすが日本のアニメの王道かつトップです。
台本とアドリブの境界線を見せず、加藤みどりとしての反応のはずなんだけど、それはあくまでフグ田サザエという、絶妙な演じっぷり。伊達に45年演じていません。半端じゃない仕事師ぶりを見せ付けてくれました。

(個人的には聴いてみたかったですけどね、加藤みどりのオールナイトニッポンGOLD。アニメ45年間のエピソードは勿論、SKD時代や「魔法使いサリー」「ハクション大魔王」などのアニメ創成期の話や、先代カツオ高橋和枝の話、競馬の話、舞台女優としての顔…余裕で90分話せる人だと思うので)

番組前半では、原作準拠(朝日文庫版全45巻持っている身なので聴いていてニヤニヤ)のラジオドラマが放送、BGMも出演者もアニメそのまま。
番組後半でも、磯野家の面々がスタジオに激励電話をかけるヒトコマ。ノリスケ一家は未登場なのに某双子の親戚が登場するサプライズも。

他にもアニメ放送45周年企画の、日本全国巡回予定のサザエさん展(波平に叱られるコーナーがあるとか)や、サザエさんクイズ(最初にオープニングで回ったのはどこか、など)、サザエさんに質問コーナー(伊早坂先生はどういう作品を書いているのかなど)と、マニアックになり過ぎない程度に小ネタを挟みつつ、一般層にアピールした、なかなか楽しい90分でした。

番組では触れられていませんでしたが、来る12月には、アニメ版オリジナル・サウンド・トラックCDの発売が予定。

http://natalie.mu/music/news/101192

(ラジオドラマ部分以外の)番組で使用されたBGMや、紹介された歌(サザエさんの口から火曜日サザエさんの話が出たとき、ちょっとホロリ。それも堀江美都子の2曲だけじゃなかった嬉しさ!高橋和枝の「カツオくん(星を見上げて)」にも涙。)は、おそらくこのCDの曲目から選ばれたような気がします。
一旦は流れた企画が奇跡の復活、しかもエイケン(アニメ製作会社)によるCDジャケット書き下ろし。発売されるまで油断は出来ませんが、喜ばしい話です。

日本のディズニーの異名を持つほど、2次使用にはうるさいという「サザエさん」ですが、作者・長谷川町子の実姉で権利一切を取り仕切っていたとされる実姉・毬子女史の逝去で、徐々に流れが変わってきているのかもしれません。

次は、まずは系列のBSフジあたりでアニメの傑作選枠を作って再放送されること、出来れば江利チエミ主演の映画「サザエさん」も、これも系列の日本映画専門chで解禁されることを願いたいです。

しかし、何と言っても、これからもまだまだ放送が続くこと、何よりも現・声優陣が息災で50周年を迎えられること、これが一番の願いであります。

「サザエさん」は日本の宝です。
ビバ、加藤みどり。

そして、加藤みどりが番組宣伝で話した言葉じゃありませんが、ここに高橋和枝(先代カツオ役。日本声優界のレジェンド)が居たらなぁ・・・とも。
[PR]
by hakodate-no-sito | 2013-10-12 09:46 | つぶやき | Comments(0)

何となくアニメをみてみた

行き詰っている。
いろんなことに行き詰っている。
もがけばもがくほど、負のスパイラル。

現状打破のため、今までの自分ならば絶対にしないことをしてみようと思い立った。
立派なことは、勿論出来ない。
本当に小さなことで、ポンと元気になれる自分だ。
何かないだろうかと考えているうちに、どれひとつ、今時の深夜アニメを見てやろうと決めた。

これで、昔はアニメっ子だった。
幼稚園児から中学2年あたりまで。
子供向けアニメを普通に見ていたクチ。
年子の妹がいる関係で、少女向けアニメも自然に見ていた。

中学に入った頃から、だんだん面白いと思わなくなったことや、セル画からデジタルへの画面の変り方に違和感を覚えたこと、アニメは子供が見るもの卒業するものと思っていたこと、高校受験で塾通いを始めたこと、などの理由で、アニメは卒業した。ついでにプレイステーションなどのゲームからも。

前述の通り、アニメは子供が見るもの・卒業するもの、と思っていたのだが、よく回りを見てみると、誰もそんな奴がいなかった。私のような偏見な考えを持つひとはいないのだ。

とはいえ、卒業してしまったものをまた引き返すのも、どうかと思ったし、また重い腰を上げるだけのものにも出逢わなかった。

レンタルショップによく行くようになり、ふといくつか好奇心を抱くものが目に入った。
でも、飛び出す勇気はない。もうひとりの自分がウンとは言わない。

それからしばらくして、同級生と会食の機会があった。
気の置けない人で、信用を置いている人なので、思い切って話を振ってみた。

「うん、知ってるよ。普通に面白かった。ゆるいから、気楽に見られるよ」
ついでに、前述の私の考えを話したところ、一笑に付された。
アニメだからって、そんなこと思う必要ないでしょ、と。

それもそうか、何となく解き放たれた気がした。
それですぐ動ければ私はもっと今、生き生きしているのだろうが、そうは行かず、まだグズグズしていた。
それから3ヵ月経ってやっと行動出来た。

ここで振り出しの話にやっと戻って行く。
「けいおん!」のDVDを1枚、試しに借りて見てみたのだ。

私は見巧者でも何でもないし、アニメはよく判らない。
だから、なるたけバイアスをかけず、素直になった。

画が綺麗。
私がアニメにかじりついていた90年代のものとは全然違う。
あの頃夢中になっていたものを、たまに再放送で見かけると、画の段階でかなりキツイ。古びて見られたものじゃない。賞味期限切れということばがよぎる。

作品自体は、聴いていた通り、いい意味でユルイ。肩の力を抜く、といより脱力といった方が良さそう。
そんな、ふわっとした学生生活を、マンガ(アニメ)的な誇張を交えながらも、淡々と描いている。
このあたり。往年のホームドラマ的な要素があるのかもしれない。
アニメに限らず、戦闘ものが不得手で、ホームドラマ大好きな私にはそういう点でもとっつきやすい。

そして案外と笑いの要素があった。
遊び的な小ネタ、「おいおい」と見ていてツッコミたくなるようなもの、設定や台詞内容自体に(意図せずして)苦笑させられるものまで、様々。笑いの質については言及を避けたい。
そういう点で、下手なゴールデンのバラエティ番組より余程面白いと感じる。
笑いの種類にアニメ・ノリというものは確実に存在しそうだ。独特の進化を得ている。

主演の声優4人については、最初の1枚(1話・2話)を見る限りは、あまり関心しない。
一人はまあまあ及第、あとは粗が見える。
演技するより歌の方が余程うまいのではないんだろうか。
もっともアニメーション独特の演技法というものもあるようなので、一概には言えないし、ドラマことホームドラマというものは大体が最初は息があっておらず低調であることが多い。これからなのかもしれない。

それにしても、アニメにおけるキャラクターソングというのは大きいものらしい。
これもまた、JPOPとも演歌も違う、アニソンという、ひとつのガラパゴス的世界を形成していそうだ。
オリコン等のチャートを見てゲンナリしていたが、これは見方が変った。
[PR]
by hakodate-no-sito | 2013-07-25 19:33 | つぶやき | Comments(0)

YOSHIKO

今日7月17日は、石井好子の祥月命日になります。
もう3年経つというのに、まだどこかで「ご無沙汰が続いているなァ」という感覚が残っています。

最晩年の、銀髪姿で微笑む姿を思い出すと、90歳の歌はどういう表現をして披露したのだろう、パリの街風の舞台セット、そこに設けた椅子に腰掛け、何気なく呟くような、小粋さで「ジャバ・ブルー」なんて唄っていたのだろうか、迫り来る闇を思わせるような「暗い日曜日」を聴かせていたのだろうか、なんて想像をしたくなります。

80歳を過ぎてもなおハイヒールを履き、ステージに華麗に現れた姿。恐ろしいまでのスケール感。
そういう凄い石井好子から卒業した、より自由なそれでいて奥行きのある美しい石井好子が見られたのではないだろうか。

やはり、惜しいのです。
それと同時に、やはり鮮やかな幕引きでもあったと、石井好子らしさも感じます。

亡くなってから、共著も含めて文庫本で6冊、単行本で4冊、ムック本1冊、追悼盤が2種類(ベスト盤に追悼の文字を入れただけのものと、若い頃の歌声をたっぷり収めた2枚組)発売されました。それらは、ほぼ手許にあります。微力ながら製作のお手伝いを致しました「LE GONDOLIER」(キングレコード)は、今も愛聴しておりますし、若き日の石井好子の魅力をたっぷり堪能できるCDだと客観的にも末端製作関係者としても石井好子好きとしても思っております。

特に未刊行エッセイ集「バタをひとさじ、玉子を3コ」(河出書房新社)は、お気に入りの1冊。
バスローブについて書いた小文が好きで、いずれバスローブを愛用してみたいと憧れています。

石井好子の随筆に定評があることは「巴里の空の下オムレツのにおいは流れる」(暮しの手帖社,河出文庫)でひろく知られていますし、私も著書数冊が手元にあり読んでいましたが、まさか未刊行エッセイが2冊も3冊も出せるだけ眠っていたとは思っていませんでした。

書いて欲しかった、ということもいっぱいあるのです。

石井音楽事務所の社長として、芸能プロモーターとして、多くの歌手タレントをとりまとめ、外国人音楽家を招聘した頃の話を、1冊にまとめて欲しかった。

自らプロデュースし始めたシャンソン界の祭典イベント「パリ祭」についても、1冊まるごとで書いて欲しかった。

何種類となく出ている自叙伝エッセイを読むと、チラリチラリとその本だけにしか書いていないことが出てきます。そういう、本人としてはさして重要とも思っていなかったかもしれないようなエピソード、初公開となるようなエピソードを、もっともっと綴って欲しかった。

まだ買っていない、過去の著書がいくつかあります。
同じような本だからというよりも「余白を残しておきたい」という想いからです。
でも、そろそろ手に収めて、しっかり読んでみようかとも考えています。

今晩は、これから石井好子80歳の折、都響とのジョイントコンサートのDVDを見てから寝る予定です。

親交のあった水谷八重子(水谷良重)は「素晴らしかった。私も80歳になったら、石井先生みたいなコンサートがしたい。夢です」と語っていて、もともとある憧憬の念をさらに強くさせたひとときであったようです。

このコンサートの素晴らしさ、石井好子の圧巻なステージは映像でもわかりますが、客席に居たなら、その感動はなおのことであったはず。水谷の言葉は私には貴重な証言です。

コンサート映像、ステージばかりではなくチラリと客席も映し出されるのですが、その際秋山ちえ子や岸朝子といった顔ぶれが客席に座って笑ったり拍手する姿がカメラに収められているのです。ノークレジットです。
そしてアンコールナンバーとして「二人の恋人」を歌う石井好子に、花を捧げに走り寄る女性は二葉あき子なのです。

素晴らしいコンサートには、客席側でもまた凄いドラマが展開されることを認識せずには居られま
せん。

もしかしたら、以前DVDを観たときには気付かなかったことを知ることができるのではないかと、そういう期待も、いま抱いています。
[PR]
by hakodate-no-sito | 2013-07-17 23:22 | つぶやき | Comments(0)

法善寺横町

高校の修学旅行、大阪での自由散策時間で、私は法善寺横町へ参りました。
喧騒感たっぷりの道頓堀から、路地へ入るとまったくの別天地。

夕暮れどき。
雨に濡れた石畳に、キラリと反映される、ほの暗い街灯。
全身が苔に覆われた水掛不動。
ひっそりと建てられた「月の法善寺横町」の歌碑。

台風接近というときでしたので、人もあまり居らず、それがなおのこと上方情緒を引き出していたのかもしれません。

本屋で長谷川幸延の「法善寺横町」(タチバナ文芸文庫)を見かけたとき、そんな昔のひとときが、ふと蘇りました。

前の日に、村上元三の「思い出の時代作家たち」(文藝春秋)という本を読んでいて、そこに長谷川幸延についても載っていた、というのも後押しでした。

長谷川幸延。
往年の作家、劇作家で、長谷川伸の門下でもあった人。
「殺陣師段平」「桂春団次」などが代表作。

読んだことはありませんでしたが、名前ぐらいは知っています。
頭の中で、既に芸道に生きる人の人情ドラマが展開されつつあります。

お持ち帰りしまして、読みました。

ちょっと想像とは違いました。
「法善寺横町」という本の題名から、ここを舞台にした短篇が並んでいるものだと、思い込んでいたんですが、これは10篇収められたうちの1篇の題名で、他の作品は別に法善寺は関係ないのです。早トチリでした。

もうひとつ誤算がありました。
この本、昭和17年に発売された短篇集を、平成22年に復刊したものでした。
昭和17年というと戦時中。
本に載っている短篇でも、戦争が話に絡んでいるものが多い。
面食らってしまいました。

では、つまらなかったか、というとそんなことはありません。
ときに興味深く、実に面白かったんです。

関西新派や新国劇などの舞台脚本も多く手がけた人なだけあって、作品が往年の新派や大衆演劇の匂いがあって、それが私にはたまりません。何ともいえない情緒があるんですよね。

それに、戦時下の大衆小説なんて、読めそうで読めません。戦争賛美がどうと問答無用で黒歴史化されていますのでね。大衆小説と戦争がどう反映されていたかを知る、いい機会、資料でありました。
戦争賛美描写も、別段違和感はなく、当時の大衆はこうであったろうという、自然なものです。
それは芸人であったり、職人であったり、役者であったり、少なくとも偉い立場にある人が出てこない、等身大の人間、大衆の想いを描いた作品ばかりであるからなのでしょう。
戦時色はあっても、腕のある作家が、仕立てた小説は、やはり魅力的でした。
泣かせの入った作品もありますし、ややイージーな世話物になっている作品もありますが、総じてレベルは高いです。

機会があれば、長谷川幸延作品、また読んでみたいですね。
著作はほぼ絶版、一部舞台の原作者としてかろうじて名を留めるのみ、というのが現状ですが、古本の森には忘れ去られた名作が眠っているように感じてなりません。
[PR]
by hakodate-no-sito | 2013-07-02 13:28 | つぶやき | Comments(0)

ウクレレと絵画

小学校の頃、たまたま見たテレビのお笑い番組に、牧伸二が出ていた。
ウクレレを弾きながら、

♪真珠の指輪は とっても綺麗
 もっと綺麗な マキシンジュ (と自分を指差す)
 だけど あいつの頭のなかは (指で頭を指す
 真珠どころか パールだよ (手のひらをパッとひらき、目をひん剥く)
 ああ やんなっちゃった 
 ああ おどろいた

という例の歌(ハワイ民謡と聞いたことがあるが詳しくは知らない)を交えた歌謡漫談をやっていた。

面白くて、脳内に牧伸二という名が認識されるとともにすっかり好きになってしまった。

今にして思えば、「面白かった」というよりも、小気味の良いテンポとノドの良さが気に入った、というのが正しいのだろう。

当時、牧伸二はアース製薬の防虫剤のテレビCMに出ていて、やはり♪ああ やんなっちゃった と唄っていたのもあり、CMを真似して歌いまわる、私の周りでは軽いマキシン・ブームが起こった。

昭和30年代の人気歌手に神戸一郎(かんべ・いちろう)という人がいるが、その名前を初めて知ったのも

♪フランク永井は 低音の魅力
 神戸一郎も 低音の魅力
 水原弘も 低音の魅力
 漫談の牧伸二 低脳の魅力

という牧伸二の十八番ネタからだった。

先述のブームは一過性で終わったが、それから数年経って、函館の金森倉庫のあたり(カルフォルニア・ベイビーの右隣の建物)に小さいなギャラリーが出来、そこの目玉に牧伸二の描いた絵画やウクレレが展示されるというニュースを新聞で知った。

両親にねだり、ある日曜日、そこへ連れて行ってもらった。

もしかしたら握手会があって、それで行ったのかもしれないが、定だかな記憶は失われている。
細い目、太い眉、浅黒い顔の牧伸二が、赤いアロハシャツを着て、椅子に座っていて、来る人来る人に、いやどうも、と、やや無愛想気味に握手をしてもらったような気もするが、それは数年前に見た常田富士男と記憶を混同しているのかもしれない。

ギャラリーなんてものは、子どもの私にとっては退屈以外の何者でもなかった。
牧伸二の音楽漫談が聞けるわけじゃなし、今にして思えば昔から考えることが出来ないヤツだったなぁと苦笑せざるを得ない。
ガッカリしながら、牧伸二のコーナーを見ていたら、父がやってくれた。

「本当に、本人が描いてンのかよ、あったらホンズ無エヤツ」
「ニセモンじゃねェのか、これ」

とブツブツ言いながら、「お手を触れないで下さい」と書かれた張り紙など無視し、絵の入った額縁に触れだし、くくりつけになっていたウクレレを手に取ろうとして、壁からもぎ取ってしまった。
散々ガチャガチャいじって、元に戻そう・戻せないとしているところに、係員がやってくる。

「いやー、スイマセン。もっと近くでよく見てみたかったもので」と、謝罪する父。 形ばかりにきまってる。
そこは公の施設ではなし、まして都会ではなく地方の小都市。
「気をつけて下さいね」という穏便な措置で済んだ。

帰路の車中、「あんまり面白くなかったな」という感想が飛び出し、そこから父の独演会がはじまった。

「絵っていうものは触らないとホンモノかどうか判ンねェ。
俺は海外で、フランスだったかな、忘れたけどよ、ピカソの絵にも触ったことがあるんだ。出張のときによ、絵、見に行ったら、ピカソの絵ってのがあってよ。これホンモノかなと思って、誰もいネェがったから、チョンと触ったンだ。そしたらビーっと警報音鳴って、すぐ警備員来たな」

「ま、謝って、何とか許してもらったけどよ。俺グレェだろうな、ピカソと牧伸二の絵を触ったことのあるヤツなんてよ」

別に私が悪いことをしたわけではないのだが、それから牧伸二を見ると申し訳ない気持ちになって、遠ざけるようになり、何となく苦手な人になっていった。

去年だったか一昨年、NHKの演芸番組で久々に姿を拝見して、健在ぶりを確認したのが、私にとって最後になった。

昨日、「ああ、驚いた」どころじゃない、牧伸二の悲哀漂う最期を知ったとき、忘れかけていた小学校の頃の楽しさと苦さが混じった、この思い出が蘇ってきた。


追記)
件のギャラリーはオープンから数年も経たないうちに閉鎖されていて、既に現存しない。
[PR]
by hakodate-no-sito | 2013-04-30 14:47 | つぶやき | Comments(0)

「春との旅」

2月13日は江利チエミの命日だからと、久々にブログでもと思っていたが、江利ではなく雪村いづみ出演の「題名のない音楽会」感想に。何年も前に書きたいと思っていたが挫折。ふと思い立ってやってみたら、かたちが出来た。良質の番組。こういう番組、今は全然見当たらない。見つけられないだけ、と思いたい。

前にブログを書いたときは高英男の「題名のない音楽会」。これも完成度の高い回だった。
NHKの「ビッグショー」の出演回も良かったが、こちらも勝るとも劣らぬ出来だった。

「題名のない音楽会」、もしも黛敏郎時代の題名が再放送されたら、録画欠かさずしながら見そうだ。
石井好子、植木等、三波春夫といった、私の敬愛する人たちも出ていたらしい。
アニメを見終えて朝食、の際のBGMがわりにして、見ていたのにまともに見た記憶がゼロという自分の過去が恨めしい。
視聴チャンス、また巡って来ればいいのだが・・・。

2月15日は山岡久乃、16日は淡島千景、17日は藤田まことの祥月命日。
好きだった人、今も好きな人を、思い出す1週間。
逝ってしまう人は増えてゆくばかりなのに、好きになる人はなかなか増えない。
好きになった人は既に故人だったコースばかり。

たまに、ちょっとイイなと思う今の人がいても、横槍に気が萎えてしまったり、好きでも昭和を彩った大好きな人との差を嫌でも痛感して、口に出すのがはばかられることもある。

好きなひとを見つけるのも大変だが、好き嫌いの公言もまた難しい。

16日の夜は、淡島千景を想いたくて、最後の映画出演となった「春との旅」を借りて見た。
公開当時から気になっていたが、やっと行動に移す。
寒空を歩いてレンタル店2軒回って見つける。

2010年公開の映画。主演は仲代達矢と徳永えり。
徳永えりはここ数年よく視覚に入って来る若手女優。私と同い年の生まれ。
最近だと「梅ちゃん先生」に出ていた。
出演者が少なく、それも仲代、淡島、菅井きん、大滝秀治、田中裕子、柄本明、香川照之という演技派・名優カテゴリに入るベテラン・中堅揃いのなかで、大奮戦。
叫ぶシーンでは、時折声が割れるところがあるのが難だったが、そこを除けばよかった。
今20代だと満島ひかりや貫地谷しほりが良いが、徳永もそこに入っていくのか。もっと化けていくのだろうか。
長い目で観察していこう。

仲代達矢は元漁師の役どころだったが、そうは見えなかった。どちらかといえば元・教員っぽく思えた。
この映画は仲代のおかげで実現したのだし、仲代も悪くはなかった。不器用さと甘えを兼ね備えている面はさすがだ。
だが、漁師に見えないところもそうなのだが、ところどころ新劇臭が出ている。
緒形拳だったら、どうだったろうか。

ロードムービー形式なので、仲代・徳永以外の出演者のシーンは短め。
田中裕子はどうも好きになれず、今日まで来たが、そろそろ認識を改めないと、訃報のとき己の見る目の無さに落ち込みそう。中村勘三郎の二の舞になる前に。

菅井きんの覚束ない歩き方が、気になる。
老人ホームに入居が決まっている役だから、演技の一環と考えられなくもないが、ここ数年露出が無くなっているのは、脚を悪くしていることもが理由(のひとつ)なのだろうかと憶測。

肝心の淡島千景だが、見事な演技。そして気品。
既に80歳半ばになっているが、あぶなっかしさは無い。
淡島の姿は驚異だ。
比較するのは空しいが、若さを売りに突っ張り続けた森光子は同じ年齢の頃、さすがに衰え出していた。

淡島千景にとって、本作品が映画女優としての最後の作品となったのは、良いことだったと思う。
最後の出演作品となるとテレビドラマ「渡る世間は鬼ばかり」ということになるが、あれは淡島千景を生かしていたとは言い難い。
没後散々騒がれてしまった借金騒動や死因となった膵臓癌を患った中で、橋田壽賀子の長台詞をこなし、やりきったという点では矜持を見るのだが。


e0134486_16354738.jpg

これだけいろいろ思いながらも、淡島千景が逝ってしまったことに納得していない自分もいる。
そして、「もっと仕事選べばいいのになあ」と思うような作品に顔を見せている淡島千景を思い浮かべてしまう。

More
[PR]
by hakodate-no-sito | 2013-02-18 16:20 | つぶやき | Comments(0)

高英男 VTRライブのおしらせ

こちらも清水康子さまからお知らせ頂きました。


【京都『巴里野郎』 30周年&閉店 特別企画】
さよならライヴ & 高英男さん映像メモワール

2013年4月20日(土)
開場 12:45
開演 13:00 高英男さんDVD上映~13:50
14:00 ライヴ Part 1    ~14:45 
15:00 ライヴ Part 2    ~15:45

【会場】巴里野郎 ☎075-361-3535(予約)
【Mチャージ】3500円
京都市下京区河原町四条下ル三筋目(信号1つ目)東入ル柳川ビル2F
【交通アクセス】阪急電車 …京都線「河原町駅」2番出口から徒歩3分
◆京阪電車「四条駅」3番出口から徒歩5分
【後援】日本ンシャンソン協会
【協賛】ロックハート城(群馬県)関越・沼田IC車で20分

出演:高 英男(VTR) ※協力:佐々木 孝子
清水 康子、椿井 亘(旧芸名:津波井 亘) 、玉田 さかえ、稲土 寿美、小室 弥須彦(ピアノ)



京都の老舗シャンソニエ・巴里野郎の30周年&閉店特別企画の「さよならライヴ」の企画で、高英男さんの往年のステージの秘蔵映像を上映するということです。

高さんも以前「巴里野郎」でライブを行った縁に、清水さまのご尽力、そして高英男さんのマネージャー・佐々木孝子さんのご協力で実現となりましたVTRライブ。老舗シャンソニエで、高さんの歌声・・・京都近郊の方はぜひ足をお運び頂ければ幸いです。

この「さよならライヴ」へは、情報提供いただきました清水さまも出演されるそうです。
こちらも併せて、ご覧くださいませ。

詳しい内容は、清水さまのサイトのページを。
http://yasuco.main.jp/20130104kiyoto-1.html
[PR]
by hakodate-no-sito | 2013-02-12 17:51 | つぶやき | Comments(2)

あの世のこころだァ・・・なんて

2012年も、あと3週間となりました。
今年も、素晴らしい芸を持った人たちと、居て当たり前だった人たちと、お別れが続きました。

最近では森光子、中村勘三郎が旅立ちました。

これで今年の「居て当たり前だった人」の訃報は、打ち止めだろうと思っていたら、小沢昭一の訃報が届き、落胆・茫然としています。

e0134486_179348.jpg


久しぶりです。
芸能人の死で、泣けて泣けて仕方ないのは。
悔しいんです。
いなくなるなんて、有り得ない人なんです。
ラジオをつければ、「まだやっているのかよ」と悪態のひとつでもつきたくなりながらも、ついつい聞いてしまう、現在だけども時の流れが今と違うゆるやかなひととき。
それを提供してくれるのが小沢昭一なんです。

覚悟していなかったといえば、嘘になります。
40年間、続けて来たラジオ出演を止めるなんて、尋常なことではありません。

11月16日放送の「小沢昭一の小沢昭一的こころ」へ肉声メッセージを寄せ、それを聴いたときも、一抹の不安はよぎりました。これがお別れなんじゃないだろうかって。

でも、です。
それは考えてはいけないことであったし、信じたくないこと。
希望は捨てたくありませんでした。だから、信じました。

それにしたって、今年中に逝ってしまうなんて。
来たる年は、来月は「小沢昭一の小沢昭一的こころ」40年ですよ。

やっぱり悔しいです。何故だ、と叫びたいですよ。

一度だけですが、小沢昭一を生で見たことがあります。
老いをさらりとユーモアに変えて煙にまく、話術はただただ素晴らしかったです。
肩の力を抜いて自然体。言いたい放題のようでいて、心の深淵は見せず煙幕を張っていて、でもそれが不自然ではまったくない。ナチュラルなのか深謀遠慮の塊か。煮ても焼いても喰えないジイサン、とはこのことかな、と思いました。

私の知っている小沢昭一に至るまでは、山坂越えた末に出来上がってきたようで、岩波現代文庫にも収めらた名著「わた史発掘」を読むと、生半可じゃないこだわり、生々しい苦悩・葛藤が綴られていて、その血肉通った熱い人間ぶりに驚いたことがあります。

映画での怪演ぶりも印象深く、チラとしか出てこない「しとやかな獣」での破壊力満載な姿をはじめ、グルグルと頭に浮かんできます。

でも、私にとっては役者というより、話術の達人であり、平成のミスター・ハーモニカで、「徹子の部屋」における扮装+黒柳徹子との不可思議なトーク、あの口調そのままに綴るエッセイ、このあたりが馴染み深いです。

そうそう、あまりテレビドラマに出ないのに、NHKで放送していた夜ドラに、相武紗季の「どんまい!」だったと思いますが、寝たきり老人か何かの役で出て来たのには、何故!?と叫びそうになりましたっけ。
相武さんのヘタさを考えるとちょっとDVD借りてとは思えないけど、再放送あるなら見たいなあ、小沢さんのところ。

いろいろ思い浮かぶことが、多過ぎます。
まだまだ認めたくないですし、何度も言いますが悔しい。

森繁久彌がそうですし、森光子もそうなると思いますが、亡くなっているとわかっていても、話のネタとして生き続ける存在になると思います。

今晩は「わた史発掘」を再読したいです。
追悼ではありません。あくまで読みたくなったからです。

あの歌も聴きたくなります。
♪ハーモニカが欲しかったんだよ、どうしても、どうしても欲しかったんだ・・・

やっぱり・・・泣かないわけには、参りませんね。
[PR]
by hakodate-no-sito | 2012-12-10 19:53 | つぶやき | Comments(0)