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低音の魅力を映像でもどうぞ

昭和を代表する大歌手にふさわしいBOXセットが、2016年2月24日に発売された。
「懐かしのフランク永井 シングル全集」(10CD+DVD / VIZL-941 )

このBOX、フランク永井のシングル曲(A面)をまとめたもので、CDにしてなんと10枚分。
加えて、NHKのアーカイブ映像からフランクの歌唱シーンをピックアップしてまとめたDVDが1枚付いてくる。

フランク永井のCD-BOXはこれまで幾つも発売されているが、ヒットの多さが災いしてか、結局オリジナル曲は似たり寄ったりの選曲にならざるを得ない状態が続き、カバー音源(洋楽も含む)の方がバラエティ豊かな選曲(復刻)ができるという、本末転倒というのか、何とももどかしい状況になっていた。

勿論、カバーはカバーで聴き応えがある。
フランクのカバーへのスタンスは洋楽のポピュラー歌手のそれに近い。良い歌は共有しようと、気負わず、サラッと歌うところが実に良い。だからこそ光る。
何よりもフランク永井の代表曲「君恋し」は二村定一のカバー。欠くことはできない分野なのだ。

洋楽は言うまでもなくフランク永井の核であり欠くことが出来ないもの。

どちらもフランク永井という歌い手を知るには重要な音源だ。 余技どころか見方によっては本丸といえなくもない。

ただ、フランク永井という歌い手は紅白26回連続出場という最多記録(当時)を打ち立てた、歌謡界のまん真ん中に居た歌い手。
フランクが歌った、流行歌~歌謡曲を見ていく(聴いていく)ことこそ、フランク永井を知る、まず王道ではないだろうか。

日本の音楽シーンにおける功績を思うと、昭和30年から60年までの30年間、フランク永井という人がどのような歌を歌い、ヒットさせてきた、リリースしていたかを、つぶさに知ることができる手がかりとなる、今回のシングル全集はフランク永井という一歌手の歴史だけではない、また作曲家吉田正にとっても、作詩家佐伯孝夫にとっても、ビクターレコードにとっても、流行歌~歌謡曲の変遷を知る上でも、一大資料となったことは疑いの余地もない。

フランクと同時代に活躍した歌手で、今までこのような全集がリリースされたのは、私が知る限りでは美空ひばり、島倉千代子、三橋美智也、春日八郎の4名。ここにフランクが加えられたことは収まるところへやっと収まってきたのかと嬉しくも思う。
(あと、このレベルに近い全集は、江利チエミでも組まれている)

今回の全集は10枚分、それぞれ単独でも発売されている。
BOXセットは高額だから・・・と躊躇されている方でも、まずは気になる年代を1枚、という買い方・聴き方が出来るのが有難い。

BOXセットには歌唱映像を収めたDVDが1枚付属している。
過去、テレビ東京における歌唱映像が数曲程度収めれたビデオが発売されたことはあったが、フランク永井単独での歌唱映像ソフトはおそらく本邦初。

NHKに残る最古の歌唱映像と思しき、昭和38年放送の「第14回NHK紅白歌合戦」で歌った「逢いたくて」から、NHKに残る最後の歌唱映像である昭和60年放送の「第17回思い出のメロディー」での「有楽町で逢いましょう」まで全28トラック分の歌唱映像が収められている。

DVDの構成のベースは、2009年にNHK-BS2で放送された「歌伝説 フランク永井の世界」。
1部の映像テイクは、原版からではなく、「歌伝説」をそのまま2次使用(流用)しているので、一部テロップがモザイクがかかっている。
原版から使用すればクリアな映像で見られたろうに、その点は残念で仕方ない。

また、NHKに残っている映像、という関係もあり、いくつかのヒット曲は収められていない。
しようがないこととはいえ、「夜霧に消えたチャコ」「羽田発7時50分」「西銀座駅前」などが抜けているのは痛い。 前述の「歌伝説」ではテレビ東京から映像を借用し、紹介している。

「羽田発7時50分」は昭和46年放送「第22回紅白歌合戦」で歌われているのだが、NHKで映像を保存しておらず、後年視聴者(関係者)からエアチェック用の映像の提供を受け、それをアーカイブに収めるかたちで保存している。残念ながら提供された映像の保存状態が宜しくなく、特にフランクが出演している中盤の時間帯が酷いらしい。

それにしても、フランクの代表曲といえるこの3曲の歌唱映像がNHKに無いというのは半ば信じられない。

さて、このDVD、「歌伝説」を録画した人には不要かというと、そんなことは全くない。

・昭和42年放送「第18回紅白歌合戦」での「生命ある限り」
・昭和43年放送「歌まつり明治百年」における「ゴンドラの唄」「恋はやさし野辺の花よ」(共演:和泉雅子)
・昭和52年放送「ビッグショー・松尾和子」での「銀座ブルース」(競演:松尾和子, 和田弘とマヒナスターズ)
・昭和55年放送「第31回紅白歌合戦」での「恋はお洒落に」(競演:ニューホリデーガールズ)
・昭和56年放送「第13回思い出のメロディー」での「東京の屋根の下」(競演:八代亜紀)
・昭和56年放送「特集 歌謡ホール」での「無情の夢」

は番組で紹介されなかった映像である。
加えて、「歌伝説」では歌の途中までの紹介だった
・昭和59年放送「この人『フランク永井』ショー」での「My Baby's Comin' Home」
も堪能できる(ただし、「歌伝説」で流れた曲前のMCはカット)。

なおDVDでは昭和51年放送「第27回紅白歌合戦」での映像と紹介されている「東京午前三時」は、昭和57年放送「歌謡ホール」のものであり、「大阪ぐらし」は昭和55年放送「歌と笑いの大阪夏まつり」だと思われる。

DVDが単独での発売ならばともかく、あくまで特典の付属DVDであることを思えば充分な出来だろう。
まずはフランク単独での歌唱映像集が編まれたことを喜びたい。そして、次につながっていくことを祈りたい。
TBS編、テレビ東京編で映像集を作れば、代表曲の大半は映像で楽しめるのではないかと思う。

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by hakodate-no-sito | 2016-02-24 12:52 | 歌・唄・うた | Comments(0)

時の針

コンビニで用を足していると、店内の有線放送が耳についた。
「この声は…」
こういうときにとっさに誰かわからないと、あとで調べるのに苦労する。
幸いなことに、その声は私の頭にしっかり刻まれている歌い手のものだった。
岩崎宏美である。

自分のなかでは、馴染みはあるものの好きな歌い手の上位に挙げるようなひととは少し違うのだが、折に触れて、彼女の歌で琴線に触れてくるものと出逢う。

それは決して大ヒット曲という訳ではない。
いや、勿論「聖母たちのララバイ」も「ロマンス」も「シンデレラハネムーン」も好きな歌ではあるのだが、自分の中で重要な位置を占めているかというと否だ。

(もっとも「聖母たちのララバイ」については、アルバム「夕暮れから・・・ひとり」に収められた、「火曜サスペンス劇場」で使用されていたテイクは偏愛に近い好みだ)

早速その場でiPhoneを使って調べる。
昔なら、その場で店員に聴いたり、レコード店で訊ねたり、とするのだろうが、いまそんなことをやっても応えられる人はまずいない。探し出せない上に、相手にとっては不利益な時間を使わやがってと迷惑がられるのがオチだ。
文明の利器の恩恵で、こういうときはネット検索法さえ心得ておけば本当に助かる。
情緒もふれあいもないが、いまの風潮ではこちらの方が良いのだ。

その唄の題名は「時の針」という。
テレビCMでも流れていたそうだが、耳に入って来てはいなかった。
作詞・作曲は中村中。
約10年前に「友達の詩」という歌で、紅白歌合戦にも出た、シンガーソングライターだ。
性同一障害者ということもあって、当時はそこも強調するかたちでよくメディアで取り上げられていたが、今は忘れている人の方が多いのではないだろうか。
「友達の詩」は良い歌だったが、どうも歌い手の特殊パーソナリティありきで売られた感があって、勿体無く思う。

彼女は昭和40~50年代の歌謡曲が大好きで、ちあきなおみや由紀さおり、そして岩崎宏美といった女性歌手が好みなのだという。
リスペクトを叫んでも、歌い手の個性が強すぎて、何もリスペクトになっていなかったり、まったく良さを引き出していないことはよくあるが、岩崎と中村の相性は、ぴったり。岩崎が唄った「友達の詩」は中村のそれ以上のもので、まるで最初から岩崎のための歌のようにも思えた。

(なお、天の岩戸に隠れてしまったちあきなおみは叶っていないが、由紀さおりには曲提供を実現している。「かくれんぼ」「回転木馬」という。これがまたなかなか良い歌で、収められているアルバム「いきる」は発売から5年経った今も大好きな1枚だ。)

この「時の針」も、歌謡曲・岩崎宏美リスペクトに満ちた素敵な1曲だ。
「あざやかな場面」「虹~singer~」と続き、また、岩崎宏美の歌で、大事にしまっておきたい歌が増えた。

----------------
長い長い時の流れを もしも巻き戻せたとしても
飛んで行けない 私の弱さは時の流れのせいじゃないから
----------------

http://j-lyric.net/artist/a000487/l02d471.html
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by hakodate-no-sito | 2015-01-03 23:45 | 歌・唄・うた | Comments(0)

一周忌

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一週間ほど休暇を貰った。
チケットと値段の関係で、宿舎のある場所から函館の実家まで帰る飛行機の時間は夕方になった。少し時間が空いたので、空港からも比較的近くにある、ある歌い手の墓所に参ることにした。
最初は一人で、と思ったが、同世代の懐メロ仲間I氏を誘い、二人で行くことに。

「遅くなりました」「一年ぶりですね」
駅前で待ち合わせたI氏は相変わらず活動的で、この日もこれから沖縄へ飛ぶという。

沢庵や賀茂真淵が眠る墓地の一角に、歌い手は眠っていた。すぐそばに線路があり、頻繁に電車は通っているが、適当に静かで適当ににぎやかだ。いい場所に墓を建てたと思う。

熱心なファンが度々訪れるらしく、墓石は土ぼこり一つ付いておらず、供えたての花は幾つも並んでいた。

「淋しくないですね、きっと」
「そうですね」
墓の後ろに回ると、故人の名前とともに、忍という名前も刻まれていた。
生まれることの叶わなかった故人の子どもの名前だ。歌手ひとりで眠っている訳ではなかったのだ。
その名を見たとき、無機物であるはずの墓に歌い手の体温を感じた。
墓石に刻まれた、「こころ」という文字が一層迫ってきた。改めて手を合わせた。

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「そろそろ行きますか」
気がつくと、降り出していた雨は強くなっていた。名残り惜しさはあれど、帰ることに。
来たときには気にならなかったどんぐりの実が、やけに足もとをすくおうとしていた。

「何だか実感わきませんね」
「まだ歌っている気がしますよね」
帰り道も同じ話になった。
I氏はラジオ番組の公開録音のステージを見ている、私は京都駅で見かけたことがある。
生の姿を見ているだけに、そういう思いが余計に強くなるのだろう。

歌い手が逝って、もうじき一年になる。
まだ私の中では、半分生きている人だ、島倉千代子という歌手は。
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by hakodate-no-sito | 2014-11-03 00:47 | 歌・唄・うた | Comments(0)

宝塚卒業生 伝説の歌声・魅惑の歌声 深緑夏代

こちらで記しました「宝塚卒業生 伝説の歌声」 、「宝塚卒業生 魅惑の歌声」 に収められた素晴らしいテイクの数々。
いろいろ聴いて頂きたい歌い手がおりますが、今回はその中から深緑夏代について話してみたいと思います。宝塚出身の歌手といえば、何といっても越路吹雪ですし、世間でもそう言われますが、実は深緑夏代の存在なくしてはその越路も有り得なかったのです。

宝塚時代、後輩の越路と組み、深緑は名コンビとして名を馳せました。岩谷時子も交え、公私ともに親しく行動を共にしていたようで、越路をシャンソン歌手の道へと進ませた理由のひとつには、先にシャンソンを歌いだした深緑の存在も小さくないと私は見ています。
この二人、宝塚の舞台のかたわら、生活に武者修行も兼ねて米軍キャンプで唄うということもあったとか。その時代に越路がレパートリーに入れていたのが、「魅惑の歌声」にも収められている「国境の南」であり「ビギン・ザ・ビギン」だったそうです。

さて、深緑夏代の宝塚入団の理由は、声楽を習いたかったから。当初から歌い手として大成したいという想いを抱いていました。奇異に取られる向きもあるかもしれませんが、当時の宝塚の講師陣はそれだけの面々が揃っていたということでもあります。その実力は、当時声楽の世界では権威があった日本音楽コンクールに出場し、トップを取ってしまうほどでした。音楽学校出身じゃないということで優勝ではなく、優勝該当者なしの2位ということになってしまいましたが・・・。次の年も出てトップの成績ならば1位にすると関係社に言われたそうですが、「もういいや」と参加することはありませんでした。

このときのコンクール会場で、一観客として深緑の歌声を聴いていたのが、高英男。
後年、二人がシャンソン歌手となり、度々顔合わせするときになって、「僕、そのステージ見てたんだよ」と思い出話で盛り上がったこともあったそうです。
両者、晩年は競演が減ったものの、二人の間には盟友意識が最期まであったようで、2007年10月12日、ヤクルトホールで行われた「るたんフェスティバル」では、幕が下りた後、深緑が高に抱きつくように近づき「本当に久しぶり。懐かしいわね。あの頃、本当に随分競演ものね」と満面の笑顔で話しかけていた姿が、今でもありありと浮かんできます。
思えば、高英男も深緑夏代も、没年は同じ2009年。縁を感じます。

さて、越路との関係については、二人の退団前後でいろいろあったらしいのです。

深緑が宝塚を辞めて本格的に歌手に、シャンソンの道を歩みたいと越路に相談したところ反対され、辞めるのを先に延ばしていたら越路が先に辞めてしまった。越路は女優、ミュージカル畑へ進んで行く旨を口にしていたのに、いざ蓋を開けたらシャンソンへの指向も強め、強力なライバルとなっていったことも深緑にとって複雑な想いを抱かせたともいいます。
それ以降、二人が顔を合わせることは無かったと言われています。

ただ、深緑と岩谷時子との関係は終生続き、食事を共にしたり、岩谷の詩でシャンソンを歌うなどしています。深緑も、岩谷を通じて越路の話も聞いていたのではないかと思われます。

本当に僅かなことしか越路について話していない深緑ですが、晩年「コーちゃんに歌を教えたこともあるのよ」と、本当に大きな秘密を打ち明けるように話したことがありました。
岩谷時子も「コーちゃんに出来なくて、あなたに出来ることのひとつが、他人に教えるってことね」と話していたとか。
優れた歌い手が、他人に教えることができるかというと、これはなかなか両立しません。両立できた数少ないひとりが深緑夏代でした。
シャンソンの先生として多くの教え子や弟子を持ち、宝塚の後輩からカルチャースクールに通う素人さんまで、万単位の人を教えたといいます。
教える才が唄うことより上回っていた訳では勿論ありません。
歌い手としても大きい、大きい人で、シャンソンのコンサートで芸術祭賞を受賞したこともあります。140cmちょっとの小柄な人でしたが、ステージ上の姿はそんなことは全然感じさせないオーラがあり、魅せ方を心得た人でした。

そんな深緑夏代ですが、CDやレコードが発売されることは半世紀を優に超える歌手生活において、数えることが出来る程度しかありませんでした。

「私はステージ歌手。レコード歌手にはなりたくないの。お願い、名誉を頂戴」と、レコード吹き込みを拒み、生前ソフト化され世に出た音源も、ライブ録音が中心でした。

「宝塚卒業生 魅惑の歌声」に収められている深緑の音源は、1991年になかにし礼が音頭を取って行われた「さらば銀巴里コンサート」の実況録音から5曲、そして1958年のスタジオ録音2曲。計7曲収められています。
前者の音源は、これまでもいくつかのCDに収められていたものですが、後者の音源は初復刻。
この「悲しみよこんにちは」「パリの夜」は、日本グラモフォン(現在のユニバーサルミュージックジャパン)において、初となるレコードの吹き込みであったとされます。

深緑本人は、日本シャンソン館で若い頃の歌声を聴いた際、何とヘタな歌だろうと顔をしかめ、途中で視聴をやめてしまったいう話があるほど、自身の録音には厳しい見方をしていたようですが、情熱と艶のある歌声は60余年の時を越えてもなお魅力的に迫ってくるものがあります。

合せて、翌92年には自身のリサイタルで芸術祭賞を受賞されるなど歌い手として円熟の境地にあった1991年の深緑夏代の歌声も共に聴けるというのも嬉しい限り。
岩谷時子の訳詩で唄っていた「愛の讃歌」を珍しいなかにし礼の訳詩で披露したり、魅せて聴かせる宝塚出身の深緑にはピッタリだった十八番「ジプシーの恋唄」も収められています。
「ジプシーの恋唄」は、現在コロムビアから発売されている深緑のアルバムには未収録です。

宝塚が生んだ、日本最高峰のシャンソン歌手・深緑夏代の歌声、ぜひ触れてみて下さい。
その恰好良さは時空を超え、魅力を放ち続けています。

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by hakodate-no-sito | 2014-05-06 14:00 | 歌・唄・うた | Comments(0)

Live from the Cafe Carlyle

かつて、アーサー・キット(Eartha Kitt)という歌手がいました。
1950年代、アメリカで「セ・シ・ボン(C'est Si Bon)や「ウスクダラ(Uska Dara)」といった曲をヒットさせています。
日本ではそれらに加えて、「証城寺の狸囃子」を「SHO-JO-JI(The Hungry Raccoon)」と英語で唄ったことでも有名です。

たいへん個性的な歌手で、世界各国の歌を言語で歌い数ヶ国の言葉を話、映画出演やアニメの吹き替えも行うなど、多彩な活動を行っていました。
政治的主張が原因でアメリカを追い出された時期もありましたが、後に復活。
1980年代にはディスコサウンドに乗り、ヒットチャートに帰り咲き。ゲイアイコンとしての地位も確立しています。
2008年に亡くなりましたか、死の直前まで活動を続け、没後もいくつもの大きい仕事が公開されています。

いま、私の手許に「Live from the Cafe Carlyle」というCDがあります。
2006年、ニューヨークにある名門ジャズクラブ「カフェ・カーライル」で行われたライブを収めたアルバムです。キット、当時79歳。晩年ということになります。

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実にしっかりとした歌声です。
低めのちょっとハスキーな声質はより円熟味を増し、売りのひとつ、猫のような唸りも健在。
声量も申し分なく、抑えた声も張った声もバッチリ、ちゃんと聴かせてくれます。
私、英語はわかりませんが、曲の合間のお話も巧みそうな雰囲気を感じました。
CDジャケットに載っている姿もそうですが、とてももうじき80歳に届く人には思えません。
色物的扱いで軽視されがちなアーサー・キットですが、とんでもない話で、こんな実力者、エンターテイナーそうはいません。

伴奏はピアノ、ドラム、ベース、ギターにパーカッションの5人と少数ですが、物足りなさは思ったよりありません。パーカッションがいいアクセントになっています。
懐かしい「ウスクダラ」も「セシボン」も聴け、よく知らない歌もあるのですが、最高のパフォーマンスから織り成される心地良さのうちにそんなことは忘れ、気が付くと1時間の収録時間はあっという間に過ぎて行きました。

ところで、ここで披露された「Come On A-My House」という歌は、日本語で唄っています。
「セ・シ・ボン」「ヤンミー・ヤンミー」「ウスクダラ」と、アーサー・キットのヒットソングを日本で唄った江利チエミと同じ、音羽たかしの訳詩で、です。
昭和時代は、外国から来た歌手が観客サービスとして日本語で唄うことがあったようですが、アーサーキットもそのクチで一度ぐらいは日本に来て、そうやって唄ったのかもしれません。
晩年もこうやって日本語で歌っているところをみると、お気に入りだったのでしょうか。

Youtubeの映像でいちど見かけたことがありますが、中国扇を持って唄っていたこともあったようです。あちらから見た東洋のイメージなんてまだまだそんなものかと苦笑しつつも、これが結構楽しいパフォーマンスです。

アーサー・キット、このアルバムを聴く限り、もっといろいろ聴いてみたいと思わせる歌手でした。
ベスト盤を、と思ったのですが、日米関係なくベスト盤というのは興味のある曲が全部収められているということは無いのですね・・・。
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by hakodate-no-sito | 2014-03-18 18:14 | 歌・唄・うた | Comments(0)

話のタネに、私選20曲 (服部良一篇)

先日、「服部良一作品を20曲選んでみたら・・・」という話が出ました。
こういうのは嗜好や知識が色濃く出るので、面白い半面なかなかオソロシイものでもあります。
でも、折角なので、私も選ぶだけ選んでみたところ、「服部じゃなくて、江口夜詩や大村能章、阿部武雄ならどうなんだい」と、さらなる御題。
最初、「江口夜詩なら20曲出来るかも・・・」と、及び腰な反応をしていたのですが「俺なら10曲なら出来るよ」という言葉。10曲なら何とかなるかと思い直し「乗りかかった船。もう無知まるだしだろうが、かまわん。やってしまおう」と、バァーっと御題に答えました。

備忘録がわりに、そのとき選んだ作品、ここに載せておきます。
あくまで、私「函館のシト」がそのときの気分で選んだものです。

---------------------------------
「服部良一・私選20曲」
・胸の振子
これは欠かせません。
限りなく不動のトップに近い曲ですね。
そして、誰が唄っても良い曲です。ですので私もカラオケで唄います(笑)
初音盤化された際の霧島昇の音源がベストですが、石原裕次郎が唄ったものも声質と合っていて、良い雰囲気でした。

・東京の屋根の下
言うまでもありませんね。灰田勝彦の名唱と共に不滅の名曲です。
フランク永井の歌声で聴いたことがありますが、これもまた良い味が出ていましたね。

・蘇州夜曲
服部良一本人が、自分の葬儀にはこの曲を流すようにと言っていたという曲。
渡辺はま子、山口淑子(李香蘭)、胡美芳・・・と女性歌手の歌の印象が強いですが、後年霧島昇が単独で吹き込んだものもしっとりとした情感がありました。

・夢去りぬ(Love's Gone)
日本産タンゴの金字塔。
霧島昇や淡谷のり子(この時の題は「鈴蘭物語」)の歌声は勿論ですが、インストゥルメンタル曲の印象もまた強くあります。

・チャイナタンゴ
中野忠晴のヒット曲で、服部メロディのチャイナものの代表作。
戦後吹き込みを行い持ち歌にした霧島昇の艶のある声が耳から離れません。
最初は中野の歌声でこの歌を知りましたがピンと来ず、霧島の歌を聴いて好きになりました。
その後また中野の歌も聴き直して考えは変りましたが、やはり霧島の方が好きです。
後年の再録音はCDで聴けますが、SP盤時代の音源は復刻されていなかったような記憶があります。ぜひともCD化をお願いしたい1曲です。

・ヘイヘイブギー
服部良一×笠置シズ子コンビによる、一連のブギウギものは今なお色あせぬ魅力を放っています。
愛着のある歌は何曲もあるのですが、1曲選ぶとなるとやはりこの歌。
美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみの三人娘にも影響を与えた作品です。
美空ひばり歌唱は、何と言っても昨年2013年に発売された「ひばり&川田 in アメリカ 1950」に収められた音源。天才少女歌手美空ひばりの煌めきに溢れています。
雪村いづみは、キャラメル・ママとのコラボアルバム「スーパージェネレイション」の名唱
江利チエミは、駐留軍キャンプ廻りの頃によく唄っていたそうです。その後もステージで唄う機会はあったようですが、レコードには残されておらず、CDにもなっていません。いちど聴いてみたいものですが・・・。

・いとしあの星
チャイナメロディものとされていますが、系統としては「国境の町」(作曲阿部武雄)に属するものように思います。気が付いたらスッと馴染んで口ずさんでいた曲です。
服部良一の追悼番組で、ジュディ・オングが好きな歌に挙げていましたことが印象にあります。

・花の素顔
松竹映画「花の素顔」主題歌。
今宵いずこの小枝に眠る・・・西條八十の歌詞も素晴らしい、美しい歌です。
この2~3年、安藤まり子のメディア出演により、再び「花の素顔」を聴く機会が増え、嬉しいです。

・恋のアマリリス
東宝映画「青い山脈」挿入歌。レコードでは「青い山脈」のB面でした。
秀作であることは言うまでもありませんが、その曲を盛りたてる二葉あき子の歌唱が光ります。
SP盤時代の歌声は勿論、後年の再録音音源でも見事に唄い切っています。

・雨の日ぐれ
詩人サトウハチローの面が色濃く覗かせる作品。
二葉あき子の歌でも静かな人気があり、55周年記念アルバムでは旧作の中から新たに選ばれ吹き込まれたのがこの歌でした。
コロムビア五人会のメンバーで「二葉さんの歌は何でも唄えます」と豪語するほどの大ファンでもあった並木路子が好きな歌のひとつで、レコードにも吹き込んでいます。

・白薔薇の歌
服部作品で「白薔薇の歌」は2曲あるのです。
1曲は昭和22年、コロムビアから高峰三枝子の歌声で発売された曲。作詩は藤浦洸。
もう1曲はその2年後、昭和24年にビクターから服部富子の歌声で発売された曲。作詩は佐伯孝夫。
どちらも良い唄ですが、やはり高峰三枝子の曲の方が印象が強いです。
高峰も愛着のある曲であったらしく、後年のリサイタルでも編曲を新たに唄っています。

・小雨の丘
服部良一独自のセンチメンタリズムの最高峰といってもいいでしょう。
先述の高峰三枝子、服部富子両名も好んで唄っていました。

・老水夫の唄
NHKラジオ歌謡として作られた作品。作詩藤浦洸。
昭和30年発表。歌は大人気を誇ったシャンソン歌手・高英男。
高はキング、藤浦はコロムビアの専属であり、当時は専属会社の縛りがきつかったこともあり、この歌はソフト化されていないようです。放送音源は遺されています。どうにかCD化されて欲しいと願ってやみません。

・午前二時のブルース
服部リズムシスターズ出身の小川静江が唄った作品。
服部の生誕百年記念のトリビュートアルバムでも取り上げられました。

・落葉の巷(三人のスリの歌)
ひとり芝居、ひとりミュージカルのような歌です。
正規盤でのレコーディングは昭和53年発売の「服部良一大全集 音楽ひとすじ」(NZ-7109)に収録された由起真によるものが唯一。ライブ音源では、昭和51年発売「高英男・歌のアラカルト」(SKD-398~9, キング)、昭和54年「高英男リサイタル'79 NO.2」(MAS-983~4, キング・カスタムレーベルでの自主製作盤)が確認されています(ただし、どちらも記録用程度の音質)。
そのせいもあって、今日では知る人ぞ知る、幻の作品となっています。残念でなりません。
この歌については一度ブログで書きましたのでそちらをご覧ください。http://hakozsito.exblog.jp/18031809/

・君の名はさくら
もとは合唱曲として書かれたそうですが、昭和55年に「Love Again」という由紀さおりのアルバムに収められています。服部は由紀さおりを高く買っており、そのことが服部良一によるオリジナルアルバム制作にも繋がったようです。

・雨のブルース
淡谷のり子とのコンビで送り出したブルースものは数多く存在しますが、「満洲ブルース」「東京ブルース」と迷ったあげく、御馴染のこの歌を選んでみました。男声でもしっくりくる歌ですね。
先日亡くなった島倉千代子が、昭和46年でしたかそのあたりに服部良一作品集を作り、この歌も吹き込んでいます。間奏に、なかにし礼による科白を交え、お千代独自の色で唄い切っていて、それも印象に強いです。

・風は海から
戦時中の昭和18年、渡辺はま子の歌声でレコード化された作品。
気が付くと好きになって、知らず知らずに口ずさんでいることがあります。

・グッドバイ
新東宝映画「グッド・バイ」主題歌。
藤山一郎、池真理子の歌声で音盤化されました。
藤山一郎がビング・クロスビーばりの歌声で聴かせます。池真理子もさすがです。

・バラのルムバ
SP盤に収めれた二葉あき子の歌唱が圧感です。女王の貫禄に満ち溢れています。
後年もステージやテレビで二葉が唄う機会はあったのですが、レコーディングはされなかったようです。
ただ、ライブ盤の音源は残っているので、それがステレオ音源での二葉のCDが発売される折に収録されないものかと願っています。
アルバム「スーパージェネレイション」に収められた雪村いづみの歌声も素晴らしかったですね。
唄いこなすには一定レベルの歌唱力が必要な曲で、その関係で当初予定していた高峰三枝子から「こんな難しい歌、先生、私とてもじゃないですけど唄えません」と辞退された裏話もあるほどですが、服部メロディ屈指の名曲であること、疑いの余地はありません。
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by hakodate-no-sito | 2014-03-14 13:44 | 歌・唄・うた | Comments(0)

もうひとつの「有楽町で逢いましょう」

ジャンクショップで何の気なしに買ってみたLPレコードに、北村英治クインテットの「有楽町で逢いましょう」が入っていた。 いつ頃のものかはわからないが、おそらく1960年代半ばごろの録音だろう。

「ス・ワンダフル」や「サイド・バイ・サイド」「明るい表通りで」というジャズ・ポピュラーの名曲のなかに、ポンと流行歌が1曲入っているとは、なかなか面白い。

鈴木章治とリズムエースの「鈴懸の径」の線で、日本の歌も1曲取り上げようか、ビクターを代表する作曲家といえば何といっても吉田正だ。それで「有楽町で逢いましょう」という選曲になったのでは、と推察してみる。

北村英治クインテットの「有楽町で逢いましょう」。
北村のクラリネットは冴え渡り、他のギター、ピアノ、ベース、ドラムもしかりで、原曲をうまく活かしたスウィング・ジャズに仕上がっていた。

歌声ならばフランク永井が唯一無二で絶対だが、演奏(インストゥメンタル)ならば話は別。
新鮮味も手伝い、本当に楽しく、くりかえし聴いた。

そのうち、フランスの仕事で日本の歌を歌って欲しいとディレクターから要望があり、この歌を歌ったところ、フランス人のディレクターから「それはニューヨークの歌だ」と評された、という高英男(シャンソン歌手)の話が脳裏に浮かんだ。

吉田正という作曲家の凄さ、改めて思い知った。
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by hakodate-no-sito | 2014-02-14 15:00 | 歌・唄・うた | Comments(0)

バタヤンのギター

去年、ひょんなことから「田端義夫ギター・ヒット歌謡集」(SL-13 テイチク)というレコードを手に入れた。
とある店でゴミ収集場行きを待っている状態になっていたレコードの山から、貰い受けて来た品物のひとつである。
盤の状態は傷だらけで、さすがゴミ収集場行き認定されていただけある保存状態だった。
だが、そのときはバタヤンの訃報が届いてすぐのこと。折角なので我が家へ置くことにした。

SL-13というレコード番号からすると、おそらく昭和40年頃のものだろう。
このアルバムは、バタヤンが懐メロの名曲(本人の持ち歌もふくまれている)をギター演奏した、インストゥルメンタル盤になる。
オーケストラなどのバックは無し。
バタヤンのギターと、カンノ・トオル、阿部源三郎のギター伴奏での録音。
曲によってはベースやフルートが伴奏に加わっているが、基本はギターのみ。
おかげで普段はアクセントになっているバタヤンのギター演奏をメインディッシュとして存分に味わうことが出来る。
状態の良くない盤で聴いているのだが、そのノイズがギターとよく合うのは、アルバム全編に流しのギターのようなムードが漂っているからだろうし、ノイズごときに負けないエネルギーが詰まっているからともいえる。

選曲の半分が本人のヒット曲ではない、懐メロであるところも流しムードに貢献している。
「旅姿三人男」「名月赤城山」「大利根無情」「江ノ島エレジー」「別れの船歌」。
大衆的な匂いのするヒット曲ばかりだ。

「別れの船歌」は、鬼俊英が昭和14年に唄った曲だそう。鬼の歌は知らないが、曲自体は何となく知っている。私はいったい誰の歌を聴いて覚えたのだろうか?
まあ、それはどうでもいい。

また、バタヤンが紡ぐギターの音色が郷愁を誘うのである。
「バタヤンの歌には涙がある」とは、古賀政男のことばだが、ギターもまたしかり。
このアルバムの音源はインストゥルメンタルものを集めたCD-BOXあたりに収録され、とっくにCD化されているのだろう。でも、これはやはりレコードで、さして再生環境が良好とは思えない昭和的な環境・雰囲気で味わうのが正しいような気がする。

なんてことを、デジタル最新鋭であるiPodで聴きながら考えている私。
こんな人間の矛盾をおおらかに許容する器が、バタヤンにはあったと思う。
改めて偉大なる故人に合掌。

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「田端義夫ギター・ヒット歌謡集」(SL-13 テイチク) 1965年?

ギター演奏:田端義夫
ギター伴奏:カンノ・トオル/阿部源三郎
編曲:田端義夫

A-1:かえり船(清水みのる-倉若晴生)
A-2:大利根月夜(島田磬也-長津義司)
A-3:玄海ブルース(大高ひさを-長津義司)
A-4:ズンドコ節(佐々木英之助-俗謡)
A-5:旅姿三人男(宮川旅人-鈴木哲夫)
A-6:別れの船歌(島田磬也-大久保徳二郎)
B-1:島育ち(有川邦彦-三界稔)
B-2:名月赤城山(矢島寵児-菊池博)
B-3:ふるさとの燈台(清水みのる-長津義司)
B-4:大利根無情(猪又良-長津義司)
B-5:江の島エレジー(大高ひさを-倉若晴生)
B-6:別れ船(清水みのる-倉若晴生)
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by hakodate-no-sito | 2014-01-18 14:01 | 歌・唄・うた | Comments(0)

ダークダックスで「あんな男に惚れちまって」

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ダーク・ダックス「青葉城恋唄」(ポリドールレコード/DR-6216/1978年発売)。
さとう宗幸のヒット曲ですが、ダークもこの歌をさとう盤から少し遅れてシングル盤で発売し、競作となりました。当初はダーク盤の方が売り上げが良かったともいいますが、宮城県沖地震のあと、テレビ番組か何かで、さとう宗幸が生放送で唄い上げたことがきっかけでレースが逆転ホームランとなったとか。

この歌をダーク側に「良い唄があるんだ」と紹介してくれたのが、古巣であるキングレコードの人だったことから、「この歌を聞かせたらダークは絶対に喰いつく。どう転んでも話題にはなるんじゃないかって、キング側の巧妙な戦略だったんじゃないか(笑)」とはゲタさんのお話。

ダーク盤「青葉城恋唄」は、ユニバーサルミュージックジャパンから発売されているベスト盤に収められているので、聴くことは容易です。
一番見かけやすいキングレコードから発売されているベスト盤には収録されていませんので、お求めの際にはご注意ください。

私の目当てはB面、カップリング曲です。
ダークのシングル盤、特にB面はなかなかユニークなものが多いようで、密かに注目しています。
童謡・唱歌・ラジオ歌謡系抒情歌・ロシア民謡、ダークダックスといえばこの4本柱で、それ以外の作品には全然スポットが当たりませんが、オリジナル作品にも良質なものがいっぱいあるのです。

B面曲「あんな男に惚れちまって」、これはもともと1976年発売のアルバム「父と娘」に収められた1曲です。
ただし、アルバムではダークはコーラスに回り、慶応の先輩で作家の遠藤周作によって歌われています。
団員は音痴のみという空前の合唱団「コール・パパス」を結成し、何度も公演を行っている大作家。
ヘタウマ、もとい味のある歌を聞かせてくれました。
・・・嗚呼、だからこそダーク版が聴いてみたいという想いもまた芽生えました。

私には待望のダーク版なのです、この「あんな男に惚れちまって」は。
ステージで歌い込まれたあとに吹き込まれたのか、その辺はさだかではありませんが、マンガさん絶好調。
新たに台詞も加えられ、ダークダックス一流のユーモアソングに仕上がっています。

悲しいことに、これも未CD化の1曲。
アルバム「父と娘」のボーナストラック扱いで、併せてCD復刻されないものでしょうかね。
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by hakodate-no-sito | 2014-01-05 14:23 | 歌・唄・うた | Comments(0)

さよならの代わりに

初めて買ったシングルレコードがお千代さんでした。
初めて遠くですれ違った芸能人がお千代さんでした。
初めて複数枚CDを買った女性歌手がお千代さんでした。

「からたち日記」が大好きでした。
「愛のさざなみ」が大好きでした。
「すみだ川」が大好きでした。
「鳳仙花」が大好きでした。
「今日も初恋」が大好きでした。
「りんどう峠」が大好きでした。
「美しきは女の旅路」が大好きでした。

涙の力を教えてくれたのがお千代さんでした。
純情の素晴らしさを教えてくれたのがお千代さんでした。
哀しみの美しさを教えてくれたのがお千代さんでした。
大歌手はひとつのジャンルであることを教えてくれたのがお千代さんでした。
実印は他人に預けちゃ駄目だと教えてくれたのがお千代さんでした。
人を喰いものにするヤツが世の中には沢山いると教えてくれたのがお千代さんでした。

聴き手が、歌い手の歌声の衰えとどう向き合っていくか。
一番最初に考えさせられたのがお千代さんでした。
お労しいという感情を教えてくれたのがお千代さんでした。
下り坂とは何かを教えてくれたのがお千代さんでした。

無知と無垢と背伸びとで、見て聴いて読んで。
憤り、嘆き、悟り、好み、愛し、遠ざかり、また近づく・・・

それでも好き、ということを判らせてくれたのがお千代さんでした。
とぼける知恵を教えてくれたのがお千代さんでした。
枯れた味わいを教えてくれたのがお千代さんでした。
視点を変えて見つめることを教えてくれたのがお千代さんでした。

美空ひばりに匹敵する、数少ない女性歌手が島倉千代子でした。
女優としても不思議な味のある人でした。
歌の台詞回しは新派の名優に通じる名人芸でした。
昭和の歌謡界の頂に存在する人でした。
紅白歌合戦の要にある人でした。
国民歌手の名がふさわしい人でした。

弟が作った借金に苦しみ、別れる夫が作った借金を背負い、恋人の借金を返すはめになり、やくざに騙され、チンピラに騙され、マネージャーに騙され、「私の家族」と認めた人に騙され、借金まみれの半生。
両親との不仲、姉の入水自殺。幼少期の左腕の大怪我。度重なる喉の不調。乳癌という大試練。3年間隠し続けた肝臓癌との闘い。

傍から見て、本当にむごい半生でした。
それでも、最期まで唄うことを止めなかった、お千代さん。
亡くなる3日前に、渾身の力を以てレコーディングを行い、絶唱を遺したお千代さん。
すべてを歌に託したお千代さん。
だからこそ、貴女が遺した1500曲を越える歌は一層輝いて聴こえるのでしょう。

「生きた・愛した・唄った」六十年の歌手生活を終えて、いまは「感謝の旅路」に発っているのでしょうか。
敬愛する美空ひばりさんや東海林太郎さんのもとへ、はせ参じているのでしょうか。
関係がもつれたまま別れた両親や、歌い手へのきっかけを与えたお姉さんと再会して関係を修復しているのでしょうか。あの世で歌っているのでしょうか。

お千代さん。
島倉千代子さん。

お別れという言葉が、今はピンと来ません。
お千代さんの、綺羅星のような歌の数々が、レコードやCD、音楽ファイルというかたちでいつでも聴けるようになっています。インターネット上にもお千代さんの歌や動画がたくさんあります。
これからも、聴き続ける人はいるでしょう。
また、お千代さんの死をきっかけに聴いてみようとする人もいるでしょう。

私も、大好きな大好きな「からたち日記」を聴いて涙を流し、「愛のさざなみ」を聴いて溜息をつき、「恋しているんだもん」を聴いて浮かれ、「くちべに挽歌」に夏の終わりを感じ、夜の空を眺めるとき「星空に両手を」を時々思い出し、「襟裳岬」に旅情をそそられ、「十国峠の白い花」にユートピアを想像し、「人生いろいろ」に滲む味を噛み締めていくでしょう。

「去るものは日々に疎し」ですからそれも徐々に減って、遠ざかっていくのかもしれません。
それでも、島倉千代子の歌は何らかのかたちで残っていくものと信じています。

お千代さん、長い間ありがとうございました。
決して良い聴衆ではありませんでしたが、大好きでした。

今しばらくは、今日だけは、今だけは言わせて下さい。
貴女は日本一の歌手のひとりでした、と。
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by hakodate-no-sito | 2013-11-11 15:20 | 歌・唄・うた | Comments(3)