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ウクレレと絵画

小学校の頃、たまたま見たテレビのお笑い番組に、牧伸二が出ていた。
ウクレレを弾きながら、

♪真珠の指輪は とっても綺麗
 もっと綺麗な マキシンジュ (と自分を指差す)
 だけど あいつの頭のなかは (指で頭を指す
 真珠どころか パールだよ (手のひらをパッとひらき、目をひん剥く)
 ああ やんなっちゃった 
 ああ おどろいた

という例の歌(ハワイ民謡と聞いたことがあるが詳しくは知らない)を交えた歌謡漫談をやっていた。

面白くて、脳内に牧伸二という名が認識されるとともにすっかり好きになってしまった。

今にして思えば、「面白かった」というよりも、小気味の良いテンポとノドの良さが気に入った、というのが正しいのだろう。

当時、牧伸二はアース製薬の防虫剤のテレビCMに出ていて、やはり♪ああ やんなっちゃった と唄っていたのもあり、CMを真似して歌いまわる、私の周りでは軽いマキシン・ブームが起こった。

昭和30年代の人気歌手に神戸一郎(かんべ・いちろう)という人がいるが、その名前を初めて知ったのも

♪フランク永井は 低音の魅力
 神戸一郎も 低音の魅力
 水原弘も 低音の魅力
 漫談の牧伸二 低脳の魅力

という牧伸二の十八番ネタからだった。

先述のブームは一過性で終わったが、それから数年経って、函館の金森倉庫のあたり(カルフォルニア・ベイビーの右隣の建物)に小さいなギャラリーが出来、そこの目玉に牧伸二の描いた絵画やウクレレが展示されるというニュースを新聞で知った。

両親にねだり、ある日曜日、そこへ連れて行ってもらった。

もしかしたら握手会があって、それで行ったのかもしれないが、定だかな記憶は失われている。
細い目、太い眉、浅黒い顔の牧伸二が、赤いアロハシャツを着て、椅子に座っていて、来る人来る人に、いやどうも、と、やや無愛想気味に握手をしてもらったような気もするが、それは数年前に見た常田富士男と記憶を混同しているのかもしれない。

ギャラリーなんてものは、子どもの私にとっては退屈以外の何者でもなかった。
牧伸二の音楽漫談が聞けるわけじゃなし、今にして思えば昔から考えることが出来ないヤツだったなぁと苦笑せざるを得ない。
ガッカリしながら、牧伸二のコーナーを見ていたら、父がやってくれた。

「本当に、本人が描いてンのかよ、あったらホンズ無エヤツ」
「ニセモンじゃねェのか、これ」

とブツブツ言いながら、「お手を触れないで下さい」と書かれた張り紙など無視し、絵の入った額縁に触れだし、くくりつけになっていたウクレレを手に取ろうとして、壁からもぎ取ってしまった。
散々ガチャガチャいじって、元に戻そう・戻せないとしているところに、係員がやってくる。

「いやー、スイマセン。もっと近くでよく見てみたかったもので」と、謝罪する父。 形ばかりにきまってる。
そこは公の施設ではなし、まして都会ではなく地方の小都市。
「気をつけて下さいね」という穏便な措置で済んだ。

帰路の車中、「あんまり面白くなかったな」という感想が飛び出し、そこから父の独演会がはじまった。

「絵っていうものは触らないとホンモノかどうか判ンねェ。
俺は海外で、フランスだったかな、忘れたけどよ、ピカソの絵にも触ったことがあるんだ。出張のときによ、絵、見に行ったら、ピカソの絵ってのがあってよ。これホンモノかなと思って、誰もいネェがったから、チョンと触ったンだ。そしたらビーっと警報音鳴って、すぐ警備員来たな」

「ま、謝って、何とか許してもらったけどよ。俺グレェだろうな、ピカソと牧伸二の絵を触ったことのあるヤツなんてよ」

別に私が悪いことをしたわけではないのだが、それから牧伸二を見ると申し訳ない気持ちになって、遠ざけるようになり、何となく苦手な人になっていった。

去年だったか一昨年、NHKの演芸番組で久々に姿を拝見して、健在ぶりを確認したのが、私にとって最後になった。

昨日、「ああ、驚いた」どころじゃない、牧伸二の悲哀漂う最期を知ったとき、忘れかけていた小学校の頃の楽しさと苦さが混じった、この思い出が蘇ってきた。


追記)
件のギャラリーはオープンから数年も経たないうちに閉鎖されていて、既に現存しない。
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by hakodate-no-sito | 2013-04-30 14:47 | つぶやき | Comments(0)

「酒場の花」という歌

フランク永井の知る人ぞ知る歌に「酒場の花」がある。
昭和51年、シングル曲(SV-3524)として世に出た。
作詞山上路夫、作曲森田公一。

しっとりした裏町演歌の佳作だ。
フランク永井というひとは、流行歌・歌謡曲のカバーも多く遺していて「カチューシャの唄」から「ルビーの指環」まで幅の広さが半端ではない。
ジャズ出身のフランクと演歌なんて似合わないのでは、と思うかもしれないが、これが案外と良い味を醸し出している。戦後の代表的歌手のひとりという看板は伊達ではないのだ。

当時、ライブ音源も複数のLPレコードに収められているのだが、ヒットしなかったためだろう、今のところCD化はされていないようだ。フランクの吹き込み楽曲数は膨大なものだし、ヒット曲もかなりのもの。全盛期を過ぎたキャリア後期の売れなかった曲など、目もくれられないのは仕方の無いことかもしれない。

だが、この歌、フランク永井でなければCDで聴くことが出来るのである。
実はこの歌、昭和58年に内山田洋とクール・ファイブがシングルとして発売しているのだ。

クールファイブも歌謡コーラスの雄として、一世を風靡しているが、さすがにこの時期には全盛期ほどの勢いはなく、ヒットとはいかなかった。

ただ、クールファイブを離脱しソロ歌手となった前川清は、90年代半ばに発売したベスト盤アルバムのなかに、クールファイブ時代の歌をいくつか再吹き込みして収録しており、「酒場の花」もそのときに取り上げられている。

前川清のおかげだろう、カラオケ好きの間では愛好されているらしく、youtubeにもカラオケで歌う人たちの歌声がいくつもUPされている。

・・・と、ここまでは以前別のところで書いたことがあるのだが、実はまだ歌っているひとがいたのだ。
八代亜紀だ。
部屋の掃除をしていたら、以前買ってそのままになっていた八代の8周年リサイタルのLPが出て来た。曲目を見ると、なかなか面白うなので再生してみることにした。
そのうち、聞き覚えのある歌が流れた。
あわてて歌詞カードを確認すると、確かに「酒場の花」とある。作詞・作曲の欄も同じ名前が載っている。

八代の全盛時代だけあって声も今よりよく出ているし、クラブ・キャバレー出身だけあって、持ち歌じゃない歌をうたっても、自分の持ち歌として確立させる技量は持ち合わせている。
知らない人に聴かせたら、こういう八代の歌があるのかと納得するに違いない。

昭和51年というと歌謡曲全盛時代、テレビやラジオでも数多くの歌番組が放送されていた時代。
ヒットとはいえない歌でも、人気歌手の歌ならば、歌番組を通じて、ある程度浸透している。
この時期のフランクは、盛りは過ぎたとはいえ、ビクターレコードを代表するベテラン歌手として健在。
NHK紅白歌合戦連続最多出場歌手だ。
昔のLPレコードのなかには、カバーアルバムやインストアルバムが結構ある。
後者は今でもCDショップ、100円ショップでも見かける。
その中には、今の目からすると「えっ、この曲を」というものが結構混ざっていたりする。
当時はそこそこヒットした曲なのか、歌手の希望かディレクターの好みか、判断は難しい。
私が知らないだけで、もしかしたら昭和51・52年ごろのカバーアルバムには「酒場の花」が収められたものが存在するのかもしれない。八代も同時期にアルバムへ入れているのだろうか。

ただ、前述の八代の8周年リサイタル開催日は昭和55年10月26日である。
フランクによって歌が世に送り出されてから、既に4年が経過している。
歌の世界で4年は大きいはずだ。
NHKホールという大きい会場でリサイタルを行うとすれば歌手の希望は確実に入ってくるはずだ。
8周年は八代の八。特別な節目だ。
そこで取り上げたということは、やはりこれは本人の好みの歌でもあった(少なくとも嫌いな歌ではない)と考えるのが自然だろう。

私は、八代の詳しいディスコグラフィなどの知識や資料は持ち合わせていない。あくまで推測であることをお断りしておく。

前川清、八代亜紀、フランク永井。
いずれも当世一流の歌い手。
確実に日本のポピュラー音楽史に名を残す(遺している)歌手が取り上げながらも、ヒットとはいかないのだから、歌は面白い。
名曲と声高に騒ぐようなタイプの歌ではないが、ファンの間で時々ふと口ずさんでいる佳曲。
そんな立ち位置が似合う作品。

阿久悠の連載ではないが"あまり売れなかったが なぜか愛しい歌"「酒場の花」。
クールファイブ(前川清)だけではなく、その流れで本家本元のフランク永井盤へも興味を抱くひとが増えてくれること、何よりフランク盤がCD化されることを祈りつつ、今夜もひとり、安酒を呑みながら、そっと古レコードに針を落とすことにする。

2016年2月追記)
2016年2月24日発売のCDアルバム「懐かしのフランク永井 シングル全集 公園の手品師 1973-1985」(VICL-64537)にて、めでたくCD化。フランク永井の魅惑の低音で、この歌、ぜひ聴いて頂きたい。
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by hakodate-no-sito | 2013-04-28 20:40 | 歌・唄・うた | Comments(12)

「おばちゃんとお母ちゃんとお母さんと母さん」

むかし、初井言榮という女優がいた。
亡くなったのは平成2年だから、世を去ってから既に四半世紀近い歳月が流れている。
生前は名脇役として名を馳せたが、今では知る人も少なくなっている、と言われそうだが、そうでもない。
長編アニメ映画「天空の城ラピュタ」のドーラ役は、亡くなって久しい今でも親しまれている。
名前を知らない人だって、ジブリの威光でドーラは知っている。
亡くなって年月を経ると、どうしても忘れられる。
早世したのは惜しいが、声の仕事とはいえ残る仕事があるだけ、初井言榮は幸福な女優だったのかもしれない。

初井の代表作となると、大映ドラマ「ヤヌスの鏡」や、昼ドラ・ライオン奥様劇場の嫁姑シリーズなのだそうだが、私は断片程度でしか知らない。未見と言ってもいい。大映ドラマは、色眼鏡で取り上げられすぎて、今のところは素直に見られそうもない。後者の再放送情報は入ってきたことがない。

数年前、再放送で「三男三女婿一匹」というドラマを観た。
森繁久彌主演の大家族ホームドラマで、病院が舞台だ。
森繁、山岡久乃に準レギュラー(特別出演)の杉村春子目当てで観ていたが、婦長役で出演していた初井にも目が留まった。役名が石川絹代。これは石川さゆりの本名だが、まあ偶然だろう。
独身を通しながら長年医療の現場で奉仕、元上司で院長夫人の山岡を尊敬し、院長の森繁に思慕の念を抱く婦長・・・と書けば、しっかりとした中年女性の役のように思うかもしれないが、そうでもない。
ドラマでは厳しい婦長の面よりも、愛嬌たっぷりな乙女な面の方が強調されていた。

白眉は正月に振袖姿で院長宅へ年賀挨拶を行う回。
おめでとうございますと現れるのだが、かなり可笑しい。でも、どこか愛嬌がある。ただ、可笑しいだけとかグロテスクとかそういうのではない、似合っていないんだけども似合っている感じがある。
その姿で麻雀で腕を振るシーンもあったが、そのときのきびきびした物言いは鬼婦長の名にふさわしいものなのだ。
これはとんでもない女優なんだ、ということが私のなかでインプットされた。

「おばちゃんとお母ちゃんとお母さんと母さん」というのは、彼女唯一の著書で遺著になる。
インターネットでこの本を知ったとき、私は題名から役者人生を振り返った自叙伝エッセイだと思った。前述の「三男三女~」で初井の名が印象に残っていたので、いい機会だから買って読んでみようと思った。

本が届いた。
帯の推薦文は村松友視。山野史人(初井の夫で、青年座の俳優)の文によると、出版に至るまでに村松が尽力したのだそう。
村松友視と初井言榮、つながりがあまり見えないが、おそらく村松が青年座の舞台を観るなりして交友があったのだろう。人脈の幅の広い人である。

では、早速読んでやろうと頁をめくってみると・・・アレ?
この手で見当を外すのはまずないのだが、思っていた内容とはちょっと違っていた。

「おばちゃんとお母ちゃんとお母さんと母さん」というのは、自分の女優として歩んできた人生で絶えず脳裏にあったという、4人の女性のことだという。
この本はその人たちのエピソードを、大好きなおしゃべりをするように綴ったのだそうだ。
癌に侵されながらの執筆だったため、病の進行と共に執筆の気力が徐々に失われ、完成するまえに容態急変で逝ってしまったという。

四人の女性、それぞれ箇条書きにすると
・おばちゃん:最初の夫の面倒を見ていた伯母(実質的な姑)
・お母ちゃん:現在の夫(山野史人)の母(姑)
・お母さん:最初の夫の母(姑)
・母さん:実母
なのだそうだ。

ちゃん付けとさん付けの違いなのだろうか、ちゃん付けで書かれた二人の話は読んでいて楽しい。まさにおしゃべりをするように書かれている。
重い話も出てくるが、軽めの筆でサラリと書かれているせいで、ややもするとさらりと読み飛ばしてしまいそうになる。

"お母さん"の話はしんみりとした話。
三度しか逢う機会がなかった人なのに、慎み深い、忘れがたい印象を与えた女。
感傷っぽいといえばそれまででしょうが、それだけに作者が繊細な感情の持ち主であることも伝わってくる。

最後のひとり。
これら三人の話のなかでもチラチラ登場していた、実母"母さん"。
子どもの頃の、母と娘の、本人にとっては宝物のような思い出ばなしが披露されるも、どこか哀しい。縁の糸のもつれで、家を出て最初の結婚をしたことで、縁が切れ、それから3年後に母が急死してしまったということが一因だろうか。
急死の知らせを聞いたときの話は載っていない。
病気がそれ以上書くことを許さなかったようだ。
そのせいか本は、仕事で瀬戸へ行った際に思い出した、母との想い出で終わっている。

横浜の裕福な家に生まれるも、早くに父を亡くし、姉たちと離れ、母とふたりで家を出奔。以後ふたりきりの生活だったり、母方の親類のもとで暮らしたり、母子別々になったりした後、母が再婚し三人家族の生活。邪険にされていた継父が、年頃に差し掛かった頃から女として見るようになり、嫌悪感を抱き、家出同然で結婚。母との縁が切れる、それから3年後に母は逝去。
結婚から10年経ち、離婚。心身のバランスを崩し、一時休業を余儀なくされる。
仕事復帰後、劇団の後輩だった山野史人と再婚。3年の闘病の末、胃がんのため逝去。


本から読み取れる初井言榮の半生をまとめてみた。
波瀾万丈である。本の後半が哀しさがにじむのは納得だ。
でも、彼女は恨み言は全然書いていない。
継父に対する言葉だけはハッキリしているが、それだって、必要最低限のことした語っていない。
やさしさと愛嬌とやんちゃと、ちょっぴり淋しそうな目が浮かんでくるばかりだ。
文は人なり、というが、まったくこの本はその通りという気がしてならない。

もう中古でしか入手できないし、いわゆる芸能人エッセイに分類されるだから扱いは悪い。
芸能人エッセイを評価する動きでも、どちらかといえば面白可笑しい類のものしかなされない。
今でいう芸能人ブログのレベルの範囲のなかだと言われれば、残念だがその通りだろう。

おそらく、このまま埋もれたままの1冊なのだと思う。
だが、私は読み終えたこの本に不思議な愛着を覚えている。
ちょっとした謎、そして余韻を残した、そう上質の芝居を観たような、そんな気分を味わうことが出来たから。

女優で、こういう本も遺せたのだから、やっぱり初井言榮という人は幸福な女優だったはずだ。
かもしれない、ではなく、そうだのだ。少なくとも私のなかでは。
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by hakodate-no-sito | 2013-04-27 00:48 | 古今俳優ばなし | Comments(3)

知られざる田端義夫の一面

田端義夫が逝った。94歳没。

もう何年も前から、重病説が飛び交っていて、一時は消息不明、はたまた死亡説まで耳に入って来たぐらいだ。2011年に朝日新聞の連載「うたの旅人」で、田端の「島育ち」が取り上げられた際に、病床にあることが触れられ、かろうじて存命であることが確認できた。

今回の訃報記事で、デイリースポーツが、最晩年の様子について触れていたので引用する。
http://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2013/04/25/0005929298.shtml

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「田端さんの4番目の妻の長女で、田端義夫音楽事務所社長を務める宮田紗穂里さんによると、2010年3月31日に自宅で転倒し、病院に搬送。その際、胃潰瘍が見つかり、そのまま入院した。その後は、一進一退を繰り返しながらも、新曲、舞台への情熱を燃やし続け、時に看護師や家族にジョークを飛ばしながら闘病生活を続けていたという。しかし、今月24日に容体が急変。25日午前11時45分、家族に看取られ、永遠の眠りについた」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「4番目の妻の長女」と、ややこしい書かれ方をしているのは、確か3人目の夫人(ハワイの人だったと記憶している)との間にも娘がいるからだろう。

ハワイの人との間の娘とは昭和40年代だったと思うがステージで競演したことが芸能記事になっていた。
ジャスネという名前だったと思う。
2番目の夫人(だったと思う)との間に生まれた息子もGSの時代に音楽活動をしていたと聞いたことがある。

宮田紗穂里社長も、田端の自叙伝で歌手志望でレッスンに通っていることが記されていた。この社長の母親であり、田端の4番目の夫人も元歌手だったそうだ。

3年間の入院・闘病生活となったのは、胃潰瘍や転倒の予後がよくなかったことや高齢による体力低下・・・記事になっていない様々な出来事があったのだろうと推察する。それに加えて、持病の悪化もあったのではないだろうか。

自叙伝にも記してある話だが、田端は30年近く帯状疱疹を患っていた。
1984年夏、神経ブロック注射による治療の失敗で、下半身が不随の状態となった。
一時は車椅子で舞台に立つ覚悟で、車椅子の図面まで引いていたいたという。
歌への想いの強さからか、奇蹟的に病状は回復に向かい、翌1985年には歌手生活へ復帰している。

だが、痛みから解放されることは無く、特にハードなスケジュールが続くと、より激しい痛みが襲っていたという。ステージではおくびにも出さなかったが、楽屋ではぐったりと横になることが大半だったとも聞いている。

晩年の田端に恍惚の様子が見受けられるようになったのは、長年に渡るヘルペスとの闘病で使用していた薬の副作用で、肝機能が低下していたことが一因のように、私は思っている。

田端義夫、バタヤンへの想いを抱いている人は、私も含めて、かなりの人がいるはずだ。
だが、この闘病を知る人は意外にも少ない。
田端の素晴らしい舞台の裏側に、こういう話もあったということも、私自身の備忘録としても改めて記しておきたい。合掌。
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by hakodate-no-sito | 2013-04-25 18:54 | 歌・唄・うた | Comments(2)

電話口から聞えて来た声

今週の半ば、ある事務所へ電話を掛けた。
週はじめにメールで問い合わせをしたのだが、この手のものは反応が無い、または忘れたころではないと返信が来なかった過去の経験を思い出し、電話というかたちを取ることにしたのだ。

「ハイ、デューク(音楽事務所)です」
電話口から聞こえて来たのは、たいへん耳馴染みのある声だった。
彼らが個人事務所で活動していることは知っていたが、まさかリーダー自ら電話の応対をするとは驚いた。
さらに私を驚かせたのは、その声の若々しさである。
昨晩、聴いていたライブ盤そのままのバリトン声なのだ。機嫌の良さそうなテンションも同じだ。
30余年の時の経過をまったく感じさせず、レコードに収められた世界がそのままに受話器の向こう側に広がっている。

予想だにしない展開にアガってしまったからか、最初は全然話が噛み合わない。間違い電話なのではないかと思われてしまった。
そのうちメールは、どうも誰の目にも付いていないことが察せられたので、改めて用件をお伝えした。
「デュークエイセスさんのアルバムで、数年前に再販された『コーラスの仲間たち ビバ!!コーラス』のCDなのですが、在庫をまだお持ちではないでしょうか」

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「コーラスの仲間たち ビバ!!コーラス」は、デュークエイセス結成25周年記念アルバムとして3枚組のLPとして1980年に発表されたもの。
デュークの十八番である洋物ナンバーばかりが収められている。2006年に再販されたが、すぐに店頭から姿を消し今では入手困難になっている。
3~4年前、あるCDショップで現物を見かけたのだが、生憎と手許不如意だった。日を改めてその店へ行ったが、既に品物は無かった。
ネットオークションでもCDは見かけず、悔いの残るアルバムになっていた。

リーダーは「少々お待ち下さい」と自ら事務所のなかを確認して下さった。ここには見当たらないというお返事だった。
コンサート等での物販用に在庫を確保していないだろうかと思っていたが、さすがにもう売れてしまったのだろう。

「東芝・・・今はEMI(レコード・ジャパン=ユニバーサルミュージック傘下レーベル)ですか、レコード会社の方に問い合わせすれば、もしかしたら…」
それは既に不首尾に終わっており、CDショップやインターネット販売でも入手出来なくなり、中古でも見当たらないことをお話したところ、「では、コピーということになりますが、それでよろしければ(ご参考までお貸ししましょう)」という言葉が返って来た。
有難い話だが、さすがにそれは申し訳ないと辞退した。
これは、やはり現物を手許に置きたい。歌詞カードを黙読し、編曲者等のクレジットから想像を膨らませ、ジャケットを見つめ、とことん愛でたいアルバムなのだ。

「そうですか・・・では、こうしましょう。こちらでも探してみますので、"もし"在庫が見つかったらお電話いたしましょう」
「はい、よろしくお願いいたします」
もともと駄目もとでの問い合わせだ。「もし」は多分「無い」だろう。
だが、名前は明かしておられなかったが、思いがけずリーダーとお話が出来た。
それも、こちらが恐縮するぐらいの好対応だ。私のこころは満たされた、それで良い。
縁があったらどこかで買えるだろう。

そんなことを思っていたのだが、次の日、何と電話は鳴った。
「先日はお電話頂きありがとうございます。私、デュークエイセスの谷と申します」
昨日と同じ人の声である。
事務所の人では無く、デュークエイセスのリーダー・谷道夫直々の電話だった。

「昨日の電話の件ですが、CD、見つかりました。ハイッ。それでですね、私が責任を以って、これからすぐお送りしますので、ご住所をFAXで送って頂けますか」
デュークエイセスというのは、功名成し遂げた、日本の音楽史に残る大コーラスグループだ。そのグループのリーダーが、ここまで懇切丁寧な応対をして下さる。
恐縮するというのは、まさにこういうときに使うことばである。強く実感する。

「あのアルバムは『今には無い、アナログな感じが良い』って、よくお褒め頂くんですよ」
谷リーダーご本人もお気に召したアルバムであるらしい。なおのこと、待つ身の胸が高鳴る。

翌々日である今日、CDは届いた。直筆の手紙付きで、だ。

手紙の字体から、封筒の宛名もリーダー自ら記されていることがわかった。
5年前、自費出版された自叙伝(「人生はハーモニー」)を購入した、あのときと同じ・・・。

何から何まで行き届いた、人柄を感じさせる今回の応対、胸が詰まった。
今、私は幸福な気分につつまれ、最高の内容のアルバムを聴きながら、この日記を書いている。
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by hakodate-no-sito | 2013-04-20 19:42 | デュークエイセス | Comments(30)

Memories of me

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「伊東ゆかり、6年ぶりにアルバム発売」と知って、小躍りした。
マッテマシタと声を上げたいぐらいだ。
随分と前作から間が出来てしまったのは、音楽シーンの低迷云々よりも1970年代から伊東ゆかりが所属してきた小沢音楽事務所社長・小澤惇が2010年に亡くなってしまったことが大きいのだと思う。
伊東ゆかりにとって、最高のスタッフ(これは言うまでもない)にして最高のファンだったと聞いている。
まだまだ亡くなるには早い年齢(71歳)であり、惜しまれてならない。

小澤没後、伊東ゆかりは新たに個人事務所夢みぃなを設立。今回が独立後第1弾CDとなる。
歌手生活60周年の記念アルバムとなる本作はカバーアルバム。
カバーアルバムは、2002年12月発売の「Touch Me Lightly」以来、10年4カ月ぶり。
自身のヒット曲や持ち歌に、昭和40年代の歌謡曲全盛期のヒット曲をジャズ風にアレンジしたアルバムだ。

記念アルバムなのに、カバーアルバムとは・・・という想いが無いわけではない。
高品質のオリジナル曲なり、ジャズ・ポピュラー曲のアルバムが欲しいのが本当のところだ。
昭和40年代歌謡曲のカバーアルバムというのは、いかにも「1969」(由紀さおり&ピンク・マルティーニ)の線を狙っているようで、複雑な気分だった。

だが、アルバムを聴いたら、そんなことは脳裏から消える。
近年のカバーアルバムは、優れた出来のものでも微かな違和感を覚えて、あまり長く聴き続けられないのだが、この「メモリーズ・オブ・ミー」には無い。

歌謡曲=スタンダードナンバー
と捉えて、見事に生かしている。
ジャンルを越えた価値観がある。

伊東ゆかりという歌手は、何の歌をうたっても一定レベルまで高めることが出来る腕を持った、日本有数の優れた歌手だ。
そこに一流演奏家たちの名演奏。演奏される楽器を踏まえて、その中で最高の編曲を行っている上柴はじめ、David Matthews両名の腕が加わることで、奇蹟が生まれた。

打ち込み音楽全盛の時代とは一線を架した、楽器による演奏、実演の醍醐味が詰まっている。
時代を意識しつつ、自らの音楽観を貫いた感じを受けた。
普遍的な音楽の素晴らしさが、このアルバムにはあるのだ。
長く聴き続けられるアルバムになる予感がしている。

そして、このアルバムには2曲、ボーナストラックが存在する。
1曲はitunes store限定配信限定の「Sentimental Journey」。
そして、もう1曲は山野楽器購入者限定特典盤に収められた「'S Wonderful」。
どちらも素晴らしい出来であることは言うまでもない。

http://www.yamano-music.co.jp/
山野楽器でのネット注文でも、特典盤は付く模様。
このアルバムを購入する際には、山野楽器の店頭販売または山野のサイトからのネット注文、を強く推薦する。

こんな嬉しいボーナストラックを聴いていると
「もしかしたら、この他にもジャズ・ポピュラー曲を録音していて、60周年記念第2弾のミニアルバムでも製作する予定でもあるのだろうか」と、夢想したくなる。
こういうジャズナンバーを英語で唄った伊東ゆかりのアルバムも欲しい。

そして、50年代の米ジャズ界的なアプローチで、シャンソン・フレンチポップスを唄う伊東ゆかりも観てみたい、聴いてみたい。
60カラットコンサートのときの記念アルバムに収録する予定でレコーディングしながら権利関係で叶わなかったシャンソン「別れの詩( Un Dernier Mot d'Amour)」に何とか陽の目をあてて欲しい。
ライブのみのナンバーにしておくには惜しい、勿体無い。もう6年も前のことだが、未だに忘れ難いのだ。

追記)
近年、伊東ゆかりの懸念材料となっている喉の不調も、ボイストレーニング(製作クレジットにトレーナーの名が記載されている)が功を奏し、大幅に改善されている。
演奏、編曲が優れていて。歌声だけで引っ張らなくてはいけないアルバムではないので、多少の喉の掠れなどはしっかりカバーされている。(オケと歌は別録りだそうだが、オケ作りの段階から伊東ゆかりが立ち会ったことが大きいのだろう)そういう点でも実演的なアルバムだ。

あと、「Touch Me Lightly」以来、アルバム恒例となっている、娘の宙美とのデュエットも、ただただ素晴らしい。良く似た声質が織りなすハーモニーがたまらない。

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「メモリーズ・オブ・ミー」
徳間ジャパンコミュニケーションズ
TKCA-73885 ¥3,000(税込)
2013/04/03 発売

01恋のしずく
作詞:安井かずみ 作曲:平尾昌晃 編曲:David Matthews
02小指の想い出
作詞:有馬三恵子 作曲:鈴木淳 編曲:David Matthews
03天使の誘惑
作詞:なかにし礼 作曲:鈴木邦彦 編曲:David Matthews
04ブルーライト・ヨコハマ
作詞:橋本淳 作曲:筒美京平 編曲:David Matthews
05世界は二人のために
作詞:山上路夫 作曲:いずみたく 編曲:David Matthews
06ふたりの小舟~The water is wide~
訳詩:山川啓介 作詞:Traditional 作曲;Traditional 編曲:David Matthews
07あなたしか見えない(Don't Cry Out Loud)
訳詩:なかにし礼 作詞・作曲:Peter Allen, Carole Bayer Sager 編曲:David Matthews
08ゆうべの秘密
作詞:タマイチコ 作曲:長沢ロー 編曲:上柴はじめ
09白い蝶のサンバ
作詞:阿久悠 作曲:井上かつお 編曲:David Matthews
10逢いたくて逢いたくて
作詞:岩谷時子 作曲:宮川泰 編曲:David Matthews
11白い色は恋人の色
作詞:北山修 作曲:加藤和彦 編曲:上柴はじめ
12片想い
作詞:安井かずみ 作曲:川口真 編曲:上柴はじめ
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by hakodate-no-sito | 2013-04-09 20:14 | CD視聴感想 | Comments(0)

深緑夏代リサイタル

ここしばらく、深緑夏代を一日最低1曲は聴いている。
亡くなったのは高英男と同じ2009年だから、今年は没後4年になる。
生の歌声を聴く機会は数度しか無かったが、どれも素晴らしかった。
全身から発せられるスター・オーラ、エネルギーに満ちた歌声、立ち居振る舞い。
とにかく格好良かった。歌は私の命という台詞が気障に聞こえない、真実の声に聞こえる人。
思い出すとつい涙ぐみそうになる。

深緑夏代は「私はレコード歌手じゃなく、シャンソン歌手でありたいの。たとえ貧乏しても、好きな歌を納得ゆくまでうたいたいの。恥は残したくないの。私に名誉を頂戴」と、レコード吹き込みを拒み、それまではソノシートや宝塚時代に残した数曲しか遺していなかったそうだ。

深緑がシャンソンを唄う度、リサイタルを行う度、レコードを望む声は日々高まる。
有名無名問わず、声が上がる。天津乙女や衣笠貞之助という面々も声を上げた。
身内であるスタッフや弟子たちも、彼らと同じ思いであったことは言うまでもない。

当時石井音楽事務所で深緑の担当だった中村富一と、深緑の弟子で日本コロムビアの音楽ディレクターだった東元晃の両名が賢明に説得に当たり、「ライブ盤なら」「私の好きな歌を唄わせてくれるなら」という条件で、ついに深緑を口説き落とし、世に出たのが「深緑夏代リサイタル」(1973年/日本コロムビア/ALS-5220)だった。

1972年12月6日、芝・郵便貯金ホールでのリサイタルを収録。
編曲は、田辺信一・横内章次(俳優の横内正は実弟)・三保敬太郎。
演奏はコロムビア・シャンソニエとある。どのような顔ぶれだったのかはLPからはわからない。
リサイタルのパンフレットには記載されているのだろうか。
中牟礼貞則が1曲(「死刑囚」)、ギターで参加している。

深緑の20周年に位置するリサイタルの実況録音で、初のLPレコードだけあって、気合が入っている。
歌謡曲の全盛時代で、まだまだミュージシャンの活躍する場所があった時代。
選曲も、演奏も、歌も、どれも素晴らしい。捨て曲なんて言葉は浮かんで来ない。

深緑夏代、当時51歳。老いや衰えという類は影もかたちも無い。
バンバン声が出て、シャウトしている。情熱の塊、灼熱の炎のような歌声だ。
特に「貴方を待つ(Je t’attends)」「貴方を迎えに(Je reviens te chercher)」「インシャラー」あたりは、シャンソンが苦手な人でも取っ付きやすいと思う。

シャンソン界の頂点にある人でありながら、いわゆるJシャンソンっぽくない唄い方じゃないのは本当に面白い。もっとも、これは日本のシャンソン黄金時代の第一世代の人たちに共通していることなのだが。

数年前にコロムビアから発売されたベスト盤に、このLPの音源が数曲収められているが、叶うならばアルバムごと、音源が現存するならばノーカット完全盤で復刻を願いたい。
それだけの価値はある。

あまり知られていない話だが、デビューまもない岸洋子に、ハッキリと「私は生涯シャンソンを唄ってゆくのだ」と決意させたのは、実は深緑夏代の歌声である。岸がリサイタルに寄せた一文で告白している。
この事実ひとつ取っても、深緑がシャンソン界いやポピュラー音楽界に与えた影響は大きい。

岸洋子、深緑夏代ともに石井音楽事務所の所属歌手だった。
他に芦野宏がいて、大木康子がいて・・・まるで夢のような事務所だ。
石井好子が音楽事務所時代の話だけで著書を遺さなかったことを、私は嘆きたい。
関係者で編纂する人はいないのだろうか。もし既に存在するなら、ぜひとも読みたい。

日本のシャンソン黄金時代。
石井好子がいて、高英男がいて、深緑夏代がいて、中原美紗緒がいて、芦野宏もいて・・・。
中原には間に合わなかったが、石井・高・深緑・芦野は間に合うことが出来た私はやはり幸福者だ。
去るものは日々に疎しとは言うが、この面子を、深緑夏代という人を、好事家だけが知る存在にしてはいけない。

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「深緑夏代リサイタル」(1973年/日本コロムビア/ALS-5220)
A-1:そして今は Et Maintenant
A-2:貴方を待つ
A-3:ラ・ボエームLa Boheme
A-4:貴方を迎えに
A-5:不思議ね Ca Fait Drole
A-6:インシャラー Inch allah
A-7:水に流して Non, je ne regretterien
B-1:死刑囚 Le Condamive A Mont
B-2:ルシアン Mon Vleux Lucien
B-3:タバコ Tabac
B-4:すり切れたレコード Le Disque Use
B-5:白衣 Les Blouses Blanches
B-6:おお神様(モンデュー) Mon Dieu
B-7:マイ・ウェイ My Way
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by hakodate-no-sito | 2013-04-02 00:36 | 歌・唄・うた | Comments(0)

佐良直美、待望の新曲「お・か・え・り/100万回アゲイン」発売

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待ってました!
掛け声をかけたくなる気持ちでいっぱいです。

紅白歌合戦13回連続出場、紅組司会5回(歴代1位・タイ)の輝かしい実績を遺す、昭和40-50年代を代表する歌手・タレントの佐良直美が、ふたたび歌の世界へレコーディングだけですが戻って来ました。

それが、2013年3月20日発売の新曲「お・か・え・り/100万回アゲイン」(VICL-36751)です。
この「お・か・え・り」は2010年発売の「いのちの木陰/銀河の子守唄」と同時期に作られたものの、未発表となっていた作品です。作詞:山川啓介、作曲:渋谷毅、編曲:斎藤ネコ。

「いのちの~」のキャンペーンでラジオ番組に出た佐良が「実はもう1曲あるんです。おかえりというシャンソン風の歌で、これはどうにかして世に出したいですね」と語っていたのを覚えています。
念願かなって、世に出て、本当に嬉しいです。

佐良直美の歌で、シャンソン風というと「素顔」(1980年)を思い出します。
「いのちの木陰」「銀河の子守唄」とは、また違う、佐良直美のスケール感・円熟感を味わうことが出来ます。

この歌にも、英語詞が付けられ「The Voyager」という題で、Maggie Kimさんが歌っております。
Maggie kimというのは、佐良直美その人。仲の良かった愛犬2匹の名前を取った覆面ネームです。

もともと歌手としての原点が、ジャズやカントリーであった佐良なだけに、英語詞の方が何かと唄い易いのでしょうね。「The Voyager」、素晴らしいです。

続いて、両A面扱いのカップリング曲「100万回アゲイン」。作詞:山川啓介、作・編曲:菊谷知樹。
菊谷、私は無知で存じ上げませんが、アニメ畑での活躍が知られている方のようです。

シャンソン風のバラードから一転し、アップテンポの応援歌。
佐良の自作曲「花のフェスティバル」を思い出しました。
「いいじゃないの幸せならば」のような歌も、こういう陽性な歌も唄いきれるのが佐良直美の強み。
唄い込んで、ステージにかければ、もっとイイ、ノった感じになるでしょうね。
(こちらは英語Ver.はありません。聴いてみたかったです)

ところで、インターネットを眺めていたら、今回「100万回アゲイン」と共にもう1曲レコーディングされていたという情報が入って来ました。

http://blog.livedoor.jp/inunekoblog/archives/19327413.html

「ゆらり・ゆらり」・・・気になりますね。
このまま、お蔵入りしてしまうのは勿体無いことです。
「お・か・え・り」のように、次回シングル、または待望のニュー・アルバムで披露されることを祈ります。

チャリティーライブという形式ででも、年に1度でも歌のステージへも立って頂きたいものですね。
全盛期の映像はあまり残っていない模様ですし、決定版というべき唄う佐良直美を堪能できる音楽番組も欲しいですね。「SONGS」出演でも決まれば、佐良直美を若年層にもアピールできるでしょうね。
雪村いづみが出たんです、佐良直美が出ても不思議はないのです。
もう少しだけ、歌の世界へも時間を割いていただきたいですね。

http://www.jvcmusic.co.jp/-/Discography/A000347/VICL-36751.html
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by hakodate-no-sito | 2013-04-01 01:33 | CD視聴感想 | Comments(0)