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カテゴリ:テレビ( 41 )

再放送予定のおしらせ「ふたりのビッグショー 石井好子&美輪明宏」

NHK-BS2の「蔵出し劇場」(水・PM6:00)にて、
「ふたりのビッグショー 石井好子&美輪明宏」(1995年放送)
が2月16日に再放送される予定だという。

差し替えなど放送休止も多く、やや流動的な枠なので無事再放送されるかどうかはまだ若干不安があるものの、近くなったらまた改めてブログ記事化の予定。

スカパーの歌謡ポップスチャンネルでは昨年既に再放送が行われ、NHKオンデマンドでも配信されている、番組史に残る好評回のひとつ。

何しろ石井好子と美輪明宏というシャンソン畑から出た日本屈指の歌手(という言葉だけでは二人ともくくれない人たちなのだが)の夢の競演。
美輪が1992年に持病のびまん性汎細気管支炎を完治させ体力面の不安が無くなり演劇活動を再開し再び売れっ子になって以降、様々な事情から石井と同じステージに立つことが無くなり、この収録が久しぶりの競演であり、おそらく最後の競演となったのでは、と思われる。
貴重かつ歴史的回、と言っても差し支えないのかもしれない。

「ふたりのビッグショー」は好敵手同士、同世代歌手の組み合わせから意表を突く組み合わせまで非常に幅広い人選で10年間放送されたNHKの人気音楽番組であり、10回近く出演している歌手もいたが、石井好子、美輪明宏ともにこの回限りの登場。

これはあくまで私個人の想いだが
石井好子だったら
深緑夏代と「華麗に重厚に、魅せます聴かせます、今おんな盛り。2人合わせて150歳」
高英男または芦野宏と「戦後50年、シャンソンと共に。本場フランスの香りをあなたに」
とでも銘打った回が、

また美輪明宏だったら、
水谷良重(二代目水谷八重子)と「歌う女優二人!?おんなの人生魅せます、歌います」
高英男と「元祖ビジュアル系!?永遠の若さの秘訣おしえます」

…というような「ふたりのビッグショー」を観てみたかった。
石井にしても、美輪にしても、勝手に想像した高や芦野、深緑、水谷…みんなピン活動またはオールスター形式の競演で、歌い手2人でのタッグマッチ形式での競演はあまり無かっただけに。

話を戻す。
この回を視聴した知人によれば
「美輪の『老女優は去りゆく』、石井の『愛の讃歌』は一見の価値あり。名唱名演」
「石井好子と美輪明宏のトークはトップクラスの大御所ならではの、大人の応対の中に秘めたプライドのぶつかりあいを感じる」
ということを感じたという。

この感想を聞き、観る前から、私は手に汗握っている。
1か月前に知っただけでこの精神状態、果たして再放送当日はどうなってしまうのだろうか。

何はともあれ非常に楽しみである。
無事再放送されることを祈りばかり。

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「ふたりのビッグショー 石井好子&美輪明宏」
(1995年7月3日放送)
会場:NHKホール(東京)
音楽:栗田信生
演奏:岩間南平グループ
構成作家:関秀章
出演:石井好子、美輪明宏
曲目:「巴里祭」「メケ・メケ」「「聞かせてよ愛の言葉を」「枯葉」「待ちましょう」「ドミノ」「バラ色の人生」「老女優は去りゆく」「人の気も知らないで」「愛の讃歌」ほか
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by hakodate-no-sito | 2011-01-26 13:20 | テレビ | Comments(0)

「徹子の部屋・2010年下半期追悼特集」(2010年12月16・17日放送)

国民的長寿トーク番組「徹子の部屋」の膨大なライブラリーの中から、今年亡くなった著名人の在りし日の出演VTRを放送しながら、故人を偲ぶ、年2回企画されている追悼特集が今週・木曜と金曜に放送されます。

今日は追悼番組という番組が地上波において、まったく放送されなくなり、多大なる功績を遺した人であってもまったくなされない哀しい事態が続いています。
今回の特集も、本来ならば、それぞれ単体で放送されてもしかるべき人なのですが、世知辛い世の中、放送されるだけで有難い、としなければならないのでしょう。

12月16日(木)放送分
池部良、石井好子、谷啓、つかこうへい

12月17日(金)放送分
小林桂樹、長岡輝子、南美江、パク・ヨンハ


放送時間:午後1:20~1:55。

http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/
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by hakodate-no-sito | 2010-12-13 00:48 | テレビ | Comments(0)

「第7回思い出のメロディー」について

「思い出のメロディー」情報、今回は第7回、昭和50年の回について。

「第7回思い出のメロディー」
1975年8月2日(土)PM7:20~21:30放送
(再放送:8月24日(日)PM2:00~16:10)
司会:相川浩(NHKアナウンサー)、倍賞千恵子(女優、歌手)
演奏:小野満とスイング・ビーバーズ、東京放送管弦楽団ほか
テーマ「昭和50年夏…昭和の歌大行進」

曲目
OP:今週の明星
1:君恋し(フランク永井)
2:青い山脈(藤山一郎、奈良光枝)
3:この世の花(島倉千代子)
4:東京行進曲(市丸、小畑実、ダーク・ダックス、デューク・エイセス)
5:女給の唄(羽衣歌子)
6:影を慕いて(藤山一郎、ギター:アントニオ古賀)
7:大江戸出世小唄(高田浩吉)
8:あゝそれなのに(美ち奴)
9:うちの女房にゃ髭がある(北島三郎、美ち奴)※1コーラス
10:二人は若い(北島三郎&都はるみ、ディック・ミネ&楠トシエ)
11:雨のブルース(淡谷のり子)
12:人生の並木路(ディック・ミネ)
13:旅の夜風(霧島昇、倍賞千恵子)
14:湖畔の宿(高峰三枝子、クラリネット:鈴木章治)
15:暁に祈る(伊藤久男)
16:若鷲の歌(霧島昇)
17:勘太郎月夜唄(小畑実)
18:お使いは自転車に乗って(由紀さおり)
19:ラバウル小唄(デューク・エイセス)※1コーラス
20:空の新兵(ダーク・ダックス)※1コーラス
21:麦と兵隊(デューク・エイセス、ダーク・ダックス)
22:リンゴの唄(東京放送合唱団)
23:憧れのハワイ航路(都はるみ)※1コーラス
24:東京の花売娘(北島三郎)※1コーラス
25:銀座カンカン娘(由紀さおり)※1コーラス
26:東京ブギウギ(ちあきなおみ)※1コーラス
27:トンコ節(五月みどり)
28:あなたと共に(フランク永井、島倉千代子)
29:三味線ブギウギ(市丸)
30:赤い靴のタンゴ(奈良光枝)
31:僕は特急の機関手で(楠トシエ、ダーク・ダックス、デューク・エイセス)
32:リンゴ追分(尺八:村岡実 ※演奏のみ)
33:街のサンドイッチマン(鶴田浩二)
34:岸壁の母(二葉百合子)
35:おお牧場はみどり(倍賞千恵子、ダーク・ダックス、デューク・エイセス)
36:おおブレネリ(ダーク・ダックス、倍賞千恵子、デューク・エイセス)
37:ここに幸あり(大津美子)
38:喜びも悲しみも幾歳月(若山彰)
39:誰よりも君を愛す(松尾和子、和田弘とマヒナ・スターズ)
40:お富さん(春日八郎)
41:僕は泣いちっち(守屋浩)
42:潮来花嫁さん(花村菊江)
43:下町の太陽(倍賞千恵子)
44:若いふたり(北原謙二)
45:おひまなら来てね(五月みどり)
46:波浮の港(ちあきなおみ)
47:北帰行(森進一)
48:別れの一本杉(春日八郎 ギター:船村徹)
49:古城(三橋美智也 尺八:村岡実、琴:山内喜美子)
50:涙の連絡船(都はるみ)
51:函館の女(北島三郎)
ED:曲名不明

ゲスト
由利徹
南利明
佐山俊二
藤村有弘
伊藤一葉
大村箟
浅香光代
柳家紫朝(新内?2曲披露)
久我美子(朗読)
ほか

補足)
・最初の3曲は「歌のグラビア、3つの歌」としてセレクト。以後は年代順に時代を追って進行(構成:杉紀彦)。

個人的調査/感想メモ)
・なかなか見ごたえのある内容に思える、昭和50年という節目の年ゆえにコンセプトがしっかりしているのが大きいのでしょうか。
・藤山一郎、奈良光枝のオリジナルコンビでの「青い山脈」は歌唱映像が無く、貴重なもの。下手をすれば唯一の現存する映像の可能性も。
・創唱歌手の歌唱ではなくても、適切な人選を取っていて受け入れやすく、なかなか名唱が多い。
・ダークダックス、デュークエイセスの二大コーラスグループが競演、随所で活躍・好サポートしています。
・羽衣歌子や美ち奴は現存映像が少なく(除:東京12チャンネル)、貴重な映像に。特に羽衣は歌手活動最晩年のものといわれている。
・CMソングの女王/楠トシエも案外歌っている映像が無く(残っていないのか?)、希少。
・昭和50年の時点で「岸壁の母」が二葉百合子によって歌われているところを見ると、この時既に人気が出ていたらしい。
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by hakodate-no-sito | 2010-04-13 06:14 | テレビ | Comments(1)

「思い出のメロディー」現存状況

長寿番組であり、期首特番の顔ともいえる「思い出のメロディー」ですが、すべての回が残っている訳では無いようです。

・第1回思い出のメロディー(1969年)
モノクロのキネコ形式で現存が確認。時折懐メロ系の特集番組で映像が流れる。
近年映像および音声の補正等がされて、大分観やすく聴きやすくなっている。
しかし全容は不明。
司会の宮田輝が自宅で夫人に頼み録画したものとされる。

追記)
全国のNHKにある公開ライブラリーで視聴出来るようになったものの、北沢彪・阿里道子が「君の名は」のワンシーン(戦時下の数寄屋橋での出逢いのシーン)を再現するシーンがカットされている。

・第2回思い出のメロディー(1970年)
この回は一部のみ映像が現存するらしい。

・第3回思い出のメロディー(1971年)
この回はまったく残っていないといわれている。
ただし、出演者のファン/関係者等が映像を所有している可能性はある。
しかし、この当時のテープの高さを考えると全編録画ではなく、贔屓歌手のみの出演シーンを録画し保存・編集…ということも考えられる。

・第4回思い出のメロディー(1972年)
この回も現存しないとされている。しかし、情報によれば東海林太郎が亡くなった際にこの回のVTRが流れたことから、放送後数ヶ月は現存していたらしい。

・第5回思い出のメロディー(1973年)
この回以後はすべて局側に保存されている。

―――
幻と化している、第1~4回までの「思い出のメロディー」。
どういう形であれ、1回は一応現存しているとして他の3回分は一体どこへ・・・!?

私の推測では、1973年に放送局が神南へ移転した際に処分されたのでは無いかと思います。

この移転の際に、伝説のバラエティ番組「夢であいましょう」も大半が処分。
「持っていきたかったらイイよ」ということで、製作に携わった末盛氏(故人)が個人的に持ち帰ったものが現在残っている映像だという話は有名です。
それまでは「次回より良いものを作ろう」と毎週キネコで録画したもの(番組は生放送)を放送後関係者全員で見返していたため、映像が全回(もしくは相当の回)が残っていたとのことですが…。

そうすると、放送局には無い。
では、誰かが持っている可能性は無いのでしょうか?
映像があるのではと思われるところと推測すると

・海外放送局
人気番組は海外でも再放送等で行われていたということを踏まえるとアメリカなどや、穴場でブラジルあたりの放送局等に眠っている可能性は大いにあります。

・出演者自身やファン/関係者
宮田輝ライブラリーはおそらく既に調査済みとしても、歌手自身やそのファン/関係者が保存/所持しているという可能性は捨て切れません。
ただし、この時期はテープの代金が恐ろしく高いことから、贔屓の歌手のシーンだけの録画/保存の可能性もあります。

・懐メロ番組や歌謡番組の好事家
それも御大尽ということになります。御大尽…より少し下がると音声のみ保存されているという方がいらっしゃるかもしれませんね。


本当は放送局側が、呼びかけだけではなく出演者およびスタッフ・関係者にあたるなど本気で誠意を以って映像捜索にかかれば案外簡単に収集できるのではないかと思うんですけども…。

もし、これらの映像/音声を所有していらっしゃる方がいたら、情報頂ければ幸いです。
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by hakodate-no-sito | 2010-04-03 22:29 | テレビ | Comments(2)

「第14回思い出のメロディー」曲目リスト

夏の紅白として名高い歌番組に「思い出のメロディー」という番組があります。
第1回が昭和44年に放送されているという長寿番組。
今では「紅白よりも楽しめる」と仰る方も多いとか…。

それだけの長寿番組でありながら、あまりネットに情報が無いのは淋しい限り。
せめて曲目リストだけでも作っておけば、その寂しさがいくらかは解消されるのではと思いまして、判っていることだけでも、記していこうかと思っております。

「第14回思い出のメロディー」
1982年8月7日(土)PM7:20~放送
(再放送:8月29日(日)PM1:35~、ラジオ第一8月21日(土)PM7:15~ )

司会:相川浩(NHKアナウンサー)、原日出子(女優)

テーマ「結婚・昭和の歌謡史」
昭和の各世代の結婚を取り上げるとともに「黄金デュエット、いまここに」と
・なつかしの歌声(藤山一郎、二葉あき子)
・純情二重奏(霧島昇、高峰三枝子)
・星空に両手を(守屋邦彦(浩)、島倉千代子)
などのコンビも登場。

歌手及び曲目(事前予定)
・淡谷のり子「東京ブルース」
・池真理子「愛のスイング」
・井沢八郎「あゝ上野駅」
・市丸「天竜下れば」
・岡本敦郎「高原列車は行く」
・春日八郎「別れの燈台」
・菊池章子「星の流れに」
・霧島昇「新妻鏡」
・(初代)コロムビア・ローズ「渡り鳥いつ帰る」
・佐良直美「世界は二人のために」
・島倉千代子「襟裳岬」
・東海林和樹(東海林太郎・長男)「椰子の実」
・鈴木三重子「愛ちゃんはお嫁に」
・高峰三枝子「別れのタンゴ」
・ディック・ミネ「上海ブルース」
・橋幸夫「おけさ唄えば」
・藤島桓夫「さよなら港」
・藤山一郎「東京ラプソディー」
・二葉あき子「恋の曼珠沙華」
・フランク永井「俺は淋しいんだ」
・ペギー葉山「南国土佐を後にして」
・松島詩子「マロニエの木蔭」
・松山恵子「お別れ公衆電話」
・三波春夫「船方さんよ」
・宮城まり子「ガード下の靴みがき」
・都はるみ「アンコ椿は恋の花」
・村田英雄「無法松の一生~度胸千両」
・森進一「命かれても」
・守屋邦彦(浩)「僕は泣いちっち」
・若山彰「喜びも悲しみも幾歳月」
・渡辺はま子「愛国の花」

備考
・東海林和樹は東海林太郎の長男で歌手。2010年現在、故人。
・守屋邦彦は守屋浩の本名。当時引退していた関係で本名での出演となっていたのではと思われる。
・鈴木三重子は昭和55年に引退しているらしいが、その後も懐メロ番組や所属していた歌手協会の歌謡祭などに出演している。この番組も「特に…」という形なのではないかと思われる。
・松島詩子はこの番組での歌唱から「マロニエの木蔭」をレコード通りの歌詞で唄うようになった。
(それまではツーコーラス目を2番前半+3番後半の組み合わせで唄っていた)

個人的調査感想メモ
・どちらかといえば、定番からやや外したヒット曲を多く選曲している。
(例:淡谷、初代ローズ、春日八郎、霧島、二葉あき子、藤島、フランク、島倉、橋・・・)
・黄金のデュエットコーナー、藤山&二葉に霧島&高峰の2曲はレコードは存在すれど映像ではなかなか無い貴重映像。
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by hakodate-no-sito | 2010-04-03 21:47 | テレビ | Comments(0)

フランク、まこと、男の友情

藤田まことの死をうけて、テレビ局が続々と追悼放送を行うことを決定し、目下順次放送されています。
それだけ視聴者だけでなく、業界人にも慕われ、支持されてきた証座なのでしょうね。

その追悼放送で惹かれるのがこれ。

●2月21日(日)
PM3:30~4:14
「かんさい特集/熱唱!藤田まこと フランク永井に捧ぐ心の歌」(NHK総合)
※全国放送だそうですが、万が一、地域によっては放送されない可能性もありますので、改めて新聞やEPG等で確認されることを強くお勧め致します。

この「熱唱!藤田まこと フランク永井に捧ぐ心の歌」昨年5月に関西ローカルとして放送された歌番組。

本放送直前、情報を得て「お~!」と思ったのもつかの間、関西ローカルであることに気付き落胆したものでした。

今回の放送は念願が叶った訳ではありますが、このような形での放送は残念至極。
まさか1年も経たずにフランクさんのもとへ旅立たれるとは…。

ご存知の方はご存知でしょうが、藤田まことはもともと歌手志望で、ディック・ミネ筋の前座歌手として活動していたそうです。
マーキュリーレコードの専属司会者のような時期もあり、歌は勿論声帯模写や漫談などを行い、ステージを盛り上げ、東海林太郎や藤島桓夫、松山恵子といった顔ぶれを担当して好評を博していたとか。
師匠筋のディック・ミネの弟分/田端義夫とも親しく、田端の誘いで歌手協会にも入会。
正真正銘の歌い手でもありました。
水原弘やフランク永井とは呑み仲間であったそうです。

「てなもんや三度笠」終了後に人気が低迷し、キャバレー回りも多くこなしていた頃に「俺の唄を歌えよ」と譜面付で手紙を送ってきたという話は生前よく話していました。

歌手にとって譜面は一番大切な、自分だけのもの。
自分用の譜面を、アレンジャーにお願いするのは大変お金がかかること。
だから、昔の歌い手、新人は特にですが、譜面を大事に大事に色褪せるまで持ち歩き、譜面を作ってもらえない貧乏な歌い手は少ない持ち歌を必死に歌い、ヒットにつながるように心を込めて歌ったのです。
カラオケが普及し、フルバンドで歌うことが夢のまた夢になった今でもその傾向は充分残っています。

いかにフランク永井が情に篤い人か、そして藤田がどれだけ感謝したか…。

必殺シリーズの出演によって、人気を盛り返した藤田ですがそのことは一生忘れず、折にふれてはこのことを語り、不幸な事件によってフランクが療養生活に入った後はエピソード披露は勿論、歌番組出演の際は必ずといっていいほど、1曲はフランクのヒットナンバーを多く歌っていました。
「フランク永井を忘れないで欲しい」という想いも込めて。

そして、この番組はフランクの死を受けて「フランクさんの分まで俺が歌い継ぐ」と病み上がりで体調の優れぬ中で出演した、藤田まこと生前最期の歌番組/大ステージ、絶唱。

藤田の死は、悔しくて、惜しくて、仕方ないのですが、しかと目に焼き付けようと思います。
フランク永井も藤田まことも一生忘れないように。


追記)
藤田まことの歌い手としての代表曲は「十三の夜」。
これは自作自演作品。この他にも「浪花人情(ラムネの玉やんの歌)」「おそ松くんのうた」「夜が笑ってらあ」など、オリジナル楽曲でもコミックソングからムード歌謡、演歌、人生讃歌、バラード、ペーソスソングなど、演技同様幅広い作品を遺しています。

さらには、先述のフランク永井ナンバー、水原弘やディック・ミネのヒット曲、自身が出演した「必殺シリーズ」や「はぐれ刑事純情派」の主題歌まで、カバー歌手としても一流どころでした。

追悼の意も込めて「歌手・藤田まこと」の面にもスポットが当たり、生前発売には至らなかったカバー曲なども含めてアンソロジー的アルバムが発売されることを祈る次第です。
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by hakodate-no-sito | 2010-02-19 22:27 | テレビ | Comments(0)

第13回思い出のメロディー視聴記(その1)

通称"夏の紅白"と言われ、毎年8月に放送されている音楽番組
それが「思い出のメロディー」です。

その名の通り、製作側の定めるテーマの中で、視聴者から寄せられたリクエスト(番組中に紹介されたりもする)をもとに番組を構成しています。

第1回は1969(昭和44)年、懐メロブーム真っ只中でした。
以後、すっかり定着し、今年(2008年/平成20年)で40回目の放送になります。

さて、今回の記事は、NHKの番組ライブラリー(詳しくはここで)で無料で視聴が可能である、「第13回思い出のメロディー」の視聴記です。

あくまで、個人的な感想ですので、そのあたりはご承知の程を…。
曲目/出演者・・・ネタバレもございますのでそれにもご注意をm(__)m


1981年8月8日放送 第13回思い出のメロディー

高らかになるファンファーレのあと、司会の相川浩アナがコール。
『第13回、思い出のメロディー』

「今週の明星のテーマ」が演奏、と当時に舞台の幕があき出演者が出てきます。
藤山一郎、淡谷のり子、ディック・ミネ・・・みんな今や故人。

OPテーマが終わり、司会者が舞台中央へ登場。
この年の司会は2年ぶり、6度目の相川浩アナ(故人)と、女優の星野知子。

「ステージのお並びの皆さん方、一番若い方が23歳でいらっしゃいますね。そしてずーっと先輩でいらっしゃいますけども、こちらにお出でのどなたかが74歳でいらっしゃいます(笑)」

蛇足ながら、最年少は石川さゆり。
最年長は淡谷のり子(相川の発言の際、隣にいた藤山一郎に指を指されています・笑)

歌の青春譜
藤山一郎・都はるみ「丘を越えて」
フランク永井・八代亜紀「東京の屋根の下」
橋幸夫・石川さゆり「いつでも夢を」


藤山・都コンビは、思メロでは割合お馴染みの組み合わせ。
はるみ、声が出る、出る…。

フランクもその美声を惜しみなく披露、ウマい・・・。

石川さゆり、当然ながら若い(笑)
その可愛さに驚き、そういえばもとはスタ誕出身のアイドルで幻の"花の中3トリオ"メンバーでしたっけ…。

「いつでも夢を」は最後のサビ部分は、全員で合唱。

青春の街・歌の街~銀座の恋の物語~
東京放送合唱団「東京行進曲」
島倉千代子「銀座の柳」
ディック・ミネ 「ダイナ」
(獅子てんや・瀬戸わんやのコント)


セットは戦前の銀座の町並み。
ステージ上を動くエキストラに混じって、由紀さおり、北島三郎の姿なども…。

前川清と星野知子の掛け合いコントの後に、女給さんの格好でお千代さん登場。

お千代さんが幕間に去ると、ステージ上に車が走り、ディック・ミネがデキシー・スタイルで降りてきます。

歌い終わり、「ダンスホールにでも行こうか」とダンサーとともに退場するミネ。
入れ替わるように登場するのが獅子てんや・瀬戸わんや。
この二人、思メロには常連出演し、コントを披露しています。

中野忠晴「小さな喫茶店」
霧島昇、八代亜紀「一杯のコーヒーから」
林伊佐緒、石川さゆり「若しも月給が上ったら」


舞台の中心は喫茶店へ。
中野の歌は喫茶店にある蓄音機から流れています。

ここでも前川清と星野知子が掛け合いコント(笑)
前川さん、おとぼけキャラ全開。

モガに扮した八代亜紀がセットに登場し、歌のイントロスタート。
なお霧島さんは喫茶店のマスター。
気のせいか、とても楽しそうです、霧さん。

霧島さんが蓄音機を再生すると、再び歌のイントロが…。
林伊佐緒、石川さゆりはどうも夫婦という設定。
若い後妻を貰った中年男にしか見えませんが(汗)
…石川さゆり、異様に可愛いのですよねえ。
今までそんなこと思ったこともないのですが。

そして、戦争へ
「ほんとにほんとに御苦労ね」
舞台は戦争中という設定。
瀬戸てんやと由紀さおりのコントの後、国防婦人会の活動をしている主婦姿で都はるみ、島倉千代子、星野知子などがステージへ登場。

前奏・間奏では星野が当時の流行語などを披露(「欲しがりません、勝つまでは」など)。

「回覧板ですよ~」と和泉雅子登場。

「私たちの母校の、泰明(尋常)小学校が泰明国民学校になったんですって。お父さんに知らせないと・・・お父さ~ん」と和泉が呼ぶと、加藤武登場。

「お父さん」と星野知子。なっちゃんの写真館では親子役でした。
「何だい、夏子。国防婦人会の格好なんかしちゃって」
ファンにはツボな発言でしょうねえ。

泰明小学校は東京/銀座に実在する学校で、加藤、和泉はOB/OG。
相川浩を交えて、三者で当時の思い出を語ります。
といえ、和泉は戦後育ちなので、発言量は加藤の方が多い。
加藤は国民学校になってからの第一期卒業生だそうです。

そして戦後へ
藤山一郎「夢淡き東京」
(獅子てんや・瀬戸わんや、フランク永井、前川清、北島三郎のコント)
由紀さおり「銀座カンカン娘」
石川さゆり「東京シューシャインボーイ」
北島三郎「街のサンドイッチマン」
(前川清、星野知子による「君の名は」風コント)
フランク永井「有楽町で逢いましょう」


コントは
サブちゃん=車屋さん
フランク=GI
前川さん=復員兵
星野知子=買出しに出ている主婦
瀬戸わんや、宮本悦郎(クールファイブ)=カミナリ族(リーゼント姿)
獅子てんや=交通整理の警官
という役どころ。

アプレガールの格好で出てきた由紀さおりは、以前の思メロでもこの歌を歌っており、もう完全に持ち歌状態です。

靴磨きの少年に扮した石川さゆり(可愛い・・・)、どうも歌詞があやふやだからか、歌をよく知らないからか、あちこち音を外しています。石川にもこんな時代があったんですね。

北島サブちゃんはサンドイッチマン姿で客席で熱唱。
でも、この歌はやっぱり鶴田浩二じゃないと(^^ゞ

ステージは数寄屋橋のセットへ変更。
由紀さおりのナレーションで三度目の前川・星野のコント。
これがきっかけで、星野はサザエさんになったとかならないとか(笑)

フランク永井はトレンチコート姿での登場。

30年代 銀座の風俗
女性コーラス「銀座9丁目は水の上」
星野知子、前川清ほか「銀座の恋の物語」


銀座九丁目~のハミングにあわせて、みゆき族など、当時の風俗が紹介。

星野知子と前川さん、ここでは歌。銀座ソングの代表格のあの歌。
実は昭和の思メロでは女性司会者が歌うシーンが割合多く見られました。
これより3年前/78年の森光子(「道頓堀行進曲」)、前年/80年の竹下景子(「二人は若い」)と
…。

銀恋の2コーラス目以降は内山田洋、八代亜紀、島倉千代子、フランク永井、都はるみ、北島三郎、由紀さおりなども交えて全員合唱。
(他にステージ上には、クールファイブ及び石川さゆりの姿も…)


続きは次回。
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by hakodate-no-sito | 2008-08-03 19:06 | テレビ | Comments(2)

淡谷のり子の「ビッグショー」

3月3日の、NHK-BS2『蔵出しエンターテインメント・ビッグショー』は
"淡谷のり子・歌に生きて"
(1978年3月26日本放送)
の再放送。
とても素晴らしい内容でした。

番組内で歌った曲をちょっと紹介させて頂きます。

OPナンバーは
「雨のブルース」
この歌は昭和13年の大ヒット曲。
出だしの ♪雨よふれ ふれ という部分、ヒット当時阪神大水害が起きたことで「雨よふれふれとは不謹慎だ」と批判されてしまったというエピソードがあります。
「別れのブルース」に続いて、この歌がヒットしたことで淡谷のり子は"ブルースの女王"を称されるようになったのです。
さらに、この歌なんとブルガリアでも流行しているのです。
昭和14年、全権特命大使であった蜂谷輝雄が赴任の際にこのSP盤をブルガリアに持ち込んだことがきっかけでした。
やがてこの歌は新たに歌詞がつけられ、タンゴに編曲され、当時ブルガリアで唯一知られていた日本の小説『不如帰』のヒロインから「NAMIKO」と改題され、ブルガリアでひろく愛唱されてました。
昭和56年、元曲を歌っている歌手が淡谷さんであると判ったことがきっかけで、ブルガリア政府の招きで淡谷センセはソフィア、ドルナ、ブルガスの各都市でコンサート(政府主催)を行いました。会場はアンコールの嵐、ブルガリア政府からは勲章も貰ったそうです。

「夜が好きなの」
は淡谷のり子40周年記念アルバムのために書き下ろされた曲。
数度の書き直しを経て、このカンツォーネ風のメロディが生まれました。
淡谷センセ自身「割とイイわね」と気に入り、シングル化もされ、ステージで歌う機会が多かったそうです。

作曲は和田香苗(1932-2001)
扇ひろ子「新宿ブルース」「みれん海峡」「仁義」
こまどり姉妹「三味線渡り鳥」
冠二郎「炎」「ムサシ」「バイキング」
堀江美都子「アクビ娘」(ハクション大魔王ED曲)
…などド演歌からポップステイストあふれる曲まで幅広く作曲しています。

「夜のプラットホーム」
この歌は二葉あき子の絶唱で知られていますが、最初にレコーディングしたのは淡谷のり子。
昭和14年に初吹き込みされますが、検閲にひっかかり発売禁止に。
作曲した服部良一は何とかこの曲を世に出したいと、洋盤にカムフラージュすることを考え出し、日本コロムビア洋楽部にいた日独ハーフの社員ファクトマンに歌って貰い、ヴィック・マックスウェル楽団「I'll be waiting(待ち侘びて)」(作詩maxwell/作曲R.Hatter)として発売して、世に出すことに成功しました。
この「夜のプラットホーム」、淡谷は大変気に入っており、積極的にステージで歌っていたそうです。また、笠置シヅ子もこの歌を気に入って歌っていたとか…。

昭和20年3月、淡谷はコロムビアから一方的に専属解除を言い渡されました。
戦後すぐ日本中で洋楽が大流行したこともあり、破格の待遇で再契約を打診されるも拒絶し、盟友ディック・ミネがいるテイチクと専属契約を結んだのです。

このため、レコード会社の壁に挟まれ、淡谷はこの歌をレコーディングすることは叶わず、昭和21年に二葉あき子によって吹き込まれ翌年大ヒットとなりました。

淡谷は最期まで「これは私の歌」と言って歌い続け、二葉もまた淡谷へ敬意を払いつつも「この歌を手放すことは一生無い」と大切に歌い続けました。

なお、淡谷によればこの曲、本当には服部の作曲では無くコロムビアの専属ピアニストだったドイツ(ユダヤ)人のマークラスが戦争のため日本を離れる際に、淡谷への置き土産として作曲して置いていった曲のひとつだとのこと。

今や真実は歴史の闇の中・・・・です。

「雨の夜は(Il Pleut Sur La Route)」
「小雨降る径」の題で知られた、コンチネンタル・タンゴの傑作でシャンソンの名曲としても知られています。アルフレッド・ハウゼ楽団の演奏やティノ・ロッシの名唱も有名。
この歌の訳詩は、なんと画家の藤田嗣治。
何でも4度目の妻マドレーヌへ送った詩だったそうです。
日本を離れる際に、親交のあった淡谷に「コレ歌って」とその訳詩を渡したとか。

「夜のタンゴ(Tango Notturno)」
昭和13年、ドイツ映画『夜のタンゴ』の主題歌として発表。
この曲を気に入った淡谷のり子、映画館に何度か通い、聴き取りで採譜し、自身で作詩。
晩年までよくステージで披露していたそうです。

「花宵闇」
淡谷のり子歌手生活50周年記念アルバムに収められた1曲。
作詩阿木燿子、作曲は宇崎竜童・・・と当時新進気鋭の二人による和製タンゴ。

「しばらくあなた」
淡谷のり子歌手生活50周年記念曲のひとつ。
「歌詞がグッとくる」と、淡谷は気に入り、これも晩年までステージでよく歌ったそうです。
作詩阿久悠は、作曲三木たかし。

「灰色のリズム&ブルース」
昭和46年、いずみたくプロデュース/全曲作曲によるアルバム「昔、一人の歌い手がいた」に収録され、後にシングル化された曲。
このアルバム企画は「懐メロ歌手として隅に追いやられた…」と引退を考えていた淡谷の心をも奮い立たせることにもなりました。
発売後、このアルバムは評判を呼び、この年のレコード大賞特別賞受賞へと繋がります。
この歌は詩/曲ともにいずみたく。
「割とイイわね」と淡谷は、この歌もやはり晩年までステージで歌っていました。
一部歌謡ファン、淡谷ファンにコアな人気がある曲です。

「別れのブルース」
昭和12年のヒット曲。
淡谷自身はあまり好んではおらず、特に晩年はステージでかかることは稀だったとか…。
その想い出など、御本人の話でどうぞ(ココココ)。

「バラ色の人生(La Vie En Rose)」
エディット・ピアフの大ヒット曲で、ルイ・アームストロング(サッチモ)のレパートリーとしても有名なシャンソン。この歌の作詩はピアフ自身、イヴ・モンタインとの愛と別離を書いたと言われています。

「愛の讃歌(Hymne a l'amour)」
エディット・ピアフ、そして越路吹雪の絶唱があまりにも有名な歌。
淡谷のり子も早いうちからステージで積極的に歌っていました。
訳詩は岩谷時子のモノではなく、ビクターの井田誠一版。


淡谷のり子と黒柳徹子
―実は徹子ママこと、黒柳朝が淡谷のり子と同じ音楽学校の後輩で親しくしていたそうで、親交がとても深いそうです。

それにしてもイイ番組でした。
録画したモノを何度も見返してますが本当に素晴らしい。
ホンモノとはこういうモノである、と見ていて思います。
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by hakodate-no-sito | 2008-03-04 16:00 | テレビ | Comments(5)

健在!尾藤イサオ

今日の「BSふれあいステージ」(NHK)は尾藤イサオが出演...ということで録画。
さっき見終わりました。

…いや~素晴らしい!
もう60過ぎているはずなのですが、年齢を感じさせない若々しいエネルギッシュなステージでした。

OPの「悲しき願い」からエンジン全開で、"エルビス・プレスリー"ヒットメドレーや、JBの「I
t's A Man's Man's Man's WarldR&B」「I Got You I Feel Good」などなど、聞き応えたっぷり。

個人的に尾藤さん=ロック
ってイメージだったのですが、今回歌っていたR&Bもしっくり…。
マーヴィン・ゲイの「Mercy Mercy Me」なんて、すごく良かったです。
EDの、「Crazy Little Thing Called Love」(愛と言う名の欲望)も…。
…と言いますか、ハッキリ言って全曲素晴らしかった(^^)

それにしてもあの若々しさは一体ドコから…声も衰えが全く見えないですしねえ。

でも、尾藤さんって人はCD出してないんですよね…。
ベスト盤の類すら無いという…。

今回の番組見ていて、ホント勿体無いな…とつくづく。
去年45周年ということでしたが、45周年期間ってことで、記念アルバム出して欲しいです。

3月に「あしたのジョー」を再録音したモノが出るみたいですけど、この手の洋楽を歌ったライヴアルバムなんてのも欲しいですね。

出来れば、映画『の・ようなもの』の主題歌「シー・ユー・アゲイン雰囲気」も復刻して欲しいです。映画はさておき、この唄は大好きで、EP探して買っちゃいましてよく聴くんです。

もしかして、ステージでは歌っているんでしょうかね。
いや~この番組を観る限り、ナマはかなりのモノなはず。
ロックやR&Bはあまり聴かない私ですけども、一度機会を作って、ナマ・尾藤を聴きにいきたいですね。

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尾藤イサオ
本名:尾藤 功男(ビトウ・イサオ)
昭和18年11月22日、東京・御徒町生まれ。
父は寄席芸人/三代目松柳亭鶴枝、母も曲師(三味線伴奏者)という芸人一家。
家庭環境もさることながら、3歳の時に父を亡くしたこともあり、早くから芸の世界へ。
10歳の時、父の友人でもあった曲芸師・鏡小鉄のもとに弟子入り。
鏡鉄太郎の芸名で、曲芸師として活躍。
高校時代に日劇ウェスタン・カーニバルを観たことで音楽の世界に魅せられ、ほどなくエルビス・プレスリーを聴き、歌手になることを決意。
1961年には、曲芸の全米興行に加わり、サミー・デービス・Jr、ハリー・ベラフォンテ、トニー・カーチスらのショーを見て、ショービジネスの素晴らしさに感動。
芸人としての年季奉公が明けた1961年に歌手デビュー。
翌62年には東芝レコードから「マック・ザ・ナイフ」でデビュー。
日劇ウエスタン・カーニバルでのパフォーマンスも盛況で、人気を博す。
1965年のビートルズ日本公演では前座として出演、またこの年には「悲しき願い」が大ヒット。
1970年には、社会現象を起こした漫画「あしたのジョー」のアニメ主題歌を担当。
以後も、唄、映画、ドラマ、アニメ、ミュージカル、舞台、バラエティ番組…多方面で活躍。
T1990年代には「THE夜もヒッパレ」に準レギュラー格として出演し、歌手/尾藤イサオに脚光が当たった。
現在も、歌手/俳優/声優として精力的に活動中である。
娘は歌手/女優の尾藤桃子。
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by hakodate-no-sito | 2008-02-20 23:25 | テレビ | Comments(0)

前川清INスタジオパーク

昨日の『スタジオパークからこんにちは』のゲストは歌手生活40周年を迎えた前川清。
相変わらずの飄々としたキャラで楽しませて頂きました。

番組内では、"上がり症なのはホント?"ということで心拍数測りながら新曲を歌ったり、芸人顔負けのボケっぷりの紹介、直立不動の理由、福山雅治との交流などを語っていました。

ボケっぷりの紹介の時には、数年前の紅白歌合戦で「山川清さん」と紹介されたシーンが放送されていました。

コレ、見てましたけどホント前川さんらしい反応だったんですよね。
まず紹介された時点で吹き出して、笑いをこらえながら歌い始めてましたし、2番の終わりにはまた企んだ顔(笑)になり、歌い終わったところで「山川でした~(笑)」

…これ、もし他の歌手だったらどうなっていたやら(汗)

この前川清ならではの反応について、
「普通なら黙ってるんでしょうけど、そうするとその人がむちゃくちゃ尾をひくんですよね。同じ番組出てる同士がアッとか反応すると笑いで救われる部分があるんですよ。一緒に番組やってる同士だから間違った、ああじゃあ何とかしなくちゃって。だから自然に…笑いを取ろうというわけじゃなくて。そうすると相手も救われるし、こっちもイイ人だと思われるし(笑)」
と語っていました。

私は、現役で歌っている歌手の中で、前川清ってホントツボなんですよね。
あの人柄と情熱的な歌いっぷりにやられて、もう5年ほど経ちましたが未だに好きです。
カラオケにある曲なら8割方歌えますし、毎回何かしらの曲を歌ってます。

クールファイブとしての活動も再開しましたし、40周年パァ~っとひとつヒットが出ることを期待します。

何ならまた福山雅治作品でも(笑)
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by hakodate-no-sito | 2008-02-16 21:14 | テレビ | Comments(0)