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徹子の部屋 京塚昌子さんをしのんで(1994年放送) 後編

------------------------------------
(1984年10月1日放送「徹子の部屋」から)

徹子:でも・・・そして、カムバックしてらしたときにね、「京塚さん、お痩せになったんじゃないかしら」ってちょっと皆思ったんだけど、既に、お倒れになるまえに、もう15キロぐらい痩せてらしたんですって。

京塚:そうですね・・・あの、15キロって・・・うーん、まぁ、もうそれだけ減ってたのね。だから、わりかた、細身・・・細身じゃないけど(笑)、それでも、まだ、もう5キロは減らさなきゃいけません。

徹子:一番お太りになってらしたときは一体何キロくらい・・・こんな失礼なこと伺って悪いけど(笑)

京塚:悪いです、フフ(笑)

徹子:ヒヒヒ、悪いかしら(笑)

京塚:だって(笑)
・・・だって大きな声じゃ言えないですけど、大きな声で言っちゃうわね(笑)
だって、一番太ってたのは「肝っ玉かあさん」の頃。一番太ってたときはね・・・(小声で)96キロよ。

徹子:96キロ!

京塚:声が大きい(笑)

徹子:お相撲、お相撲・・・

京塚:声が大きいじゃないの(笑)

徹子:96キロ(笑)

声が大きくちゃ聞けないって(笑)

徹子:そんなに大きかったの!

京塚:そんなに大きかったの。

徹子:じゃあ、やっぱり良くなかったでしょう。

京塚:そうですね。でも・・・

徹子:でもお倒れになる頃には何キロだったんですか。

京塚:その頃はちょうど70キロぐらいですよ。

徹子:そうですか。で、それからさらに減量・・・

京塚:ええ、5キロって。

徹子:5キロって。今は、じゃあ、65(キロ)。

京塚:うん。

徹子:で、それから・・・

京塚:さらに5キロ減らさなきゃダメって。

徹子:あっ、そう。
でも逆に京塚さんが痩せちゃっちゃつまらない、って。つまんないってさ、他の人が勝手なことを・・・

京塚:そうなの、みんな売れない売れないって言うんですよ。いや、でも、そう。これ以上痩せちゃ売れないわよってさ。フッフッフ(笑)
もうね、そう言うんだけどね・・・まぁ、楽なんですね、身体が。

徹子:でも、それにしても、お倒れになったときにね、週刊誌や何かが、もうね・・・ちょっと復帰は無理みたいなこと(書いたり)なんかしちゃったじゃありませんか。何か・・・

京塚:でも、やっぱり皆さんそうお思いになったんじゃないかしら。
もう、本当にね、倒れたときはそう思いましたね。


---------------------


徹子:どうも、本当にね、京塚さん、ありがとうございました。
そしてね、本当に、お元気でね、お出になって頂けて。

山岡:ね~ぇ。

徹子:で、この後新派にお出になったのかな、(新橋)演舞場にお出になって。・・・まぁ、新派じゃないんだけど懐かしい演舞場にお出になって、それでもう一度お倒れになって、それから8年間の、闘病生活に入るってことになったわけなんだけど・・・

山岡:でもねぇ、お話はしっかりしてらっしゃいますよね。

徹子:でもねぇ、御自分ではね・・・

山岡:気に入らないって。

徹子:気に入らないって。呂律がしっかりしてないって。

山岡:うーん、うん・・・

徹子:で、どんな風に、あの京塚さんがね。前に・・・でも、まさか96キロもあると思ってなかって?

山岡:思わない。あたし、80・・・何キロかは越えたかなと思ってたけど。

徹子:ただ、秘密にしてらしたけど、あのときは本当に、本当のことを言っちゃおうとお思いになったんだろうけど。

山岡:ああ・・・。

徹子:で、全部で4回出て頂いたって、さっき申しましたけど、18年前に出て戴いたときの写真をちょっと懐かしいのでね、うん・・・。

山岡:ああ、そう。わぁ・・・。

徹子:そうなの、とっても可愛いわね・・・

山岡:これは「肝っ玉かあさん」ごろかしら。

徹子:そうですね、18年前ですから、そうかと思います。
それから、この時続けてね、出て頂いたんですけど、17年前。

山岡:ああ・・・。

徹子:それから16年前。この16年前っていうのがお正月でね。

山岡:ええ、御一緒したとき?

徹子:うん。池内さん御一緒したときで。
みんなで、ものすごーく・・・

山岡:ワイワイワイワイ言ってね。

徹子:一番右側に池内さんがいらっしゃるんだけど

山岡:うん。

徹子:あ、じゃない、違う。山岡さんがいらっしゃるんだけど。

山岡:あなた、あの時着物着てらしたのよ、確か。

徹子:そう、着物着てたのね。そうなの。

山岡:面白かったですね。

徹子:面白かったわね。

山岡:皆でいろんな話して。

徹子:そして着物着るって話してたら、京塚さん洋服着てね。みんなビックリしてね。

山岡:ねぇ、皆着物だと思ってたら。

徹子:そうなの。でも首飾りでね、素敵にして、あの・・・来て下さったの。
(京塚単独で写ってる写真を見ながら)そう、こんな感じだったのね。
そして、最後の・・・って、さっきのが最後になったんですけど。
でも・・・あの、お菓子を盗み食いするところの現場を。

山岡:ええ。稽古場でね。あの・・・長いテーブルで、みんな本読みするでしょ。そうすると、たいてい、まぁ、席なんて決まっちゃうんですよね。
そうすると、なるべく、ママ(京塚の愛称)が糖尿だから甘いもの持って来ないようにしてるんだけど、まぁ若い子なんか、新人なんか「どうぞ。お菓子です」なんて来るじゃない。すると、なるべくそっちいって、ママの方に持ってこないようにさせるんだけど、でもやっぱり「京塚さんからどうぞ」ってなるでしょう。・・・パッと取って、ここ(テーブルの下)に潜って、口に入れて、パッと上がって来るの。

徹子:机の下、入っちゃうの。

山岡:早いの。だからこっちが止める暇もなく、「ママ」って言ったときには(と口に頬張って横を向く京塚のジェスチャーをして)、一口に入れちゃって・。

徹子:アハハ・・・

山岡:「食べちゃダメでしょ」「大丈夫よぉ、ひとつぐらい」なんて言っちゃってね。

徹子:アハハ・・・

山岡:やっぱり、もう、病気が食べたくなるのね、甘いもんっていうのは・・・

徹子:本当にね・・・でも随分我慢はしてらっしゃいましたけどねぇ。

山岡:でも、お酒なんか呑むと、後で薬飲まなきゃ、なんてね、なんか。注射するほど酷くなかった糖尿病でしたけど、お薬は飲んでましたよ。

徹子:うーん・・・

山岡:糖尿のお薬を。

徹子:・・・でも淋しくなるわぁ・・・ねぇ。

山岡:本当ね。こういう方、もう絶対出ないからね。勿体無くてしようがないの。

徹子:そうねぇ・・・。それから普段の生活のなかでも、サービスの良い方で。

山岡:うん!

徹子:皆さんを盛りたてて楽しくするってことがね、本当にもう、お好きでしたね。

山岡:うん・・・。

徹子:・・・だから、こんな風に・・・

山岡:惜しいですよね。

徹子:本当にね。皆さん、待ってらっしゃる方沢山いらっしゃると思うし、本人が一番ね・・・。
こんなはずじゃなかったってきっと思ってらっしゃるでしょう。

山岡:私が築地に居ますからね、(京塚が)明石町にもとお住まいだったから、よく「どうしてます」って聞かれたんですよ。

徹子:そうですか・・・。
本当に御冥福をお祈りいたします。今までありがとうございました、楽しませて頂いて。


------------------------------------


※番組中、「肝っ玉かあさん」の頃云々というのは両名の記憶違いです。

それにしても、京塚昌子最大のタブーともいえる体重の話をしているのは凄い。「徹子の部屋」ならでは。
山岡久乃も黒柳徹子も、通り一辺倒ではなく、心底故人を惜しんでいるのが伝わってきます。
新派と新劇が同じくくりで、というと一瞬えっと思いますが、杉村春子が花柳章太郎を尊敬して強く影響を受けていましたし、新派の井上正夫が新劇系人脈と組んで第三の新派を模索し、戦時時の新劇人の身元引受に一役買っていたなど、結びつきはあるのです。
山岡、京塚に縁深い石井ふく子は、新派の伊志井寛の継子。石井ふく子が手掛けているホームドラマも、実は新派のジャンルの中に存在していたのです。石井ふく子ドラマは新派の系統といっても過言ではないのです。
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by hakodate-no-sito | 2015-05-04 00:34 | テレビ | Comments(0)

徹子の部屋 京塚昌子さんをしのんで(1994年放送) 前編

京塚昌子という女優に関心がある。
だいぶ前にブログで京塚昌子について書いたこともあった。
資料も少しづつ集まっているのだが、亡くなって20年以上経ち、表舞台から姿を消して30年。
なかなか思うように京塚昌子に触れることは難しい。
そんな中、有難いことに、京塚昌子の追悼番組を見る機会に恵まれた。「徹子の部屋」である。
「徹子の部屋」では、定期的に行われる追悼特集のほか、故人ゆかりのゲストを呼び過去のVTRを見ながら偲ぶ追悼回、過去のVTRのみで構成された追悼回が不定期に放送される。
京塚昌子の場合は、ゆかりのゲストを招く形式で放送されていた。そのゲストとは山岡久乃だった。
山岡久乃と京塚昌子、テレビドラマや舞台における石井ふく子作品に欠かせない女優である。
ふたりは「肝っ玉かあさん」「ちょっといい姉妹」などで競演している。
山岡久乃も、私にとって欠くことのできない、大好きな女優だ。もう有難く、嬉しく拝見した。
備忘録も兼ねて、番組の様子を紹介しておきたい。


------------------------------------


徹子:皆様、こんにちは。
本当に、大きな、大きな、庶民的なお母さんと言われてらっしゃった京塚昌子さんがお亡くなりになりました。本当に芝居が好きで、新派では名女優と言われた方でいらっしゃいました。それがテレビにいらしゃって、あの笑顔と、そして、あのふくよかな御身体で、どれだけの沢山の方を楽しませて下さったか、わからないと思います。8年間に及ぶ、本当に大変な闘病、リハビリ。それをやってらして、もう一度と、再起するというお気持ちでいらしたんですけども、本当に残念でございました。 私も何回か舞台など御一緒させて頂きましたけども、・・・もういろんな思い出がございます。
 今日は、もう本当に、50年ぐらいのお付き合いだと言ってらっしゃる山岡久乃さんにおいでいただきまして、この・・・あの「肝っ玉かあさん」、64歳で亡くなったけど、あの京塚さんの追悼にさせて頂きたいと思います。
 なお、京塚さんには4回出て頂いているんです。今日のお客様と一緒に、あと池内淳子さんとみんなでお正月にワーワーしたものとか、いろいろございましたけれども、今日は一番最後の、そしてこれが京塚さんの、本当にお美しい、最後の元気なテレビになっただろうと思う、一回お倒れになった後なんですけど、とてもお元気だったんです。その、あの・・・追悼を皆さんにご覧頂きながら、と思っておりますけれど、山岡久乃さんです。

山岡:(溜息をつきながら)ねぇ・・・

徹子:あの・・・。(気を取り直すように)随分お古いお付き合いなんですって。

山岡:ええ。あの、戦後ね、千田是也さんが主宰する舞台芸術アカデミー研究所っていうところが、スポンサーがヤイデンキの社長さんかだったの。その方が新派に御懇意の方だったと思うんですけど、あたしたちのね、その道場っていうか、ところにね、新派の女優さんたちが来てね。まだ京塚さん10代でしょうけどね、一緒にチータカチータカ、ダンスのレッスンしたんですよ。

徹子:あっ、そう・・・!

山岡:その頃京塚さん痩せてて、舞妓さんとか子役とか、細い細い女優さんでしたけどね。
ある日私にはね、「ある日突然、あの・・・何か私太ったの」なんておっしゃってらしたけれど(笑)

あの、手術した後にね、何か・・盲腸か、何かした後に飲まされた薬で、ホルモンが異常になってしまって太ったって言って、お医者さんのせいだって言ってましたよ。

徹子:そう。うん。「たった一本の何かでそうなっちゃったのよ」って言ってました。

山岡:そうなんですって。

徹子:「ただ。私も非常に非科学的な人間だったからいけないのよ」って言ってらしたけど。でもお元気でずっとやってらした・・・。

山岡:ねぇ。

徹子:それから、あの・・・方角に凝ってらして、山岡さん家(チ)の御墓は、あれなの・・・

山岡:そうなの。あのね、私はもう、うーん、とにかくその時すぐ片付け魔でしょ。だから気が付いたらすぐ何かやるって思ってたら、ちょうど番組一緒だったから(話したら)、お墓なんてものはそんな勝手に作ったりするもんじゃないって、誰も・・・私は、誰も亡くなってないから、今がいいと思ったんだけど、いけないって言ってね、自分がお坊さん呼んで来て下すって、それで、いつにしなさいとか全てして下さっすたのよ。
おかげさまで、私がお墓を立てて、戦争中バラバラになってた父や母とかね・・・あ、父や母とかじゃない。お祖母ちゃんとかをね、収めさせて頂いたんです。
 そいでね、京塚さんが明治座・・・今の明治座じゃない、前の明治座はね、ホラ戦災で亡くなった方がいっぱいいるので、オバケが出るとか出ないとかということがあって。私もあるとき、金縛りみたいによくなったの、よくなったの、楽屋でね。それでお塩撒いたり、お線香立てたりしたんですけどね。そのとき、京塚さんがね、あの・・・お塩撒いたりお線香立てたりしたら抹香臭くなるでしょう、楽屋が。だから、そこにお札貼るのも良くないからって、水晶の玉をね、代わりに置きなさいってね。それでね、あたいは身体が大きいから大きいの、あんたは小ちゃいから小ちゃいの。あの人が五万円でね、私が三万円でね、何か差がつけられた水晶の玉を買いなさいって言われて。未だに私、楽屋で、それをお座布団の上に置いて、お水あげてますけどね。

徹子:そうすると、もう金縛りは無かったですか。

山岡:そうですね。何か・・・気のせいかもしれませんけどね。

徹子:でも、そういうこと本当にこまめで。

山岡:そう。

徹子:嫌じゃないのね、そういうこと。

山岡:うん。

徹子:面白い方でしたよね、そういう点・・・。

山岡:ねぇ・・・。
それで、もう、自分が気に入らないと「やっちゃダメ」ってね、本気でね。で、自分は私たちが言うと「あたいはいいの」って。言う事きかないでしょ。

徹子:そうなの。それでね、森光子さんとか越路吹雪さんとかと御一緒の舞台でね、何だかもう・・・みんな色々ゴタゴタ嫌なことがあって、皆で「嫌ァねぇ」って、「どうして、こういう・・・」って、ある女優さんのことで、私なんかいじめられちゃった、皆庇ってくれてどうしたりしてたら。
「皆、女学生みたい。ダメですよ、そんなこと女優で言ってちゃ。もう、これから先どうするの」って、森光子さんや越路吹雪さんまで皆言われちゃって。

山岡:フフフ、アハハ。

徹子:で、結構、本当はお齢はお若かったんですよ。

山岡:そうですよ。

徹子:ええ。亡くなったとき64(歳)ですから、リハビリをお始めになったときからだって、まだ50ちょっとだったわけでしょう。

山岡:ええ、そうですよ。

徹子:だから、うんと若いのに、もう本当にね・・・。あの、申し訳ない。私、親子やったことあるのよ。
そして殆ど歳違わないのに。それでね、「お若くて結構ね」って(笑)
・・・私、何と言ったらいいかってね、思ったんですが(笑)

山岡:はい、うん・・・。

徹子:ただ、このリハビリやってらっしゃる間、会いに行ったりなさらなかったんですって。

山岡:うん。会いに行きたいと言うとね、泣くから・・・来ない下さいって言われて。お電話はしたことあるのよ。だけど、電話口で泣いちゃうの。

徹子:そうなのよねぇ・・・。

山岡:それはね、懐かしいので泣くのと、それから人が元気で働いてるのが悔しいんで泣くのと・・・。やっぱり女優さんって、いろいろあると思ってね。それでご遠慮して、で、ハガキをね、誰が読んでもいいようなハガキを何回か出したことはありますけどね。

徹子:でも、あれだけ活躍してらした方が、とにかく8年間・・・その前にもさらにあるんですけど、まぁ今度、最後は8年間、やるぞやるぞとおっしゃりながら結局出来なかった。その間、1回かな、ここのテレビ朝日の「こんにちは2時」で取材したときにね、「リハビリはやってるのよ、だけどちっとも良くならないの」って泣いてらっしゃるのを見たとき、たまらなかったものね。どうしてあげようもないって思ってね。
もう随分・・・あの、糖尿病とか、いろんなとこ悪くて、随分痩せさせていらっしゃったんだけれども・・・。
でも、本当に明るくて、あの方がいらっしゃると、本当にこうね。

山岡:そうなんですよね。で、あの方はね、いつも「アタシはそんな良い人じゃないのよ」

徹子:そうそう、いっつも。

山岡:「腹黒お昌よ」って、いっつも。

徹子:そうそう、腹黒お昌っていっつも言ってらしたわね。

山岡:そう、だから私ね、腹黒お昌の役、やらしてあげたかった。
たとえばね、春日局みたいなのがね。しっかりもので、御薬湯も飲まないで・・・ね、というのがさ、もしあの人がやって、その御薬湯が不味いから飲まなかったって人物像も、京塚さんなら成り立っちゃうような気がするの。ねぇ。

徹子:本当そうです。

山岡:あの不思議な愛嬌っていうのは、役者にとって欠くべからずものなんです。

徹子:そうですね。

山岡:あの愛嬌は、あの方が神様から戴いたものねぇ。

徹子:あれだけお太りになってらっしゃるのに、着物の着付けがお上手で。新派にもいらしたから・・・

山岡:それとね、柔らかいのよ、身体が。

徹子:そう・・・!

山岡:真っ向棒みたいにペタっと(地面に足が)着くの。

徹子:あら、そうなの・・・。

山岡:身軽なんですよ。

徹子:うーん、身軽だったのね。
とにかく、最初にお倒れになったのは今から11年前。そして、あのときは脳血栓だったんですが、それからリハビリなさって7か月で、ドラマにカムバックなさって。その後に私のところ(「徹子の部屋」)に来て下さったんです。そのとき、マネージャーの方がこう仰ったんです。
「ここんとこ、ちょっとまたテレビに出て泣いちゃうので。それは病気のせいで。もし、黒柳さん、泣くようなことがあってもそれは病気がさせているんで、本人が泣いてるんじゃないってフォローして下さい」って仰ったの。
そうしたら、この日は、笑っちゃう日で、楽しい日で。
もうずっとずっと笑ってらしたのね。

山岡:よかったねぇ。

徹子:うん。だから、これを皆さまにね、ぜひ見て頂きたいんですけど、これがおそらく最後の、京塚さんの、お美しい、お母さん役者じゃなくて、本当にね、女の人としてね、出て頂いて。

山岡:今も何か、いい男の何とか・・・。

徹子:そうなの。何かおかしいの。私に会うと、男の人の話ばっかりしてたから。その話してたんですけれども。これは84年10月1日、ちょうど10年前の京塚昌子さんです。
では、追悼でございますので、御一緒に・・・。

山岡:拝見します。
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by hakodate-no-sito | 2015-05-03 23:32 | テレビ | Comments(0)

5/10 「デューク・エイセス日本の心を歌う」(BSフジ) 放送

2014年5月10日(土)19:00~20:55
BSフジ 「デューク・エイセス日本の心を歌う」

出演:デューク・エイセス, 安田祥子

http://www.bsfuji.tv/top/pub/dukeaces.html

>今年で結成59年。前人未踏の5000回コンサート。ジャズ、黒人霊歌、ポップス、童謡…。日本の音楽史を彩るコーラスグループの先陣・デュークエイセス。
>60周年記念アルバムもいよいよこの秋発売となり、節目の“還暦”イヤーに向けさらなる歩みを続ける彼らの姿をたっぷりとお届けします。
>さらに、童謡・唱歌などを通じ、日本語の美しさや日本人の心を広く伝える活動が評価され文部科学大臣表彰を受賞、妹・由紀さおりとの童謡コンサートでも人気を博している安田祥子(やすださちこ)をゲストに迎え、夢の共演が実現!
>「ふるさと」「春よこい」「雪の降る町を」「青い山脈」「上を向いて歩こう」・・・心安らぐ童謡・唱歌、懐かしのメロディーなど「日本の心」にどっぷりと浸ることのできる1時間30分をお見逃しなく!!



テレビで、これだけ大きい番組で、デュークエイセスをたっぷり、というのは久しぶりですね。
最近、BSデジタル局で、ベテランの歌い手のコンサートや、歌謡曲を取り上げた歌番組が放送されています。NHKが最近そういうことをやらなくなってきている分、民放に流れているのでしょうか。
BSデジタルのプログラムは、2時間ドラマや韓国ドラマの再放送や通販番組の印象が強いのですが、なかなか良い番組も作っているので見逃せません。
勿論、この番組も要チェックです。録画予約も済ませました。

それにしても、まだまだ先だと思っていたデュークエイセスの60周年。いよいよ来年なんですね。
秋口の記念アルバム発売という情報も見逃せません。
ダークダックスは60周年目前で、パクさんが病に倒れ亡くなる悲報によって活動ひと区切りと相成りましたが、どうかデュークエイセスは4人元気で、華やかな節目を迎えて欲しいです。


<歌唱楽曲>
「ふるさと」/デュークエイセス
「浜辺の歌」/デュークエイセス
「早春賦」/安田祥子・デュークエイセス
「春の小川」/デュークエイセス
「春よ来い」/デュークエイセス
「みかんの花咲く丘」/安田祥子・デュークエイセス
「ぞうさん」/安田祥子
「夏の思い出」/デュークエイセス
「椰子の実」/デュークエイセス
「蘇州夜曲」/安田祥子
「青い山脈」/デュークエイセス
「上を向いて歩こう」/デュークエイセス
「明日があるさ」/デュークエイセス
「見上げてごらん夜の星を」/デュークエイセス
「夜明けのうた」/デュークエイセス
「ちいさい秋みつけた」/デュークエイセス
「里の秋」/安田祥子・デュークエイセス
「コマソンメドレー」/デュークエイセス
「雪の降る町を」/デュークエイセス
「ペチカ」/安田祥子・デュークエイセス
「デュークオリジナルメドレー」/デュークエイセス
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by hakodate-no-sito | 2014-05-06 14:20 | テレビ | Comments(9)

朝ドラ見聞録(3)「おんなは度胸」と橋田ドラマ

3本目は「おんなは度胸」。
橋田壽賀子脚本、主演泉ピン子。平成4年放送の作品。
「渡る世間は鬼ばかり」臭が立ち込めていることは言うまでもない。

橋田壽賀子ドラマというのは、型というのか一種のマンネリズムを持って、それをカタルシスにさせるところがある。基本的には同じことしか言っていない。橋田様式美。ただ、美というには下世話だなのだが。

劇中の、藤岡琢也、藤山直美に園佳也子の掛け合いと、「渡鬼」での赤木春恵、沢田雅美(東てる美でも可)、角野卓造のやり取りは、方言(「おんなは度胸」は関西弁)と商売(「おんなは~」は旅館業)を替えるだけで基本的に同じだ。

じゃあ、誰がやっても同じではないかというとそれは違う。
マンネリズムを快感に持って行くには、演じ手にある程度の腕が必要。
腕のない人がやると、橋田様式が操り切れず、演じ手の未熟さと様式の不自然さが浮かび上がり、失笑を買うばかりになってしまう。

その点、藤岡琢也、藤山直美、園佳也子の三者は良い。

もっとも橋田ドラマの男性はあまり重みがない。
おろおろ振り回される中高年か、やたらに物分かりの良い若者か、一見強気だがいざとなると弱いか。
藤岡の役どころは最初のそれ。「岡倉のお父さん」とさして変わらない。その点で安心して見られる。

ドラマの悪役にあたる、藤山、園。
これでもかと、勝手放題に言い放つ。
ここでこう出て来るだろうという御約束通りに動き、予想の動きをさらに膨らませてゆく。
役の好評ぶりが、脚本にも還元されていたのではないだろうか。

「おとうちゃーん、本館と新館、どっちが大事なの。本館あってこその新館やないの」
「旦さん、とうさんの仰る通りだっせ」

悪役が魅力的じゃないとドラマは面白くならない。
藤山、園。
園は脇の人と思う人も多いが、二人とも舞台で主役を演じた人である。手腕という点では申し分ない。
ドラマの肝は、この二人にあったことは間違いなさそうである。
二人が主役といっても良いし、いま放送されたら、ツイッターあたりで大盛り上がりになるに違いないし、スピンオフ・ドラマが出来ていたかもしれない。

今日、藤山直美は押しも押されぬ商業演劇の雄であり、大物と目される女優のひとりだが、一方で園佳也子は忘れられつつある。後年は母親の介護に追われ、仕事を抑えざるを得なくなったり、晩年の数年は膝を痛めるなどして仕事から離れていたこともあるのだろう。
ただ、私にとっては「ありがとう」の熊取乙美役を見て以来、忘れられない女優だ。
今回「おんなは度胸」を見て、さらにその名が胸に刻み込まれている。

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なお泉ピン子だが、科白を噛んだり滑舌に怪しいところが度々見られる。
この現象は近年起きたものではなく、昔からだったらしい。

橋田壽賀子ドラマの本質は喜劇と看破したのは鴨下信一だったと思う。
喜劇とは切っても切れないサラブレッド藤山直美。
花登筺とも縁があり浪花千栄子を崇めていたという園佳也子。
この両名が悪役としてキャスティングされた時点で成功は約束されたものだったのだろう。
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by hakodate-no-sito | 2014-04-29 14:48 | テレビ | Comments(0)

朝ドラ見聞録(2)「北の家族」と左幸子

「おていちゃん」の次に選んだのは「北の家族」(1973-74年放送)。40年前の作品だ。
10年ほど前、NHKの特別番組で見たダイジェスト映像が記憶の片隅に残っていた。
物哀しい地元函館の冬が画面にくっきりと映し出されていて、一度見たいと思っていた。

地方訛りを創作品に盛り込むのは難しい。
あまりにも忠実だと意味が通じないし、さりとてツボを外したカリチュアライズたっぷりなものだと白ける。「北の家族」はその点うまくバランスを取っていて感心した。特に見事だったのが左幸子。
劇中の、天草四郎という俳優と左のやりとりは、私よりずっと堂に入った函館人の話し方だった。

映画よりも生っぽさが出ていた、かつてのテレビ。おかげで左幸子の名演ぶりは一層伝わって来た。こころ優しく、芯の強い、母親役。そんな役が左幸子に合うのかと見る前は思っていたのだが、とんでもない。役に完全に成りきっている。

仕事に出掛ける夫の準備を手伝い、家の前の軽い坂を登る夫の荷車を後ろから押して手伝う、うしろ姿。
「晩になってから戻ってくるんだよ、いいね」と、夫(下元勉)と激突し、数年ぶりに戻って来る息子(清水章吾)を門前払いをさせまいと出迎えに行った娘(高橋洋子)に電話口で念を押す姿。
やっと戻って来た息子が「ちっとも部屋は変って無いと話しながら窓から港を眺めているとき、「お母さん、あんたが乗って帰ってくる連絡船、この窓からずっと見てたよ」と話すひとこと。

見終える頃、気が付くと私は涙目になっていた。
この「北の家族」、女優左幸子を語る上では欠くことの出来ない作品ではないのだろうか。
勿論、それも楠田芳子の脚本の確かさがあったからこそ、なのだが。

あまり語られないが、この楠田芳子(木下恵介・忠司兄弟の妹)という人もテレビドラマ史において多大な実績を遺した方で、新珠三千代・内藤洋子出演の「氷点」や、池内淳子主演のひまわりシリーズを手掛けている。

また緒形拳の淡々としたナレーションが北の物哀しさ厳しさを表すのにひと役買っていた。
当時の緒形拳というとギラギラした印象が強いだけに、こんな抑えた傍観者的な語りも出来る腕のある人だったかと改めて感服。

主演の高橋洋子(「残酷な天使のテーゼ」の人とは別人)も純朴かつ聡明な感じが出ていて好感を抱いた。

人物・場面設定も、セットもしっかり作っている。
昭和40年代のテレビドラマというと、割と雑なところがある印象を抱いていたのだが、NHKの看板枠のドラマだからということで、きちんと作られていたのだろうか。

たった15分のドラマのはずなのだが密度は濃い。ドラマというよりも「テレビ小説」の要素が強い。
おそらく、今ならば「重すぎる」と片付けられてしまうだろう。おそらく今季放送中のドラマを束にしても、このドラマの密度には及ばない。
こういうドラマが放送され、最高視聴率が約50%だったという昭和40年代の豊かさ、心から羨ましく思う。

ただ、この「北の家族」もまた映像は殆ど残っていないそうだ。
左幸子入魂の演技も殆どが幻になっている。残念でならない。
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by hakodate-no-sito | 2014-04-29 14:00 | テレビ | Comments(0)

朝ドラ見聞録(1)「おていちゃん」と長門裕之

先日、NHKの公開ライブラリーに行って来た。
ここを利用するときは大概歌番組の視聴と決まっているのだが、見たい作品はある程度見尽くしてしまったせいか、その日はそういう気分になれず、画面操作中にふっと「朝ドラを見よう!」と思い立った。

そこから選んだのが3つの朝の連続テレビ小説。
どの作品も名優が光を放っていて、いろいろ思うことがあった。備忘録に書き遺しておきたい。

最初に見たのは「おていちゃん」、沢村貞子の著書「私の浅草」「貝のうた」を元に作られた1978年の作品だ。

何となく「おていちゃん」を選んだのだが、よくよく考えると、何日か前に見た「徹子の部屋」で津川雅彦を見かけたことが無意識のうちに影響を及ぼしていたのかもしれない。

念のため書くが津川は沢村貞子の甥。黒柳徹子は沢村のことを母さんと呼ぶ親しい仲。
「徹子の部屋」の最多女性ゲストは沢村貞子で、生前最期のテレビ出演も部屋だった程に相思相愛の絆で結ばれていた。

「おていちゃん」は既に原本たる映像が散逸・消失し、マスター映像は初回・最終回のみ、あとは視聴者からの寄贈品映像(時刻表示が入っている)が数本というお寒い管理状態になっている。

今回見たのは初回と最終回。
初回は放送当時の東京の空撮から始まる。相川浩アナウンサーの程よく抑制の効いた軽やかなナレーションも心地よい。現在の浅草の路上で朝ドラの説明を行う相川アナの「おていちゃん」という呼びかけで、袴姿の女学生スタイルのおていちゃん登場。彼女の説明台詞から明治の浅草へと移っていく。

歌舞伎の舞台を袖でじっと見つめる着流し姿の長門裕之。
長門裕之が色男の役なんて、と晩年の印象からそう思っていたが、とんでもない考え違い。
正面の顔はそうでもないが、横向きに映る全身のシルエット、半身がぞっとするぐらいに美しい。横顔も、目の輝きも。加えて時折ヒョイと聞こえる低音が恐ろしくセクシーなのだ。
イヤフォンを付けての視聴だから、余計に声が耳に響く。低音の声を聴いた瞬間、ガクッときてしまった。しばらくの間、放心状態に陥った。
男色の気はない男の自分がこうだ。女ならどうだろう。
いまなお語り草になっている著書「洋子へ」の話も、まんざら潤色ばかりではないと確信した。

晩年、そういう色香を感じなかったのは「洋子へ」での騒動で華やかな場所から長く遠ざかってしまったことの後遺症だったのか。長年の不摂生が祟って大病を繰り返したり、借金返済や介護費用工面に追われていて、身体がボロボロになっていたからか。単に私の見る目が無かっただけか。単にそういう役が来なかったから(そういう感じを)出さなかっただけか。

風貌ばかりでは勿論ない。その芝居の達者なことにも舌を巻く。科白の緩急自在さは勿論、目の配り、仕草。きめの細かい演技がビシッとハマる。それらがまた天性のものに思える(実際はそうじゃないかもしれない。だがこのぐらいなら考えなく出来るよという空気がある。長門の役どころは父方の祖父にあたる)。
相手役の日色ともゑ(劇団民藝)が緻密に計算立てて、きっちりこなしている感(最終回での老婆役ぶりは映像作品ということを踏まえた上での、程良い老けっぷりで感心した)があるだけに、対比するかたちでいっそう長門の才気が煌めいている。

他にも提灯の火を消して畳んでしまう動作をじっくり映して出すといった、細かい風俗の再現も至るところに見られた。こういう積み重ねがドラマを生かす土台になっていたのではないかと思う。
山本夏彦がコラムで、このドラマの時代考証の確かさを褒めていたのはどうやら伊達じゃないようだ。

手許にある「おていちゃん」のムック本によると、浅草オペラの再現もドラマ内で行い、田谷力三が本人役で出演し往年そのままに唄い踊った回もあるという。

喪われたとされる映像が発見され、まぼろしが蘇る機会があることを願ってやまない。
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by hakodate-no-sito | 2014-04-29 13:23 | テレビ | Comments(0)

「ミュージックジョイ」視聴記

江利チエミ、島倉千代子。
昭和が生んだ不世出の大スター。
1960年代の紅白歌合戦を見ると、そのオーラ、歌声、曲順。
いかに大物であったか、そしてそう遇されていたか、わかるし、想像することが出来る。

二人は美空ひばりのライバル格として、それぞれ語られることはあっても、この組み合わせで話題が出るということは、あまり聞いたことがない。

40年以上前、オールスター大会ではなく、1対1の顔あわせで作られた音楽番組がある。
「シャボン玉 ミュージックジョイ」。
大スター二人の、貴重な競演。

縁があって、拝見する機会があり、備忘録がわりの見聞録をその際認めていたのだが、うっかり紛失してしまい、それきりだった。ところが最近、それがひょっこり出て来たのだ。
昨年、島倉千代子も亡くなった。
折角の機会だから、今回それを基に手直しをし、ここに公開することに決めた。
いくらかでも、音楽番組全盛期の匂い、そして何よりも二人の人柄を伝えることが出来たなら嬉しく思う。

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テーマ音楽が流れている。
画面には提供テロップ「牛乳石鹸」。
暗闇のスタジオをピンスポットが照らす。
白い幕が掛かっている。その前に人が立っている。ボブヘアーに紫のマフラー、全身白のパンツルックの江利チエミが、小刻みに身体を揺すりリズムを取っている。左手にはハンドマイクが握られている。
提供テロップが消え、チエミが話し始める。
「皆様こんばんは」
シャボン玉ミュージックジョイ No.41
番組タイトルテロップが映る。
「初めて、このミュージックジョイでご挨拶します、江利チエミです」
「そして今夜の私(わたくし)の素敵なパートナー、島倉千代子さんです」
お千代の方を向き、一礼し、どうぞと招き入れるチエミ。柔かな笑みを称えながら画面右から出て、チエミに頭を下げるお千代。
「もうちょっとこっちにどうぞ」「ハイ」
カメラ(視聴者)に向かって一礼するお千代。
すかさずマイクをお千代のもとへ寄せるチエミ。
ざっくばらんに「楽しくやりましょう」と声を掛けるチエミ。
「はい、お願い致します」と、はにかんだような口調で、あくまで謙虚にチエミを立てるお千代。
「ねッ。今日は久しぶりですもんね」
「はい、楽しみに参りました。よろしくどうぞ」
二人とも、実にいい笑顔を見せている。
テーマ音楽が終わり、お千代は中島弘子のように肩から上を軽く横に曲げ、チエミはさぁと左手を前に伸ばし、それぞれ〆のポーズ。CMへ。

スタジオを上から映すカメラ。
雪を意識したセットを、画面左右から蛇の目を持った人が歩いてくる。
左の人が片手でジェスチャーを交えながら、声を掛ける。
「あの、もし。賑やかな京都と静かな京都、どちらがお好き?」、ちょっとおどけた声でたずねるチエミ。
「静かな京都が好きですね」、応えるお千代。
「じゃあ、わたくし賑やかで参りますワ」
すれ違っていく二人。
カメラが切り替わり、白地に黄緑の三日月をあしらったの二色混じりの蛇の目を持ったお千代が歌い出し(アテレコ)、曲名テロップが出る。
「女ひとり」(作詞永六輔 作曲いずみたく)
♪恋に京都 大原 三千院 つかれた女がひとり
昭和41年にデュークエイセスが歌いヒットした曲。島倉は平成に入ってから、この歌をソフトロック風に軽やかに唄ってCDに入れているが、ここではしっとりとしたお千代節で披露している。
1コーラス歌い終え左へ去るお千代の姿が上から映され、今度はチエミが画面に映る。やはり蛇の目を持っている、こちらは白地に朱色の三日月があしらわれている。

♪京都 栂尾 高山寺 恋につかれた女がひとり
賑やかな京都で参りますと言っていたが、こちらもしっとりとした京都をイメージさせる編曲。いやいや、喧噪の中の静けさか。
勿論チエミもアテレコ。まったく狂いなく、音声と口の動きが合っている。
美空ひばりもリップシンクの達人だったが、江利チエミもまたそうだった。
身の動きにも無駄がまったく無い。アメリカのショービジネスの人にも通じるものがある。

後奏が終わる頃、画面左からお千代がやってくる。やはり蛇の目は持っている。
「こんばんは」京言葉で声を掛けるお千代。
「こんばんは」ちょっぴりおどけた口調で合わせるチエミ。
顔を合わせ、ふふふと笑い合う二人。
「いいムードですねぇ」
オープニングよりも、幾分柔らかめに話しかけるお千代。目上を立てつつ、慕ってる感じが伝わってくる。
「京都ってどうしてこんなにいいのかしらね」
「素敵ですねぇ。それに、今日は、セットが雪ですし」
「うん」この相槌は素の声だと思う。人懐っこい感じがする。
「おこたに入って、一杯こう、キューッと。いいですねぇ」ジェスチャーを交えて話すお千代。聞き逃さないチエミ。
「アレェ?」大きな目を一層大きくして笑みを浮かべるチエミ。
「あっ!」
「アレェ、初めて聞きましたよぉ!」声は明るいがどうしたのという顔をしているチエミ。
「アレェ、イケナァーイ」
顔を押さえて恥ずかしそうにそうにするお千代。
「呑めるようになったんですか?」
「少しだけ」うつむきながら答えるお千代。チエミの方を向いたときは淋しそうな顔をしている。
「少しだけ・・・いつから呑めるようになったんですか」表情で明るくない酒と察したか、チエミの声は優しい。
「あのー・・・去年の暮れから」
さらっと話すお千代だが、涙目である。
「あっ・・・」
諒解したチエミ。うんと頷くお千代。
「お母様のときでしょう」
「あのね、日が経つにつれてね、だんだん淋しくなってね」
「うん。判るわ」真顔で相槌を打つチエミ。この頃までに母、甥、次兄、長兄と大事な肉親を失い離婚も経験している。声にも実感がこもっている。
「全然呑めないのに、この・・少しづつね」
「でも」
「でも、薄いですよ」
「いえ、手つきで行くと大分・・うん」
ジェスチャーを交え、場の空気を戻そうとするチエミ。だが表情は暗いまま。
「イケそう?イケない私(わたし)」
笑いながら応えるお千代。こちらは既に平常に戻している。
「うん。今日は、この一杯機嫌で、機嫌よく今夜は参りましょう」
はいと応え、会釈し下がるお千代。
同時に御馴染みの曲の前奏が流れ出す。
カメラに蛇の目が映る。くるくると回っている。回しているのはチエミ本人だ。傘を横に持ちながら回し、パッと顔を隠しリズムを取り、前奏終りと共にヒョイと覗かせる。
♪なんだ なんだ なんだ ネー
江利チエミ十八番「さのさ」(作詩:三井良尚 作曲:不詳)
洋装でこの歌はどうなのかと思うかもしれないが、これが全く違和感無いのだ。和洋折衷の魅力を持つチエミならではだろう。
♪でも 淋しいのよ
袖の代わりにスカーフで顔を隠す形で〆るチエミ。小粋な演出だ。おそらく本人のアイデアだろう、そうとしか思えない。

続いてお千代の「すみだ川」(作詩:佐藤惣之助 作曲:山田栄一)
♪銀杏がえしに 黒繻子かけて 泣いて別れたすみだ川
蛇の目ではなく、マイクを持ち、唄う。
もとは東海林太郎のヒット曲を、懐メロブーム最中の昭和44年にお千代がレコーディング。スマッシュヒットとなり紅白でも2回披露、お千代に欠くことの出来ない1曲として最期まで歌っていた曲。
お千代は幼少期東海林太郎のファンでファンレターまで出した程。レコーディングに至るまでも、もともと愛唱歌で歌い込んでいる歌をさらに稽古を重ね、東海林本人のお墨付きを得る経緯を経ている。またお千代のレコード発売から数年のち、コロムビアから新録音で発売された東海林のアルバムにお千代が客演し、共に「すみだ川」を唄った録音も遺されることになった。
なおファンレターは東海林から返信が届いた上、後年お千代が東海林にその話をしたところ、何と覚えていたという嬉しい余話が残っている。

「すみだ川」を歌い終えたお千代をめいっぱいの拍手で迎えるチエミ。
スタジオには洋椅子がふたつ用意されている。左側にチエミが座っている。

「まぁ、先輩に拍手して貰えるなんて光栄です、ありがとうございます」
と頭を下げながら、椅子に腰かけるお千代。
「ひとりで済みませんけど(笑)」
「いえ(笑)」
「いつ聴いても、この唄いいですね」
「そう・・・ですね、日本の情緒そのもので」
「で、うん・・・お千代さんの、またその『貴方が二十歳、私が十七』っちゅうところ、まったく若いんだもの。全然若々しい」
「そうですかぁ」
「うん、全然歳取らないんですねぇ」
「いえ、そんな、そんなに・・・(笑)」
「ンー、やっぱり、ほんとに、こんな恰好して、あんな歌うたうとなると全然情緒が出ないけど、着物を着て・・・」
「そう、ですねぇ。やはり、全然着物って日本のものですからね」
「ねえ」
「やっぱり、こう、しゃんとしますよ」
「そうでしょう。あたしなんかダメだなぁ、グズグズになっちゃって。今日着物来て下さいっていうから、島倉さんと一緒だからイヤですったの(笑)」
「そんなぁ、どうしてですか」
「イヤよぉ、ヘタなんだもん、着方が」
「そんなこと、とんでもないです」
「あの・・・今日はね、とにかく一度、素朴な世界にね、もいちど帰りたいということで」
「いいですねぇ」
「帰ってみましょうか」
「今日はね
「うん」
とっても可愛い人たちが沢山見えてンです」
「うん、じゃあ皆さんにうんと素朴さを出して頂いて、私たちもそれにあやかって」

カメラ切り替わり、菜の花が写る。
スタジオには菜の花と、野山を意識したセットが置かれている。
着物姿の子供たちが居る。
児童合唱団の子どもだろうか、子役劇団の子たちだろうか。
セットに腰かけたり、三角座りで円陣を組んでいる。
歌は「おぼろ月夜」(作詩:高野辰之 作曲:岡野貞一)。混声児童の歌声。


歌い終わり、照明が暗くなる。画面左上から、ゆっくりとお千代がセット上段を上ってくる。
子供達から菜の花を右手で受け取り、左手に持ったマイクで唄い出す。
「波浮の港」(作詩:野口雨情 作曲:中山晋平)
藤原義江が唄ったことで世に広まった抒情歌の名曲。
この番組から20年余、お千代はドキュメンタリー映画「ララ、歌は 中山晋平物語」で語り部を務めることになる。

続いて「出船の港」(作詩:時雨音羽 作曲:中山晋平)、リズミカルなアレンジだ。
♪シャシャバラバ、アゥアゥ
スキャットをまじえ、スウィングして唄うチエミ。
♪どんと どんと どんと波乗り越えて
この歌はレコードになっていなかったと思う。チエミ節が効いていて、ノリも良く楽しい。

明るく賑やかに〆め、暗転。

暗闇からピンスポットでお千代が現れる。
「チエミ先輩が入ってらしたら、スタジオの中がパーっと明るくなりました。いつも明るくって、元気で、ハツラツとしてるチエミ先輩。
いつでも、どんなときでも、遠くからでも、声を掛けて下さるんですよ。そして、御自分のペースでお仕事なさってらっしゃる。とっても素晴らしいと思います」

語り終え、前奏が流れ出す。
この当時のお千代の新曲「人生七ころび」(作詩・曲:りゅうはじめ)
♪恋の背伸びはしちゃダメと 母の言葉を思い出す
この当時既に、結婚離婚、3度の中絶手術、失明危機、親族との確執・借金、両親との死別・・・と、人並み以上の波乱を乗り越えてきたお千代。
だが、お千代の波乱万丈人生は、まだまだ序章に過ぎなかったとは、誰が想像出来ただろうか。

続いてチエミの番。
「人生七こころび・・・本当にに千代ちゃんの歌の通りだと思います。あたしなんか今、転んで起き上ろうっとしてる、ところかな。起き上ります」
チエミが唄うのは「城ヶ島の雨」(作詩:北原白秋 作曲:梁田貞)
♪雨は降る 降る 城ヶ島の雨
チエミはもともと歌謡界の人ではないから、番組内容に添った柔軟な選曲を行うことが出来たのだろう。
この歌は、昭和36年発売のアルバム「チエミのムード歌曲」に収められ、現在は江利チエミのCD-BOXにも選曲・収録され、聴くことが出来る。

起き上ります。
この言葉どおり、チエミは有言実行を果たし、番組から約2年後「酒場にて」のヒットが生まれる。
お千代も、チエミも並みの人ではない。

チエミが歌い終わり暗転。
わーいという子供の歓声。
「叱られて」(作詩:清水かつら 作曲:弘田龍太郎)の前奏が流れ出す。
スタジオには二つの洋椅子。
左の椅子に座ったお千代が映り、腰かけたまま唄い出す。
♪叱られて 叱られて あの子は町までお使いに
お千代の目はうるんでいる。

1コーラスが終わったころ、チエミが画面左側からやってくる。
そしてお千代のもとへ近寄り、後ろからそっと肩に手を掛け、アイコンタクト。
二人頷き合いながら、チエミも椅子に腰かけ、唄いはじめる。

♪叱られて 叱られて 口には出さねど 目に涙
チエミの目もうるんでいる。
とうとうお千代も堪え切れず、指で涙をぬぐい出す。ポトリとこぼれおちる。
チエミの大きな目からも、大粒の涙がひと筋ふた筋。

二人の手は繋がれている。
ぶらぶら揺らしながらも、きゅっと握りしめ放さない。

2番が歌い終わり、転調。混声児童の声でふたたび「叱られて」の1番が流れる。
セット内で子供達が遊んでいる光景と、チエミ・お千代二人がクロスオーバー。

チエミから話し出す。二人とも少し涙声だ。
「何だか・・・二人でポロポロ泣いて」
「そうですね・・・」
「みっともない番組になってしまいましたね」
「ごめんなさい。何かね、唄ってるうちに、何かいろんなこと思い出しちゃったの」
「やっぱり・・・この、子供たちの唄ってる美しい声を聴くと、・・・なんか昔を思い出しますね」
「そうですね」
「・・・私たちにもこんな時代があったんだなぁって思うとね」
「そう」
「うん」
「・・・あったんですよね」
「ありましたよ」
「ありましたね」
「この子供達の唄ってる美しい声」
「はい」
「こころ・・・やっぱり、歳を取っても持ち続けたい」
「そうですね、いつまでも失いたくないですね」
「大変難しいことかもしれないけどね・・・私たち、つくづく今日ご一緒に仕事してよかった」
「私(わたくし)も」
「お互い・・・幸せになりましょう」
「そうですね・・・」
「うん」
「本当にありがとうございました」
「本当に。また、これ一生の思い出になりますよ、今夜」
「また・・・ぜひご一緒させて下さい」
「こちらこそ。じゃぁ・・・いつまでも涙が止まらないから、この辺で」
「そう・・・皆さん」
「皆さん」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「ありがとうございました」

スタジオ、暗闇に。
二人にはスポットライト。
カメラは引いていく。
エンディングテーマが流れ、スタッフ紹介テロップ。
そして次回予告が流れ、番組は終わった。

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良い番組だった。
番組ラストでは、こちらも貰い泣きしてしまった。
二人の胸中には、何がよぎっていたのだろう。
「幸せになりましょう」というチエミの言葉の重み。
スターの光と影。
二人とも大好きな私には涙なしには見ることが出来なかった。

決して有名な番組ではないだろうが、私には忘れ難い番組になっている。
これからもずっと。

音楽番組全盛時代、番組と番組の合間の5分にもミニ音楽番組が流れた時代。
安価なPV風な音楽番組も少なくなかったろうが、その一方で一社提供の、こういう、きちんと見せる聴かせるが出来る番組もしっかり作られていた。その証のような番組だ。

往年のミュージックフェアと、テイストは似ていると思う。
ただ、ミュージックフェアと比べると温かみ、親しみやすさの要素が強い。
それは関西局制作だからかどうかは、よくわからない。

それにしても、江利チエミ・島倉千代子、両名とも素晴らしい。
CDだけでは見えて来ないものが映像には刻まれている。
映像には演出がつきもの、想像力を失わせる、なんて言うがとんでもない。
映像にだって行間はあるし、演出をはみ出したものも必ず映っている。
映画よりもテレビがコワイのはそこだ。より生身が見えて来る。

チエミは指先ひとつに至るまで動きに無駄が無い。
口パクにもそうだが、本当に芸事が身について自然体になっている。それでいて、近寄りがたい厳しさはなく、どこか人懐っこい感じがある。しっかりしている一方で末っ子の甘えん坊という顔も確かに見える。
そして何よりも、嘘のつけない人のように思う。
明るく元気、朗らか。
勿論そうだが、一方でお千代の母親の件で見せた表情からは繊細さ、影も感じた。
私は江利チエミの没後の生まれだから、あのむごい亡くなり方をリアルタイムでは知らない。
でも、この番組を見終えると、少しその衝撃の凄さが陰影を以て、自分の中で組み立てられるようになった気がする。

お千代・・・もっともこれはチエミもそうだが、二人とも言葉の歯切れが良い。
明瞭で、ちょっと言葉が早い感じも含め、似ている面がある。結びつけて考えたことは今まで無かったが、二人とも東京生まれ。チエミは下谷、お千代は品川。どちらも庶民の町。
ある程度、気の通い合う面があったのだろう。
もし、お千代が酒にイケるクチだったら、酒豪だったチエミと、ノミニケーションを通じて、もっと親しくなっていたのかもしれない。

お千代の先輩の立てっぷりが素晴らしい。
フォーマルと、くだけた感じのバランスが絶妙なのだ。
チエミもまたしかり。
下と見ないで、一対一できちんと接し、それでいて優しい先輩の顔もヒョイと覗かせる。
二人ともきちんとした人だったのだとつくづく思う。
礼節なんて言葉が失われ、就活敬語なるもので覆いつくされた世代の私には頭が下がるし、貴重な動くテキストとしても、ぐいっと引き込まれた。

番組で歌われた「女ひとり」に、童謡・唱歌。
二人ともしっかりとお千代流、チエミ流に染め上げて聴かせている。
「番組から唄えといわれているので唄ってます」感などまったくない。
童謡唱歌も、クラシックの歌手や合唱団のような美術館的な角ばった歌じゃなく、丸みを帯びた、血肉の通った、庶民の歌として聴くことが出来る。
こんなに胸打つ「叱られて」、私はこれからも聴くことは無いだろう。

番組のテープは現存しており、以前フジテレビ系で放送された2時間番組でチエミが取り上げられた際に「叱られて」を歌うシーンが番組内で流れている。

こういう貴重なアーカイブ映像をCSやBSでふたたび放送する、という機会があったらどんなに嬉しいことだろう。どうか検討して頂きたい。

江利チエミ、島倉千代子。
昭和が誇る、不世出の大スターふたり。
少々意外とも思う、大物同士の組み合わせ。
でも、そこに通うものはあたたかかった。
二人はこれからも語り継がれ、聴かれ続けていくはずだ。

こういう映像を拝見することが出来たこと、心から感謝している。
そして、チエミ・お千代両名の冥福を、心から祈りたい。

データ
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by hakodate-no-sito | 2014-03-02 13:15 | テレビ | Comments(4)

「雨に唄えば」から、いろいろ思う

この前、BSで「雨に唄えば」を放送していたので録画して、後から観たんです。
物心つくかつかないかのときにおぼろげに見て以来。

私、洋画あまり観ないんです。
嫌いとかじゃなくて興味関心が無いので手が出ない。
あと、洋物好きな人はすぐ邦画や邦楽、バカにしますでしょう?あれがイヤで。
まあ、字幕が苦手とか、そういうのもあるんですけどね(笑)
・・・気が付くと、どんどん遠くなってしまって今日に至っています。

で、「雨に唄えば」ですけど、まあ、とりあえず録画してみた感じでね。
飛ばし飛ばしで、唄ってるシーンばっかりで再生かけて、なんて見方しまして・・・洋画ファンには打っ殺されるかもしれませんね。ゴメンナサイ。

まあ、そんな不誠実な見方をしながら、思わず手が止まったのが、あの・・・ジーン・ケリーですか、男の主役の方が、雨降ってる中で、踊りながら「雨に唄えば」を唄う、あの伝説の、シーン。

♪I'm singin' in the rain
 Just singin' in the rain
 What a glorious feelin'
 I'm happy again

一緒に歌っちゃいましたよ、むろんカタカナ英語で。
かろうじて唄えるのがここまで。ここから先は唄えない(笑)

子どもの頃って、雨降りって物凄く楽しかったんです。
カッパ着て、傘差して、長靴はいて、水たまりにジャブジャブ入ったり、屋根からしたたり落ちて来る雨にあたったり、あじさい見て綺麗だなぁと思ったり。
雨降りの日って、特別なイベントだったことを、ふとプレイバックして。

あのときは、ひとりでも本当に楽しかったなって。
一人じゃなくて、心のおけない友達が近くにいたなって。

あの踊りっぷりは、ホント童心を引っ張り出されます。

それだけじゃなくて、というよりも本来こっちだろうと思うんですけど、あれ、恋の歓びのシーンでしょう。で、仕事、未来への希望が見えて来たシーンでしょう。そう思い直すと、またいろいろ純な感情が沸いて来て。
日本人で、ああいう感じに感情爆発させるのは、学生までじゃないんですかね。
ひどい人だと無いかも。

でも、ああやって喜ぶのって、イイナァって。
心底嬉しそうでしょう。お前は小学生かってぐらいにはしゃいでる(笑)
恋の歓びにしても、先の展望が見えて来たときにしても、あんな風に一喜一憂してたっけ、なんて。

まあ、許しちゃくれないでしょ、なかなか。
恥しいって自制心だったり、嫉妬だったり、いろいろですけど。

でも、あの映画、あのシーンは肯定してくれる、嬉しいときは素直に嬉しいでいいじゃないって。
世代的にもそういうのって無い。ノリって言葉で処理しちゃう。あれ、大嫌いです。ノリ的な雰囲気を見ると胸糞が悪くなっちゃう。
ナナメ的処理に対する不正直さになのか、感情吐露が苦手な自分のコンプレックスを刺激されるからなのか、そのあたり、ちょっとよくわかりませんけど。

それはさておき。終いにゃ、もう涙、出ましたね。
チャンと警官だか警備員の人が「何だ、チミィ?」目で見て・・・って、オチも付いてる。そこもいい。

もう、このシーンは今の映像の世界にはないものですよね。
今同じものはちょっと作れない。浮いちゃう。観てる人も照れたり半笑いになっちゃう。
今ならもうちょっと捻ったりしなきゃダメだし、またああいう表現が出来る人がいない。演じ手も演出する側も。舞台なら違うと思います。

今更過ぎる話なんですけどね。世界有数の名画ですから。
でもね、ホント、素晴らしかった。

と、同時に「雨に唄えば」と「月形半平太」をリンクさせた、トニー谷の「チャンバラ・マンボ」のことも脳内でプレイバック再生。

「あれ、月さま、雨が・・・」
「I Don't Care. 春雨ぢゃ、濡れて行こう」

♪I'm singin' in the rain
 Just singin' in the rain
 What a glorious feelin'
 I'm happy again

昔のアチャラカ喜劇のネタだったんでしょうね。
存在感たっぷりな、顔見ているだけでこっちがニヤリとしてくる喜劇人が山のようにいた時代の。

「月形半平太」は今は亡き新国劇の当たり狂言ですけど、ああそういえばちゃんと見ていないかも、これ。東映の大川橋蔵の映画は僅かに見た記憶があるけど・・・。舞台映像で見てみたいけど、あるのかな。こういう古典的な舞台、今だとどこで観られるんだろう。
新国劇の実質的な後継劇団で、劇団若獅子っていうのがあるんですけど、ここはやっているんだろうか。月形半平太はさておき、一度見ておきたいんですよね、若獅子。

こういう映画や舞台が周囲に自然に在った人たちって、本当に羨ましい。
手を伸ばせば、普通にあるもの。
それって、自分では気が付いていないけど、時や視点が変わると、実は本当に良いものだったりします。
まあ、そう簡単に羨望感って取れませんけどね。
でも、それはそれでいいのかもしれません。いずれ、私もそういう目で見られる人になるでしょうしね。現実に、私は間に合ってる・あの子は間に合っていないってものが出てきつつありますから。

まあ、だから腐らず、今の時代の利器を存分使って、思い切り堪能するもの・術、探しましょう、と自分に言い聞かせております。

「雨に唄えば」を繰り返し自宅で見られるなんて、半世紀前じゃ叶わないぜ、ってね。
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by hakodate-no-sito | 2013-06-28 00:30 | テレビ | Comments(0)

「高島忠夫、5年ぶりのテレビ出演」のおしらせ

コメント欄に高島忠夫さんが久々にテレビ出演されると情報を頂きました。
さっそくインターネットで検索してみると、スポーツ紙の記事が出てきました。

http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20130611-OHT1T00025.htm

鬱病や糖尿病の話は、メディアでも話をされていたので知っていましたが、パーキンソン症候群を患っていることや不整脈~ペースメーカー取り付け手術の話は知りませんでした。
病が続くのは、御歳のことを考えれば仕方ないことなのかもしれませんが、それにしても・・・と思います。

幸い、今は小康を得ていることからのテレビ出演。そこは救いです。
テレビの、民放の番組なので、ことさらに悲劇面や痛ましさが強調されるようなものではない番組であることを祈ります。

録画予約して、しっかり視聴いたします。
情報をお寄せ下さり、本当にありがとうございます。

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2013年6月18日、夜7時~、フジテレビ系で放送
「独占密着!真実の高島ファミリー『忠夫さん、死ぬまで一緒やで』~寿美花代 献身愛で闘う夫の病~」
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追記)
番組、拝見しました。
糖尿病(インスリン注射が欠かせないレベル)や、パーキンソン症候群(鬱病の薬の副作用である模様)で動作に難が生じている状態でしたが、思っていたよりもずっとお元気そうな様子を見ることが出来ました。
80歳を既に越したことや、鬱が酷かった時期の顔を思えば、確かに小康を得ておられる。
高島さんの、ふわふわとユーモア漂う口調に、鬱からは抜け出せた(今でも薬は少量服用しているそうですが)のだな、とホッとしました。
ドキュメンタリーとして見るならば出来については疑問もありますし、何よりも台本ありきの部分も感じたのですが、この番組はそういうものではなく、高島忠夫の、寿美花代の、元気な顔を見せることが目的です。
実際の姿はカメラに映し出されてなどいないのかもしれません、良いところを中心にうまく切り取ったのかもしれません。ですが、高島さんも寿美花代さんもスターです。人に哀しみを与える存在ではないのです。
建前だらけかもしれなくても、また建前を出せるようになったことを喜びたいです。
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by hakodate-no-sito | 2013-06-13 00:01 | テレビ | Comments(2)

・・・溜息

「桜井(センリ)さんはクレイジーの居候~」
テレビから、耳を疑うような言葉が聞こえて来た。
昨日3月8日放送の「懐かしの昭和メロディ」(テレビ東京)という番組でのヒトコマだ。
この発言主は番組司会者の宮本隆治。

「懐かしの昭和メロディ」は、テレビ東京十八番の懐メロ番組。今回で10回目の放送になる。
今ではお目にかかることがなくなった、戦前戦後の歌い手の映像が紹介される数少ないテレビ番組でもあり、歌の昭和史を背負っているといえなくもない。

今回の番組の目玉企画に、現在クレイジーキャッツ唯一の存命メンバーとなった犬塚弘に、クレイジーの話をたっぷり語ってもらう。というものがあった。
私にとって、クレイジーキャッツは御本尊に近い。
昭和の流行歌好き、芸能好きになったきっかけはクレイジーキャッツだ。
以前ほどの情熱はないが、大事な大事な人たちには変わりない。
有難く、放送を楽しみにしていた。

だが、そんな私の想いに早速宮本隆治は水をぶっかけてくれた。
それでも、その直後に昭和42年の紅白歌合戦でクレイジーキャッツが「花は花でも何の花」を唄う映像が流れたことで気分は持ち直した。
ヒット曲とは言えない、この歌を唄う映像が放送されるなんて。しかも局の垣根を越えて、だ。

ちょっと、涙が出そうになる。
が、宮本隆治は余韻をぶち壊すような言葉を放つ。
「石橋(エータロー)さんも一時期いらしたんですね。お二人ともピアノでしょう」
・・・どれだけ、この人はクレイジーキャッツを知らないのだろうか。
若い人ではない。60歳も過ぎた、いわばベテランの域に達したアナウンサー・司会者なのだ。
看過できない。
インタビュアーとして、あまりにお粗末過ぎる。

こんな失礼な発言がありながらも、温厚に興味深い話をし続けた犬塚弘に頭が下がった。

クレイジーの特集コーナー自体は、犬塚の話そして同じナベプロの後輩・園まりの話、番組内で流れた映像。
どれも良かっただけに、司会者の失態が腹立たしい。

他にも、この「懐かしの昭和メロディ」、哀しくなることが多かった。

まず、"岡春夫"なる誤植テロップが出るシーンがあった。
懐メロの12チャンネルであったことを思えば、何ともやるせない。

そして、番組内で流れた松山恵子の映像は音声加工がなされて、ファンのお恵ちゃんコールが小さめに処理されていた。松山恵子のステージは、ファンのコールと1セットである。
そんな無用な処理は出来るのに"岡春夫"か、と悪態のひとつも付きたくなる。

もう、昨日の話なのに、まだもやもやした想いが頭をもたげている。
WBC中継の裏番組だから、手を抜いたんだろうと罵声を浴びせるのは簡単だが、本質はそんなことではない。

ただ、ただ、哀しい。
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by hakodate-no-sito | 2013-03-09 21:48 | テレビ | Comments(0)