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松島詩子「ラ・タンギスタ ~タンゴの歌姫~」

2011年12月21日。
松島詩子「ラ・タンギスタ ~タンゴの歌姫~」というCDアルバムが発売された。

今、松島詩子といってパッとわかる人は残念ながらそう多くない。
「マロニエの木蔭」を聴いて、そういえば聴いたことがあるかもしれない、という反応があれば御の字だろう。

そんな現状を打ち破るように出たのが、この1枚だ。
曲目を、まず見て欲しい。

01.マロニエの木蔭
02.夕べ仄かに
03.泪の春
04.慕わしの君
05.銀座タンゴ
06.黒き薔薇
07.花売り娘の唄
08.マリネラ
09.シボネー
10.夜のタンゴ
11.鐘の鳴る朝
12.君はマドロス
13.薔薇のセニョリータ
14.花の溜息
15.沙羅の花
16.鈴懸のタンゴ
17.ただ一度だけ
18.追憶
19.雨のワルツ
20.ボンソワール巴里
21.さよならのビギン
22.囁きのタンゴ
23.夕月の丘
24.眞赤な月


「え?」と思う人もいるのではないだろうか。
そう、「喫茶店の片隅で」「上海の花売り娘」と言った御馴染のヒット曲が無いのだ。

どういうことかというと、
このCDは、松島詩子のタンゴ調の名曲を中心にまとめたコンセプト・アルバムなのだ。
戦前・戦後の流行歌を対象にすると、選曲が固定化・定番曲のみに終わってしまうことが多い中で、この試みは異色といって良い。

「La Tanguista」は、ニッポン・モダンタイムスというシリーズの中での1枚。
このシリーズ、『昭和のモダンな音楽を』という確固たるコンセプトの基で製作されている。
どの作品でもそうだが
既にCD化されて入手が比較的容易な歌よりも、今回は知られざる良い歌を発掘・紹介を優先したい
という心意気が見てとれる。

この松島のCD、好評如何によっては続編も出来るように考えられている、と私は思う。
「喫茶店の片隅で」「上海の花売り娘」「夜のヴァイオリン」「恋はやさし」
・・・本CD未収録の歌をいくつか上げてみただけでも、充分聴きごたえのある続編は出来得る。

これは大事なことだが、このアルバムの魅力は選曲だけではない。
様々な点においても、堪能できるような創意工夫が凝らされている。

まず、ジャケットから見てみる。
e0134486_1521032.jpg

念のため、お断りしてしておくが松島詩子本人である。
大概の人たちは松島詩子というと、中年期から老年期にかけての姿が思い浮かぶと思う。
今まで発売されてきたLPやCDアルバムのジャケットも殆どがその時期の写真が使用されている。

私自身、彼女の戦前・戦中の若い頃の姿はよく知らない。何枚か写真は見たことはある程度だった。
新鮮な想いでジャケットを眺めた。現代のアイドルと比べても遜色ないビジュアルだと思う。
可愛い。
と言っても、松島の年齢とデビュー時期を考えて計算すると、30歳前後の年齢ではないかという結論が出る。
この風貌で、確かな歌唱力を備えているのだから恐れ入る。

e0134486_15211752.jpg

ケースの蓋を開けてみた。
昔の品格あるレコードレーベルのような、落ち着いたCDレーベル。

歌詞/解説集の裏側は、舞台で唄っているときの1枚。
いつ頃撮られた写真なのだろうか。
なかなか良い写真だ。

e0134486_15212972.jpg

CDを取りだしてみる。
往年の人気歌番組「今週の明星」収録における写真があるのが、わかるだろうか。

「今週の明星」はラジオ番組と記憶しているが、写真を見ると"テレビ"とある。
これはどういうことだろうか、と思うも、画像の下に解説的ことばが載っている・
(NHKテレビ試験放送にて)とある。

流行歌好きにはたまらない写真を、こんな見えにくい部分へ、敢えて持って来ているというのは面白い。
気付かない人はずっと気付かないままのだろう。
一種のボーナストラック的なもののように思う。

CD本体へ話を戻す。
このアルバム、曲目だけで判断して出来ないことが、もう一つある。
再生の際に聴こえる「音」が違うのだ。
これまでの復刻盤LP・CDで聴いていた音では無い。
演奏や歌声が、生き生きと、躍動感が、息遣いが、しっかりと聴こえてくる。

私はSP盤を再生できる環境にいないのだが、過去レコードコンサートで聴いた音が、このCDからは聴こえて来た。
CD化されていた曲も、改めて復刻し直したのだろう。全然音が違う。

勿論、SP盤を再生するときに、どうしても出るシャーという音は入っている。
だが、それは仕様がない。これは日本の流行歌に限らない。SP盤とはそういうものなのだから。
あるべきものを、無理に除こうとすると、音が死んでしまう。

音響にこだわりがあるとか、そういう趣味は私には一切無いのだが、聴いていて
このCDは、iPodなどに取り組んで聴くよりも、
チャンとした音響設備で聴いた方が、より感動を味わえるし、またそういう意図で音を作っているように感じた。

私は実践出来ないが、出来る方は、ぜひ本格的なオーディオとそうではないものとで、聴き比べるのもまた一興ではないだろうか。

いろいろ書いて来たが、私は
「昔の日本の歌なんて・・・」
という先入観を持っている人にこそ、このCDを聴いて欲しい、と考えている。
きっと変わる。愕然とするはずだ。そして大幅に好意寄りの目になっていくだろう。
騙されたと思って、どうか1度手にとって聴いてみて欲しい。

※松島詩子の略歴は、参考までにここへまとめてみた。

追記)
ニッポン・モダンタイムスの公式宣伝サイト(http://www.nippon-mt.com/
に、私が寄稿した一文が掲載されている。

http://www.nippon-mt.com/kata/kata12.html
http://www.nippon-mt.com/kata/kata13.html

私がかつて、旧ブログで書いたものがきっかけ。
縁は異なもの、とはよく言ったものだと自分でも驚いている。
未経験の事態にひたすら暗中模索。
自分の実力不足に加え、双方の説明不足に諸連絡の遅滞などの事情も手伝い、満足のいく結果を出せたと私は思っていないのだが、一読して頂ければ有難いと図々しくも思っている。
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by hakodate-no-sito | 2012-01-27 16:03 | CD視聴感想 | Comments(0)

ある歌い手に想う

2012年1月17日、「NHK歌謡コンサート」というテレビの歌番組に、歌手の三條町子が出演していた。

彼女は昭和20年代に「かりそめの恋」「東京悲歌(エレジー)」「想い出のランプに灯を入れて」「君よいずこ」などのヒットを多数飛ばした歌手。
この5~6年は舞台に立つのを止めて退いていたのだが、去年の秋久々にマイクを取った。
その流れで今回のテレビ出演も決まったらしい。

私は、彼女のテレビ出演の話を知っても、素直に喜ぶことは出来なかった。
(昨年の舞台を除き)何年も歌の仕事をしていない、80歳も半ばを過ぎた歌手をテレビの全国生放送に引っ張り出すなんて、狂気の沙汰ではないのか。

彼女の性格
(・・・といっても、テレビで数度チラリと見かけたトークの内容や彼女のエピソード、談話の類から勝手に想像したものだが)
から考えると、去年の舞台といい今回のテレビといい、積極的な想いから動いたとは到底思えない。
義理やしがらみという、私の大嫌いなもののお陰で押し切られ、渋々腰を上げざるを得なくなった、というのが真相ではないのだろうか。

こう書いている私だって、今の彼女の歌声が聴きたくない訳ではない。元気な姿ならば見たい。
彼女なら、昔そのままとはいかなくても、年輪を重ねた歌を聴かせてくれるのではないか、という想いもある。

だが、世の中は好意的に観る人やファンばかりではない。
一歩間違えば、残酷物語だ。
若い頃なら
調子が悪かったんだね、でも
歳を取ると
もうダメだね、となる。

所詮芸能人は見世物じゃないかと言われれば、その通りだ。
だが、彼女は自分の意思で退いている。
それを無理に引っ張り出して、晩節を汚しただの、老醜を晒したとなってはたまらない。

番組のことを考えると、胃が痛くなる日々が過ぎ、いつしか放送日が来た。
やがて晩海の放送時間となり、番組中盤過ぎに、ついに彼女の出番となった。
外見はビシッと決めている。衣装もいい。年齢を感じさせない。

高齢のベテラン芸能人となると、首をかしげたくなるような風貌で出演する人が少なくない。
衣装の使い回しも目立つが、その場合ほぼ確実に、今の本人にはベストとは言えなくなってしまった服を着て来る。歌手では、そういう人に限って、歌も勝負出来ないものになっている。

彼女は、大丈夫かもしれない。
少しホッとした。
だが、ずいぶんと緊張しているように見える。
意味もなく口元を動かすなど、落ち着きのない動作をしている。
常に淡々としている印象のある人が・・・。

(一番大変な想いをしているのは、やはり三條町子その人なのだな)
胸が締め付けられる想いだった。

いよいよ歌の時間となり、ステージ中央へ立った。
イントロが流れる。
鼻をすする音と、入れ歯の金属音が聴こえて来た

(ああ・・・)
音声調整がされて、マイクの入力感度を上げているのだろう。
そういう配慮をするならば、唄い出し直前まで通常通りにして欲しかった。
半端な気配りが仇になったのだ。

しかし、哀しみに浸るのは最初だけで済んだ。
プロフェッショナルとして、仕事をきちんとこなしていた。
肝心の歌は、かなり声量が落ち低音が出にくくなっていたことを除けば、三條町子だった。
声質は殆ど変らず、懐メロ番組やCDで耳馴染みのある、独特の節回しも健在。
マイクの件を除けば、かなり上々の出来ではなかったか。
テレビの生放送で唄うことの緊張を差し引いて考えると、あと2割や3割増しで歌うことはできるように感じた。

(お疲れ様でした・・・貴女は偉い。さすがでした)
唄い終わったとき、心底声をかけたくなった。
こんなに手に汗握って、テレビを観るなんて、久しく無い。

司会者は三條町子の名を改めて紹介。舞台袖へエスコートしようと近寄っている。
だが、歌の後奏が終ると「終わった、終わった」という表情となる三條。
会場の反応へもさして関心を示さず、司会者が差し出した手も(いいわ、いいわ。自分で歩けるわよ)と手を振り、舞台袖へ消えていった。
この、そっけなさに彼女らしいと笑っているうちに、涙はどこかへ消えていた。
これもまた三條町子の魅力なのだ。いい感じでこちらの緊張もほぐしてくれた。

番組を見ていた友人知人からは
「87歳とは到底思えない、素晴らしい」と、おおむね好評だった。
ツイッターを覗いてみても、同じく高評価。
私の危惧は、一部を除き杞憂に終った。

「もっと出て来て、歌って欲しい」「歌えるうちは歌って欲しい」という意見・感想も聞いた。
だが、私はその言葉にうなずくことは出来なかった。
彼女の(私はもういいです、この前のテレビだけで、もう沢山)という声がどこかから聴こえて来る。
年齢を考えると、もう静かに余生を楽しんで欲しいという想いが強い。

だが・・・
「叶うならばレコードコンサートのトークゲストぐらいの仕事で、元気なうちは顔を見せて頂きたい」
という言葉が脳裏をよぎったのも事実だ。
つまり前記の意見・感想と大差ないのだ。

人間とは、何と欲深く、残酷な感情を持ち合わせているのだろうか。
そして、優れた歌い手というものが、いかに魅了された人の心を動かすことをたやすく行えるのか、ということも痛感している。

どう結論を出せばいいのか、放送が終って何日も経つが判らないまま、今も心は揺れている。
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by hakodate-no-sito | 2012-01-24 00:39 | テレビ | Comments(0)

ラジオから流れる懐かしい声

昨日、NHKのラジオ深夜便で、女優・エッセイストである沢村貞子のインタビューが再放送されていた。アナウンスによると、彼女が亡くなる前年、1995年の12月に放送されたものだという。

高齢(収録時、80歳代半ば)だからか、ラジオのインタビューだからと抑えたのかは
定かではないが、あの黒柳徹子から『私よりも早口な人』と挙げられた程の口調では無かった。

だが、話を聴いていると、頭脳の明晰ぶりは変っていない。
往年の喋り方だと、頭のキレの良さが鼻につくことが時折あったが、ゆったりと多少丸みを
帯びた、今流れている喋り方だと、より受け入れやすい。

(これは老いをうまく生かしているんだ・・・!)
ラジオを聴くうちに、ハッとそれに気付き、頭が下がった。

話の内容は「私の浅草」などの随筆で書かれている彼女の母親のこと。
エピソード自体は、ほぼ既に知っていることだったが、活字と人の口から聞く話とではだいぶ印象が違う。
それに、久々に接する、演技をしている女優としてではなく素の彼女の語り。
この懐かしさも手伝い、新鮮な気持ちで聴くことが出来た。

沢村貞子が書き遺した、様々な"明治おんな"、そして"浅草おんな"の心意気。
ラジオを聴き終えて、また触れたくなり、たまたま目の付くところに置いてあった「わたしの台所」を寝る前にパラパラとめくった。

1996年に亡くなった彼女、今年2012年は17回忌にあたるらしい。
今でも本屋へ行くと沢村貞子の名前を本棚で目にする。
沢村は『私はたいしたものじゃない』とよく書き、話していたが、今でも著書が売られて
読まれているということを知ったら、どう反応するのだろうか。
叶わないことだが、訊いてみたいものだ。
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by hakodate-no-sito | 2012-01-22 21:31 | 古今俳優ばなし | Comments(0)

パクさん(ダークダックス)の一周忌

何の気なしにツイッターを眺めていたら、
1月7日に亡くなった人たちというツイートがTLに上がって来た。
榎本健一、岡本太郎、高見澤宏(ダークダックス)・・・。
この3人が同じ命日だったとは知らなかった。意外な共通項目である。

高見澤宏、つまりダークダックスのパクさんは今日で1周忌。
早いものだ。訃報を目にしたときは「一番若い貴方が何故早く・・・」と絶句した。
亡くなる4-5年前には癌手術をしているし(早期復帰出来、その後も元気そうであった)
1年ほど前から体調を崩しているという話は聞いていたが、それでも亡くなるとは考えていなかった。

近年のダークは衰えが顕著であったし、私はマンガさんの歌声は好きだがゲタさんのそれは・・・である。
パクさんの透き通るファルセットも既に無い。売りであった美しいハーモニーは失われていた。
そんなダークを痛々しく思っていたことは否定出来ない。
残酷な物言いだが、ホッとしてしまった気持ちもあった。

マンガさんが病でリタイアし、パクさんが逝く。
これは事実上ダークダックスの解散に等しい。
60周年のメモリアルイヤーに何ということなのかと嘆きながらも、良い区切りでいいじゃないか
という声が心中で上がる。そんな相反する気持ちが、しばらくのあいだ両立していた。

3月末、震災で人も土地も揺れ続けるなか、NHKでダークの特集番組が放送された。
往年のダークダックスの素晴らしさを堪能し、遺ったふたりの姿に胸を打たれた。
惜しいと心から思えて来て、その日は一杯呷らずにはいられなかった。

達観した表情を見せながら、それでも自らPCを操り作曲を行い、コーラス指導に精を出すなど
意欲的な顔を見せるゾウさん。ダークの活動にひと区切り打つと発表したのも彼だった。
「せめて60周年のリサイタルは3人一緒にやりたかった」と、目に涙を浮かべながら悲しみのぼやきを
続けるゲタさん。子供のような顔をして悔しさを訴えていた。
同い年で、約60年の付き合いがある二人だが、まったく違う面を垣間見ることが出来た。

11月半ば過ぎ、ラジオ深夜便のロングインタビューにゲタさんとゾウさんが出演した。
半年ぶりのご無沙汰となる。弱っているのではないかと心配していたが、ラジオからは
二人の元気そうな声が聞こえて来て嬉しかった。
話していること自体は、それまでゲタさんが著書で記していることが大半だったが、
ゲタさんは毒舌とぼやき交じりのテンポの良い喋り、ゾウさんは飄々と時に鋭い時にとぼけた味のある語り口。
活字だけでは伝わらない細かいニュアンスや、脱線・掛け合いの楽しさで2日間・約2時間、
まったく飽きずに聴くことが出来た。
活動ひと区切りとなった今だからこそ明かせるような内容もあった。
5のうち、3までしかそれまで話していないことが3.5~4ぐらいは話していたのではないだろうか。

インタビュー最後に「今後、2人でコンサートはないのか」という質問が出た。
パクさんが亡くなって1年、そろそろ訊きたい話。
ゾウさんが答える。
「無いとも言えません・・・と思います(笑) 
ただ、まだ完全に立ち直っていない状態なもんですから・・・
まだ先が長いつもりで考えていきたいと思います」

ゲタさんはというと
「どうして俺が歌い手になったのか全然わからない。他の3人に助けられてきた」
「俺、歌ヘタだしね。作曲・編曲、まあ一番多かったのはパク、次にゾウさんだけど、俺以外
の3人はみんなやっているんだよね、俺だけやってないの」
と、爆弾発言を行っている。
齢80ともなると怖いものなど、(山ノ神以外は)どこにも無いんだろうと思ってしまった。

何だかんだと言いながら、私はダークダックスが好きということが去年1年でつくづく実感
した。図らずもパクさんの死によって、私の中のダークダックスは新たな歩みを始めたような気がしてならない。
昔は月並みな言葉だと思っていたが、心の中に生き続けるということが、またひとつ
判って来たような気がしている。

ダークダックスよ、永遠なれ。
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by hakodate-no-sito | 2012-01-07 01:10 | 歌・唄・うた | Comments(0)

石井好子「すべて歌にこめて」

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石井好子デビュー40周年記念アルバム。1985年発売。
音楽事務所を閉めて(=歌の仕事を本格的に再開し出して)から3枚アルバムを
出したが、すべてライブ盤だった。1度スタジオでしっかり唄ってみたいということで
作られたのが本作品だという。
LP、カセットテープ、CD(88年発売)の3種類で発売されている。

石井の歌声は伸びがあり、風格・品格がどっしりと備わっている。
何より勢いに乗っているし、歌い手として第二の花を咲かせている時期ならではの華やかさに満ちている。
石井のオリジナルアルバムはどれも一聴の価値はあるが、中でもこの1枚は重要な作品で、人に薦めるのにも最適に思える。

編曲は小川俊彦。
往年の原信夫とシャープス&フラッツのピアニストでアレンジャー。
マエストロとして名高いジャズメンである。
石井好子とどこで繋がったのかは知らないが、氏が在籍していた頃の♯の音楽や
石井のプロ歌手としての第1歩はジャズであることや交友の幅の広さを考えれば、
さして不思議な組み合わせではない。
小川について調べていけば、わかるかも知れない。いずれ調べたい。
さて編曲だが、さすがの一言に尽きる。
アルバムが発表された1985年当時、既に珍しくなって来ていたフルオーケストラ(に近い形での)でのサウンドが展開されている。
参加している面子は荒川康男、数原晋、石松元、中牟礼貞則、小野寺猛士、結城久、風間文彦、川島和子グループ、ザ・ブレッスンフォー・・・と一流の顔がずらりと並んでいる。
私はプレーヤーに明るくないが、詳しい人はクレジットを見て「えっ!?あの人も・・・」と驚く人も多いのではないだろうか。
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この後も多くのオリジナルアルバムを石井は発表しているが、ここまで豪華なサウンドは、これはDVDでの発売だが、2002年の東京都交響楽団80名をバックに唄った昭和女子大学人見記念講堂でのコンサートぐらいではないだろうか。
私は年代からして「(技術的に拙い時代の)打ち込みの安いオケで唄っているのではないか」と考えていたのだが、嬉しい誤算だった。

選曲は自身の40年のキャリアに沿って考えられたもので、
フランスの歌(シャンソン)と、石井が音楽学校時代に習い親しんだドイツの歌で構成されている。
収録された曲はどれも晩年まで大事に歌っていたものばかりである。

アルバムの始めと終りに「だから私は歌う」という曲が収められている。
OP版では「終戦の年の秋、初めて舞台に立って40年経ちました・・・」という
石井のモノローグ的な台詞が大変効果的で、長い歌手生活を歩んで来ていることを改めて印象付ける。
これが単なる重みではなく、格調高さとして生きるのはやはり彼女だからだろう。

石井のドイツの歌には定評があり、人によってはシャンソンよりも余程良いと言われることもあるぐらいだ。
ドイツ音楽は、彼女にとっては欠かせぬレパートリーであり想い出深いものである。
「また恋したのよ(「嘆きの天使」から)」「夜のタンゴ」「マズルカ」は特に懐かしい石井の青春時代のヒット曲。
映画音楽(主題歌・挿入歌)である。
「信じてほしい」「夕映えのふたり」は昭和40年代の歌である。
「夕映えのふたり」は日本では、なかにし礼の訳詩でペドロ&カプリシャスが「別れの朝」として唄ったことで知られている。

シャンソンは言うまでも無い、石井の代名詞である。
どれも極めつけの名唱として知られるものばかり集められているが
「パリ・ピギャール」(私は「シャンテ」という題名で記憶しているのだが通称なのだろうか?)は
音楽プロデューサーの牛山剛(「題名のない音楽会」などを担当)の解説によると、1年間無休で
パリのナチュリストという店で歌の仕事をしていたとき、舞台の幕開けに唄っていた曲なのだという。
石井好子史には欠かせぬ大事な1曲だが、レコード化(CD化)は初らしい。そして唯一のソフト化らしい。
ナチュリストというと「泉のほとり」は、そこの常連で彼女目当てであったAndre Grassiが
「YOSHIKOのために」と書かれた作品のうちの1曲である

もう1曲、本作品でしか聴けない「アンジェラスの鐘」は石井だから歌いこなせる荘厳な曲である。
石井は、40周年の記念リサイタルのために、新たにレパートリーとしたのだという。
石井好子、屈指の名唱と言って差し支えない。
牛山剛の解説によれば、この歌もダミアのレパートリーなのだという。
ダミア版は残念ながら未聴、一度聴いてみたい。
私が1度だけ彼女の生の舞台を観たときに唄っていたのもこの歌だった。
今思えば、唯一の生歌がこの歌だったというのはとても幸運のように思う。残念だが殆ど記憶にないのだが・・・。
(「かもめ」も聴いたような気がするのだが、最近調べたら自分が初めて聴いた石井の歌がこの歌だったということらしい)。
石井は唄いだしの部分
『バラの色に空を燃やして夜明けがくる、海で死んだ舟乗りたちよ聞こえないか』
に、気仙沼で釣りをした際に見た海の光景を思い浮かべるという。
(訳詩:薩摩忠)

なお、このアルバムの発売はコロムビアからだが、音源の権利は現在石井サイドが持っているのか
キングレコードから発売されている現行のCDには本アルバム音源が数曲収録されている。
(「夕映えのふたり」「マズルカ」「だから私は歌う(OP版)」)
多少興味のある人はまずそちらから聴いて、良いと思ったところで中古市場を探してみてはどうだろうか。

「すべて歌にこめて」
(1985 コロムビア LP:YF-7104 CT:CTK-7132 CD:32CY-2096)
01:だから私は歌う Voila Pourquoi
02:パリ・ピギャール Paris-Pigalle
03:泉のほとり La Fontaine Aux Fees
04:サンジャンの恋人 Mon Amant De Saint-Jean
05:ソナタ Sonata
06:かもめ Les Goelands
07:アンジェラスの鐘 L'Angelus De La Mer
08:夕映えの二人 Was Ich Dir Sagen Will
09:信じて欲しい Freunde, Die Gar Keine Sind[Ignacio]
10:また恋したのよ(「嘆きの天使」から) Ich Bin Von Kopf Bis Fuss Auf Liebe Eingestellt
11:夜のタンゴ Tango Notturno
12:マズルカ Mazurka
13:だから私は歌う Voila Pourquoi
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by hakodate-no-sito | 2012-01-06 02:43 | CD視聴感想 | Comments(10)

ダミアからDamiaまで

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CDの帯にはこう記されている。
「石井好子、85歳の絶唱」と。

宣伝文句というものは往々にして、誇張が過ぎたり
見る人が見れば「それはちょっと違うのではないか」と
いうものが実に多い。
商売である以上は「売らんかな」という姿勢が求められる。
仕方の無いことではあるが、度の過ぎるのはその商品自体のクオリティすら
疑いたくなってくる。
このアルバムは、そういうものから一線を架して「良い音楽を」と自ら設立した会社
で製作したものだから虚飾は無い。帯のキャッチコピーも的確だ。
アルバム発売後しばらくしてから、まるで置き土産のように病床につき、歌のマイクから
遠ざかってしまった。ひとつの予感や覚悟があったのではないのかと思いたくなる。

聴くのが少し怖かった。
当時、CDの宣伝をする姿にどこか淋しげな顔が一瞬覗いていたのも気になっていた。
でも、彼女の絶唱である。
私にとって石井好子は「良い時代だけ見てそれで御仕舞」とするぐらいの
軽い気持ちで気になっている人では無い。
迫り来る老い、年齢との戦いをどう向き合っていたのか、確かめたくなった。

思い切って聴いてみた。
―朽ちる運命にある大木が、それを受け入れつつも、なお生きんとしている
そんな印象を持った。

衰えが無いといったら嘘になる。
だが、一方でシャンソンの女王というべき格・貫禄・凄みはなお増している。
石井存在そのものがシャンソンと呼ばれているが、さらに一体化している。
誰にも唄えない、石井好子だけの歌がここにある。
「暗い日曜日」の歌唱には恐ろしさすら覚えた。
ダミアの歌声で人が死んだという伝説が残っているが、石井のそれでも有り得る。
この絶唱を遺せただけで、アルバムを作った意義が出たように思う。
彼女は最期にDamiaを超えたのだ。

私の不安は杞憂だった。
石井好子は最期まで石井好子で在り続けていた。
偉人に改めて敬服する。

「ダミアからDamiaまで」
(¥3,000・NMD-2295・2008年)
<収録曲>
1. 港町の居酒屋 C'EST DANS UN CABOULOT
2. 云わないけれど IL NE SAIT RIEN ME DIRE
3. 想い出 UN SOUVENIR ...
4. 哀 訴 COMPLAINTE
5. いつの日か UN JOUR, TU VERRAS ...
6. バルバリ・バルバラ BARBARIE, BARBARA
7. 海辺のバラード UMIBE NO BALLADE
8. 夕映えの二人 WAS ICH DIR SAGEN WILL
9. サン・ザムール ~ ガラスの薔薇 SANS AMOUR
10. 暗い日曜日 SOMBRE DIMANCHE
11. 人の気も知らないで TU NE SAIS PAS AIMER
12. 異国の人 L'ETRANGER
13. かもめ LES GOELANDS


※7曲目のみアルバム「暁に」(2000年)からの収録。ほかの収録曲は新録音。
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by hakodate-no-sito | 2012-01-01 18:39 | CD視聴感想 | Comments(6)