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ウイリー沖山、新アルバム発売

私の好きな歌い手さんの一人にウイリー沖山という方がいる。

どういう方かちょっと紹介。
※(ウイリー沖山公式サイトプロフィールを参考に執筆)

ウイリー沖山(1933~)
本名:沖山宇礼雄
昭和8年2月25日、神奈川県横浜市に生まれる。
名門インターナショナル・スクール、セント・ジョセフ・インターナショナル・カレッジ(廃校)在学中から音楽活動をスタート。進駐軍キャンプやナイトクラブなどで大いに鍛えられ、腕を養う。
カントリーボーイズ、ウエスタン・ランブラーズ、チャック・ワゴンボーイズを経て、自身のバンドであるブルーレンジャーズを結成。
その実力をビクターに買われ、昭和32年に「スイスの娘」でレコードデビュー。
人気歌手の座を得、多くのステージ、ラジオ、テレビなどに出演。
特に「山の人気者」の歌唱では一世を風靡し、キング・オブ・ヨーデルの異名を取る。
音楽活動の原点はカントリーであるが、ジャズ、ポピュラー、ポップス、歌謡曲など様々なジャンルの歌を歌い、好評を博している。
人気が一時低迷していた昭和40年代には「全日本歌謡選手権」に出演し、見事10週勝ち抜きグランドチャンピオンの座を手にし、お茶の間に健在ぶりをアピール。その群を抜く実力ゆえ審査員から出演ストップを勧められたという真偽不明のエピソードも遺す。
ショウビジネスの本場/ラスベガスでは、シルバー・バード・ホテルのショーに現地マスコミからも高い評価を受けたことなどから、4ヶ月に渡り出演を果たす。
歌手として国内外で高い評価を遺す一方で、1980年代にはバラエティ番組「オレたちひょうきん族」の人気コーナー"ひょうきんベストテン"に度々ゲスト出演するなど気さくな一面を見せた。
昭和60年、横浜/バンドホテル内にあった名門ナイトクラブ"シェルルーム"の支配人に就任し、平成11年の閉館までメインの歌い手としてステージに立ち続けた。
平成15年春、ファン待望のベスト盤CD「Anthology King of Yodel Vol.1:スイスの娘」発売。キャリア初期の希少音源が復刻され、ファンや好事家を歓喜させた。
平成16年には日本ジャズヴォーカル大賞を受賞。
平成21年、新曲「ヨコハマの雨傘」並びにライヴアルバム「Anthology King of Yodel Vol.2~Live Now~山の人気者」を同時発売。
最盛期は3オクターブの声域を誇り、低音から高音、裏声まで定評があった歌声は円熟味を増し、古希を過ぎた今なお健在である。
現在も横浜・伊勢崎町ワシントンホテル、銀座ナッシュビルをホームグラウンドとして定期出演する一方で、ライブハウス、ディナーショー、コンサート、テレビ、ラジオ…大小くまなく多くのステージをこなしている。
弟子に八月真澄。弟子筋にはダイアナなどのヒットで知られる歌手の山下敬二郎、元歌手で作曲家の曽根幸明などがいる。

―――
そのウイリーさんが昨年12月に本当に待望のNEWアルバムを発売されました。
ウイリーさんという方はステージシンガー。昭和32年から昭和40年代あたりまではビクターに所属されていましたが、その音源は「Anthology King of Yodel Vol.1:スイスの娘」にて一部復刻されましたが、他にまとまってウイリーさんの歌声を聴けるソフトは無し。
それに多くの定評あるナンバーがそれには収録されていない。
「山の人気者」も同曲ではあるもののお馴染みの歌詞ではなく、別テイク的もの。
レコード時代にワーナーから発売された「青春ヒットパレード」という実況盤でソフト化されたっきりになっていました。
そして「ウイリーの本領はライブにあり」とファンは皆ライブ盤の発売を希望しておりました。
ここについに発売。インディーズ(?)であることに加え、まだ発売されて日が浅くAMAZONなどでも取り扱いがまだ始まっておりませんが、いずれ発売されることでしょう。

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「Anthology King of Yodel Vol.2~Live Now~山の人気者」
(NKCD-1625 2200円税込 ウイリー沖山)
曲目
1. イントロダクション(Instruments)
2. 山の人気者
3. It’s all right with me
4. Fly me to the moon
5. New York, New York
6. 峠の我が家
7. ビア樽ポルカヨーデル
8. 星に願いを
9. スイスの娘
10. マイ・ウェイ~ヴァイア・コンディ・オス
11. テネシーワルツ
(ボーナストラック)
12. この命ある限り~As long as I live~

12は平成2年に発売した、ウイリーのオリジナル曲。
ボーカルを新録し、収録されています。

捨て曲は1曲もありません。
名曲を最高の歌手とプレイヤーで聴く。
バックや録音日などのデータは記載ありませんので推測ですが、
演奏は小寺八&Super Pickers
録音場所は銀座ナッシュビル
だと思います。

こんな素晴らしいアルバムが2200円で購入できるのは奇蹟。
ホンモノを聴きたい、そんな方にオススメです。

詳しくは
http://www.doyo.jp/willy/cd.htm
を御覧下さい。
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by hakodate-no-sito | 2010-01-01 23:41 | 歌・唄・うた | Comments(1)

由紀さおり40周年記念コンサート"いきる~今日から始まる夢~"

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11月11日に国際フォーラムで開催された、由紀さおり40周年記念コンサート"いきる~今日から始まる夢~"へ行って来ました。

私、由紀さおり大好きでして…熱が入ったのは中学時代。
それまでも「お江戸でござる」での達者なコメディエンヌぶりや紅白歌合戦などの安田シスターズとしての姿は目にして認識していました。
嫌いじゃない分類には既に入っていたんです。

当時、スカパーで「ドリフ大爆笑」の再放送をしていて(注:今も再放送中)、ドリフ好きだった私、ウハウハ言いながらかじりついて見たら、由紀さんも出ていて(一時期はレギュラー状態でした、当然歴代最多ゲスト出演者)、これがもう素晴らしくイイ。

百戦錬磨のドリフメンバーと比べて全く引けを取らないおかしさ。
いかりや長介や志村けんとのからみは絶品。
どれだけ笑ったことか…。

「ドリフ大爆笑」は歌手・アイドル出演者のために歌のコーナーもありました。
ビデオ録画したものの鑑賞だったので、興味が無いと早送りしちゃうのですが、由紀さんは良い歌が多くて、これもまた病みつき状態で一時期のシングル曲は流れで脳裏に焼きつくことに。

あれから一体何年経ったのか…8年目ぐらい、と思ったんですが、9年だったかも... まあ約10年です。

という訳で由紀さおり好きになったのですが、函館にはコンサートのチャンスは無く、安田シスターズとしての活動には素晴らしいとは思えど今ひとつ興味を持てず、ソロコンサートの類は全く演っておらず…まあ、もっぱらネット界の恩人に指南して頂きながらEPやEMIから出ていたCDを買い、時が少し経ち、一時の熱も収まり、定期観察アンテナは一応張っていましたが、歌での活躍は、たまさかの歌番組ソロ出演で「夜明けのスキャット」「手紙」を歌うのを楽しみにするぐらいでした。
朝ドラ「ファイト」はどうも安田シスターズ的な活動の延長...に思えましたし。
(といいつつも歌のサントラは買っていたりする)

女優・タレントとしては、ボンカレーCMやら「時空警察」ナレーション…と面白いことをちょこちょこ行い、ヒットドラマにも顔を出していて、ニンマリすることが多いのですけどね。

それが、それが、この度約20年ぶりにソロコンサート!
夢にまで見た、ひとりでのステージ。
歌謡曲が聴ける、あの歌が聴ける。
これが行かずに居られるか。
あの頃の自分が知ったらどれだけ喜ぶだろうか…。
多くの想いが胸によぎりました。

金銭・日程・体調・・・どれも万全ではありません。
いろいろ調整しなければいけない、調整できるかも不透明。
そんな面倒なことはできればしたくない。

しかし「行かなきゃ後悔する」「若さでムリをしてみよう」
最後はある人の言葉がきっかけで、重い重い私の腰あ持ち上がり、東京へと誘うことに。

「ソロコンサート、客の入りは大丈夫だろうか?」
要らぬ世話ながら、道中そんなことを考えていました。
会場入りして、それは杞憂であることを確認しました。
安田シスターズのファン、由紀さおり40年来のファン・・・ビッシリ。
観客年代は団塊世代及びその上あたりの世代が中心。20代あたりもチラホラ。
普段であれば私は浮くのですが、そんなことは今回は無かったのです。
ただ・・・30~40代あたりの世代は少なかったような…歌い手としてよりテレビタレントしてのイメージがあるからか、この世代?

ロビーでは"お姉ちゃん"こと安田祥子(やすだ・さちこ)さんがにこやかに関係者と挨拶&談笑。
本当におおらかそうでで優しさに満ち溢れた美しい方に見えました。
テレビや雑誌などで見るよりもずっと素敵。
この、お姉ちゃんもソロだとまた独特の味わいがあってイイのです。
チャンスがあれば、この"お姉ちゃん"のソロも堪能してみたいと思いましたね。

会場に入ると何とも嬉しいサプライズ、何とテレビカメラが鎮座!
そう、NHK(BS-2)で収録し、後日テレビ放送されるというのです!!!
NHKも粋なことするじゃありませんか。
そう、こういうステージはより多くの人に見せるべきなのです。

さて、ステージ。
2部構成で間に15分ほど休憩(W.C.タイム)。
休憩時間込みで約2時間半の公演でした。
1部は寸劇調。
由紀さおりというよりも安田章子(本名)としての軌跡を、そしてコメディエンヌや女優という、由紀さおりの多角的一面を魅せるという意図があったように感じました。
今回、構成・台本・演出を担当した高泉淳子との芝居、これがまた魅せる、魅せる…アクトレスとしても非凡な才能を持つことを改めて再認識。魅せて、聴かせて、泣かせて、笑わせて…。
そしてその間に入る歌の素晴らしさ…。芝居と歌とが一体化したというのか…。
今まで見たことが無いぐらいに、実に練ったステージなのです。
OPからまず引き込まれます。
昭和44年当時へタイムスリップし、そして平成21年の今へ。
このOPこそ、このコンサートの姿勢なのです。

2部は、新たに歌へ新しい息吹を、ということでヒット曲をジャンジャン披露。こういうのを待っていたのです、私は!
ビッグヒットの他にも、代表曲といって差し支えない曲を集めたヒットメドレーで10曲連続歌うシーンがあり、その選曲1曲1曲に涙が出そうに…。
「雪のワルツ」というファンの心をくすぐる選曲もございました。

第2部でも高泉淳子が登場し、ジャズだったか1曲披露。
これが、実に面白い。女優の歌、という趣。
独特の味がありました、予算の都合が付いていたら、CD買っていたのですがね…。
収入が有り次第、探してみたいな…と。

この二人のトークで驚いたのが、由紀さおりもYoutubeを見ているという発言。いや、ブログもやっている方なので見ていても不思議では無いのですが、ええ…。
そこで発見したというアメリカのバンドPINK MARTINIが自分のシングルB面曲「タヤタン」をカバーして歌っている点に触れ、本家本元がそれを披露。

コンサートでは、最新アルバムからは半分ほどの曲を披露していたのですが、過去のヒットナンバーと並べても全く遜色が無いのです。
由紀さおりの楽曲のクオリティの高さは今に始まった訳ではなく、90年代の「お江戸でござる」オリジナルソングでも、意欲的な試みを行っていたり、途切れることなく続いています。
特に中村中によって書かれた「回転木馬」、これはスタンダード化して、もっとタンゴやシャンソンを歌う人にも歌っていって欲しい。
そう思わせる1曲。

由紀さんがステージ中、何度か涙ぐんでいたようなシーンがありました。
それが本当に感極まったためか、あくまでステージにおける演出の一環か、歌の工夫のひとつか・・・それもこれもひっくるめてSHOWの構成を担っていたのです。
どう解釈してもいい。ああ、こういうのを大人のステージというのでしょうか。

これからは姉妹での活動は続けつつも、ソロの歌の活動をもっと増やしていきたいと語っていた由紀さん。ぜひ、そうして頂きたいです。
過去のヒットナンバーをただノスタルジーで聴かせる歌い手ではないし、昨日・今日・明日、すべてを魅せて聴かせることが出来る類稀な歌手が由紀さおりなのですから。

そして、そこに女優として、コメディエンヌとして、司会者として、タレントして、さらに円熟味を増した大人の女としての魅力がある。
由紀さおりという人は、まだまだ語られていい、評価されてしかるべきなのです。まだまだ何でもやれる人なのです。

好きな歌い手がみんな故人/活動停止/引退...という率が半端じゃなく多い私。ややもすれば、過去ばかりに目が行き、今を見ることを怠り、無視すらしたくなることがあるのですが、今回気付かされました。
「そうだ、由紀さんがいるじゃないか」と。



由紀さん、来年1月~3月にかけて四国各地コンサートを行うそうです。
四国在住の皆様は、ぜひ足を運ばれることをオススメ致します。
また、この東京公演がテレビ放送の暁には、視聴をオススメ致します。
上質のエンターテインメントを堪能出来るチャンスです。
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by hakodate-no-sito | 2009-11-15 14:29 | 歌・唄・うた | Comments(0)

高英男さん、新アルバム発売

2009年11月6日にキングレコードより「決定版・高英男全曲集2010」(KICX-3767 税込3000円)なるCDアルバムが発売されます。

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※これは93年発売の全曲集の画像です、お間違えの無いように。

キングでは毎年1度、演歌・歌謡曲系統の歌手のベストアルバムを出すのが恒例。
高さんの場合、ジャンルがシャンソンだからなのでしょうか、3~4年おきの発売。
CD時代になってから今まで、93年、99年、03年、07年と4回(4枚)発売されています。
93年/99年のアルバムと03年/07年のアルバムはそれぞれ同一内容。

さて、今回はと申しますと03年/07年のそれにボーナストラックという内容。
選曲、記します。

1.雪の降る街を
(内村直也作詞/作曲:中田喜直・作曲/鹿児島清志・編曲)
2.セ・シ・ボン C'est si bon
(Homez・作詞/H. Betti/中原淳一・訳詞/岩崎宏康・編曲)
3.モンマルトルの丘 Complainte de la Butte
(Jean Renoir・作詩 /Georges Van Parys・作曲/中原淳一・訳詞/岩松正司・編曲 )
4.リラの花咲く頃 Quand Refleeuriront Les Lilas Blancs
(F.Potter・作詞/F.Doelle・作曲/ 中原淳一・訳詞/寺島尚彦・編曲)
5.パリの屋根の下 Sous les toits de Paris
(Rene Nazelles・作詞/R.Moretti・作曲/西条八十・訳詞/寺島尚彦・編曲)
6.詩人の魂 L'Ame des Poetes
(Charles Trenet・作詞・作曲/中原淳一・訳詞/寺島尚彦・編曲)
7.詩人が死んだ時 Quand il est mort le poete
(L.J.M.Amade・作詩 /g.Becaud・作曲/荒川基裕・訳詞/岩松正司・編曲 )
8.幸福を売る男 Le Marchand De Bonheur
(原詩:J.Broussolle・作詞/J.P.Calvet・作曲/戸田邦雄・訳詞/鹿児島清志・編曲)
9.ろくでなし Mauvais Garcon
(Salvatore Adamo・原詞・作曲/岩谷時子・訳詞/鹿児島清志・編曲)
10.オーシャンゼリゼ aux Camps-Elysees
(M.A.Deighan、M.Wilshaw・原詞・作曲/安井 かずみ・訳詞/鹿児島清志・編曲)
11.枯葉 Les Feuilles mortes
(Jacques Prevert・作詞/Joseph Kosma・作曲/訳詞:中原淳一/岩松正司・編曲)
12.パダム パダム Padam Padam
(HENRI CONTET・作詞 /Orbert Glanzber・作曲/:中原淳一・訳詞/岩崎宏康・編曲)
13.ラ・ボエーム La Boheme
(Charles Aznavour・作詞・作曲/高 英男・訳詞/岩松正司・編曲)
14.ロマンス Romance 
(H.Plante・作詞/Joseph Kosma・作曲/ 中原淳一・訳詞/寺島尚彦・編曲)
15..聞かせてよ愛の言葉を 
Parlez-moi d'Amour(J.Lenoir・作詞・作曲/中原淳一訳詞/鹿児島清志・編曲)
16.雪が降る Tombe la neige
(Salvatore Adamo・原詞・作曲/高 英男・訳詞/鹿児島清志・編曲)
17.ラ・メール La mer
(Charles Trenet・作詩 /A.Lasry,C.Trenet・作曲/中原淳一・訳詞)
18.ラ・ヴィ・アンローズ(バラ色の人生)
La Vie en Rose (Edith Piaf・作詞/P.Louiguy・作曲/中原淳一・訳詞/岩松正司・編曲)
19.夜会服と古手紙
(喜志邦三・作詞/石川皓也・作曲) ※昭和33年9月1日 ABCラジオ「ABCホームソング」放送

「夜会服と古手紙」はおそらく初復刻となる曲です。
ABCホームソング(またはクレハ・ホームソング)とは、戦後一世を風靡した「NHKラジオ歌謡」の民放版を、と呉羽紡績がスポンサーをつとめ、朝日放送(ABC)で昭和29年から49年(50年だったかも知れません)までの約20年間放送されたラジオ番組。番組オリジナルのホームソング…家族で口ずさめる健全な、文化的な歌、を作り、放送で流し続けました。

この番組から生まれた歌、思いついたものをちょっと挙げてみます。
・踊子(三浦洸一)
・ふるさとのはなしをしよう(北原謙二)
・川は流れる(仲宗根美樹)
・こいさんのラブコール(フランク永井)
・公園の手品師(フランク永井)

…などがあります。

高さんは「雪の降る街を」をはじめ、NHKラジオ歌謡を多く歌い浸透させた実績がある方。
(サトウハチローの傑作「ああプランタン無理もない」の創唱も高英男さんと女性歌手(名前不明))
そういうこともあって、お声がかかって、ホームソングも歌われたのでしょう。

レコード化されなかったのは、当時高さんの担当ディレクターであった牧野剛さん(高さんの死から3約ヵ月後の2009年8月6日没)が「あなたはシャンソンで売り出したんですから」と、(言い方が適切ではないですが)歌謡曲の吹き込みに消極的であくまでシャンソン歌手第1号高英男の看板を大事にしていたことも一因ではないかと思われます。

また、昭和33年当時高さんは過密スケジュールに加えて、フランス行きを控えていた。
ゆえに放送用の1回こっきりの仕事、と割り切っていたのかもしれません。

それにしても本放送以来それっきり、になっていた歌が半世紀の時を越えて今ふたたび蘇る…嬉しいことです。私にとって見れば新曲が聴けるようなものですから。

高さんがこのことを知ったら、何と仰るんでしょうか。
「いや~こんな拙い歌は出したくないなァ」
「よく声が出ている、この声は今は出せない」
「自信に満ちた声、意欲に燃えていたころの歌」

…残念ながら、もう本人に聴く事は叶いません。
お亡くなりになったから、この歌が復刻…になったのかもしれません。

唯一無二の大歌手、大芸人・高英男。
ゴケミドロや中原淳一を介護した話も、勿論高さんの一面です。
ですが、そればかり…では片手落ちにもほどがあります。
高英男ファンとしてはひよっ子の私ですが、少しでも高さんの素晴らしさ、遺した実績を紹介していければ…そう思っています。

ぜひとも、この「決定版・高英男全曲集2010」、ご興味ございましたら御購入下さい。
近所のレンタルショップでレンタルリクエストを出して、取り寄せて貰う。
図書館にリクエスト要望出して、ライブラリー入りして貰う。
手はございます、ぜひともひとつよろしくお願い致します。

付記)
収録曲の録音年代、推測してみました。御参考までに。
1,9,10,15,16
:1976年「歌手生活35周年記念アルバム・歌のアラカルト」より
2~6,12,14
:1965年「高英男シャンソンアルバム」より
7,13
:1967年(66年?)「高英男 巴里を歌う」より
8,17,18
:1960年(61,62年?)「高英男シャンソンアルバム・夜のシャンソン」より

※こっそりひとこと
高さんは1972年に狭心症で倒れてから歌のイメージが少し変わられ、搾り出すような絶唱が多くなります。アクが強くなったといいましょうか…勿論円熟味を増し、歌の深さ、声の強弱・ファルセット…自由自在なのですが、病前・病後では受ける印象が違うように思います。どちらも素晴らしい、結構なものですが、出来ればそのあたりも考慮してアルバム製作に当たってほしいのです。
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by hakodate-no-sito | 2009-11-04 21:33 | 歌・唄・うた | Comments(2)

高英男さんを偲ぶ会(2009.7.23)

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7月23日、帝国ホテル孔雀の間で5月4日に亡くなった高英男さんのお別れの会が催された。
ご健勝であったころ、ディナーショーなどで高さんも足を踏み入れているであろう、ゆかりの地である。
ファンも50年来、60年来と年季の入った方が多いことに配慮したか、開演は午後3時。こういう会やコンサートの場合、5~10分遅れなどでスタートになることが大変多いが、高さんを偲び、開場前から多くのファンが全国から詰め掛けていた。
50年来、60年来のファンが会場に集まり、お互いの身の上話。一般ファン、芸能関係者区分なく、遺影に献花、会場で話をし、ゆかりの品々を眺めている。
ペギー葉山、雪村いづみ、浜村美智子、合田道人、安倍寧、芦野宏・・・。
昨年末に腰の病で半年近く入院し、健康状態が懸念されていた石井好子も来場。

参加者が一通りゆかりの品々を見終えたところで、発起人等の挨拶。司会は遠藤泰子。
まず、会主催の日本シャンソン協会会長・石井好子の挨拶。同じキングレコード所属で発起人の一人であるペギー葉山の挨拶、そして芦野宏による献杯の音頭。親族を代表し甥の高忠晴による御礼の言葉の後、在りし日の高さんのVTRが上映。食事の時間も兼ねてある。

若かりし日に出演した映画、円熟期に出演した歌番組、80歳記念リサイタルの記録映像、最晩年に位置するステージの映像…新旧取り混ぜての編集。
年代が移り変わろうと高さんの歌は素晴らしい。その年代、その年代に合わせた魅力がある。不変なのは、こころのうた、ということ。

VTR上映が終わり、〆に高さんを支え、共にステージを作ってきた、照明の今井直治の挨拶。ステージの照明の話から、40年以上マネージャーとして高さんを支えてきた佐々木孝子女史へのねぎらいの言葉へ。

晩年、身体が不自由になり、自力歩行もままならなくなった高さんを支え、(高さんの意思を組み)最期までステージに立たせ続けたのは佐々木女史の尽力によるものが多い。
会場にいた人はほぼ全員そのことを御存知なのだろう、会の中でもっとも多くの拍手が飛び交った。出入り口でしきりに頭を下げる佐々木女史。

こうして、あっという間に散会の時間となった、佐々木女史はじめ関係者は、帰路に着く来客者ひとりひとりに言葉を交わし続けた。
そして、来客者同士も名残惜しそうに話し込み、余韻にひたっていた。
後ろ髪を引かれるようにして、来場者がいなくなったあと、淡々と撤収作業に入る関係者。心のうちに秘めている想いはどのようなものか…。

会の間、どこか高さんの気配がした。
 「ありがとう」
孔雀の間の柱に、高さんがいて、そんなことを言っているような気がしたのは私だけでは無い筈。最期のステージに高さんはやはり立っていたのだ・・・そう思うことにする。
甥御さんの言葉通り、これからは心の中でリサイタルを催すのだから。
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by hakodate-no-sito | 2009-10-06 18:57 | 歌・唄・うた | Comments(0)

こころ揺さぶりし歌い手


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―シャンソン歌手の深緑夏代さんが、2009年8月31日午後6時32分に熱海温泉病院で肺炎のため、亡くなりました。87歳。

このニュースを聞いてから数日経ちますが、正直言って未だに実感が沸きません。
今年に入って体調を崩され、4月16日に脳出血で入院され、"歌を歌えぬカナリア"となってしまい、療養中ということは公式ブログなどで耳にしていましたが、それ自体も信じられない思いでした。

99年に胃ガンを患って、胃を四分の三だったか摘出なさったそうですが、とてもとても…そんなことを露ほども感じさせないパワフルな、それでいて、年輪が感じられる素晴らしいステージ。
150cmも無い小柄な方なのに、ステージに立てば恐ろしいぐらいの存在感。
あっという間に横断歩道を渡って行ってしまう健脚ぶり。

病み・衰え、という言葉とまるで無縁のような方に思っていただけに、ええっ!!と…。


深緑夏代さんという方を認識したのは一体いつだったのか…おそらく高校時代。
シャンソン界の代表格歌手にて長老歌手、という感じで名前を脳裏に刻み込んだんだと思います。

初めてナマのステージを見たのは2006年のパリ祭。
私はどうしてもナマで高英男さんを見ておきたくて、心身不調を押して、勇気を振り絞り、NHKホールへ出かけました。

出演歌手の大半は私の琴線に全く触れず、苦痛すら感じたときもあったのですが、高さんや前田美波里さん、芦野宏さん…といった面々は記憶に残るモノを見せて頂きました。

何より圧倒的なMVPだったのが深緑さんでした。
ラスト3番目あたりで「愛の讃歌」を歌われたのですが…もう実に良かったのです。
魂を揺さぶられる歌、というのでしょうか、自分の語彙力の無さ・説明力の無さが悔しいのですが、とにかく他の出演者とはひと味もふた味も違う歌声でした。
NHKホールが沸きました。ふと気付くと、それまでずっとつまらなさそうにしていた、近くのおじさんが立ち上がりブラボーと何回も叫んでいるのです。勿論私も自前のドラ声を張り上げ叫んでいました。
EDでは司会の永六輔氏が深緑さんを「今日のMVP、ありがとう」と笑顔を抱きしめ、深緑さんもまんざらでは無い顔をされていましたっけ…。
帰路、代々木公園をよぎるオバチャンの集団が
「あの小さい人が歌った『愛の讃歌』良かったわね~」
「ホントよね~、名前知らないけど良かったわよね~」
「かなりの御歳みたいなのに、凄いわね~」
と延々と語っていて、もう少しで話に割って入りそうになりました。

それからでしょうか、深緑夏代という歌手にホントに興味を抱くようになったのは…。

よく、シャンソンとは人生そのもの、なんて言います。
しかし、その言葉が合う歌手はホンの一握り。
殆どが陳腐に聞こえてしまう方ばかり。
深緑さんは、その一握りの中のおひとりでした。

また一人、私の心を揺ぶる歌い手が旅立ってしまいました。
実感が沸かない、つまり喪失感は未だ無いのですが、これからじわじわと押し寄せてくるのでしょう。

センセイ、素晴らしい歌の数々をありがとうございました。

最晩年のステージから…

好きなように生きた私だから
死の訪れなど怖くなかった
やり残したことは沢山あるけれど
やる事はやった人の倍ぐらい
生きる 生きる 今になって私は
生きることの貴さを知った
(訳詩:矢田部道一)
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by hakodate-no-sito | 2009-09-06 23:52 | 歌・唄・うた | Comments(0)

高英男を聴くには

高英男さんの訃報を知って、高さんの歌声を聴いてみようと思う人は少なからずいたと思います。
哀しいかな、高さんの音源はあまり復刻されておらず、爆発的人気を誇った昭和20年代後半から30年代半ばあたりの音源を聴くのは一部楽曲を除き、大変難しい状態になっています。
また、100曲コンサートなんて企画を立てても余裕でこなせるほど数多くの持ち歌がある方ですが、レコードにすらなっていないもののこれまた数多く…。

無い無いずくし、なのですが、そう言い立てるだけなのは虚しいだけ、キ印ファンの遠吠え程度にしかとらえて頂けないかも…。

そんな訳で一般向けに高さんの歌声をたっぷり聴けるCDアルバムを紹介。

それいゆ~愛しのシャンソン名曲集(KICS-1452 2500円 キングレコード)
中原淳一没後25年記念企画。中原訳詩のシャンソンをまとめたコンピ盤。
なんと19曲中15曲が高さん歌唱のシャンソン。
音源の選択基準が今ひとつ判りませんが、人気絶頂だったころの高さんの歌声が多く収録されています。
初CD化の音源も多数収録。
高さんの歌声/初回吹き込みの音源で全曲選曲していれば・・・とちょっとそのあたりが残念。
「聞かせてよ愛の言葉を(高さんの場合タイトルが「聞かせてよ君が甘き言葉」)」
「セ・シ・ボン」
は極めつけの名唱なだけに、他の歌い手の音源採択が疑問。
ともあれ、今あるCDでは一番高さんを聴くのに適しているかも知れません。


決定版 高英男(KICX-3569 3000円 キングレコード)
タイトルに偽りありなので注意(笑)
とは言ったものの、高さん単体のアルバムで現在入手可能なのはこの1枚だけという…。
収録されている楽曲では「セ・シボン」「バラ色の人生」が出色の出来。
一応押さえてはおいた方が良い1枚。
2003年発売の全曲集(KICX-2938)と同内容。

高英男 全曲集(KICX-2125 3000円 キングレコード)
同じようなタイトルと選曲なのですが、こちらはライブ音源中心の構成。
ただ裏表1枚の歌詞カードだけで、ライブ録音のデータが一切なし。
「枯葉」「ロマンス」「愛の讃歌」に関しては昭和51年・帝国劇場でのリサイタル音源。
高さんのステージングの魅力が伝わってくる分、上の全曲集よりも良し。
ジャケットがなかなかインパクトが強いものなので、手に取るのには勇気がいるかも(汗)
99年発売の全曲集(KICX-2562)は同内容ですが、こちらの方が流通量は上かと。
中古市場を探せば、入手は何とか可能かと。

レコード…に関しては謎も多いので一旦これにて筆をm(__)m

あ…「雪の降る街を」。
こちらのオリジナル音源を聴くには
青春歌年鑑<戦後編>(3)昭和26年~28年(1951年~1953年) (VICL-62734/5 2980円 ビクター)
がもっとも入手しやすアルバム(コンピ盤になります。)
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by hakodate-no-sito | 2009-05-20 01:21 | 歌・唄・うた | Comments(0)

想い出だけが通り過ぎて行く・・・

2009年5月4日、高英男さんの訃報が・・・。

私の心境は、題名の通り
「想い出だけが通り過ぎて行く・・・」といったところ。

私が高英男さんの存在を知ったのは2005年の2月。
テレビ番組「昭和歌謡大全集」(テレビ東京)を見ていたとき。

番組中流れた高さんのVTR。
忘れもしない、ラメ入りで街灯のアップリケが付いた着流しにタカラヅカばりのバッチリメイクで「雪の降る街を」を歌う姿。
もう、衝撃でした。

これだ~!
と、琴線にビンビン触れたのです。
熟慮に熟慮を重ね、財布と相談し、それからしばらくした学校帰り、CDショップへ寄り、高さんのCDを購入。
PCに音楽ファイルとして保存し、MDにも落としガンガン聴き続けました。
「青春歌年鑑50年代総集編」に収録されていた、オリジナル盤「雪の降る街を」には涙し、ヘビーローテーション状態でした。
ある日、MDプレーヤーを携帯し、片耳で歌を聴きながら、ひとり冬道を歩いていたとき、ふと気付くと選曲が高さんの「雪の降る町を」。
思わず聴き惚れて、立ち止まり、空を見上げれば粉雪。
♪この哀しみを この哀しみを いつの日かほぐさん
あの思春期特有の胸のうちと、歌の歌詞が「まさに我が意を得たり」という感じで…気がつくと目からホロホロと涙がこぼれていました。
 
私が初めて高さんのナマのステージを見たのは2006年07月08日。
NHKホールで行われた「第44回パリ祭」でのステージ。
今でもありありと目に浮かびます。

ステージまで自力歩行が出来ない状態で、何人かのスタッフ/若手歌手の介助でステージ上に置かれた譜面台の場所まで移動し、譜面台につかまり、高さんのステージが始まりました。歌は「枯葉」。

ピアノの前奏が始まり、本来ならばここで歌に入る部分。
高さんは黙ったまま、様子を見ながらも弾かれ続けるピアノ。
やがて、聞き取れるかどうかの歌声で歌いだす高さん。

歌詞も即興で仕立て上げた、その場だけのもの。
張るところでは見事に張り、ラストは見事に歌い上げ、終わった。
会場は静寂、一転して満場の拍手、絶妙なタイミングで掛かる「高さ~ん」の声。

再びスタッフ/若手歌手が舞台袖から出てきて、高さんを介助し退場。

司会の永六輔が一言。
「高英男さんは89歳。SPの時代からEP・CD、果てはMDの時代の今日まで歌っている。大変素晴らしいことです。あの方は歌っている事で生きている。歌う事で生きている。歌が命を支えている。そんな場に立ち会えたことを僕は大変誇りに思う。ありがとうございます、もう一度高英男さんに拍手をお送り下さい」

私の胸の中にはあの時は正直申し上げて、感動だけではなく、さまざまな想いがよぎっておりました。
でも、否よりも拍手を送りたい気持ちが大幅に勝りました。
「この人のステージはまた見たい」と思ったのです。

それから何度か、ネットでは乏しいシャンソン公演の情報をキャッチし、高さんの出演が判るや否や見に行きました。

ウィキペディアに項目をこさえたり、ブログにも駄文を書き込むなんてこともしました。

役に立っているのかは判りませんが、訃報記事の一部にはウィキからの引用と思しきものもあり、内心ほくそ笑んでいる自分もいたり…。

幸福な事に
2007年には「ビッグショー」の再放送で、円熟した時代の高さんのステージも見ることが出来、我がライブラリーに収めることが叶いました。
その年の晩秋、勇気を出して、舞台袖に行き、直接高英男さんにお会いして握手して頂き、写真を取らせて頂きました。 そのときの写真は一生の宝物です。

最後に高さんを見たのはその年の11月29日。
本当はもっともっとステージを拝見したかったのですが、その後諸般の事情で関東を去ることになり、それが不本意ながらも私にとって最期になってしまったのです。
(あの時ショックと辛さで、お付き合いさせて頂いたファンの方には何も言わずに行ってしまい、連絡を絶ってしまい、結果的に不義理をすることになってしまったのは心苦しい想い出です)

数える程度しか高さんのステージを見ることが出来なかった私、盛りを過ぎた最晩年のステージ・・・。

哀しいかな、老躯を押してのステージは「否」の意見も耳にしました。
私自身、その「否」を真っ向から否定できるかどうかは未だに自信が無いのです。
ただ「心で歌う」、その姿は素晴らしかったと断言できます。
一世を風靡し、多大なる実績を積み、己に出来る最大限の努力を常に行ってきた歌手だからこその染み入る歌、「こころのうた」だったと。

そう、例えるならそれは歌手生活最晩年あたりの淡谷のり子の域でしょうか。

「もう私も数え年90歳になってしまいました、(会場から拍手)ああありがとうございます。ですから、もう恋の歌しか歌いたくないんです」
―といったことをステージで語り、歌った、あの恋の歌。

私にとって、かけがえのない、こころの財産になりました。
年を重ねれば重ねるほど光ってくる、琥珀のような・・・。

高さん、ありがとうございました!
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by hakodate-no-sito | 2009-05-20 00:29 | 歌・唄・うた | Comments(0)

待望のベスト盤!「Golden☆Best 雪村いづみ~歩きつづけたうたの道~」

更新休止中、「書こう」と思っていたことのひとつ。

それがこの「Golden☆Best 雪村いづみ~歩きつづけたうたの道~」(VICL-62795~6)のこと。

2008年4月16日に発売されたこの2枚組ベストアルバム。
合田道人の解説を読むと
昨年(07年)秋の叙勲記念に未復刻音源をCD化しようと、このアルバムを企画したそうです。

確かに、雪村いづみはそのネームバリューの割には音源復刻がされていないのです。
末席ファンの私でも「なぜこの歌がCD化されていないのだろうか?」と疑問が多々。
ファンの欲目を抜きにしても、この状態はおかしいのでは、と常々…。

その不満が大分解消されたのです、このアルバムで。
もう、CDの話を聞いたとき、嬉しさのあまり、一人PCの前でガッツポーズとってました、私。

これまでのベスト盤との違いは…
1)歌謡曲が多数復刻されている
一般的に、雪村いづみ=洋楽 のイメージがありますが、日本の歌(歌謡曲)も実は多数歌っていました。レコード会社がビクターであったことから、吉田メロディーも…。
吉田メロディーのモダンさといづみのバタ臭さがマッチした傑作を多く遺しています。
残念ながら、いづみ自身の歌の方向性などから早いうちからステージで披露されなくなってしまったので知名度が低いのですが…。

2)初復刻/初CD化曲が全44曲中29曲
半分以上が蔵出し音源ってことになります。
ヒット曲でも後年のテイクを収録していたりと、ファン泣かせな内容です。

私イチ押しの曲は
「ピリカピリカ」「みんな年頃旅役者「君を愛す」の3曲。

「ピリカピリカ」は古くから伝わるアイヌ民謡。
昭和32年にいづみが歌ったことで一般にも知られるようになりました。

「みんな年頃旅役者」は昭和31年「あなたも私もお年頃」(大映)の主題歌。
和製カントリーソングともいえる曲で、吉田メロディの隠れた名作。

「君を愛す」はアダモのシャンソン(フレンチ・ポップス)。
もし、いづみがシャンソンの道へ進んでいたら…と考えさせられる名歌唱。

他にも映画「あんみつ姫」「ジャンケン娘」の同名主題歌や、雪村ならではのドラマチックソング「約束」…などなど。

一応、「青いカナリア」「想い出のワルツ」「シェーン」…とヒット曲は一通り収録されていて(ただし、昭和50年の再録音ヴァージョン)、このアルバム一組でいづみを楽しむことは充分可能となっております。

もし、これでご興味の持った方は、3枚組ベストアルバム「フジヤマ・ママ」や、70/80年代作品をまとめた2枚組ベストアルバム「GOLDEN☆BEST 雪村いづみ '70s & '80s」や、キャラメルママとのコラボ・アルバム「スーパージェネレーション」の三点もぜひ。
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by hakodate-no-sito | 2008-06-04 21:18 | 歌・唄・うた | Comments(3)

お恵ちゃんの愛称のルーツとは!?

昨日、NHK-BS2で放送していた「歌伝説 松山恵子の世界」という番組を観た。
丁寧に作られた良い番組で、これからも折に触れて録画を見返す機会があると思う。

この番組内で愛称である「お恵ちゃん」のルーツを紹介していた。
お恵ちゃん本人がファンクラブ誌に書いたモノによると、昭和35年の紅白歌合戦で『アンコ悲しや』を歌っているときに絶妙なタイミングで江利チエミが「お恵ちゃん」と掛け声を入れたことから、だという。

お恵ちゃんの愛称のルーツは江利チエミだった。
大好きな歌手が大好きな歌手の愛称に関わっていた、それも一見さして接点が無さそうな両者なのに!
驚くやら嬉しいやら、不思議な感覚だった。

ただ、場所については松山恵子の記憶違いだと思う。
実は、昭和35年の紅白歌合戦、松山の出演シーンの音声を聴いたことがある。
確かに松山は「アンコ悲しや」を歌っていた。
江利チエミと思われる掛け声もかかっていた。
でも、ここで入る掛け声は「大統領!」だった。
客席からの「お恵ちゃん」という掛け声は確認出来なかった。

ちなみに江利チエミが紅組司会をつとめた昭和38年の紅白歌合戦では、客席から「お恵ちゃん」コールが会場に響いていた。この時には「お恵ちゃん」は定着していたことが確認できる。

江利チエミによる「お恵ちゃん」コール、本当は一体いつだったのだろう。
昭和30年代半ば過ぎの、NHKの別の大きい公開番組だったのだろうか。
半世紀前の話、当人も記憶がさだかではないこと。
検証は不可能ろう。

でも、もし、事実を御存知の方がいたら御教授願いたい。

それにしても、「お恵ちゃん」が歌手を志すきっかけが美空ひばりで、「お恵ちゃん」の愛称定着のきっかけが江利チエミというのは面白い。
そして、私が思っているよりもずっと、当時の江利チエミという存在が大きいものだったことがひしひしと実感出来た。

お恵ちゃんが逝って早2年。
歌番組で「お恵ちゃん」コールも聴かれなくなって久しい。
淋しさが募っていただけに、昨日の番組は本当に嬉しかった。
そして、改めて一流の歌手・エンターテイナーであり、人間的にも素晴らしい方だったと再確認できた。

笑顔の影に涙あり…でもその影を微塵も見せず明るく華やかなステージを見せてくれたお恵ちゃんの偉大さに改めて拍手を送りたい。
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by hakodate-no-sito | 2008-05-11 20:38 | 歌・唄・うた | Comments(0)

トンコ×ノブチン

今夜は、東京は上野の文化会館へ、雪村いづみ×前田憲男のコンサートを見に行って参りました。

文化会館の現代的でいて格調高さの雰囲気。
久々のいづみさんの歌と、初の前田センセのピアノに、いづみファンの大先輩の皆様とのお話。
ずっとワクワクドキドキしっ放し、本当に楽しかったです。
ステージの最中、ふと「この場にいるって、本当は歴史的な場に立ち会っていることなのだよな」と思った瞬間に震えが来ました。

ああ、本当に幸せモノです、私。

このコンサート、去年から、ずっと楽しみにしていました。
予定が二転三転した末、何とか行くことが叶いました。

やっぱりイイですね、いづみさんは。
私の知り合いの方が「トンちゃんを見るだけで私は嬉しいの」といつぞや仰ってましたけども、今日の帰り「そうかもなァ…」と思ったりしています。

雪村いづみは伝説になることを拒絶して歌い続けている歌姫です。
本来なら語られるべき人なのです。
もう。「いるだけでいい」って人なのです。
その立ち姿を見ることが出来るだけでも有難や、なのです。

現在進行形で活動し続ける、日本ポピュラー界の現人神こと前田憲男センセイ。
マイペースを維持するための、人との程良い距離感を心得ている方です。
あの美空ひばりですら、前田憲男がスタジオに現れるときは迎えに出たという話が、このときの大先輩たちとの雑談のなかで飛び出しました。
真偽はともかく、半世紀近くトップアレンジャーの地位に在り続けている天才です。

センセが奏でるピアノの音色の美しさったら…もう絶品!
ピアノは確かスタインウェイのビンテージもの。目ン玉が飛び出る価格。

前田センセイ。
一見とっつきにくい、無愛想な顔をしてデ~ンと鎮座しております。
ですが、ジャズマンで、親友があの宮川泰センセイなのですから、推して知るべし。
実にユーモアセンスたっぷりなステキな方なのです。

以上2名。
お互い伝説的な、神格化しても一向に差し支えない人同士のジョイントなのだから悪い訳が無いのです。
この二人が同じ舞台に立っているだけで、価値はあるのです。

何だかカチカチばかり言ってますが、ステージのムードもまた抜群なんです。阿吽の呼吸。
いづみさんは「前田先生!」と慕い、前田センセは「いづみ、いづみ」と(才能を認めて)可愛がってるという感じで、見ていて凄く微笑ましかったんです。
伊達に、出逢って40年のシンガー・アレンジャー(ピアニスト)の付き合いではないのです。

アンコールの際、いづみ+前田で1曲に前田ピアノで1曲が終わった後、客といづみさんから「前田先生。もう1曲、先生のピアノ聴きたい」と、さらにアンコールがかかりました。

ここまでは予定調和的な演出の一環だったと思うのです。
でも、そこで前田センセが即興で弾き始めたのは何と「想い出のワルツ」。

会場は大いに沸き、いづみさんは感涙。
コンサートが終り、他のファンの方々との懇親会食の際も「先生ったら」「あれは素で泣いてたわね」としばし話題でもちきりでした。

前田先生の粋なはからい、今も胸に焼き付いています。


余談)
楽屋口でチラッとお見かけした前田センセイ。
実物は、ゴッドファーザー的貫禄充分なロマンスグレーでした。
姿勢も良く、15歳は若く見えました。

ロビーにはペギー葉山日本歌手協会会長などからの花が届いていました。
花は華やかで結構なのですが、「○○のない音楽会」から届いた花の宛名が"雪村いずみ"となっていたのは、何ともはや。花屋側のミスなのか、番組製作陣のミスなのか、何とも残念でした。

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by hakodate-no-sito | 2008-04-19 01:58 | 歌・唄・うた | Comments(0)