年齢不詳な若人が唄の話を中心にアレコレと・・・


by hakodate-no-sito

プロフィールを見る

S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最新のコメント

あらさん さま コメン..
by hakodate-no-sito at 21:52
函館のシト さま ..
by あらさん at 01:56
とんかつ女将さま コメ..
by hakodate-no-sito at 15:22
こんばんは。初めてコメン..
by とんかつ女将 at 23:16
if194552さま ..
by hakodate-no-sito at 20:30
if194552さま ..
by hakodate-no-sito at 21:54
てんてこ舞いさま お返..
by hakodate-no-sito at 21:35
こんにちは、てんてこ舞い..
by てんてこ舞い at 08:28
はじめまして 私はシャ..
by ゆう at 17:04
てんてこ舞いさま 御無..
by hakodate-no-sito at 20:04

最新の記事

むかしひとりの歌い手がいた・..
at 2017-08-08 21:05
こころに歌を、シャンソンを
at 2017-05-28 20:48
過ぎし日よ私の学生時代
at 2017-04-18 20:53
サヨナラ私の愛した新派
at 2016-11-14 21:31
ミュージックフェアと美空ひばり
at 2016-03-04 21:25

記事ランキング

フォロー中のブログ

♪風のささやき+α
ないしょばなし
ブック・ダイバー(探求者...

リンク

検索

カテゴリ

全体
つぶやき
歌・唄・うた
テレビ
菊池章子
デュークエイセス
古今俳優ばなし
読書感想
CD視聴感想
未分類

タグ

以前の記事

2017年 08月
2017年 05月
2017年 04月
2016年 11月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 03月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 05月
2008年 08月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月

ブログパーツ

最新のトラックバック

venusgood.com
from venusgood.com
www.whilelim..
from www.whilelimit..
http://while..
from http://whileli..
http://while..
from http://whileli..
http://www.v..
from http://www.val..
http://en.wi..
from http://en.wiki..
boom beach c..
from boom beach che..
石井好子 (20) 文藝..
from CORRESPONDANCES
NHKドラマにもなった「..
from 劇団新芸座ブログ

カテゴリ:古今俳優ばなし( 24 )

サヨナラ私の愛した新派

また、大好きな俳優に逝かれてしまった…

英太郎さん。

ついこないだ、9月に上京したとき、新橋演舞場で元気に芝居している姿を見たばかり。

信じたくない。

大好きな新派の、往年の新派狂言の匂いを体現しているほぼ最後の大物。

新派の芝居は女優だけじゃダメ。
女方があってこそ。
いや、もとは歌舞伎同様ヒロインだって女方だったのだから。女方こそ本家筋。

でも、時は初代水谷八重子、市川翠扇を筆頭に女優本流にとなり、女方は後継者育成すらなされなくなり、やがて花柳章太郎、初代英太郎、成田菊雄…中心からも脇からも傍からも、一人減り、二人減り。女方もこなすようになったサラブレッド花柳武始も志半ばの死。
純女方最後の砦が二代目英太郎でした。

水谷八重子(良重)は大好きだし、御本人とも面識あります。
波乃久里子も近年役者として脂がのっています。上り坂です。

でも、英太郎さんとこの二人だと、持っているものが違う。
同じ芝居の同じ役でも、女方と女優じゃ全然演じ方が違う。
どちらが優れているとか、そういう問題ではないのです。

新派の芝居に英さんが出てくると、芝居が引き締まるし、味わいが増す。
「ああ、新派だぁ」と思えるのです。
今の劇団新派じゃなく、新派劇というひとつのジャンルだった匂いを感じさせてくれる、数少ないひと。

本当はもっと英さんを新派は大事にするべきだった。新派四本柱だけじゃなく、英太郎や花柳武始らをもっと大事にするべきだった。

決して優遇されたとは言えない状況で、ここまでの芸を築き上げた英さん。

まだまだ観る機会はあるものと思っていたのに。

新派120余年の歴史の、また哀しい一区切り。

市川春猿の新派入りで、新派の女方の歴史にこれで中断なくバトンが渡されると思った矢先の訃報。

落胆しています。

[PR]
by hakodate-no-sito | 2016-11-14 21:31 | 古今俳優ばなし | Comments(0)

徹子とミフネとブルーレイ

去年の暮れに、ブルーレイを導入しました。
かれこれ夏過ぎから検討をしていたのですが、今ひとつ魅力的なソフトがなく、先延ばしにしていました。それが、ポーンと思い立って「行こう」と。導入と相成りました。

これを、と思ったソフトは黒澤明監督作品の映画「天国と地獄」。
名作ですね。私は高校時代に観て、面白かったなぁ、という覚えがありました。

購入したのは東宝から発売されたブルーレイじゃなく、海外・・・アメリカで発売されたブルーレイ。
何でかというと、発売しているメーカーのクライテリオンというのが、その筋の方から絶賛されているクオリティの高いソフトを送り出しているメーカーだから。高画質・高音質は勿論、特典映像も一級の資料となる、好事家は勿論、後世の研究にも大いに役立つであろう、というもの。
そして、これだけのクオリティでありながら、日本版より安い。

こうなると、画質も音声もあまり改善されていない、特典映像もせいぜい予告編があればマシな、それで高額な、日本版を買う理由が見つからない。
DVDだとリージョンというヤツが関係して、フツーのDVDデッキやPCじゃ観られない(観るには色々手立てが必要)のですが、ブルーレイはリージョンというヤツが一緒なので問題ナシ。
もう、これは買うっきゃないです。

北米盤「天国と地獄」。
特典映像には、貴重なトシロー・ミフネのトーク番組出演映像収録とあります。
さあ、何でしょう、その番組。

♪ルールルルル ルールルルル・・・

英語字幕に表示される文字は「TETSUKO'S ROOM」。
映し出されるタマネギヘア。

はい、「皆さま、こんにちは、徹子の部屋でございます」。
1981年3月31日放送の「徹子の部屋」、ゲスト三船敏郎でした。

・・・実はこの番組目当てでブルーレイ導入しました(^^ゞ

特典映像といいながら、「天国と地獄」の話題は全然出て来ないのですが、貴重には違いないです。個人録画の映像ではなく、テレビ朝日に残るアーカイブ映像を借り受けたもので、画質は良好。海外と日本だと基準が違うのでしょうか、マスターテープに残っている提供スポンサーの紹介テロップもボカシなしで、そのまま。こういう形でのソフト化は初なんじゃないでしょうか。

三船芸術学院の宣伝やSHOGUNの話、生まれ育った大陸での話など、真ん中から横道までストライクな、興味深い話が30分。活字で知っていても、本人の肉声で聴けると同じエピソードでも、違って聞こえます。自分の中でカタカタと立体化して動きまわってくる気がします。

黒柳徹子も、三船敏郎も、艶っぽい。声がまた、グッと持っていかれる、良い声。
今や絶滅危惧種な、紳士淑女でありました。

去年の秋、ある程度私と話を合わせて下さる知人とお会いして、向田邦子の「冬の運動会」を観返したいとか、そんな話で2時間たっぷりやり取りしてきたのですが、その中で三船敏郎の話にもなりました。
「今どきの男の俳優に色気を感じる訳ないだろう。俺の理想は三船敏郎だよ。全然物足りない」
と、知人が大熱弁。
番組を見ていていて、そのことを思い出しました。あのとき、肯きましたが、足りませんでしたね。もっともっと肯定すべきでした、その通りです。

黒柳徹子については、言うまでもありません。
艶気と知性と気品と可愛らしさと怖さ、すべて兼ね備えているんですもの。
100点満点どころか120点、150点です。

私の好きな人たちは、こんなに素敵な人たちだったんだと再確認ができました。

私、黒柳徹子、大好きなものですから、なおのこと、「徹子の部屋」見入っておりました。
この前の大晦日、同級生等と年越し飲み会をしたのですが、酔っぱらってしまって覚えていないのですが、紅白の黒柳徹子を見て、私泣いていたそうです。

いちばん良かった頃の黒柳徹子を見てまもなく、今の黒柳徹子を見て、人生の千秋楽がすっかり近付いて来ているであろうこと、80歳を超えて60年のテレビ生活の集大成とも言えなくない紅白出演、往年のベストテンを彷彿とさせるシーン・・・いろんなことが脳裏に浮かんで、感情の整理がつかない涙がこぼれたのかなぁ、と自己分析しています。

「徹子の部屋」以外の特典映像も、充実。
山崎努のインタビュー映像(こちらは映画の話をたっぷり語っています)、まだ健在だった頃の黒澤明も出演している90年代に制作されたドキュメント映像(三船敏郎は既に健康を害していたからか未出演)。どちらも見ごたえ抜群。特に山崎努は一見の価値がある語りっぷりでした。

北米盤「天国と地獄」、機会があれば手元に置いて頂いて、ご覧頂きたいですね。
[PR]
by hakodate-no-sito | 2016-01-07 21:23 | 古今俳優ばなし | Comments(0)

ひとりのおんな

自分の中の一部がもぎ取られたような感覚だ。
秋から冬への変わり目に届いた、女優加藤治子の訃報。
泣きたい気持ちをどうにか抑えている。

思春期、10代に触れたものは一生ものだ、という。
多感な時期に、どんなものを観て、聴いて、読んでいたか。
加藤治子の演技は、その時期にたっぷり見ることが叶った。

何から挙げていいのかわからない。
意識する前から、加藤治子は知っていた。見ていた。
「魔女の宅急便」だ、「浅見光彦シリーズ」だ、久世光彦が作っていた「向田邦子ドラマシリーズ」だ。
ピップエレキバンやら何やらコマーシャルにも出ていた。普通のテレビドラマにも顔を出している。
「古畑任三郎」にも出ていたはずだ。

好きだ嫌いだという以前から触れていた。

それが「寺内貫太郎一家」の再放送で一気に火がついたような記憶がある。
いや、「阿修羅のごとく」だったかもしれない。

ある、というのは気が付いたら惚れ込んでいたので、いつからというのは難しいから。
久世光彦の啓蒙活動の影響もあると思う。
どちらにせよ、高校のころには違いない。

慈母。
それでいて女性としての魅力もキープしている。

女。
それも業を強く滲ませた。

あの時期、散々昭和を彩る女優の演技に、のめり込むように触れていったけれど、
昭和の時代、平成の現在、どちらも並行して楽しむことができた数少ないが加藤治子だった。


もうお歳だから。
そろそろ見納めなのか。
彼女が八十路を迎える前後、静かに覚悟をし始めてつつあった。
しかし、こちらの心配をよそに、テレビドラマに主演したり、ジブリアニメに再び顔を出し、浅見光彦の母であり、天国のおばあちゃんと弾けた演技を見せたCMと
健在だった。年齢相応の認知症の老婆の役もよく回っていたが、相手役の夫はだいぶ年下の俳優ばかり、でも不自然さがない。
やはり彼女は凄かった。

気が遠くなるような、長い女優生活。
もとは松竹少女歌劇出身で、並木路子と同期だったはずだ。
御舟京子という芸名だった時代、榎本健一主演の映画に相手役で出演している。
エノケンの晩年にテレビドラマで共演した、なんて話ではない。
戦後でもない。戦前の話だ。

いろいろなことを思い出す。
それも新旧取り混ぜて。あれも見たい、これも見たいという想いにかられる。

山田太一がNHKアーカイブスに出演した際に自薦して再放送されたドラマがあった。
「いちばん綺麗なとき」。1999年放送。NHK。
出演は八千草薫、加藤治子、夏八木勲。

八千草の亡夫の姉役が加藤なのだ。一見和気藹々とした関係に見えつつ、徐々に見えるほころび、闇、亀裂。そして爆発。
八千草薫と加藤治子のぶつかり合いは、近年のドラマにはないクオリティだった。
山田太一の脚本も、演じられる女優を得たことによって輝きを魅せていた。

向田邦子脚本のドラマ「家族熱」。
三國連太郎の元妻。別れた夫と再会したことから、失った家庭への想いが再燃し、徐々に常軌を逸し、狂ってゆく女。

やはり「寺内貫太郎一家」だろうか。
ミツヒコと優しく呼びかける、あの母も捨てがたい。

久世光彦が並々ならぬ思いで作り続けた「向田邦子ドラマシリーズ」を選ぶべきか。
加藤治子も含め、名優揃いの「花へんろ」か。

最近見ている「だいこんの花」もいい。

いやいや、「阿修羅のごとく」だろう。
肌襦袢一枚で玄関に現れる加藤治子。うな重をなげつける八千草薫。
おもちゃのピストル片手に押し掛ける本妻役の三條美紀。
おもちゃのミニカーを鬼の形相で放り投げる大路美千緒。
どこを切っても凄すぎる。

ああ、どれだけ、私にとって好きな作品に出ていた人なのだろう、加藤治子というひとは。
勘定していくと山のように浮かんでくる。
見返していくだけで、思い返すだけでも、充分すぎる。

それでも、私は淋しい。そして悔しい。

気が付くと見なくなってしまった彼女。
90歳の加藤治子の演技を見ることができなかったことが悔しい。
90代の彼女の演技を、私は見たかった。
どう魅せてくれたのだろうか。

生きているだけでもいい、生き続けていてほしかった。

その人の持つ雰囲気で判断してほしいと、年齢を訊かれることを嫌っていた加藤治子。
92歳の大往生なんてことば、似合わない。

だから、私は惜しむ。明るく送り出すなんてことはしない、言わない。
[PR]
by hakodate-no-sito | 2015-11-05 21:21 | 古今俳優ばなし | Comments(0)

加藤武

加藤武というと、数年前ドラマ「最後のカチンコ」で新藤兼人役に扮した際の憑依っぷりが印象に残っている。

死とはまだまだ無縁そうな矍鑠とした姿しか知らないので、戸惑いがある。

あの世で「何でこんな来方するのよ」と杉村春子に怒鳴られているだろう。
北村和夫や、小沢昭一ほか先に逝った東京やなぎ句会の面々からは半ばからかいながら迎えられているだろう。

そんなことを考えながらも、結局言いたいのはこれ。
小沢昭一が亡くなったとき、亡骸に向かってかけたということば。

「何で死んじゃったんだ、バカー」
たまたまネットをさまよっていたら、少し前に語りの会を行ったというニュースを見て、いちど見たいなぁと思って、ホームボタンでヤフーのトップページを開いたら「文学座代表 加藤武さん死去」である。
嗚呼・・・。

また一人、生きているのか亡くなっているのかボーダレスな感覚に陥る人が増えてしまった。

    [PR]
    by hakodate-no-sito | 2015-08-03 21:04 | 古今俳優ばなし | Comments(0)

    ディロンに見た池内淳子のうまさ

    最近ですね、「ディロン~運命の犬」ってドラマを観ております。
    何年か前のドラマなんですが、先月の末からNHKのBSプレミアムで再放送されていましてね。

    私、動物ものと闘病もの、あと子役が全面に出て来るものって、あんまり好きじゃないんです。
    批判出来ないような空気があって。で、ドラマとしては非常に作りやすい。あざとい、といいますかいやらしいといいますかね。勿論、よく出来たものもあるんですが。

    「ディロン」はどうなの、というと、まぁまぁ、というところでしょうかね。
    そのぐらいで何で毎週観ているのかというと、池内淳子が出ているからなんですよ。
    「女と味噌汁」を偏愛し過ぎて、それ以外の池内淳子について感心するってことは、あまりなかったんですが、この「ディロン」の池内淳子は良い。

    e0134486_13173796.jpg


    動物問題と、嫁姑等の家族問題がドラマの二大テーマなんですが、性善説に基づいたような、「いいひと」な人物ばかり出て来る(それを体現しているのが主人公夫婦)、ゆるやかな進行のなかで、ひとりドラマの世界観に添いながら、現実的な人物像を作り出しているんです。

    池内淳子の役どころは、主人公(演:樋口可南子)の姑。元教師で、しっかりとした性格。ひとり息子(演:大杉漣)の妻とは、距離感を置くことで波風を立てないようにしている。でも老境に差し掛かって、ひとり暮らしの淋しさ、不便さを感じているし、それでいて嫁や息子には遠慮もあるし見栄もある体裁もある、うまく甘えることが出来ない。
    あの、親族だからこそのもどかしい距離感。

    一見、そつなく人付き合いをしているのだけど、打ち解けて近しい関係を築くまでの友人知人はいない(であろう)って、実にうまい。ちょっと身につまされるところもあって。
    池内淳子って、日々の生活にある謙譲の美学を演じさせたら、天下一品のようなところがある女優で、地でもそういうところがあったようですが、それがこのドラマではよく生きている。

    後年の池内淳子は、今のようなテレビドラマにはそぐわないように思っていたので、節穴だったなぁ、と己の見識の無さを恥じながら、池内淳子パートを毎週楽しみにしているんです。

    もっとも今度の日曜で「ディロン」最終回なので池内さんとも、これで一旦またお別れなんですが。黒柳徹子が「老人ホームを一緒に入る約束をしていた」「アタシ幼稚園一緒だった(注:二人のトモエ学園の在籍期間は被っていません)」と、折に触れて話していますし、また何かのドラマや映画の再放送でお見かけする機会もあるでしょう。思い出すことはまだまだあるはず。どうか名演に出逢えますように。

    そうそう、もうじき池内淳子の命日になります。祥月命日、9月は26日。亡くなってもう3年になるんですよね。

    2010年秋。あのときは、谷啓さんが階段で足をすべらせて(9月11日)・・・次いで小林桂樹さんが逝って(9月16日)、池内さんが亡くなって、池部の良サマ(10月8日)も…と立て続けに昭和芸能史に残る面々が世を去ったんです。

    3年というと、中学または高校を入学から卒業出来る期間。
    とすれば、結構長い。でも、ある程度の年齢になるとアッという間でもあるんですよね。

    随分遠い人たちになってしまったと思う反面、テレビや本、雑誌等で思いがけず見かける機会が相変わらずあって、何となくまだ生きているような感覚もあります。

    歳を重ねると、こういう「半分生きている人」「少し生きている人」の割合がどんどん増えて行くんでしょうねぇ。生きているけど疎遠または没交渉になっている人との違いなんて、有って無いようなもの。関係がこじれて絶対逢えない人になったような人よりはよほど近しい。

    私の場合、今まで好きになる人たちは「既に逝った人」が多くて、そこから触れていったので、あまり「看送る」ことって多くなかったんですが、気が付くと、随分看送っている…!

    いずれ達観し切ってしまうんでしょうね。そういう面も、確かにあります。
    でも、まだし切るまでには至っていない。
    それまではね、せいぜい抵抗してやろうと。
    時にはちょっと涙ぐみつつ、故人を思い返したいですね。
    特に、楽しい思い出をくれた方々に対しては。
    [PR]
    by hakodate-no-sito | 2013-09-18 13:16 | 古今俳優ばなし | Comments(0)

    「花影の花」に見た、一女優の極致

    ラジオは時として味のある企画で聴取者を楽しませる。
    制約が多いテレビよりもラジオの方がある程度自由にやれるのだろう。

    数日前、女優の水谷八重子が「NHKラジオ深夜便」に出演していた。
    「女優が語る日本の名作」という番組の新企画で、ひとり語りをするという。
    ひとり語りの前には、水谷へのインタビューも流れた。

    取り上げられた作品は、平岩弓枝・作「花影の花」。
    大石内蔵助良雄の妻・りくの生涯を描くことで、別角度から見る忠臣蔵、その後の忠臣蔵を見せる。
    1991年、第25回吉川英治文学賞を受賞した時代小説の名作である。

    今年(2013年)、新潟市民芸術文化会館りゅーとぴあが企画・製作している「物語の女たち」の第一弾として、水谷八重子がひとり芝居として語り演じ、好評を博している。
    このシリーズには、水谷のほかにも十朱幸代、奈良岡朋子、岸惠子、と当世名代の女優によるひとり語りが披露されていくという。企画の壮大さが素人目にも伺える。
    (この「舞台・物語のおんなたち」の詳細はhttp://www.ryutopia.or.jp/rmo/をご覧下さい)

    先陣を切った水谷の舞台は大盛況であったらしく、それに目をつけたNHKが「女優が語る日本の名作」としてラジオでも披露して欲しいとオファーしたようだ。
    (もしかしたら、舞台の企画段階でラジオ深夜便との提携話もあったのかもしれないが、前述の方が話として美しいので、そう思うことにする)

    水谷の話によると、当初は単なる小説の朗読であったそうだ。
    楽な仕事だと思ったが、会場が能楽堂と知ると、そこで本を朗読している自分の姿が想像出来ない。りくの姿ばかり浮かんでくる。
    「りくにならせて欲しい」「どうぞ語りではなく台詞を頂けないだろうか」
    水谷は担当者に懇願した。

    女優の意見は受け入れられた。
    上演台本は原作を参考にしつつも、平岩弓枝自身が舞台用に書いた脚本を元に、ひとり芝居用に作り直された。
    小道具は扇子一本のみ。藤間流の宗家が仕草指導をつけた。
    舞台には水谷と、音調担当者の堅田喜三代がひとり黒子のようにして居るのみ。
    堅田の演奏を背景に、大石りくに扮した水谷が裾をひきながら登場・・・と会場である能舞台を生かしきったステージになったのだそうだ。

    ラジオ深夜便で放送されるのは、その舞台の録音ではなく、NHKでのスタジオで新規に収録されたもの。
    だから絹ずれの音は聞こえないが、極力舞台通りに録音されたそうだ。

    水谷八重子は朗読でも光っている。
    以前瀬戸内寂聴作品や「滝の白糸」を語るのを聞き、こんなに凄い人だったかと驚いたことがある。
    期待はさらに高まって行く。

    インタビューが終わり、いよいよ「ひとり語り」が始まる。
    音楽と川野一宇アナウンサーによる物語背景を説明するナレーションが終わり、数秒の静寂の後、物語は始まる。

    ―豊岡にその年、はじめての雪が一尺近くも積もった日、父に呼ばれて居間へ行った。
    「りくでございます。父上、りくでございます。ただいま戻りました。・・・」

    ひと声、あの落ち着きのある掠れ声が発せられると、もうそこは江戸の世。
    大石りくが、他の登場人物が、暗がりの中から一人また一人と、スポットライトを浴びながら浮かんでくる。

    背景音楽は無い。
    僅かに笛や、風鈴、小太鼓等の邦楽器による音調が使われるのみ。
    あとは水谷八重子というひとりの女優が語り、演じ分けてみせる。
    もはや演技というよりも憑依といった方がよい。
    ひとり芝居という元来不自然な形態を、極めて自然に物語を展開させてゆく。
    新派仕込の下地が光る。

    聴いていて、息を呑んだ。
    放送という枠を逸脱している。
    これは舞台だ、ラジオましてやテレビなどでは絶対無い。

    十代の乙女りくを演じる水谷の声に、一瞬杉村春子と同じものを見た。
    水谷の声はハスキーで、お世辞にも若い処女の声とは本来なら言い難い。
    だが、ちゃんと乙女の声に聴こえるのだ。

    森光子の「放浪記」、杉村春子の「女の一生」、初代水谷八重子の「婦系図」…
    もはや絶滅してしまった大女優がその芸を、その技を、鮮やかに見せ客を沸かした人気演目。
    それと同じものが、そこにあったのである。

    以前CDやテレビで見聞きしたときよりも、格段に腕を上げている。
    そして、ここまで完成度の高いものを見せながらも、まだどこかに伸びしろがあるようにも思える。
    これは畏敬というよりも畏怖すら覚えてくる。

    だが、インタビューを受けている水谷八重子からは、とてもそのような腕と技を持つような雰囲気は感じ取ることは殆ど出来ない。
    はにかみ屋、温厚さといったものは滲み出ていても、凄みは無い。貫禄もさして無い。

    だが、それはフェイクなのである。
    彼女は名実共に大女優の立場にあるが、「大女優と呼ばれるのはこそばゆい」と大女優と称されることを拒絶している人だ。
    「そんなものは舞台に関係ない、権威なんてものは真っ平御免」「かたっくるしいのはイヤ」という水谷の反骨精神から、敢えて大御所然としないだけなのである。

    この姿勢が、どれだけ誤解を受けているか。
    もっと大女優然とされれば、どれだけやりやすいだろう、と思うこともある。
    だが、彼女はそうしないのである。
    大女優であることを拒絶し続ける大女優なんて、他に私は知らない。

    こんなに、わかりやすくて、わかりにくい大女優は珍しい。
    ひとたび魅力を知ってしまえば、これほどクセになる人もいない。
    (そして、それすらも母譲りのような気がするのだから、先代八重子という人もこわい)

    水谷の演技は舞台に特化しつつある。
    たまにテレビドラマへ出演されても、次元が違うので他の出演者とあまり噛みあわない。
    水谷良重の昔はそんなことはなく、ドラマや映画だと媒体に向いたサラッとした演技・台詞回しで見せていたのだが、いつの間にかそういう切り替えはしなくなったようだ。
    今の水谷八重子を生かしたテレビドラマの話があれば良いのだが・・・。

    今回のラジオ放送は、メディア向きじゃなくなりつつある水谷にとって、珍しく本領の芝居をじっくり見せるものになっている。
    ラジオ深夜便での「花影の花」の放送は、全4回。 まだ3回分残っている。
    映像ではなく、音声のみだからこそ伝わってくるものが十二分に詰まっている。

    ながら聞きするには少々重い。どうぞ静寂の空間の中でじっくりと向き合うことをお勧めしたい。

    残りの放送は

    6月9日25時台
    7月6日25時台
    7月13日25時台

    NHK第一放送(FMでも放送)
    「NHKラジオ深夜便・女優が語る日本の名作・花影の花(平岩弓枝・原作)」
    [PR]
    by hakodate-no-sito | 2013-06-08 00:01 | 古今俳優ばなし | Comments(0)

    「おばちゃんとお母ちゃんとお母さんと母さん」

    むかし、初井言榮という女優がいた。
    亡くなったのは平成2年だから、世を去ってから既に四半世紀近い歳月が流れている。
    生前は名脇役として名を馳せたが、今では知る人も少なくなっている、と言われそうだが、そうでもない。
    長編アニメ映画「天空の城ラピュタ」のドーラ役は、亡くなって久しい今でも親しまれている。
    名前を知らない人だって、ジブリの威光でドーラは知っている。
    亡くなって年月を経ると、どうしても忘れられる。
    早世したのは惜しいが、声の仕事とはいえ残る仕事があるだけ、初井言榮は幸福な女優だったのかもしれない。

    初井の代表作となると、大映ドラマ「ヤヌスの鏡」や、昼ドラ・ライオン奥様劇場の嫁姑シリーズなのだそうだが、私は断片程度でしか知らない。未見と言ってもいい。大映ドラマは、色眼鏡で取り上げられすぎて、今のところは素直に見られそうもない。後者の再放送情報は入ってきたことがない。

    数年前、再放送で「三男三女婿一匹」というドラマを観た。
    森繁久彌主演の大家族ホームドラマで、病院が舞台だ。
    森繁、山岡久乃に準レギュラー(特別出演)の杉村春子目当てで観ていたが、婦長役で出演していた初井にも目が留まった。役名が石川絹代。これは石川さゆりの本名だが、まあ偶然だろう。
    独身を通しながら長年医療の現場で奉仕、元上司で院長夫人の山岡を尊敬し、院長の森繁に思慕の念を抱く婦長・・・と書けば、しっかりとした中年女性の役のように思うかもしれないが、そうでもない。
    ドラマでは厳しい婦長の面よりも、愛嬌たっぷりな乙女な面の方が強調されていた。

    白眉は正月に振袖姿で院長宅へ年賀挨拶を行う回。
    おめでとうございますと現れるのだが、かなり可笑しい。でも、どこか愛嬌がある。ただ、可笑しいだけとかグロテスクとかそういうのではない、似合っていないんだけども似合っている感じがある。
    その姿で麻雀で腕を振るシーンもあったが、そのときのきびきびした物言いは鬼婦長の名にふさわしいものなのだ。
    これはとんでもない女優なんだ、ということが私のなかでインプットされた。

    「おばちゃんとお母ちゃんとお母さんと母さん」というのは、彼女唯一の著書で遺著になる。
    インターネットでこの本を知ったとき、私は題名から役者人生を振り返った自叙伝エッセイだと思った。前述の「三男三女~」で初井の名が印象に残っていたので、いい機会だから買って読んでみようと思った。

    本が届いた。
    帯の推薦文は村松友視。山野史人(初井の夫で、青年座の俳優)の文によると、出版に至るまでに村松が尽力したのだそう。
    村松友視と初井言榮、つながりがあまり見えないが、おそらく村松が青年座の舞台を観るなりして交友があったのだろう。人脈の幅の広い人である。

    では、早速読んでやろうと頁をめくってみると・・・アレ?
    この手で見当を外すのはまずないのだが、思っていた内容とはちょっと違っていた。

    「おばちゃんとお母ちゃんとお母さんと母さん」というのは、自分の女優として歩んできた人生で絶えず脳裏にあったという、4人の女性のことだという。
    この本はその人たちのエピソードを、大好きなおしゃべりをするように綴ったのだそうだ。
    癌に侵されながらの執筆だったため、病の進行と共に執筆の気力が徐々に失われ、完成するまえに容態急変で逝ってしまったという。

    四人の女性、それぞれ箇条書きにすると
    ・おばちゃん:最初の夫の面倒を見ていた伯母(実質的な姑)
    ・お母ちゃん:現在の夫(山野史人)の母(姑)
    ・お母さん:最初の夫の母(姑)
    ・母さん:実母
    なのだそうだ。

    ちゃん付けとさん付けの違いなのだろうか、ちゃん付けで書かれた二人の話は読んでいて楽しい。まさにおしゃべりをするように書かれている。
    重い話も出てくるが、軽めの筆でサラリと書かれているせいで、ややもするとさらりと読み飛ばしてしまいそうになる。

    "お母さん"の話はしんみりとした話。
    三度しか逢う機会がなかった人なのに、慎み深い、忘れがたい印象を与えた女。
    感傷っぽいといえばそれまででしょうが、それだけに作者が繊細な感情の持ち主であることも伝わってくる。

    最後のひとり。
    これら三人の話のなかでもチラチラ登場していた、実母"母さん"。
    子どもの頃の、母と娘の、本人にとっては宝物のような思い出ばなしが披露されるも、どこか哀しい。縁の糸のもつれで、家を出て最初の結婚をしたことで、縁が切れ、それから3年後に母が急死してしまったということが一因だろうか。
    急死の知らせを聞いたときの話は載っていない。
    病気がそれ以上書くことを許さなかったようだ。
    そのせいか本は、仕事で瀬戸へ行った際に思い出した、母との想い出で終わっている。

    横浜の裕福な家に生まれるも、早くに父を亡くし、姉たちと離れ、母とふたりで家を出奔。以後ふたりきりの生活だったり、母方の親類のもとで暮らしたり、母子別々になったりした後、母が再婚し三人家族の生活。邪険にされていた継父が、年頃に差し掛かった頃から女として見るようになり、嫌悪感を抱き、家出同然で結婚。母との縁が切れる、それから3年後に母は逝去。
    結婚から10年経ち、離婚。心身のバランスを崩し、一時休業を余儀なくされる。
    仕事復帰後、劇団の後輩だった山野史人と再婚。3年の闘病の末、胃がんのため逝去。


    本から読み取れる初井言榮の半生をまとめてみた。
    波瀾万丈である。本の後半が哀しさがにじむのは納得だ。
    でも、彼女は恨み言は全然書いていない。
    継父に対する言葉だけはハッキリしているが、それだって、必要最低限のことした語っていない。
    やさしさと愛嬌とやんちゃと、ちょっぴり淋しそうな目が浮かんでくるばかりだ。
    文は人なり、というが、まったくこの本はその通りという気がしてならない。

    もう中古でしか入手できないし、いわゆる芸能人エッセイに分類されるだから扱いは悪い。
    芸能人エッセイを評価する動きでも、どちらかといえば面白可笑しい類のものしかなされない。
    今でいう芸能人ブログのレベルの範囲のなかだと言われれば、残念だがその通りだろう。

    おそらく、このまま埋もれたままの1冊なのだと思う。
    だが、私は読み終えたこの本に不思議な愛着を覚えている。
    ちょっとした謎、そして余韻を残した、そう上質の芝居を観たような、そんな気分を味わうことが出来たから。

    女優で、こういう本も遺せたのだから、やっぱり初井言榮という人は幸福な女優だったはずだ。
    かもしれない、ではなく、そうだのだ。少なくとも私のなかでは。
    [PR]
    by hakodate-no-sito | 2013-04-27 00:48 | 古今俳優ばなし | Comments(3)

    池内淳子というひと

    昭和から平成にかけて半世紀以上に渡って活躍を続けた女優、池内淳子。
    亡くなって、今年で3年になる。

    見ていない人ではない。
    特に意識していなかっただけで、割とよく見かけている。

    池内淳子という名前や顔をしっかりと意識するようになったきっかけは、スカパーのTBSチャンネルで再放送された「女と味噌汁」というテレビドラマだ。

    ちょうど昭和時代のテレビドラマへも関心を抱きはじめた頃で、その少し前には「ありがとう」シリーズを毎回ビデオに録画して何度も繰り返し観るぐらい、気に入っていた。
    放送枠の「東芝日曜劇場」にも興味がある。「ありがとう」シリーズと共通点が多い。
    見てみようと思った。これは気に入りそうだ、と。

    勘は当たった。
    これも全38話録画。「ありがとう」同様、繰り返し観返すドラマになった。
    私の好きなものなど『古くさい』とバカにしている妹まで気に入って、勝手にテープを引っ張り出して観ている始末。おかげで、一部の回を紛失してしまった。

    自分の嗜好にも影響を与えている。
    私は、芸道ものや人情もの、日本髪が出てくるものに、弱い。
    平岩弓枝・有吉佐和子・池内淳子・山岡久乃。
    思春期にこの4人から受けた影響は、自覚症状がある面でもない面でも大きいのだと思う。

    はなのやのてまり姐さん。
    本当に好きだった。
    芸者姿が艶っぽくて、割烹着が似合っていて、バシッと啖呵が切れて、そそっかしくてお人よし。
    好きで、好きで、池内淳子が好きというより、てまりが好きだった。
    すが(山岡久乃)、小せん(佳島由季)、小桃(長山藍子)、ぴん子(結城美栄子)、金とき(一の宮あつ子)。
    はなのやの面子が好きだった。
    「女と味噌汁」というテレビドラマが大好きだった。

    ドラマや映画を見て、俳優に良いなあと思っても役そのものに感情移入するということはないのだが、それを飛び越えてきたのは今のところ池内淳子と山岡久乃の二人だけだ。

    もうひとつ、これも東芝日曜劇場なのだが「夫婦」という単発ドラマも大好きだった。
    妻であり母である全盛期の池内淳子の役どころを見た数少ない機会だ。
    平岩弓枝らしい下町人情もので、ちびた菜箸がドラマのキーのひとつというのが印象深い。
    「ありがとう(第2シリーズ)」で児玉清・河内桃子の息子役として名演を見せた水野哲が、ここでは渥美清・池内淳子のひとり息子で出演していたというのも惹かれる一因だ。

    どちらかといえば、私は派手目な女優が好みだし、それは今でも変わらないのだけど、そうじゃない女優へも関心を抱けるようになったのは池内淳子のおかげだ。

    ただ、本当に大事にして池内淳子を観続けていたかというと否だ。
    先述の"てまり"へのこだわりが、池内淳子という女優に対して思い入れを抱くことにかえって邪魔になってしまっていた。

    他のテレビドラマ、たとえば日本テレビで放送された「つくし誰の子」シリーズに、「ひまわりの詩」「ひまわりの道」「ひまわりの家」三部作でも見る機会があれば良かったのだが、2013年現在に至るまで機会は巡ってきていない。

    それに加えて、現在の彼女出演のドラマで魅力的と感じるものに出会えなかったこともあり、池内淳子に対して随分失礼な感情を抱くまでに至ったぐらいだ。
    一時ほどのこだわりが薄れたあとも、後遺症的にどこか残っていて、それが災いしたか、どうも情報アンテナを張ってもうまくキャッチ出来なかった。

    逝って時が経つにつれて、キャッチ出来なかった情報がキャッチできるようになってきた。

    一時そばに凝って毎朝信州そばを食べていた。
    泉ピン子の心無い発言に生半可じゃない怒った顔を見せた。
    先祖何代も続く東京・本所っ子。
    ・・・。

    もういちど「女と味噌汁」全話を見返す機会もあった。
    「女と味噌汁」の"てまり"は、地が随分反映された役ではなかったか。
    「徹子の部屋」等のトーク番組で話しているとき、ポロリと口から飛び出す下町ことばと言い、実際の家族仲・姉妹仲のよさの話といい、そう思えてならない。
    平岩弓枝の下町もの、芸者もので描かれている心意気を見事に演じきれる女優のひとりが、池内淳子であったことは間違いない。

    東芝日曜劇場の単発ドラマも何本か見た。
    助演している作品も、主演している作品も、ちょっとだけ意識して見るようにしてみた。

    昭和40年代-50年代のころの華やかな面だけじゃなく、後年の抑えの利いた面も味がある。
    ただ時々見かける評価の、いぶし銀というのはちょっと違う気がする。

    商業演劇の看板として多くの舞台に主演または特別参加し、20%女優の異名を取った人を"いぶし銀"としてしまうのは適切ではない。

    この人は抑えのなかに、ちょっと破れがあるような役のときこそ、真骨頂のように思う。

    いろいろ見て、思い、また見て、思い直し・・・。
    そんなことをしていうちに、だんだん"てまり"への頑ななこだわりは、自然な想いになっていた。
    『池内淳子、素敵だ』という思いが胸の中に広がっている。

    何事にも遅いということはない、と言うが、やっぱりお元気なうちに、もっと関心を抱きたかった。
    そんな想いは否定できない。

    ほろ苦い感情を噛み締めながら、池内淳子という人を、いま私は探している。
    [PR]
    by hakodate-no-sito | 2013-02-22 06:20 | 古今俳優ばなし | Comments(0)

    帰天

    淡島千景が亡くなったと知ってもピンと来なかった。
    (何言ってるの、別な人と取り違えてるんじゃないの)と一笑に伏そうとした。
    でも、確かに『淡島千景さん死去』とヤフーニュースに出ている。ツイッターでも追悼ツイートの嵐。テレビでも女優の淡島~、という声が聞こえてくる。

    でも、まだピンと来ない。

    享年に不足は無い。
    いや、87歳という年齢にピンと来なかった。

    不謹慎な話だが、高齢芸能人の訃報が相次ぐと
    『次は誰だ?あの人はまだか?』と、ブラックジョーク的に話題に上る人というのがいる。
    例えば(と実名をあげてしまうが)、とうとう逝ってしまったが森繁久彌、まだ存命の森光子、近年話題リスト入りした永六輔、亡くなって久しい林家彦六(8代目正蔵)、浪曲師の広沢瓢右衛門・・・。

    そういうブラックジョークをするとき、淡島千景を思い浮かべたことは無かった。

    (もうそんな歳なのか)と思うことはあっても、(そろそろ・・・)という予兆は感じなかった。

    生き仏というのか、何故か知らないが、(死というものと、この人は無縁だ)と、ずっと思っていた。
    いつまでも舞台に立ち続けているし、時々テレビに出る、トークショーに出てくる。
    勝手ながら、こう信じていた。そんなはずは無いのに。

    最後に見かけたのは、去年の「渡る世間は鬼ばかり」だったが、(さすがに御歳で少し痩せたかな)と思った程度で、あとは橋田壽賀子の長台詞をひょいひょいとこなす姿に、頭が下がる想いだった。
    まさか、このとき患っていて、番組後半は病院とスタジオとの往復だったなんて、思い浮かびもしなかった。

    まだ、どこか信じられない。
    敢えて言うならば、天女が羽衣を身にまとって、ちょっと天へ戻った・・・そんな感じだ。

    追記)
    ところで、淡島の訃報で気になったことがあった。
    一部記事の「昭和の名優相次いで・・・」という書き方に腹を立てている。
    三崎千恵子も左右田一平も好きな俳優だ。とらやも新撰組も忘れ難い。
    だが、この2人と淡島千景とは、格が違う。
    淡島は銀幕の大スタアだ。日本映画全盛期に多くの名作に出演して代表作を遺している。大がひとつじゃ足りないぐらいの大女優だ。基本は主役の人だが、脇もこなせる名優だ。
    それを一緒にするのは違う。認識不足も甚だしい。歴史を知らなすぎる。
    もっとも、淡島はそういうことに頓着が一向に無い人、というよりもむしろ嫌がっていたろうが・・・。
    [PR]
    by hakodate-no-sito | 2012-02-19 18:17 | 古今俳優ばなし | Comments(0)

    ラジオから流れる懐かしい声

    昨日、NHKのラジオ深夜便で、女優・エッセイストである沢村貞子のインタビューが再放送されていた。アナウンスによると、彼女が亡くなる前年、1995年の12月に放送されたものだという。

    高齢(収録時、80歳代半ば)だからか、ラジオのインタビューだからと抑えたのかは
    定かではないが、あの黒柳徹子から『私よりも早口な人』と挙げられた程の口調では無かった。

    だが、話を聴いていると、頭脳の明晰ぶりは変っていない。
    往年の喋り方だと、頭のキレの良さが鼻につくことが時折あったが、ゆったりと多少丸みを
    帯びた、今流れている喋り方だと、より受け入れやすい。

    (これは老いをうまく生かしているんだ・・・!)
    ラジオを聴くうちに、ハッとそれに気付き、頭が下がった。

    話の内容は「私の浅草」などの随筆で書かれている彼女の母親のこと。
    エピソード自体は、ほぼ既に知っていることだったが、活字と人の口から聞く話とではだいぶ印象が違う。
    それに、久々に接する、演技をしている女優としてではなく素の彼女の語り。
    この懐かしさも手伝い、新鮮な気持ちで聴くことが出来た。

    沢村貞子が書き遺した、様々な"明治おんな"、そして"浅草おんな"の心意気。
    ラジオを聴き終えて、また触れたくなり、たまたま目の付くところに置いてあった「わたしの台所」を寝る前にパラパラとめくった。

    1996年に亡くなった彼女、今年2012年は17回忌にあたるらしい。
    今でも本屋へ行くと沢村貞子の名前を本棚で目にする。
    沢村は『私はたいしたものじゃない』とよく書き、話していたが、今でも著書が売られて
    読まれているということを知ったら、どう反応するのだろうか。
    叶わないことだが、訊いてみたいものだ。
    [PR]
    by hakodate-no-sito | 2012-01-22 21:31 | 古今俳優ばなし | Comments(0)