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ディロンに見た池内淳子のうまさ

最近ですね、「ディロン~運命の犬」ってドラマを観ております。
何年か前のドラマなんですが、先月の末からNHKのBSプレミアムで再放送されていましてね。

私、動物ものと闘病もの、あと子役が全面に出て来るものって、あんまり好きじゃないんです。
批判出来ないような空気があって。で、ドラマとしては非常に作りやすい。あざとい、といいますかいやらしいといいますかね。勿論、よく出来たものもあるんですが。

「ディロン」はどうなの、というと、まぁまぁ、というところでしょうかね。
そのぐらいで何で毎週観ているのかというと、池内淳子が出ているからなんですよ。
「女と味噌汁」を偏愛し過ぎて、それ以外の池内淳子について感心するってことは、あまりなかったんですが、この「ディロン」の池内淳子は良い。

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動物問題と、嫁姑等の家族問題がドラマの二大テーマなんですが、性善説に基づいたような、「いいひと」な人物ばかり出て来る(それを体現しているのが主人公夫婦)、ゆるやかな進行のなかで、ひとりドラマの世界観に添いながら、現実的な人物像を作り出しているんです。

池内淳子の役どころは、主人公(演:樋口可南子)の姑。元教師で、しっかりとした性格。ひとり息子(演:大杉漣)の妻とは、距離感を置くことで波風を立てないようにしている。でも老境に差し掛かって、ひとり暮らしの淋しさ、不便さを感じているし、それでいて嫁や息子には遠慮もあるし見栄もある体裁もある、うまく甘えることが出来ない。
あの、親族だからこそのもどかしい距離感。

一見、そつなく人付き合いをしているのだけど、打ち解けて近しい関係を築くまでの友人知人はいない(であろう)って、実にうまい。ちょっと身につまされるところもあって。
池内淳子って、日々の生活にある謙譲の美学を演じさせたら、天下一品のようなところがある女優で、地でもそういうところがあったようですが、それがこのドラマではよく生きている。

後年の池内淳子は、今のようなテレビドラマにはそぐわないように思っていたので、節穴だったなぁ、と己の見識の無さを恥じながら、池内淳子パートを毎週楽しみにしているんです。

もっとも今度の日曜で「ディロン」最終回なので池内さんとも、これで一旦またお別れなんですが。黒柳徹子が「老人ホームを一緒に入る約束をしていた」「アタシ幼稚園一緒だった(注:二人のトモエ学園の在籍期間は被っていません)」と、折に触れて話していますし、また何かのドラマや映画の再放送でお見かけする機会もあるでしょう。思い出すことはまだまだあるはず。どうか名演に出逢えますように。

そうそう、もうじき池内淳子の命日になります。祥月命日、9月は26日。亡くなってもう3年になるんですよね。

2010年秋。あのときは、谷啓さんが階段で足をすべらせて(9月11日)・・・次いで小林桂樹さんが逝って(9月16日)、池内さんが亡くなって、池部の良サマ(10月8日)も…と立て続けに昭和芸能史に残る面々が世を去ったんです。

3年というと、中学または高校を入学から卒業出来る期間。
とすれば、結構長い。でも、ある程度の年齢になるとアッという間でもあるんですよね。

随分遠い人たちになってしまったと思う反面、テレビや本、雑誌等で思いがけず見かける機会が相変わらずあって、何となくまだ生きているような感覚もあります。

歳を重ねると、こういう「半分生きている人」「少し生きている人」の割合がどんどん増えて行くんでしょうねぇ。生きているけど疎遠または没交渉になっている人との違いなんて、有って無いようなもの。関係がこじれて絶対逢えない人になったような人よりはよほど近しい。

私の場合、今まで好きになる人たちは「既に逝った人」が多くて、そこから触れていったので、あまり「看送る」ことって多くなかったんですが、気が付くと、随分看送っている…!

いずれ達観し切ってしまうんでしょうね。そういう面も、確かにあります。
でも、まだし切るまでには至っていない。
それまではね、せいぜい抵抗してやろうと。
時にはちょっと涙ぐみつつ、故人を思い返したいですね。
特に、楽しい思い出をくれた方々に対しては。
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by hakodate-no-sito | 2013-09-18 13:16 | 古今俳優ばなし | Comments(0)

「花影の花」に見た、一女優の極致

ラジオは時として味のある企画で聴取者を楽しませる。
制約が多いテレビよりもラジオの方がある程度自由にやれるのだろう。

数日前、女優の水谷八重子が「NHKラジオ深夜便」に出演していた。
「女優が語る日本の名作」という番組の新企画で、ひとり語りをするという。
ひとり語りの前には、水谷へのインタビューも流れた。

取り上げられた作品は、平岩弓枝・作「花影の花」。
大石内蔵助良雄の妻・りくの生涯を描くことで、別角度から見る忠臣蔵、その後の忠臣蔵を見せる。
1991年、第25回吉川英治文学賞を受賞した時代小説の名作である。

今年(2013年)、新潟市民芸術文化会館りゅーとぴあが企画・製作している「物語の女たち」の第一弾として、水谷八重子がひとり芝居として語り演じ、好評を博している。
このシリーズには、水谷のほかにも十朱幸代、奈良岡朋子、岸惠子、と当世名代の女優によるひとり語りが披露されていくという。企画の壮大さが素人目にも伺える。
(この「舞台・物語のおんなたち」の詳細はhttp://www.ryutopia.or.jp/rmo/をご覧下さい)

先陣を切った水谷の舞台は大盛況であったらしく、それに目をつけたNHKが「女優が語る日本の名作」としてラジオでも披露して欲しいとオファーしたようだ。
(もしかしたら、舞台の企画段階でラジオ深夜便との提携話もあったのかもしれないが、前述の方が話として美しいので、そう思うことにする)

水谷の話によると、当初は単なる小説の朗読であったそうだ。
楽な仕事だと思ったが、会場が能楽堂と知ると、そこで本を朗読している自分の姿が想像出来ない。りくの姿ばかり浮かんでくる。
「りくにならせて欲しい」「どうぞ語りではなく台詞を頂けないだろうか」
水谷は担当者に懇願した。

女優の意見は受け入れられた。
上演台本は原作を参考にしつつも、平岩弓枝自身が舞台用に書いた脚本を元に、ひとり芝居用に作り直された。
小道具は扇子一本のみ。藤間流の宗家が仕草指導をつけた。
舞台には水谷と、音調担当者の堅田喜三代がひとり黒子のようにして居るのみ。
堅田の演奏を背景に、大石りくに扮した水谷が裾をひきながら登場・・・と会場である能舞台を生かしきったステージになったのだそうだ。

ラジオ深夜便で放送されるのは、その舞台の録音ではなく、NHKでのスタジオで新規に収録されたもの。
だから絹ずれの音は聞こえないが、極力舞台通りに録音されたそうだ。

水谷八重子は朗読でも光っている。
以前瀬戸内寂聴作品や「滝の白糸」を語るのを聞き、こんなに凄い人だったかと驚いたことがある。
期待はさらに高まって行く。

インタビューが終わり、いよいよ「ひとり語り」が始まる。
音楽と川野一宇アナウンサーによる物語背景を説明するナレーションが終わり、数秒の静寂の後、物語は始まる。

―豊岡にその年、はじめての雪が一尺近くも積もった日、父に呼ばれて居間へ行った。
「りくでございます。父上、りくでございます。ただいま戻りました。・・・」

ひと声、あの落ち着きのある掠れ声が発せられると、もうそこは江戸の世。
大石りくが、他の登場人物が、暗がりの中から一人また一人と、スポットライトを浴びながら浮かんでくる。

背景音楽は無い。
僅かに笛や、風鈴、小太鼓等の邦楽器による音調が使われるのみ。
あとは水谷八重子というひとりの女優が語り、演じ分けてみせる。
もはや演技というよりも憑依といった方がよい。
ひとり芝居という元来不自然な形態を、極めて自然に物語を展開させてゆく。
新派仕込の下地が光る。

聴いていて、息を呑んだ。
放送という枠を逸脱している。
これは舞台だ、ラジオましてやテレビなどでは絶対無い。

十代の乙女りくを演じる水谷の声に、一瞬杉村春子と同じものを見た。
水谷の声はハスキーで、お世辞にも若い処女の声とは本来なら言い難い。
だが、ちゃんと乙女の声に聴こえるのだ。

森光子の「放浪記」、杉村春子の「女の一生」、初代水谷八重子の「婦系図」…
もはや絶滅してしまった大女優がその芸を、その技を、鮮やかに見せ客を沸かした人気演目。
それと同じものが、そこにあったのである。

以前CDやテレビで見聞きしたときよりも、格段に腕を上げている。
そして、ここまで完成度の高いものを見せながらも、まだどこかに伸びしろがあるようにも思える。
これは畏敬というよりも畏怖すら覚えてくる。

だが、インタビューを受けている水谷八重子からは、とてもそのような腕と技を持つような雰囲気は感じ取ることは殆ど出来ない。
はにかみ屋、温厚さといったものは滲み出ていても、凄みは無い。貫禄もさして無い。

だが、それはフェイクなのである。
彼女は名実共に大女優の立場にあるが、「大女優と呼ばれるのはこそばゆい」と大女優と称されることを拒絶している人だ。
「そんなものは舞台に関係ない、権威なんてものは真っ平御免」「かたっくるしいのはイヤ」という水谷の反骨精神から、敢えて大御所然としないだけなのである。

この姿勢が、どれだけ誤解を受けているか。
もっと大女優然とされれば、どれだけやりやすいだろう、と思うこともある。
だが、彼女はそうしないのである。
大女優であることを拒絶し続ける大女優なんて、他に私は知らない。

こんなに、わかりやすくて、わかりにくい大女優は珍しい。
ひとたび魅力を知ってしまえば、これほどクセになる人もいない。
(そして、それすらも母譲りのような気がするのだから、先代八重子という人もこわい)

水谷の演技は舞台に特化しつつある。
たまにテレビドラマへ出演されても、次元が違うので他の出演者とあまり噛みあわない。
水谷良重の昔はそんなことはなく、ドラマや映画だと媒体に向いたサラッとした演技・台詞回しで見せていたのだが、いつの間にかそういう切り替えはしなくなったようだ。
今の水谷八重子を生かしたテレビドラマの話があれば良いのだが・・・。

今回のラジオ放送は、メディア向きじゃなくなりつつある水谷にとって、珍しく本領の芝居をじっくり見せるものになっている。
ラジオ深夜便での「花影の花」の放送は、全4回。 まだ3回分残っている。
映像ではなく、音声のみだからこそ伝わってくるものが十二分に詰まっている。

ながら聞きするには少々重い。どうぞ静寂の空間の中でじっくりと向き合うことをお勧めしたい。

残りの放送は

6月9日25時台
7月6日25時台
7月13日25時台

NHK第一放送(FMでも放送)
「NHKラジオ深夜便・女優が語る日本の名作・花影の花(平岩弓枝・原作)」
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by hakodate-no-sito | 2013-06-08 00:01 | 古今俳優ばなし | Comments(0)

「おばちゃんとお母ちゃんとお母さんと母さん」

むかし、初井言榮という女優がいた。
亡くなったのは平成2年だから、世を去ってから既に四半世紀近い歳月が流れている。
生前は名脇役として名を馳せたが、今では知る人も少なくなっている、と言われそうだが、そうでもない。
長編アニメ映画「天空の城ラピュタ」のドーラ役は、亡くなって久しい今でも親しまれている。
名前を知らない人だって、ジブリの威光でドーラは知っている。
亡くなって年月を経ると、どうしても忘れられる。
早世したのは惜しいが、声の仕事とはいえ残る仕事があるだけ、初井言榮は幸福な女優だったのかもしれない。

初井の代表作となると、大映ドラマ「ヤヌスの鏡」や、昼ドラ・ライオン奥様劇場の嫁姑シリーズなのだそうだが、私は断片程度でしか知らない。未見と言ってもいい。大映ドラマは、色眼鏡で取り上げられすぎて、今のところは素直に見られそうもない。後者の再放送情報は入ってきたことがない。

数年前、再放送で「三男三女婿一匹」というドラマを観た。
森繁久彌主演の大家族ホームドラマで、病院が舞台だ。
森繁、山岡久乃に準レギュラー(特別出演)の杉村春子目当てで観ていたが、婦長役で出演していた初井にも目が留まった。役名が石川絹代。これは石川さゆりの本名だが、まあ偶然だろう。
独身を通しながら長年医療の現場で奉仕、元上司で院長夫人の山岡を尊敬し、院長の森繁に思慕の念を抱く婦長・・・と書けば、しっかりとした中年女性の役のように思うかもしれないが、そうでもない。
ドラマでは厳しい婦長の面よりも、愛嬌たっぷりな乙女な面の方が強調されていた。

白眉は正月に振袖姿で院長宅へ年賀挨拶を行う回。
おめでとうございますと現れるのだが、かなり可笑しい。でも、どこか愛嬌がある。ただ、可笑しいだけとかグロテスクとかそういうのではない、似合っていないんだけども似合っている感じがある。
その姿で麻雀で腕を振るシーンもあったが、そのときのきびきびした物言いは鬼婦長の名にふさわしいものなのだ。
これはとんでもない女優なんだ、ということが私のなかでインプットされた。

「おばちゃんとお母ちゃんとお母さんと母さん」というのは、彼女唯一の著書で遺著になる。
インターネットでこの本を知ったとき、私は題名から役者人生を振り返った自叙伝エッセイだと思った。前述の「三男三女~」で初井の名が印象に残っていたので、いい機会だから買って読んでみようと思った。

本が届いた。
帯の推薦文は村松友視。山野史人(初井の夫で、青年座の俳優)の文によると、出版に至るまでに村松が尽力したのだそう。
村松友視と初井言榮、つながりがあまり見えないが、おそらく村松が青年座の舞台を観るなりして交友があったのだろう。人脈の幅の広い人である。

では、早速読んでやろうと頁をめくってみると・・・アレ?
この手で見当を外すのはまずないのだが、思っていた内容とはちょっと違っていた。

「おばちゃんとお母ちゃんとお母さんと母さん」というのは、自分の女優として歩んできた人生で絶えず脳裏にあったという、4人の女性のことだという。
この本はその人たちのエピソードを、大好きなおしゃべりをするように綴ったのだそうだ。
癌に侵されながらの執筆だったため、病の進行と共に執筆の気力が徐々に失われ、完成するまえに容態急変で逝ってしまったという。

四人の女性、それぞれ箇条書きにすると
・おばちゃん:最初の夫の面倒を見ていた伯母(実質的な姑)
・お母ちゃん:現在の夫(山野史人)の母(姑)
・お母さん:最初の夫の母(姑)
・母さん:実母
なのだそうだ。

ちゃん付けとさん付けの違いなのだろうか、ちゃん付けで書かれた二人の話は読んでいて楽しい。まさにおしゃべりをするように書かれている。
重い話も出てくるが、軽めの筆でサラリと書かれているせいで、ややもするとさらりと読み飛ばしてしまいそうになる。

"お母さん"の話はしんみりとした話。
三度しか逢う機会がなかった人なのに、慎み深い、忘れがたい印象を与えた女。
感傷っぽいといえばそれまででしょうが、それだけに作者が繊細な感情の持ち主であることも伝わってくる。

最後のひとり。
これら三人の話のなかでもチラチラ登場していた、実母"母さん"。
子どもの頃の、母と娘の、本人にとっては宝物のような思い出ばなしが披露されるも、どこか哀しい。縁の糸のもつれで、家を出て最初の結婚をしたことで、縁が切れ、それから3年後に母が急死してしまったということが一因だろうか。
急死の知らせを聞いたときの話は載っていない。
病気がそれ以上書くことを許さなかったようだ。
そのせいか本は、仕事で瀬戸へ行った際に思い出した、母との想い出で終わっている。

横浜の裕福な家に生まれるも、早くに父を亡くし、姉たちと離れ、母とふたりで家を出奔。以後ふたりきりの生活だったり、母方の親類のもとで暮らしたり、母子別々になったりした後、母が再婚し三人家族の生活。邪険にされていた継父が、年頃に差し掛かった頃から女として見るようになり、嫌悪感を抱き、家出同然で結婚。母との縁が切れる、それから3年後に母は逝去。
結婚から10年経ち、離婚。心身のバランスを崩し、一時休業を余儀なくされる。
仕事復帰後、劇団の後輩だった山野史人と再婚。3年の闘病の末、胃がんのため逝去。


本から読み取れる初井言榮の半生をまとめてみた。
波瀾万丈である。本の後半が哀しさがにじむのは納得だ。
でも、彼女は恨み言は全然書いていない。
継父に対する言葉だけはハッキリしているが、それだって、必要最低限のことした語っていない。
やさしさと愛嬌とやんちゃと、ちょっぴり淋しそうな目が浮かんでくるばかりだ。
文は人なり、というが、まったくこの本はその通りという気がしてならない。

もう中古でしか入手できないし、いわゆる芸能人エッセイに分類されるだから扱いは悪い。
芸能人エッセイを評価する動きでも、どちらかといえば面白可笑しい類のものしかなされない。
今でいう芸能人ブログのレベルの範囲のなかだと言われれば、残念だがその通りだろう。

おそらく、このまま埋もれたままの1冊なのだと思う。
だが、私は読み終えたこの本に不思議な愛着を覚えている。
ちょっとした謎、そして余韻を残した、そう上質の芝居を観たような、そんな気分を味わうことが出来たから。

女優で、こういう本も遺せたのだから、やっぱり初井言榮という人は幸福な女優だったはずだ。
かもしれない、ではなく、そうだのだ。少なくとも私のなかでは。
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by hakodate-no-sito | 2013-04-27 00:48 | 古今俳優ばなし | Comments(3)

池内淳子というひと

昭和から平成にかけて半世紀以上に渡って活躍を続けた女優、池内淳子。
亡くなって、今年で3年になる。

見ていない人ではない。
特に意識していなかっただけで、割とよく見かけている。

池内淳子という名前や顔をしっかりと意識するようになったきっかけは、スカパーのTBSチャンネルで再放送された「女と味噌汁」というテレビドラマだ。

ちょうど昭和時代のテレビドラマへも関心を抱きはじめた頃で、その少し前には「ありがとう」シリーズを毎回ビデオに録画して何度も繰り返し観るぐらい、気に入っていた。
放送枠の「東芝日曜劇場」にも興味がある。「ありがとう」シリーズと共通点が多い。
見てみようと思った。これは気に入りそうだ、と。

勘は当たった。
これも全38話録画。「ありがとう」同様、繰り返し観返すドラマになった。
私の好きなものなど『古くさい』とバカにしている妹まで気に入って、勝手にテープを引っ張り出して観ている始末。おかげで、一部の回を紛失してしまった。

自分の嗜好にも影響を与えている。
私は、芸道ものや人情もの、日本髪が出てくるものに、弱い。
平岩弓枝・有吉佐和子・池内淳子・山岡久乃。
思春期にこの4人から受けた影響は、自覚症状がある面でもない面でも大きいのだと思う。

はなのやのてまり姐さん。
本当に好きだった。
芸者姿が艶っぽくて、割烹着が似合っていて、バシッと啖呵が切れて、そそっかしくてお人よし。
好きで、好きで、池内淳子が好きというより、てまりが好きだった。
すが(山岡久乃)、小せん(佳島由季)、小桃(長山藍子)、ぴん子(結城美栄子)、金とき(一の宮あつ子)。
はなのやの面子が好きだった。
「女と味噌汁」というテレビドラマが大好きだった。

ドラマや映画を見て、俳優に良いなあと思っても役そのものに感情移入するということはないのだが、それを飛び越えてきたのは今のところ池内淳子と山岡久乃の二人だけだ。

もうひとつ、これも東芝日曜劇場なのだが「夫婦」という単発ドラマも大好きだった。
妻であり母である全盛期の池内淳子の役どころを見た数少ない機会だ。
平岩弓枝らしい下町人情もので、ちびた菜箸がドラマのキーのひとつというのが印象深い。
「ありがとう(第2シリーズ)」で児玉清・河内桃子の息子役として名演を見せた水野哲が、ここでは渥美清・池内淳子のひとり息子で出演していたというのも惹かれる一因だ。

どちらかといえば、私は派手目な女優が好みだし、それは今でも変わらないのだけど、そうじゃない女優へも関心を抱けるようになったのは池内淳子のおかげだ。

ただ、本当に大事にして池内淳子を観続けていたかというと否だ。
先述の"てまり"へのこだわりが、池内淳子という女優に対して思い入れを抱くことにかえって邪魔になってしまっていた。

他のテレビドラマ、たとえば日本テレビで放送された「つくし誰の子」シリーズに、「ひまわりの詩」「ひまわりの道」「ひまわりの家」三部作でも見る機会があれば良かったのだが、2013年現在に至るまで機会は巡ってきていない。

それに加えて、現在の彼女出演のドラマで魅力的と感じるものに出会えなかったこともあり、池内淳子に対して随分失礼な感情を抱くまでに至ったぐらいだ。
一時ほどのこだわりが薄れたあとも、後遺症的にどこか残っていて、それが災いしたか、どうも情報アンテナを張ってもうまくキャッチ出来なかった。

逝って時が経つにつれて、キャッチ出来なかった情報がキャッチできるようになってきた。

一時そばに凝って毎朝信州そばを食べていた。
泉ピン子の心無い発言に生半可じゃない怒った顔を見せた。
先祖何代も続く東京・本所っ子。
・・・。

もういちど「女と味噌汁」全話を見返す機会もあった。
「女と味噌汁」の"てまり"は、地が随分反映された役ではなかったか。
「徹子の部屋」等のトーク番組で話しているとき、ポロリと口から飛び出す下町ことばと言い、実際の家族仲・姉妹仲のよさの話といい、そう思えてならない。
平岩弓枝の下町もの、芸者もので描かれている心意気を見事に演じきれる女優のひとりが、池内淳子であったことは間違いない。

東芝日曜劇場の単発ドラマも何本か見た。
助演している作品も、主演している作品も、ちょっとだけ意識して見るようにしてみた。

昭和40年代-50年代のころの華やかな面だけじゃなく、後年の抑えの利いた面も味がある。
ただ時々見かける評価の、いぶし銀というのはちょっと違う気がする。

商業演劇の看板として多くの舞台に主演または特別参加し、20%女優の異名を取った人を"いぶし銀"としてしまうのは適切ではない。

この人は抑えのなかに、ちょっと破れがあるような役のときこそ、真骨頂のように思う。

いろいろ見て、思い、また見て、思い直し・・・。
そんなことをしていうちに、だんだん"てまり"への頑ななこだわりは、自然な想いになっていた。
『池内淳子、素敵だ』という思いが胸の中に広がっている。

何事にも遅いということはない、と言うが、やっぱりお元気なうちに、もっと関心を抱きたかった。
そんな想いは否定できない。

ほろ苦い感情を噛み締めながら、池内淳子という人を、いま私は探している。
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by hakodate-no-sito | 2013-02-22 06:20 | 古今俳優ばなし | Comments(0)

帰天

淡島千景が亡くなったと知ってもピンと来なかった。
(何言ってるの、別な人と取り違えてるんじゃないの)と一笑に伏そうとした。
でも、確かに『淡島千景さん死去』とヤフーニュースに出ている。ツイッターでも追悼ツイートの嵐。テレビでも女優の淡島~、という声が聞こえてくる。

でも、まだピンと来ない。

享年に不足は無い。
いや、87歳という年齢にピンと来なかった。

不謹慎な話だが、高齢芸能人の訃報が相次ぐと
『次は誰だ?あの人はまだか?』と、ブラックジョーク的に話題に上る人というのがいる。
例えば(と実名をあげてしまうが)、とうとう逝ってしまったが森繁久彌、まだ存命の森光子、近年話題リスト入りした永六輔、亡くなって久しい林家彦六(8代目正蔵)、浪曲師の広沢瓢右衛門・・・。

そういうブラックジョークをするとき、淡島千景を思い浮かべたことは無かった。

(もうそんな歳なのか)と思うことはあっても、(そろそろ・・・)という予兆は感じなかった。

生き仏というのか、何故か知らないが、(死というものと、この人は無縁だ)と、ずっと思っていた。
いつまでも舞台に立ち続けているし、時々テレビに出る、トークショーに出てくる。
勝手ながら、こう信じていた。そんなはずは無いのに。

最後に見かけたのは、去年の「渡る世間は鬼ばかり」だったが、(さすがに御歳で少し痩せたかな)と思った程度で、あとは橋田壽賀子の長台詞をひょいひょいとこなす姿に、頭が下がる想いだった。
まさか、このとき患っていて、番組後半は病院とスタジオとの往復だったなんて、思い浮かびもしなかった。

まだ、どこか信じられない。
敢えて言うならば、天女が羽衣を身にまとって、ちょっと天へ戻った・・・そんな感じだ。

追記)
ところで、淡島の訃報で気になったことがあった。
一部記事の「昭和の名優相次いで・・・」という書き方に腹を立てている。
三崎千恵子も左右田一平も好きな俳優だ。とらやも新撰組も忘れ難い。
だが、この2人と淡島千景とは、格が違う。
淡島は銀幕の大スタアだ。日本映画全盛期に多くの名作に出演して代表作を遺している。大がひとつじゃ足りないぐらいの大女優だ。基本は主役の人だが、脇もこなせる名優だ。
それを一緒にするのは違う。認識不足も甚だしい。歴史を知らなすぎる。
もっとも、淡島はそういうことに頓着が一向に無い人、というよりもむしろ嫌がっていたろうが・・・。
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by hakodate-no-sito | 2012-02-19 18:17 | 古今俳優ばなし | Comments(0)

ラジオから流れる懐かしい声

昨日、NHKのラジオ深夜便で、女優・エッセイストである沢村貞子のインタビューが再放送されていた。アナウンスによると、彼女が亡くなる前年、1995年の12月に放送されたものだという。

高齢(収録時、80歳代半ば)だからか、ラジオのインタビューだからと抑えたのかは
定かではないが、あの黒柳徹子から『私よりも早口な人』と挙げられた程の口調では無かった。

だが、話を聴いていると、頭脳の明晰ぶりは変っていない。
往年の喋り方だと、頭のキレの良さが鼻につくことが時折あったが、ゆったりと多少丸みを
帯びた、今流れている喋り方だと、より受け入れやすい。

(これは老いをうまく生かしているんだ・・・!)
ラジオを聴くうちに、ハッとそれに気付き、頭が下がった。

話の内容は「私の浅草」などの随筆で書かれている彼女の母親のこと。
エピソード自体は、ほぼ既に知っていることだったが、活字と人の口から聞く話とではだいぶ印象が違う。
それに、久々に接する、演技をしている女優としてではなく素の彼女の語り。
この懐かしさも手伝い、新鮮な気持ちで聴くことが出来た。

沢村貞子が書き遺した、様々な"明治おんな"、そして"浅草おんな"の心意気。
ラジオを聴き終えて、また触れたくなり、たまたま目の付くところに置いてあった「わたしの台所」を寝る前にパラパラとめくった。

1996年に亡くなった彼女、今年2012年は17回忌にあたるらしい。
今でも本屋へ行くと沢村貞子の名前を本棚で目にする。
沢村は『私はたいしたものじゃない』とよく書き、話していたが、今でも著書が売られて
読まれているということを知ったら、どう反応するのだろうか。
叶わないことだが、訊いてみたいものだ。
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by hakodate-no-sito | 2012-01-22 21:31 | 古今俳優ばなし | Comments(0)

十三の夜から消えたひと

藤田まことの訃報が届いた…76歳。

昨年に肺疾患と聞き、もうだめかという想いにかられたが、今年ナレーション収録のかたちで復帰。その際の映像を見て「大分老けられたが、今年は大丈夫だろう」とひと安心していたが、大動脈出血という形で人生の幕が引かれるとは思いもよらず、茫然としている。
そして、運命の皮肉というものに苦笑しきり。

先日一人の知人といろいろあって、縁を切ったのだが、その知人と私の嗜好で数少ない共通点が必殺シリーズ愛であったからだ。
無関係の間柄になってまもなく、私の心をかき乱すような事態が訪れるとは、偶然とはいえども皮肉にも程がある。

話を戻す。
藤田まこと、といえば後年の「はぐれ刑事純情派(中期~)」「必殺シリーズ(仕事人以降)」で渋い味の俳優というイメージになっている。
私もそのイメージで育っているし、大体初めて好きになったドラマ番組が小学校1年時に見た「仮面ライダー」「はぐれ刑事純情派」の2本だ。

だが、藤田まことの魅力ってそればっかりじゃないのだ。
「てなもんや三度笠」ほかで見せたコメディアンとしての才。
(これは必殺シリーズやはぐれ刑事でも片鱗うかがえたけど)
ギラギラした性格俳優の面。
歌い手としての面。
多彩な人なのだ。

最近見た映画に「闇の狩人」がある。
池波正太郎原作だが、五社英雄作品。
五社特有の女の裸と火事と熱気ムンムンの野郎がワンサカ出てくる濃い空間に藤田まこともいた。
岸恵子に想いを寄せながらも、謀略の果てに死んでいく役だったが、そこに「あんかけの時次郎」も「仕事人型中村主水」も見出せなかった。
このギラギラとした頃の藤田出演作品が必殺モノしかないことを惜しく思った。あのニヤリと笑った顔を、ダーティ・まことを生かしたピカレスク浪漫作品がもっとあってよかったはずだ。

後期はすっかりマイルドタッチになり、"携帯安浦"などネタドラマ化も進んでいた「はぐれ刑事~」だって、第1シリーズ~フィルム撮影時代あたりではパブリックイメージと大分違う。
安浦刑事がストリップ劇場に行く、なんて話が平然と放送されている。
第1シリーズでは、さくらのママも署長の愛人だったという設定も存在する。

関西弁と標準語を巧みに使い分けていた俳優ということも記す必要がある。
この双方の言葉を使いこなせるというのはかなりの武器である。
パッと思い浮かぶのは森繁久彌ぐらいなものだ。

歌い手としては、水原弘やフランク永井と親しかった関係でよく彼らの持ち歌を披露していた姿、自身のドラマ、必殺シリーズやはぐれ刑事の主題歌をメドレー形式で歌う姿などは忘れ難い。
「年忘れにっぽんの歌」にも特別ゲストとして、4~5回は出演している。ディック・ミネの想い出話をしながら「ある雨の午後」だったかを歌う姿や、出演俳優への爆笑ツッコミを交えながらの「必殺メドレー」、亡き兄への想いを込めての「さとうきび畑」など、よく覚えている。

何よりも歌謡界にとってはマーキュリーレコード専属歌手を中心にを担当していた司会者である。
藤島桓夫(確か初代司会者だったような…)や東海林太郎、松山恵子などの想い出ばなしを山のように持っていた、あの時代の歌謡界を語れる貴重な語り部でもあった。
東海林太郎との関係は、後に舞台化というかたちでも結実し、藤田と島倉千代子とのコンビは名演だったと多くの人から証言を得ている。

こうやって、思い付くがままに書いていくと、藤田まことの素晴らしさが沁みてくる。
失って初めて判る、人の偉大さというが本当だ。

大御所・巨星というイメージでは無いが、間違いなく大器。
サービス精神旺盛で、大御所風を吹かすことなく、最晩年までフットワークは軽く(借金返済のためもあろうが)、硬軟自在に歌い演じた藤田まこと。

世が世であれば、もっともっとビッグになれたんじゃないかと思うがそれは言うまい。充分ビッグだし、その世で活躍し続けた藤マコさんが好きだったのだから 。

とこう書きつつも、「もうちょっと仕事を選べば大御所感が出ていたんじゃないか」
とも実は思っていたが「それは違うんじゃないか」と今回知人からやんわりと指摘された。
考え直しているうちに、ふとこのフットワークの軽さ、サービス精神旺盛な面などは、関西で多くの名芸人たちに揉まれながら培ってきた芸人魂の賜物ではないかということに気付かされた。

俳優ではなく、役者。そして芸人であり続けた。
それが藤田まことだと…。
改めて自分の不明を恥じ、知人に感謝した。

昭和が生んだ不世出の大スター。
実は2世芸能人であるが、もうそのことを知る人はいまい。
1世よりも間違いなくビッグになれたのはこの人ぐらいだろう。

ありがとう、藤田まこと。
貴方は、確実に私の心を豊かにしてくれた恩人のひとり・・・。
合掌。
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by hakodate-no-sito | 2010-02-19 22:01 | 古今俳優ばなし | Comments(0)

お母さん女優NO.1山岡久乃

2月15日は山岡久乃の命日。
亡くなったのが99年なのでもう没後11年ということになる。

私の、事実上の山岡久乃初体験は、ドラマ「ありがとう」(第2シリーズ)。

事実上、と書いたのは、ミツカンのCMで割烹着を着た姿などを覚えているから。
でも、顔と名前は結びつかなかったし、そもそも我が家の場合子供は9時前に就寝という規則正しい生活ルールがあったので山岡久乃をちゃんと知るチャンスが無かった。
インターネットもまだ我が家には無縁だったし、調べるという方法もよく知らなかった。

「ありがとう」は歴史に遺る大ヒットドラマだという事は知っていたし、水前寺清子も知っていた。
スカパーで再放送されたとき、『これが伝説のドラマか…』と、かじりついて見た。

私が幼い頃から見て知っていたドラマとはまるで違う世界。
しかし、半端じゃなく面白いし、実に魅力的な俳優陣。
みんな良かったが、そのとき特に引き寄せられたのが乙羽信子と山岡久乃だった。
乙羽信子に、そのときの温和なイメージを抱いたまま、新藤兼人作品など他の出演作を見たときの衝撃はすさまじいものがあったが、ここでは触れない。

山岡久乃。
威厳があって、口が達者で、実はなかなか綺麗で、何よりあたたかい。お母さん。
私はドラマや映画で泣いたことは無いが、ただ一度、この「ありがとう」の山岡久乃に泣かされた。

その後も、「ありがとう」(第1シリーズ、第3シリーズ)と「女と味噌汁」など、次々に山岡出演のドラマを見る機会に恵まれた。
「ありがとう(第3シリーズ)」や「女と味噌汁」では、しっかりしたオッカサンでは無く、ちょっと間の抜けた可愛らしいオカアサン。
こちらのオトボケかあさんも絶品。
全然違う役のはずだが、まるで違和感が無い。
役者ってこうも自在に演じ分けが出来るんだ、と今まで知らない役者像を知らされた。

そして、現在巷で一番知られていそうな、山岡久乃パブリックイメージの中心にあるであろう「渡る世間は鬼ばかり」。
第6シリーズ(既にツッコミドラマと化している)あたりから、なぜか実妹が気に入りだして、それに付き合ってついでに見ていたのだが、山岡出演時代のそれは見たことが無かった。

第1シリーズを見て「何じゃこりゃ」と驚いた。
今の、あの失笑モノと化した橋田壽賀子脚本じゃない、ちゃんとしている。
(山岡久乃、いるよ。こういう人・・・ )と。
それまでの平岩弓枝作品とは打って変わっての橋田ワールド。
心あたたかくなるような作品ではないが、修身的リアリズムというのか、うまく言えないが、そういうものを感じた。
これを支えていたのが河内桃子や赤木春恵、藤岡琢也であり、何よりも山岡久乃であった。
さすがに第3シリーズあたりには、現在のような失笑化が始めるが、山岡久乃の存在で芯の通った、キチンと見ることが出来るドラマになっていた。

他にも多くのドラマに出演していたのを見たがどれも素晴らしかった。
吹き替えのミスマープルもハマっていた。
映画でも、日活映画や川島雄三作品でビシッと脇を固めている。


山岡久乃が気になり始めて、もう8年以上経つが今もなお山岡にやられっぱなしである。
最近、「徹子の部屋」の再放送を見たが、これも機知に富んだ見ごたえのあるもので、黒柳徹子の息もぴったり。
徹子が、沢村貞子/大橋恭彦を母さん父さんと呼び、渥美清を兄ちゃんと呼んでいたが、山岡も実は姉ちゃんと呼ばれていた時期があるのだ。
何故止めたかは定かでは無いが、「お姉ちゃんという歳でもないでしょ」と山岡にたしなめられたのかもしれない。

山岡が病に倒れなければ、亡くなった年に座長公演が実現していた。
井上靖原作の「月の光」という。気丈な母がボケて…という話だが、もし実現していればと残念でならない。これは見たかった。

山岡久乃については資料を探し続けている。
本人は「私は新劇上がりの脇役」とあまり目立ちたがらず、ひっそり死んでいきたいと語っていたというが、評伝の一冊や二冊出てもおかしくない。小沢栄太郎、森塚敏とのいきさつ、晩年の橋田壽賀子×石井ふく子との決別...書きにくいこともあるだろうが筆の立つ、山岡久乃を愛するものの手によって書かれたらいいなと思っている。
「日本のお母さん―四大女優の生き方―」
とでもして、山岡久乃、京塚昌子、加藤治子に森光子の4人の女優を書くというのも良いかもしれない。
日本の女優は書かれていい人が一杯いるはずなのに、案外書かれている人は限られている。
書き手側も知ろうという意欲が無いのかもしれない。

田中絹代に杉村春子、山田五十鈴だけじゃなかろう、日本の女優は。

(誤解されては困るが、この3人、大好きな女優である。どんどん語られていって欲しいぐらいだ)
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by hakodate-no-sito | 2010-02-15 21:42 | 古今俳優ばなし | Comments(0)

永遠の少年~高橋和枝(その4)

昭和23年夏、前進座から推薦状を貰い、高橋は放送劇団の試験を受けに行った。
しかし、当時放送劇団は基本女性を採用しない、という方針を取っていた。
それでも「ナントカ試験を…」と拝み倒し、試験にこぎつけた女性は何人かいた。
勿論、高橋もその一人である。

「なぜ放送劇団を受けようと思ったのですか」
「背が低いから舞台には向かない、と言われましたので…」

その率直な、素直な物言いが審査委員の心を掴んだ。
声優にとって一番大事なものは巧まざる素直な心という信念を持つ委員たちにとって、高橋はまさに求めていた人材。加えて前進座からの推薦付きである。
例外として、高橋は放送劇団に入ることが出来た。

半年強の養成期間中、高橋は徹底的に栃木なまりを矯正させられた。
舞台俳優でもそうだが、声優ならば全国津々浦々までその声が届く。
役柄にもよるが、基本なまりがあっては使い物にならないのだ。

苦闘の末になまりを克服し、昭和24年4月、高橋は放送デビューが決まった。
題名は「都会の幸福」。少女役、台詞はホンの少しだ。
それでも高橋は嬉しかった。
何より家族が、近所の人たちが、ラジオ商である家の前に集まり、かじりついて聞いてくれた。
そのことだけでも喜びに溢れていた。

しかし、ようやく一歩を踏み出しただけである。
その後、高橋の声優人生に深い感銘を与える仕事が巡ってくる。
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by hakodate-no-sito | 2010-02-14 13:19 | 古今俳優ばなし | Comments(2)

ひとりの名優

2月11日は私にとって忘れてはいけない日である。
今年、玉置宏が亡くなったということもあるが、昭和57年にはかの国際的名優/志村喬も没している。

忘れてはいけない、と言いつつも私はすっかり失念していた。
それを気付かせてくれたのは知人からの報せである。

昨年末、志村喬には大いに唸らされた。
スカパーのTBSチャンネルで、志村氏が出演した「家族熱」というドラマが再放送された。
脚本向田邦子。出演に浅丘ルリ子、三國連太郎、加藤治子、吉行和子に志村喬という顔合わせでは見ないわけにはいかない。
(なお、他の出演者には三浦友和、吹雪ジュン、宝生あやこなど)

名作、というにはあからさまなテコ入れが見受けられるし、最終回のオチはとってつけた感があり、ドロドロ路線の昼ドラという趣があったが、それらツッコミどころをカバーするように最期まで引っ張ったのは向田がノって書いたパート及び加藤治子、志村喬の名演。

志村喬は妻に先立たれた隠居、悠々自適の身であったが最近恋人が出来た…という役どころ。
コミカルさと哀しみと威厳を兼ね備えて、うってつけの役。
見逃してしまうような一瞬にハッとさせる芝居をしていたりもする。
いぶし銀、という言葉はちょっと違う気がしてならない。何かいい言葉が無いかと思うのだが語彙力が無いのでパッと浮かばない。
職人藝の粋、とでも言おうか。
向田ドラマでいうならば「冬の運動会」+「あ・うん」÷2という感じか。
最期は浅丘ルリ子と加藤治子の女の情念対決を収集に罹るも老齢の身には耐えられず亡くなる。
志村喬、既に肺気腫に犯され、入退院を繰り返していたはずだが、病人の顔では無いし、その影は微塵も無い。恐ろしいほど。最近の俳優が束になってかかっても敵わぬ、見事な演技。
志村喬は映画俳優だが、テレビドラマでも得難い逸材である。

加藤治子はある事情があって離婚したが、ふとしたきっかけから元夫/三國連太郎に関係する情報を得て、連絡を取るようになり…という役。
最終的に精神の均衡を崩すのだが、そのキチガイっぷりが恐ろしい。
後半は主役だった浅丘ルリ子よりも目立ち、どちらが主役か判らない状態に。あきらかに加藤治子に入れ込んでます、向田。
このドラマにおける加藤の演技はもう少し語られて良い。
加藤治子の女優史に遺る名演と信じている。

やはりドラマは脚本/演出もさることながら、やはり役者が良くなくてはいけないと実感させれる作品である、この「家族熱」、志村喬ファン、加藤治子ファンは必見の作品だろう。

―――
志村喬の評伝は澤地久枝が「男ありて」という題名で出版している。
こちらもなかなかの名著であり、現在絶版であることが惜しい。
加筆/修正の上で、どこかの文庫に入らないものだろうか。
「男ありて」は志村主演の映画、テレビドラマから取られている。
志村自身も気に入っているそうだが、残念ながら未だに視聴チャンスが無い。いつかは…と思っている。

澤地は志村喬夫妻と、親子のように親しい仲であったという。
向田邦子、植田いつ子と三人娘(?)として交際しており、その関係から澤地が執筆することになった。
澤地といえば哀しみを秘めた女の一代記や戦争関連で知られる作家であり、異色といえば異色の取り合わせである。
が、よく読んでいくと志村のこともさることながら本書のもうひとりの主役は志村喬/夫人、島崎政子なのである。
そう、ミスマッチなどではなく面目躍如。
政子夫人は筆が立つ人であり、澤地は最初政子夫人に書かせようとしていたが、どうしてもウンと言わず、じゃあ私が…ということになったらしい。

政子夫人だが、後に「美しく老いたし」という随筆集を出版している。
この本の存在はまったく知られていないが、なかなかの好著なのだ。
「男ありて」読了後に、こちらへも目を通すと志村夫妻どちらもファンになること請け合い。
天真爛漫で、芯が強くて、洒落っ気があって・・・こう老いたいものである。

「お前にはえらい目にあわせたかけた…もう4、5年楽してからおいで」
と言われた政子夫人、それから23年、約四半世紀を生き、2005年に92歳の大往生を遂げた。膵臓癌が判ったときには既に手遅れであったそうだが淡々と「90まで生きたし、おじちゃんにも逢えるからいいかなと想うんだけど、死にたくないなあ」と語っていたという。

改めて、澤地女史に、この政子夫人についても記して頂いて「男ありて」を世に出して欲しいと思わずにいられない。
河出文庫か、ちくま文庫か、勿論出版元の文春文庫でもいい。
出版社の文庫担当者には考慮をお願いしたい。
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by hakodate-no-sito | 2010-02-12 21:35 | 古今俳優ばなし | Comments(0)