年齢不詳な若人が唄の話を中心にアレコレと・・・


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「帰ってきた歌謡曲」って!?

昭和40年代、戦前から昭和20年代あたりまでの歌が再び人気を集め、懐メロブームと呼ばれた時代がありました。
テレビでも、東京12チャンネルの「なつかしの歌声」を筆頭に様々な番組が放送されましたが、瞬く間に消えていき、元祖・本家・火付け役といっていい「なつかし~」ほか幾つかの番組だけが40年代の終わりまで残りました。

そんな"幾つか"の中のひとつで「なつかしの歌声」に勝るとも劣らないと称された番組が「帰ってきた歌謡曲」。
司会が大久保怜、音楽:キダタロー。

・・・むせ返りそうな関西テイスト(笑)
まあ、キダタローってだけでも、ある意味アタリじゃないかと私は思っていますが、テレビ東京の懐メロ番組でVTRが流れることが結構ある(あった)「なつかしの歌声」と比べて、この番組は「おもいっきりテレビ」の『今日は何の日』でいくつか流れた(らしい)というぐらい。

私にとって幻の番組です。
幻、といっても気になる存在には変わりなく、ちょっと調べてみました。

「帰ってきた歌謡曲」
製作:よみうりテレビ(日本テレビ系列で放映)
放送時間:木曜夜10:30~(30分番組)
放送年日:1970.4.2-74.3.28
放送回数:209+2回(東海林太郎追悼特別編、カウントされず)

新聞の縮小版をチラチラと見ていくと、コスプレで歌う回があるなどエンターテインメント度が高い。出演者はある程度お馴染みの顔ぶれが交互・・・の中で、ヒョイと唸るような人が出てくる。
流行歌に限らず、洋楽(ポピュラー、ジャズ、ハワイアン)、民謡・・・選曲も幅広いし、コアな曲も平気で取り上げる。

例)
池真理子:あなたのくれたオルゴール
東海林太郎:楡の花咲く時計台
D.D歌合戦=>ダークダックスVSデュークエイセス
チエミいづみ新春にうたう=>江利チエミ&雪村いづみ
裕ちゃん軍歌を歌う(※大晦日放送)=>石原裕次郎、藤島泰輔

出演陣は、さすがに「なつかしの歌声」ほどのマイナーな方々は出ておられませんが、志村道夫や波平暁男、青葉笙子、照菊、生田恵子あたりは出ています。
一流どころの歌手が入れ替わり立ち代りという感じ。
大橋節夫、リリオリズムエアーズ、笈田敏夫、ロミ山田、丸山明宏、スリーグレイセス、弘田三枝子、江利チエミ、雪村いづみ、ペギー葉山、武井義明
南かおる、エセル中田・・・この洋楽系歌手の充実振り。

これ、「なつかしの歌声」同様にVTRが現存していたら国宝級なのですが、実際どの程度現存しているんでしょう。

気になって仕方ありません。

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by hakodate-no-sito | 2011-07-22 22:20 | テレビ | Comments(0)

ボニージャックスのアッチャン、死す

e0134486_2151173.jpg

(右から西脇さん、大町さん、鹿島さん、玉田さん)

国民的コーラスグループ、ボニージャックスのOBである大町正人さんの訃報。
今年1月のダークダックスのパクさんこと高見澤宏さんに続き、大町さんが亡くなったことで、三大コーラスの全グループが往年のメンバーを1人づつ欠くことになってしまったことになる。
約半世紀に渡って、素晴らしい歌を届けてくれた名グループの名歌手が鬼籍に入ってしまったことの寂しさ・・・。
ただ、ニュースを見ていても、大町さんの扱いがあまりに小さい。
ネット上でも、ネットユーザーとファン層が被らないのだろう、「訃報です」というだけで、ボニーについて、大町さんについて、どうこう言う人は見当たらない・・・。
ボニージャックスを退いていたからなのか、それともボニージャックス自体が軽視されているのか。
ボニーと大町さんは切っても切れない関係、あのボニージャックストーンと呼ばれた美しい声は大町の存在無しには成り立たない。
(今のボニーの歌声は、往年のそれとやはり別物である。第2期とでも言うべきだろう)
でも、憤慨する一方、私もボニージャックスについてどれだけ知っているのかと聞かれたら、心もとない。
一応、以前図書館で調べたこともあるのだが、調べ方が悪かったのか、あまり情報を仕入れられなかった。音源はCDやレコード合わせて30枚ほどは持っているが・・・。
ボニーは謙遜して「自分たちは知られていない」「ヒット曲が無い」などと言っているが、耳なじみの歌はいっぱい歌ってきている。
「この程度しか知らないのに、文句言うのか、お前は」
とお叱りの声があるかもしれない。だが、これは私の精一杯。
ボニーのあゆみについて、大町さんのあゆみや人柄について、御存知の方はぜひとも教えて頂きたい。ネットに載っていない、素晴らしい歌い手(コーラスグループ)のことをネットに載せて、もっと情報流通をさせたい。私自身も知りたい。
心からお願いする次第。

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e0134486_2123854.jpg


大町 正人(おおまち・まさと)
昭和12年7月20日、旧満洲国・大連に生まれる。
父・大町正武はガス会社の重役(南満洲鉄道の一部門)。
小学2年まで奉天(現在の瀋陽)で育つ。
そこで見たソ連軍の合唱行進や、一部接収された自宅で毎晩行われる酒盛りで歌われるロシア民謡を耳にし、不思議な感動を覚えたのが歌に対する生涯の想いへと結実していく。

日本へ帰国後は東京に住まい、早稲田大学法学部へ入学し、学生合唱団:早稲田グリークラブへ入部。なお、父はグリークラブの前進である声楽部のメンバーであり、親子2代で部員。
持ち前の歌への熱心さと実力からたちまち頭角を現し、パート・リーダーを任せられるようになった。やがて、在学中からクラブの先輩メンバーである鹿島武臣、玉田元康、西脇久夫とカルテットを結成し、アマチュアで歌い始めた。
グループ名であるボニージャックス(愉快な仲間たちという意味だという)の命名者は当時早稲田グリークラブ指揮者であった磯部俶。

当時流行だった、素人のど自慢番組のひとつ「青春ジャズ大学」出演した際、聴取者からの反響があり、異例の再出演を果たし、一部からはダークダックスを越える存在の出現と話題を呼ぶ。
その後、司会の笈田敏夫が名門人気ジャズバンド・ブルーコーツのバンドマスター小島正雄を紹介。
さらに磯部俶による半年間の合宿訓練の末にプロデビューとなった。
ボニージャックスとしてのキャリアのスタートは、昭和33年11月25日、ラジオ関東開局特番にて無伴奏で歌った「懐かしのヴァージニア」とされている。

メンバーの愛称は
・西脇:六さん
(当時、小型タクシーの料金が60円であったことから。でも性能はいい、という意味もあるという)
・大町:アッちゃん
(当時の人気漫画(岡部冬彦「アッちゃん」)に似ているから)
・鹿島:トラさん
(体格の良さから、大型トラックとかけて)
・玉田:のぼさん
(のんびりの"の"、ぼんやりの"ぼ"、と本人の性格から引っ掛けての命名)
である。

以後、今日までのレパートリーは5000曲を越えるという。
ジャンルも幅広く、CMソング、ジャズ、黒人霊歌、ロシア民謡、童謡、唱歌、ホームソング、叙情歌、歌謡曲、コミックソング、テレビ主題歌、フォークソング、JPOPまで古今東西・多岐多彩。
ハーモニーの見事さには特に定評があり、主に叙情歌など歌う際の美しく繊細な声色を評して、ボニージャックス・トーンと呼ばれている。
先輩格のコーラスグループ、ダークダックス、デュークエイセスと並び、日本三大コーラスと称され、2000年代には3グループによる合同ツアー公演が毎年行われていた。

デビューの年に、新しい子供の歌を作る会であるロバの会製作の「カバさん」で芸術祭文部大臣賞、「子供音楽物語・チュウちゃんが動物園へいったお話」が、第13回芸術祭賞(レコード部門)を受賞するなど、以後「ちいさい秋みつけた」でレコード大賞童謡賞(昭和37年)、サトウハチロー追悼リサイタルによって芸術祭優秀賞(昭和49年)など、数多くの賞を受賞。
近年では、平成21年に第30回松尾芸能賞優秀賞を受賞している。

海外公演も多く、旧ソ連へも昭和44年、46年、51年、55年と4度公演旅行を行い、いずれも大好評を博している。55年の公演では、当初モスクワ五輪及び日ソ交流活性化のための企画として国際交流基金から助成金が支払われる予定であったが、ソ連軍のアフガン侵攻によって見送られ、自粛ムードが漂う中「こういうときだからこそ、世界でひとつの共通語である音楽で交流を果たそう」と演奏旅行へ踏み切っている。
同55年、旧チェコスロバキアにおいて、日本人初のポピュラー音楽公演を果たした。

デビュー当初から、老人ホームや障害者施設の慰問を継続して行っており、後に障害者を持った子供が書いた詩にメンバーが曲をつけて歌うという試みを行いはじめ、昭和56年にLPアルバム「車椅子のおしゃべり」を自主制作。静かに評価が広まり、のちにビクターレコードから一般発売されている。平成に入ってから続編のCDアルバムも発売された。

平成15年、45周年リサイタルを目前に結成以来のメンバーであった大町はかねてから患っていた肝炎を悪化させ、肝硬変で倒れ、ボニージャックスを離脱し、吉田秀行と交代する。

「歳を取って歌えなくなってもこどもに感動を与える仕事をしたい」と大町はボニーの活動とは別に、横浜でイベント企画会社ジャパンプログラムを経営。帆船日本丸名誉船長。

ボニーを脱退後も「そう長くない命だが、歌えるうちはあらゆるチャンスを掴んで歌って生きたい」と、入退院を繰り返しながらも、平成6年から行っている帆船日本丸男声合唱団の指揮・指導や、妻の大町ますみ(クラシック歌手、二期会会員)との年1度のジョイントリサイタルを行うなど、音楽活動を生涯続けた。
平成17年には「長年、1度一緒に歌ってみたかった」とダークダックスの遠山一(ゾウさん/テノール)とのジョイントコンサートを開催している。

2011年7月8日日午前2時13分、肝臓癌のため、横浜市内の自宅で死去。73歳。
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by hakodate-no-sito | 2011-07-12 02:18 | 歌・唄・うた | Comments(0)

「巴里の空の下オムレツのにおいは流れる」(石井好子・著)文庫化

歌手・石井好子がエッセイスト・石井好子、料理愛好家・石井好子、"オムレツの石井"としても知られるようになったきっかけとなった、エッセイ集「巴里の空の下オムレツのにおいは流れる」が河出文庫に収められ、装い新たに発売されたそうです。

暮しの手帖社から発売されたのが昭和38年(1963年)ですから、約半世紀を経ての待望の文庫化。
一般に読まれる寿命が短い(絶版にされやすい)とされるエッセイとしては異色ともいえる、約50年も長きに渡って読まれて来た隠れたロングセラー。古典的(古くて新しい)名作として磐石の地位を築いています。
石井好子は生涯20冊以上の本を出していますが、これほど長く読まれている著書・発売され続けている著書は他にありません。間違っても、一歌手の御手軽エッセイ、などでは無いのです。

勿論、本人が長生きで生涯現役だったというのもあるでしょうが、亡くなったのが80歳代後半であることを考えると、それが一番の理由であるとは思えません。
エッセイストとしての活動が盛んであったのは昭和時代ですし、歌手として長く現役でメディア露出も多い人ではありましたが、若年層にまで認知されていたかといえば、それはまた微妙な話・・・。

本の話に戻ります。
だいたい、歌手や役者、タレントが書く本はどうしても本職の方と比べられて、1段も2段も低く見られがち。
本人へのインタビューをもとに編集者やフリーライターがまとめたものが大半ですし(ただ、そういう形であっても、話す内容が面白ければ、ある程度読むに値するものになっていくと思います)、読み物としてレベルが高いかというと、これもまた微妙であったり、その著者に興味の無い人には何の魅力も無い内容であったり・・・。
発売から5年も経てば在庫も無くなり、絶版で中古市場を探すことになるのが相場でしょう。

勿論、筆の立つ人や含蓄のあることが書かれているものあります。
高峰秀子、池部良、沢村貞子、森繁久彌、中村伸郎、八代目坂東三津五郎、花柳章太郎、中村メイコ、宮城まり子、内海桂子、三國一郎、益田喜頓、徳川夢声、黒柳徹子、檀ふみ、冨士真奈美・・・のようにエッセイストとしても地位を築いた方、小説やショート・ショートも書いた方、ベストセラーを出した人もいますが、やはり数はそう多いとは言えません。
ここに名前を挙げた人たちでも既に著書の入手が難しくなっている人も結構おります。残念なことです。

あまり知られていないようで勿体無いのですが、当代水谷八重子、旧芸名水谷良重のエッセイ、私は好きです。彼女の自叙伝「あしあと」や井上ひさしとの往復書簡は良いです。各所で書いたエッセイを集めて、犬やネコ、食べ物、旅、舞台、役者・・・テーマ別に分けて、それをちょっと加筆や修正して、ぎゅっとまとめれば良いエッセイ集が出来るはず。どこか、やりませんか?

あと、本人が筆を執ったのかは定かでは無いですが、音曲漫才トリオ「かしまし娘」の長女で女優の正司歌江の「女やモン」も良かった。生まれたときからの芸人・旅暮らしの日々、恋、修羅場、ヒロポン中毒、芸者への転進・・・かしまし娘として再起するまでの半生を赤裸々に綴った名著。昭和芸能史の貴重な証言であり、薬物中毒の恐ろしさも描かれている。差し障りのあることでも実名表記されているので、なかなか難しいのかもしれないが、これもどこかで復刻して欲しい。

そういう脇の理由ならば、安易に品切れ・絶版にせず増刷を繰り返し行って来た、暮しの手帖社のおかげでしょう。
同社の社長の大橋鎮子は石井の学校時代の先輩で生涯親しい関係。
また創業者の一人で「暮しの手帖」編集長の花森安治の慧眼無くしては石井へ「暮しの手帖」への寄稿依頼は無く、また「巴里の空の下オムレツのにおいは流れる」の連載も無く、本の出版も無かったのですから。

もっとも、ひとつの信念を持った出版社である暮しの手帖社であっても、これだけ長い間発売されている単行本は他に無いようです。
やはり、「巴里の空の下~」が今日まで発売されて読まれているのは、それに値するだけの魅力を持った本であるから、でしょう。

(もしかしたら石井の歌のCDより入手し易いかもしれません。石井の遺した音源のCD化はあまり進んでいませんし、本人の魅力をしっかり捉えているとは言い難いベスト盤という名のCDが出ているぐらいです。CD時代のアルバムはそれぞれ魅力的ですが、入手が難しかったり品切れ・廃盤だったりします。)

残念ながら、この本の魅力のひとつといえる、花森安治による個性的な装丁は河出の文庫本では別のものに変わっているのですが、花森の装丁が苦手という方には助かるのかもしれません。

有り難いことに、引き続き(?)、今のところ単行本は暮しの手帖社から発売されているようなので
「花森装丁が良い」「文庫だと字が見にくい」という方は単行本を
「持ち歩きしやすい方がいい」「より手軽に読みたい」という方は文庫本を
という形で、うまく棲み分けされれば良いですね。
私は、やはり花森装丁に心を残している身なので、両方所持して気分によって読み分ける、という方法を取ろうと考えています。

暮しの手帖社・単行本
http://www.kurashi-no-techo.co.jp/index.php/books/b_1007.html

河出書房新社・河出文庫・文庫本
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309410937
◎解説=犬丸一郎(元・帝国ホテル社長)、堀江敏幸(作家・仏文学者)
犬丸は石井の弟である石井大二郎(実業家。昭和海運・元社長。1925-2005)の同級生で、姉である石井(好子)とも親しい付き合いがあり、石井のエッセイへも犬丸についてはちょこちょこと書かれています。

なお、来月には同じく河出文庫で、続篇・姉妹篇ともいえるエッセイ集「東京の空の下オムレツのにおいは流れる」が発売予定だとのこと。
http://www.yoshiko-ishii.com/yoshiko-ishii.com/information.html
こちらも併せて、手許に置いて楽しみたいものです。

石井好子の料理系のエッセイは、この2冊に文春文庫の「パリ仕込みお料理ノート」、まだ他にも
石井好子のヨーロッパ家庭料理(1970 文化出版局)
「石井好子・水森亜土の料理の絵本」シリーズ
  (卵とわたし/ご飯とわたし/サラダと私/ポテトと私 
         1978-80 女子栄養大学出版局→角川文庫)
があります。

あと、これは料理系ではありませんが、エッセイストとしての視点が光る
「私のプチ・トレゾール(小さな宝もの)」(写真:リウ・ミセキ 講談社 1987)
や、相次いで見舞われた、最愛の父と夫の死とそこから再起を誓うまでを描いた
「レクイエム涙」(1983 文藝春秋→文春文庫)
あたりも捨てがたいものがあり、これらの著書へも「巴里の空の下~」に続いて、再び光が当たることを希望して止みません。

もうひとつ。
石井好子は雑誌等の対談でも光り、エッセイとはまた違うかたちの石井好子の魅力があります。亡くなる3-4年前から随筆については急激に筆が鈍ってしまわれたようですが、話し言葉でのスピーチやその他短いコメント、インタビュー、口述では最期まで冴えていたようです。
もし叶うなら、それらの対談やインタビューを集めて、新たに編集して単行本や文庫本として出して貰えたらな、とも思っています。
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by hakodate-no-sito | 2011-07-07 01:29 | 歌・唄・うた | Comments(0)