年齢不詳な若人が唄の話を中心にアレコレと・・・


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80歳の交響曲(その2)

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2002年11月4日、昭和女子大学人見記念講堂。
舞台上には東京都交響楽団がスタンバイ。
指揮者・飯森氏が舞台袖から登場し、壇上へ。
奏でられるイントロがシャンソンを代表する永遠の名曲「愛の讃歌」
ラストではなく、最初にこの歌を選択するところにこのコンサートへの意気込みを感じ取れる。
石井はスパンコールの入った、袖つきの、ブルーのドレスで登場。
貫禄のステージが始まる。

「皆様、今晩は・・・」
石井のシャンソン歌手としてのキャリアは長く、1948年。戦後まもない頃。
その頃聴いたシャンソンの想い出を軽く話す。
年下のものには歴史、同年代にとってはたまらない青春の想い出だ。

石井好子が「Les feuilles mortes(枯葉)」を歌うとき、
ポール・ヴェルレーヌの名詩「秋の歌(Chanson d'automne)」を歌の前に組み込み、「秋の歌」として歌う。
"秋の日の ヴィオロンの ためいきの 身にしみて ひたぶるに うら悲し・・・"
上田敏の訳詩を諳んじてから唄う「秋の歌」は、石井の掌中の珠の1曲であり、既に石井スタンダードとなっている。
もともとジャック・プレヴェールによって書かれた、文学的シャンソン。ヴェルレーヌをうたうことで作品の格調高さを
更に高め、目を閉じればそこに西洋の街角が浮かんでくる。
こういうことが出来るところは、石井の持って生まれた素材と育った環境だろう。身に付いていないものには出来ない。

「なぜ80歳って言うの・・・」
コンサートの題名の由来について話し始める石井。
新聞など、メディアは"石井好子(80)"と年齢を強調するのが好きなようで、そういう形で年齢が出ると「まだ歌っているのか」と思われてしまう。
ならば先手を取って「私は80よ」と言ってしまった方が、好意的に受け取って貰える・・・。
笑いを交えながら話しているが、確かに我々は何かというと年齢で物を観て、時には年齢で否定的になる。
知らず知らずのうちにその見方によって、良いものは良いと素直に言えなくなっている部分は否定出来まい。
もっと意地の悪い目ではなく、素直に、愛情を持って見つめたい。

カメラが客席を映し出すと岸朝子、秋山ちえ子と思われる女性が映る。
石井、岸、秋山・・・年齢を年輪に、若人には出来ない熟練の仕事をされる人たち。
同年代の人間がこうやって活躍するのを心より応援し、また励まされ、そして喜んでいるのではないか。

「初日の夜(Un Soir De Premiere)」
演劇仕立てのシャンソン。若い頃では陳腐に、年齢を重ねると長年の酷使で声が出なくなり、歌えない可能性すらあるジャンルのもの。
だが、石井は堂々と歌い切る。。
石井に、演劇的才能はさして無いように思われるが、まるで本人の実体験のように思わせる説得力は年輪と長年の努力のよって培われたのだろうか。

ここで、石井は衣装替えのために一旦舞台袖へ去る。
入れ替わり、司会者が登場する。木原光知子。
木原と石井は30数年来の友人で大親友ともいえる仲、出会い始めの頃について話し出す木原。
当時石井は40代だったそうだが、既に貫禄充分であったと語り、会場の雰囲気をほぐす。
続いて、アコーディオン奏者の桑山哲也が登場し、都響と共に「ムーラン・ルージュの唄」を奏でる。

一旦楽団の人間が舞台袖へ引き、舞台上はピアノ奏者一人、アコーディオン二人という少人数になる。
そこに衣装替えを終えた石井が登場し「ジャヴァ・ブルー(Java Blue)」続いて「ブルー・ブラン・ブロン(Bleu, Blanc, Blond)」。
それまでの重厚な雰囲気から一転し、軽やかな雰囲気の歌で、ちょっと小粋なひとときが流れる。
シャンソンは、決して重い歌ばかりでは無いのだ。

再び楽団がステージへ戻り「恋心(L'amour, C'est pour rien)」。
エンリコ・マシアスがヒットさせたシャンソンだが、それよりも早世した後輩・岸洋子の持ち歌を引き継ぐ、というように感じられる。
石井は「希望」も歌い継いだが、ここではアレンジも敢えて岸が歌っていたものに近いものにしている。

そろそろラストに近づいてきた。
「私はよく、シャンソンで何の歌が一番好きですかと聞かれます」
どれも好きだから歌っているが、あえて1曲選ぶとするならば、と石井が選曲するのは
ジャック・ブレルの「Ne Me Quitte Pas(行かないで)」だという。
歌詞の概要を語り、全編原語で歌唱する石井。
独得の緊迫感などは、日本語訳では到底表現出来ない、という判断なのだろう。
フランス語の意味が判らなくとも伝わってくるものがある。
本物はいともたやすく、言葉の壁を越える・・・石井好子極めつけの名唱名演。

最後の1曲となった。
石井がシャンソン歌手でもっとも愛した歌手ダミア、ダミアへの想いを語り、彼女へ捧げると歌い始めたのは「かもめ(Les Goelands)」
神戸市混声合唱団も加わる。
両手を広げて歌う石井。
「かもめの石井か、石井のかもめ」とまで言われているが、もはやここでは何か言うこと自体が野暮のように思われた。
敢えて言うならば、完璧とはこういうもの、ということか。

会場中からブラボーの掛け声、鳴り止まぬ拍手。
客席から捧げられた薔薇の花束を胸に抱き、一旦袖へ引ける石井。
アンコールの声は止まることを知らない。
石井は舞台へ戻り、マイクスタンドからマイクを取る。
「水に流して」
エディット・ピアフが歌った、透明感とスケール感のある歌。聴き手の高揚感は更に高まっていくばかり。
誰がここで歌い手の年齢が80歳だといって信じるものがあろうか。

会場にいるものは、1曲では納得しない。
当然掛かるアンコールの声。
その声に応え、再び舞台へ戻って来た石井。
笑顔で歌い始めたのは「二人の恋人(J'al Deux Amours)」
ジョセフィン・ベーカーが歌い、石井にとっても桑港でルイ・アームストロングとセッションし、また巴里のパスドックの家のオーディションでも歌い
大事に、大切に歌ってきた。
「二人の恋人、それは祖国とパリ」・・・石井好子のメイン・テーマ曲ともいえる歌。
聴くものにとっても、晴れやかな気分で、笑顔で「良かったね」と言って帰路に着ける歌を選び、コンサートは終わった。

「いかがでしたでしょうか」
歌い終わって、頭を下げるときの石井の満面の笑み。

凡人の私には、賛辞以外に浮かぶことは無い。
石井好子こそシャンソンである、とは誰が言ったか想い出せないが、異論は今、まったくない。
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by hakodate-no-sito | 2011-02-10 00:02 | テレビ | Comments(0)

80歳の交響曲(その1)

石井好子「80歳の交響曲・ROBAは一日にして成らず」というDVDを観ることが出来た。

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石井好子にとって初の、そして唯一の映像(DVD)ソフトらしい。
らしい、というのはコンサートビデオならば90年代あたりに出ているのではないかと思うから。
一応調べてみたが見当たらないので、初&唯一ということにした。

題名を観れば判るが、このDVDは80歳の石井の歌う姿が収録されている。

日本で名を成した歌手で長年第一線にいて、80歳を超えてなお現役という人はそう多くない。
昭和40年代の懐メロブームで顔を出していた戦前戦後の大歌手たちはせいぜい70そこそこで亡くなっていて
80歳を超えて歌っていた人は案外少ないのだ。

石井は大正の末の生まれ。
大正後半の生まれの歌手は、戦争や戦後の復興時期を挟んだせいもあってか、身体の弱い人や早くに亡くなる人が多い。
石井は87歳の大往生で、86歳まで人前で歌い続けた。

石井好子の何が驚異かというと、まずステージング。
80歳ともなれば病気や何やで足腰が悪くなっていたりし、動きが緩慢になっていたりしても不思議では無いが
それがまったく無い(または、無いように見せていた)。
貫禄、気品、衣装センス、舞台化粧・・・どこを取っても老いの残酷さは無い。
枯れや侘びとは無縁で、若い頃とはひと味違う艶やかさ・華やかさまである。

歌声はどうだろう。
もともと石井は東京芸大の声楽科卒業で、クラシックな歌唱法で歌う歌手だったが
還暦を過ぎた頃から自分の声の衰えを自覚し、改めて平山美智子へ発声のレッスンを乞い、地声を生かして歌うようになった。
歌によっては声楽的歌唱じゃない場合の方が良い場合だってあるはずだし、年齢に応じた歌い方もあるはずだが、音楽学校出身歌手
は声楽を収めたことは自身のバックボーンであり自信だ、支えだ。
それを惜しげもなく投げ捨て、歌唱法を変えるというのは並の人には出来ない決断だろう。
結果が、このDVDへと収められた歌声だ。
日本の、80歳の歌手で、力強く、声量もあり、過去の栄光の残影ではなく今日の魅力で聴かせた歌手は・・・いるのだろうか。
加齢による身体の衰えや長年の声帯酷使をものともず、今が絶頂とまで思わせる歌手が一体何人いる、いたのだろうか。
稀有なことをやってのけているのに、仰々しさを感じさせないのは何故だろう。

月並みな言葉だが
常に向上心を抱き、健康管理に気を配り、なおかつ運に恵まれた、選ばれし歌手
が石井好子なのだ。

このDVDにはそんな奇蹟のようなひとときが収められている。
石井が亡くなった今、なおのこと、ドキュメント的価値が高まっている。
さらに、これを観て石井がどのような道程を歩んできたのかと補完が出来る、豊富な写真を基に本人による解説付きのスライドショー
が収録されている。さりげない形で広い人脈・交友を知ることも出来、また素顔の、ステージでは観られないような童女のような笑顔を見せる
石井の写真もあり、この良い意味での落差・ギャップが人を惹き付ける一因なのか、と感じた。
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by hakodate-no-sito | 2011-02-09 22:53 | テレビ | Comments(3)

「スーパージェネレーション」について考えたこと

岩崎宏美が唄う「虹~Singer~」という歌がきっかけで、雪村いづみについて考えていた。
というのも「虹~Singer~」という歌は、さだまさしが雪村いづみのために書き下ろしたもので、特に

"時々ふとラジオから先に逝った友達のなつかしい歌が流れることがある
そうだね永遠に歌い続けてる"

というフレーズは、嫌でも江利チエミや美空ひばりのことが浮かんでくる。
雪村を好きだったり知っていれば知っているほど沁みて来る歌で、一般向けにも胸に迫ってくる歌だと思う。

だが、私にはどうにも雪村歌唱がしっくり来ないまま、今日に到っている。
良い歌だと判るのに心底馴染めないことは、これはなかなか苦痛なことで、いっそ嫌いとなった方が余程スッキリするのに、と何度思ったかしれやしない。

それが岩崎宏美の歌唱でカタルシスを得て、ウン年来のつかえがやっと取れたのだ。
何ともいえぬ想いに浸る中、雪村いづみについていろいろ浮かんで来た。
私は雪村が好きでCDやレコード、テレビ番組の録画、本などもそこそこ持っているが、どうにも消化出来ないモノも沢山ある。
この際、少しでも未消化状態になっているモノを、ここでひとつスッキリさせるためにもちょっと聴き直してみようと思い付いた。

それでおもむろに取り出しのが、ずっと受け入れ難かったキャラメル・ママとのコラボアルバム「スーパージェネレーション」
数年ぶりに聴いたが・・・驚いた。
あれだけ頑なまでに受け入れ難かったのに、自分の中にスッと入って来たのだ。

雪村いづみというのは昭和20年代から30年代にかけての大スター歌手でアイドルの先駆けともいえる存在。
大劇場でビッグバンドをバックに従えて歌って映えるパーソナリティを持った歌手。
なまじっか、それを知っていて聴いていて観ているから、スタジオで少人数で作りに作り込んでレコードという作品を作っていく
という形式が自分の中で受け入れ難かったのだろうか。
このアルバムは名盤として、発売からウン十年を経った今も廃盤にならずに媒体をLPからCDを変えながら売れ続けているロングセラー
だが、結構好きになれない人も本当は多いと思う。
キャラメル・ママや服部良一というブランド力で好きとなっている人もいるはずだ。

確かに伴奏は最低限、アレンジもさして凝ったものでは無い。
が、新進気鋭の若手ミュージシャンが、確かな実力を持った中堅歌手を迎えて、往年の大作曲家の作品を現代的(当時)に真摯に仕立て上げる。
このアルバムは、そこに意義があり、だから今なお保ち続ける新しさがある。そういう点ではこのアルバムは大成功だと思う。

・・・とこう書けるまで、私は6年以上掛かった。
多分、嫌いな人はずっと嫌いなままなはずだ。それも一つの在り方だろう。

ただ、私は「スーパージェネレーション」よりも同時期に録音されながらも諸事情でお蔵入りになった音源をまとめたアルバム「カモンバック」
の方が圧倒的に好きだ。雪村の凄さや魅力がより良く出ているように思う
「スーパージェネレーション」が好きなら「カモンバック」も併せて聴いて欲しい。絶対気に入ると思う。
これが、お蔵入りにならずに一つのアルバムとして完成した形で、当時世に出ていたら雪村いづみの評価も変わっただろうが、そういう運の悪さもが
また雪村らしいのかもしれない。
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by hakodate-no-sito | 2011-02-03 22:50 | CD視聴感想 | Comments(2)

私的「虹~Singer~」考

ある日曜の昼下がり、岩崎宏美が「虹~Singer~」という歌がテレビから流れていた。この歌を聴くのは2度か3度目だったが、かなり心をゆすぶってくる。

岩崎宏美というのは、大好き、とまではいかないものの、割合好きな歌手だ。
デビュー曲「二重唱(デュエット)」に「ロマンス」「悲恋白書」「思秋期」「すみれ色の涙」「聖母たちのララバイ」「家路」「決心」「月光」・・・名曲をいっぱい持っている。

10年ほど前に喉を痛めて以降、美しい高音を張って歌っていた曲を裏声を使って歌うようになった。もう随分経っているのにそれに未だに馴染めず、テレビで観ると虚しい想いにかられるときがある。でも一方で、ふっと唸らされるときもあって、そう力は入れていないがチェックをしている。

「虹~Singer~」という歌は、さだまさしが雪村いづみの歌手生活40周年に書き下ろしたもので
雪村のコンサートでは今や欠かせぬ歌。さだ自身もアルバムに入れるなど歌っている。
バックステージもの、というのか、華やかな歌手の苦悩や内面を描きながらも「それで私は歌う」というタイプの歌だ。

こういう歌はヒットこそしないが、ある程度のキャリアの歌手ならば誰でも1曲や2曲レパートリーに入っていて
ファンの心をくすぐっている。
口の悪い人間からすれば、お涙頂戴ソング・自己愛讃歌、という。
それだけに、この手の歌の場合、歌手の力の他に、ある程度の聴き手側のその歌い手への感心や思い入れが求められる場合がある。一種の踏絵のようなものだ。

「虹~Singer~」は
ベテラン歌手が自分の"可笑しくて哀しくて美しい人生"について開幕15分前にふと想いを寄せる・・・
とものだが、高らかに歌い上げる歌手人生肯定ソングではまったく無い。

http://j-lyric.net/artist/a000487/l022f5d.html

雪村いづみの歌手人生そのもののようにも思えるし、雪村のために書き下ろされたのだから、"あて書き"なのかもしれない。
だが、長く歌っている歌手ならば、誰でも当てはまるような、普遍的な、それでいて見事な、歌い手の内面が見事に描かれている。名曲だと思う。
さだまさしの詩人としての才能が、この1曲だけでも理解できる。

でも、どうしてなのか自分でも判らないが、この歌はずっと私の中で消化されないままだった。
良い歌だと思うのにしっくりこないのだ。

雪村いづみは良い歌手だったと思う。
何度もコンサートへも足を運んだ。
CD、ライヴ、ライヴ映像・・・いろいろ聴いて観た。

でも、全然しっくりこない。
コンディションによっては、詩を追うこと・曲を追うことだけで精一杯で「10数年欠かさず歌っている割に全然唄いこなせていないじゃないか」 と腹立たしく思ってしまったことすらあった。

さだの歌によくある、曲に比べて詩が字余りという典型、と冷ややかに見たときもある。
しかし、それで片付けるには釈然としない。
作り手のさだまさし本人の歌唱ではどうだろうと聴いてみた。私の場合さだの歌唱は歌によって合う・合わないがハッキリしている。この歌は"合わなかった"。

もやもやが晴れない。
絶賛している人とも、酷評している人とも違う微妙な感情に、「どう」と聞かれても何とも言えず笑って誤魔化すより、しようがなかった。

それが去年の末だったか、岩崎宏美の歌声で聴いたとき、自分の中でスッと歌が入っていくのがわかった。
初めて、素直に、胸の心底から、この歌を「素晴らしい」「良い歌だ」と肯定出来た気がした。
「私がこの歌に求めていたのはこの唄い方だったのか」何となく、そしてやっと得心した。

後日、あるところでこの話をしたところ、唄い方の指摘を受けて"何となく"から"明快"になった。
・・・こう書きながら、どう指摘されたか、忘れてしまった。
岩崎は、何と歌っているかがきちんと聞き取れる。
音楽のリズム、ノリというものだけではなく、言葉の響きというものを大事にしているからではないか。
耳心地の良い、美しい日本語で歌うことが出来る。歌と日本語の発音というものが矛盾無く並立できている。
それはやはり松田トシという人の教えが良いかたちで生きているということではないのか。
ということであったような気がする。

岩崎宏美といえば、もう1曲、私にカタルシスを与えてくれた歌がある。
これは随分前になるが、中村中という歌手がマスメディア中心に脚光を浴びたことがあった。
セクシャルマイノリティ的なこと(本人が望んでいたかは別だが)で話題を呼び、紅白歌合戦にも出場した。
私はメディアの中村に対する、一見慎重に扱いながらも腹のうちでは色物的な扱い、をしていることが見透けたこと、猫も杓子も・・・的な状態が続いたことから、冷ややかな目で見ていた。
その頃は今以上に無知で、ただ闇雲に、嫌と感じたらそれが何にたいしてなのかも考えずに反発していた。

「友達の詩」については(どこかで聴き覚えのメロディだなあ)と思いながらも嫌いではなかった。
ただ、詩の中にあった"バレてしまうから"という表記がどうにも納得がいかず、後日アルバムで聴いて知ったのだが、元来極めて男性的な荒々しいボーカルの中村が裏声を使っての歌唱は音程的に不安定だった。
その歌声は、絶対的ハンディキャップの哀しさが滲み出ていて、今聴けばまた違う想いを抱くかもしれないが、あの頃は歌手の個性が歌そのものを味わうことの邪魔をしているように思えてしまった。

それが何の番組だったかは忘れたが、たまたまチャンネルを回したときに映った歌番組で岩崎宏美がこの歌を唄うのを見た途端、やはりスッと自分の中に堕ちて来て、聴き終わったときには「歌が行くべきところへ行った」と強く感じた。同時に中村に対しても見直していた自分がいた。

私にとって岩崎宏美というのは、そんな緩衝材的な・中和剤的な歌手なのだ。
自分の個性に染めるのではなく、楽曲そのものの魅力を立てて唄う、無個性的個性の歌手。
岩崎が歌う「友達の詩」や「虹~Singer~」、機会があればまたじっくりとしっかりと味わってみたい。
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by hakodate-no-sito | 2011-02-02 06:51 | 歌・唄・うた | Comments(0)