年齢不詳な若人が唄の話を中心にアレコレと・・・


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濡れたビロウドの歌声・平野愛子ってどんな人?

私は昭和の歌が好きで、特に昭和40年代あたりまでの流行歌・歌謡曲はたまらない。
その中でも、どこか退廃的であったり、ムーディな楽曲/歌い手はさらに気になる。

平野愛子さんもその一人。
平野愛子といえば「港が見える丘」「君待てども」で知られた歌い手。
他にも「白い船のいる港(白い船のゐる港)」などのヒットがある。

初めて歌声を耳にしたのはいつだったろうか…それは記憶に無いがあの独特の、いわゆる「官能的アルト」といわれている声質に心奪われてしまったのはよく覚えている。
「港が見える丘」は今なお歌い継がれる名曲中の名曲、日本の歌のスタンダードナンバーといっても差し支えない1曲で、誰が歌っても一定のレベルが保たれるが、一度平野の歌声で聴いてしまうと、凡百の歌い手のそれでは物足りなく感じてしまう。
自分の中で楽曲と歌声が一体化して切り離せなくなっているのだ。

昭和22(1947)年という大変古い歌でありながら、今でも耳にすることが多く、創唱者として平野愛子の名も紹介され、SP音源をきくこともままある人ながら、歌い手その人に関してはあまり知られていないし、情報も出回っていない。

昭和の歌い手に強く興味・関心を抱いている自分としては何とかして知りたい。
あの歌声の主はどういう生涯を辿ったのか…。
そして、いくつか書籍等を漁って知り得たのが下記のこと。

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平野愛子(1919~81)
大正8年1月4日生まれ。
(一部資料では11年生まれとサバ読み疑惑アリ)
新宿生まれ。大村能章の日本歌謡学院卒業。
(学院と並行してか、以前かは不明だが四家文子に声楽を習う)
(※武蔵野音大中退後に四家へ師事したという説もある)

昭和20年暮れに、ビクターの新人歌手オーディションに難関を越えて1位合格。
(この際に唄ったのが「長崎物語」であったという)
東辰三らの指導の後、昭和21年戦後ビクター第一弾シングル「お妙子守唄」でデビュー・・・も、主題歌として使用される予定であった映画が東宝争議のあおりをくらい、発売されず。
(※発売はされたが途中で発売中止になった、など諸説あり)
翌22年「港が見える丘」で本格的デビューを果たす。

昭和23年「君待てども」「泣かないで」、昭和24年「あなたは知らない」「待ちわびて」などがヒットし、若きブルースの女王と称され、その歌声は濡れたビロウドとも評される。

昭和25年も「白い船のゐる港」「霧の中の女」「さよなら銀座」などがヒットするも、恩師東辰三(一説には恋人関係にあったとも言われているが定かでは無い)が急逝したことや牧秀樹(平野と同時期にビクターからでデビューした歌手、早くに引退している模様)との離婚問題があり、昭和26年に恋人であった竹山逸郎と共にテイチクへ移籍。移籍直後は竹山とのデュエット「愛染橋」やラジオ歌謡(?)「虹よいつまでも」がヒットしたがその後は恵まれず、昭和29 年に竹山とキングへ移籍。

ここでは「南のキャラバン」が作品として目立つ程度で終わり、翌30年にマーキュリーへ移籍。「お別れしましょう」「あきらめて」を小ヒットさせるも、マーキュリーの経営悪化とともに昭和32年「港の雨は涙雨」をもってレコード吹き込みは途絶え、フリーへ。レコード吹き込み曲は約100曲。竹山ともこの頃別れたという。

その後は新宿区山吹町の自宅で歌謡教室を経営しながら、「ほんとうの歌を聴いてほしい」という想いで最期まで音楽活動を行う。
歌謡教室と所有する土地を駐車場として貸し出していたため、生活に困ることは無かった。

懐メロブーム直前のころ、"懐かしのスタア"としてインタビューを受けた平野は「テレビに出るのは七夕さんみたいなもの、年に一度か二度だもの」と語っていたが、それから数年後「なつかしの歌声」(テレビ東京)の放送によって懐メロブームが到来。戦後を語るに欠かせぬヒットを持つ平野にも勿論オファーが殺到。懐メロ番組の常連として多くの番組に出演を果たす。

「なつかしの歌声」などでは元夫(同棲相手で入籍等はしていないともいう、無縁説もある)である竹山逸郎とデュエットを披露、懐メロ大会(「郷愁の歌まつり」「年忘れ大行進」、現在の「夏祭り(年忘れ)にっぽんの歌」)では二人横並びでステージに登場するなど、元夫をサポートする光景が見られた。

昭和56年11月22日、卵巣癌のため没。亡くなる年の春には日本歌手協会主催の日本歌謡祭に出演するなど、最晩年まで懐メロ番組などに出演していた。
娘はシャンソン歌手平野りり子(本名:淑子)。
歌手活動のかたわら、シャンソン教室とシャンソンバー「ボンボヤージュ」を経営している。

――
竹山逸郎や牧秀樹との一件については調べられず・・・。
牧秀樹は平野とほぼ同時期にビクターへ所属していた歌手で昭和25年ごろには既にレコード発売一覧から見えなくなっていることから離婚して引退したのだと思われる。生年月日等の詳細は不明。
昭和20年代の週刊誌に何か載っているのだろうが、それを観る手立てを知らない。

平野と付き合いがあったという青葉笙子(歌手)の著書には、亡くなる少し前に訪ねてきてお揃いの、青葉の名にちなんだ洋傘をプレゼントして「そんなことに気を配る人じゃないのになあ」と内心思っていたら、入院したと聞きお見舞いに…と思っていたら亡くなってしまったという話が記されている。また、竹山逸郎の葬儀の際に平野と参列し「もっとやさしくあげればよかった…」と力を落としていたという話もあるが、竹山が亡くなったのは昭和59年4月4日なので別の人の葬儀(もしや牧秀樹?)、または別の人(平野では無い人)のエピソードと記憶違いしていると思われる。

平野愛子について、何か情報をお持ちの方、どんなささいなことでも構いません。
ステージやテレビで見たという思い出でも勿論大歓迎。
お寄せ頂ければと思います。
どうぞひとつ、よろしくお願い致します。
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by hakodate-no-sito | 2010-03-13 20:34 | 歌・唄・うた | Comments(4)