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「雨に唄えば」から、いろいろ思う

この前、BSで「雨に唄えば」を放送していたので録画して、後から観たんです。
物心つくかつかないかのときにおぼろげに見て以来。

私、洋画あまり観ないんです。
嫌いとかじゃなくて興味関心が無いので手が出ない。
あと、洋物好きな人はすぐ邦画や邦楽、バカにしますでしょう?あれがイヤで。
まあ、字幕が苦手とか、そういうのもあるんですけどね(笑)
・・・気が付くと、どんどん遠くなってしまって今日に至っています。

で、「雨に唄えば」ですけど、まあ、とりあえず録画してみた感じでね。
飛ばし飛ばしで、唄ってるシーンばっかりで再生かけて、なんて見方しまして・・・洋画ファンには打っ殺されるかもしれませんね。ゴメンナサイ。

まあ、そんな不誠実な見方をしながら、思わず手が止まったのが、あの・・・ジーン・ケリーですか、男の主役の方が、雨降ってる中で、踊りながら「雨に唄えば」を唄う、あの伝説の、シーン。

♪I'm singin' in the rain
 Just singin' in the rain
 What a glorious feelin'
 I'm happy again

一緒に歌っちゃいましたよ、むろんカタカナ英語で。
かろうじて唄えるのがここまで。ここから先は唄えない(笑)

子どもの頃って、雨降りって物凄く楽しかったんです。
カッパ着て、傘差して、長靴はいて、水たまりにジャブジャブ入ったり、屋根からしたたり落ちて来る雨にあたったり、あじさい見て綺麗だなぁと思ったり。
雨降りの日って、特別なイベントだったことを、ふとプレイバックして。

あのときは、ひとりでも本当に楽しかったなって。
一人じゃなくて、心のおけない友達が近くにいたなって。

あの踊りっぷりは、ホント童心を引っ張り出されます。

それだけじゃなくて、というよりも本来こっちだろうと思うんですけど、あれ、恋の歓びのシーンでしょう。で、仕事、未来への希望が見えて来たシーンでしょう。そう思い直すと、またいろいろ純な感情が沸いて来て。
日本人で、ああいう感じに感情爆発させるのは、学生までじゃないんですかね。
ひどい人だと無いかも。

でも、ああやって喜ぶのって、イイナァって。
心底嬉しそうでしょう。お前は小学生かってぐらいにはしゃいでる(笑)
恋の歓びにしても、先の展望が見えて来たときにしても、あんな風に一喜一憂してたっけ、なんて。

まあ、許しちゃくれないでしょ、なかなか。
恥しいって自制心だったり、嫉妬だったり、いろいろですけど。

でも、あの映画、あのシーンは肯定してくれる、嬉しいときは素直に嬉しいでいいじゃないって。
世代的にもそういうのって無い。ノリって言葉で処理しちゃう。あれ、大嫌いです。ノリ的な雰囲気を見ると胸糞が悪くなっちゃう。
ナナメ的処理に対する不正直さになのか、感情吐露が苦手な自分のコンプレックスを刺激されるからなのか、そのあたり、ちょっとよくわかりませんけど。

それはさておき。終いにゃ、もう涙、出ましたね。
チャンと警官だか警備員の人が「何だ、チミィ?」目で見て・・・って、オチも付いてる。そこもいい。

もう、このシーンは今の映像の世界にはないものですよね。
今同じものはちょっと作れない。浮いちゃう。観てる人も照れたり半笑いになっちゃう。
今ならもうちょっと捻ったりしなきゃダメだし、またああいう表現が出来る人がいない。演じ手も演出する側も。舞台なら違うと思います。

今更過ぎる話なんですけどね。世界有数の名画ですから。
でもね、ホント、素晴らしかった。

と、同時に「雨に唄えば」と「月形半平太」をリンクさせた、トニー谷の「チャンバラ・マンボ」のことも脳内でプレイバック再生。

「あれ、月さま、雨が・・・」
「I Don't Care. 春雨ぢゃ、濡れて行こう」

♪I'm singin' in the rain
 Just singin' in the rain
 What a glorious feelin'
 I'm happy again

昔のアチャラカ喜劇のネタだったんでしょうね。
存在感たっぷりな、顔見ているだけでこっちがニヤリとしてくる喜劇人が山のようにいた時代の。

「月形半平太」は今は亡き新国劇の当たり狂言ですけど、ああそういえばちゃんと見ていないかも、これ。東映の大川橋蔵の映画は僅かに見た記憶があるけど・・・。舞台映像で見てみたいけど、あるのかな。こういう古典的な舞台、今だとどこで観られるんだろう。
新国劇の実質的な後継劇団で、劇団若獅子っていうのがあるんですけど、ここはやっているんだろうか。月形半平太はさておき、一度見ておきたいんですよね、若獅子。

こういう映画や舞台が周囲に自然に在った人たちって、本当に羨ましい。
手を伸ばせば、普通にあるもの。
それって、自分では気が付いていないけど、時や視点が変わると、実は本当に良いものだったりします。
まあ、そう簡単に羨望感って取れませんけどね。
でも、それはそれでいいのかもしれません。いずれ、私もそういう目で見られる人になるでしょうしね。現実に、私は間に合ってる・あの子は間に合っていないってものが出てきつつありますから。

まあ、だから腐らず、今の時代の利器を存分使って、思い切り堪能するもの・術、探しましょう、と自分に言い聞かせております。

「雨に唄えば」を繰り返し自宅で見られるなんて、半世紀前じゃ叶わないぜ、ってね。
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by hakodate-no-sito | 2013-06-28 00:30 | テレビ | Comments(0)

「高島忠夫、5年ぶりのテレビ出演」のおしらせ

コメント欄に高島忠夫さんが久々にテレビ出演されると情報を頂きました。
さっそくインターネットで検索してみると、スポーツ紙の記事が出てきました。

http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20130611-OHT1T00025.htm

鬱病や糖尿病の話は、メディアでも話をされていたので知っていましたが、パーキンソン症候群を患っていることや不整脈~ペースメーカー取り付け手術の話は知りませんでした。
病が続くのは、御歳のことを考えれば仕方ないことなのかもしれませんが、それにしても・・・と思います。

幸い、今は小康を得ていることからのテレビ出演。そこは救いです。
テレビの、民放の番組なので、ことさらに悲劇面や痛ましさが強調されるようなものではない番組であることを祈ります。

録画予約して、しっかり視聴いたします。
情報をお寄せ下さり、本当にありがとうございます。

-------------------------
2013年6月18日、夜7時~、フジテレビ系で放送
「独占密着!真実の高島ファミリー『忠夫さん、死ぬまで一緒やで』~寿美花代 献身愛で闘う夫の病~」
-------------------------


追記)
番組、拝見しました。
糖尿病(インスリン注射が欠かせないレベル)や、パーキンソン症候群(鬱病の薬の副作用である模様)で動作に難が生じている状態でしたが、思っていたよりもずっとお元気そうな様子を見ることが出来ました。
80歳を既に越したことや、鬱が酷かった時期の顔を思えば、確かに小康を得ておられる。
高島さんの、ふわふわとユーモア漂う口調に、鬱からは抜け出せた(今でも薬は少量服用しているそうですが)のだな、とホッとしました。
ドキュメンタリーとして見るならば出来については疑問もありますし、何よりも台本ありきの部分も感じたのですが、この番組はそういうものではなく、高島忠夫の、寿美花代の、元気な顔を見せることが目的です。
実際の姿はカメラに映し出されてなどいないのかもしれません、良いところを中心にうまく切り取ったのかもしれません。ですが、高島さんも寿美花代さんもスターです。人に哀しみを与える存在ではないのです。
建前だらけかもしれなくても、また建前を出せるようになったことを喜びたいです。
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by hakodate-no-sito | 2013-06-13 00:01 | テレビ | Comments(2)

とりとめもなく・・・「Wonderful Time」シリーズ三部作の感想

 この前、やっとアルバム「Wonderful Time / デューク・エイセス狂想曲」が入手できました。これで、「Wonderful Time」シリーズ三部作すべてを聴くことが叶いました。

 「Wonderful Time」シリーズは、デュークエイセスが1988年から1990年にかけて発売したオリジナル・コンセプト・アルバムです。演奏は一貫してアンサンブル・フェローとクレジットされていますが、便宜上の命名で実際は有名無名問わずのミュージシャンによる入れ替わり立ち代りの演奏だったと思われます。
レコードからCDへ移り変わる時期の発売であることや、本シリーズ以降のデュークのオリジナルアルバムは時代の流れから伴奏へ予算がかけられなくなっていくこと、そして第3弾「U.K. Yesterday and Today」はデュークの全盛期を支えた谷口安正トップテナーが遺したラストアルバムになったことなどから、デュークエイセスにとって重要そして特別な意味合いを持つシリーズだと解釈しています。

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 第一弾「Old American Favorite Songs」は題名通り、アメリカのジャズ・ポピュラー・黒人霊歌(スピリチュアル・ソング)を集めたアルバム。どれも、デュークエイセス十八番の十八番、掌中の珠といえる歌ばかり。デジタル録音で、最高のパフォーマンスを収めよう、という考えがあったのではないでしょうか。
アレンジャーはデュークサウンドを知り尽くしている八木正生に、当時トップクラスの人気作編曲家でピアニストであった羽田健太郎、吹奏楽音楽に強い真島俊夫の新旧取り混ぜた顔ぶれ。がっちりとデュークコーラスを盛り立てています。
 この時期になると、売れ筋の歌手・アーティストとは言えないベテラン・中堅歌手のシングル曲・アルバムのオケ(伴奏)が、軒並み予算がかけられなくなって、いわゆる「打ち込み」というチープなシンセサイザー音が目立つものになっていきますが、このアルバムはその流れに反発するようなフルバンド・サウンドが全面展開されています。アカペラも3曲収められ、純然たるボーカル、コーラスの力で聴かせます。
 「いい音楽、いい歌を聴いて欲しい」、そんな密かな自負が秘められたアルバムのような気がいたします。
勿論、ベテラン中のベテランとなっているデュークエイセスは、青臭いところや肩の力が入ったところはありません、見せません。大人、プロフェッショナルの余裕すら感じます。
おそらく、デュークのオリジナル・コンセプト・アルバムでもトップクラスの「格好良いデューク・エイセス」を堪能できる作品なのではないでしょうか。私が聴いているアルバムでは、25周年アルバム「ビバ!!コーラス コーラスの仲間たち」と並ぶ横綱級に大好きなものです。思い切り感情的かつ差別的なことを言わせて頂きますと、この2種類、聴いてピンと来ないヤツとはガッカリして話をする気が大幅に失せます。それぐらい好きです。

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 おそらく、ファンからは大喝采を以って受け入れられたであろう「Old American Favorite Songs」の余波を受けて製作されたであろう作品が第二弾「デューク・エイセス狂想曲」です。デュークの33周年コンサートのプログラムを基に作られたアルバムで、編曲はデューク音楽には欠くことの出来ない、お馴染み八木正生が担当しています。また、監修に現在までデュークのブレーンとして関わりを持っている和田誠がクレジットされています。
 本アルバムでは、ポップス化されたクラシック音楽を唄っています。実質的には二部構成で、前半がクラシック音楽を元にした洋楽ポップス・ポピュラー曲を、後半はクラシック音楽に日本語詞をつけた新たな息吹のポップスを、それぞれ唄っています。
スキャット(正しくはボーカリーゼ)形式で「アランフェス交響曲」も歌っており、このボーカリーゼは40周年アルバム「DUKE BOX'95」でも披露されるなど、デュークの大事な歌の路線となります。
18周年コンサートでも唄われた懐かしいナンバー「白鳥」の再録音や、コミカル・デュークが炸裂した「化石の森」も、聴いていて嬉しくなります。
 本アルバムの聴きどころ、メインとなるのは、アルバム後半に収められたチャイコフスキーの「くるみ割り人形組曲」の日本語カバー。
このカバーは、和田誠がデュークエイセスのブレーンとして本格的にコンサート・リサイタルの構成・演出を担当し出した1972年の17周年コンサートが初披露。
和田誠ととしても宿願のレコーディングだったのではないでしょうか。
さすがはデュークエイセスだけあって、長年唄い込んだことで、磨きに磨きをかけた歌に仕上がっています。
デュークらしい、華やかさ、朗らかさ、大人らしさ、コミカルさが詰まった、見事なオリジナルソングです。
 2002年に発売された、現在デューク唯一のコンサートDVD「時計が回れば(デュークエイセス45周年記念/1500曲マラソンコンサートゴールイン!」(TOBH-1039)には、1972年クリスマスに放送された「私が作った番組」(東京12チャンネル/現・テレビ東京)で披露された「アラビアの踊り」の映像が収められています。
唐突に近い収められ方なので、最初にDVDを視聴したときには違和感を覚えたのですが、それはさておいて、デュークにとっても思い入れのあるカバー(オリジナル作品)なのでしょうね。
 「デューク・エイセス狂想曲」は、ファンサービスとデューク側の思いをバランスよく取り入れたアルバムで、ファンにはたまらない作品ではないでしょうか。

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 そしてデュークエイセス35周年のメモリアル・イヤーに発売された第三弾「「U.K. Yesterday and Today」。石田豊アナウンサーの寄稿文によると、この頃「Wonderful Time」シリーズは、デュークのライフワークともいうべき存在、そして、それだけファンから期待されていたアルバムになっていたこともわかります。これまで数多くの高品質な、意欲的なアルバムを送り出しているデュークですから当然の流れです。
ここでは、イギリスの新旧ポップス・ポピュラー曲が取り上げられています。
U.K.はユナイテッド・キングダム、つまりイギリスのことです。
同じ英語圏でも、イギリスと、デュークの得意とするアメリカは英語の文法をはじめ、似て非なるところが多いようで、果たしてどうなのかと思いますが、そこはプロフェッショナル・デュークエイセスなので、しっかりデュークサウンドに消化して、及第レベルで唄っています。
「アニーローリー」「埴生の宿」といった日本人でも懐かしいメロディから、ビートルズナンバー、ミュージカルナンバー、そして「ケアレス・ウィスパー」まで。その幅の広さには、相変わらず圧倒されます。
1984年に歌番組「魅惑のファンタジー」(NHK)で披露されるなどしていた「メモリー」も本アルバムでやっと初収録。前述のDVD「時計が回れば」でもアンコールナンバーとして唄われるなど、現在までデュークエイセスの重要なレパートリーになっています。

 編曲は、横内章次・八木正生・真島俊夫・佐橋俊彦の4名。
今、トップクラスの作編曲家としてテレビや映画でも活躍している佐橋俊彦ですが、デュークとも仕事をしていたとは驚きでした。若手にもしっかり目を配っていたのですね。ストリングスの使い方が、今日見受けられる佐橋サウンドと共通するものがあり、早いうちから自己のカラーを確立していたのかと、これもまた再発見。
長年デュークエイセスの音楽面を支え続けた横内章次・八木正生は、オリジナル・アルバムでの仕事は本作がラスト。八木正生は、青山学院(八木は高等部卒、谷口は大学英文科卒)つながりでもあった谷口安正の後を追うこと約3ヵ月後の1991年3月4日に亡くなっています。
本アルバムは、八木の仕事としても最後尾に位置するものにあたります。

 「もし、谷口メンバーが健在であれば『Wonderful Time』シリーズは続いていたのか」と、ディスコグラフィを見ながら考えるときがありました。ですが、「にほんのうた」は全4作。「デューク20」シリーズは全4作、「日本の歌」は全3作。時期的にも、作品の流れを考えると、やはりこれで打ち止めだったのだろうと思います。
敢えて4作目を考えるとすれば、「にほんのうた」「デューク20」「日本の歌」に続く、オリジナルのデュークソングの新作が収められたアルバムだったのではないでしょうか。

今回「Wonderful Time」シリーズを通して聴くことで「谷口安正さらに八木正生の死を以って、デュークエイセスの黄金時代は幕が下りてしまった。これは厳粛なる事実なのだ」ということを痛感しました。
と、同時に、ここから新たなデュークエイセス像を作り上げて唄っていった飯野知彦トップテナー時代のことの凄さ、素晴らしさもまた見直していく必要も確実にあるようにも感じました。

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 先日久々に40周年アルバム「DUKE BOX'95」を引っ張り出し、飯野ボーカルによる「虞美人草」「私の天気図」を聴きました。私の知っているデュークエイセスはこの頃からのもの、という思い入れもないわけではありませんが、そういう贔屓目を抜きにしても、やはり飯野メンバーの歌は魅力的です。
今のところ、谷口時代のデュークの方に興味・関心のウェイトが置かれているのですが、デュークのオリジナルソングに新たな息吹を与えて聴かせた飯野知彦という人もまた聴き込み直していかなければなぁ、と思っています。そのためにも、「デューク20」シリーズはじめ比較テキストをもっと揃えて、聴いていきたいですね。

 万年金欠病に加えて、極度の気力欠乏症ゆえ、いつのことになるのやらわかりませんが、「いつかは」と思っております。
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by hakodate-no-sito | 2013-06-12 23:36 | CD視聴感想 | Comments(7)

「花影の花」に見た、一女優の極致

ラジオは時として味のある企画で聴取者を楽しませる。
制約が多いテレビよりもラジオの方がある程度自由にやれるのだろう。

数日前、女優の水谷八重子が「NHKラジオ深夜便」に出演していた。
「女優が語る日本の名作」という番組の新企画で、ひとり語りをするという。
ひとり語りの前には、水谷へのインタビューも流れた。

取り上げられた作品は、平岩弓枝・作「花影の花」。
大石内蔵助良雄の妻・りくの生涯を描くことで、別角度から見る忠臣蔵、その後の忠臣蔵を見せる。
1991年、第25回吉川英治文学賞を受賞した時代小説の名作である。

今年(2013年)、新潟市民芸術文化会館りゅーとぴあが企画・製作している「物語の女たち」の第一弾として、水谷八重子がひとり芝居として語り演じ、好評を博している。
このシリーズには、水谷のほかにも十朱幸代、奈良岡朋子、岸惠子、と当世名代の女優によるひとり語りが披露されていくという。企画の壮大さが素人目にも伺える。
(この「舞台・物語のおんなたち」の詳細はhttp://www.ryutopia.or.jp/rmo/をご覧下さい)

先陣を切った水谷の舞台は大盛況であったらしく、それに目をつけたNHKが「女優が語る日本の名作」としてラジオでも披露して欲しいとオファーしたようだ。
(もしかしたら、舞台の企画段階でラジオ深夜便との提携話もあったのかもしれないが、前述の方が話として美しいので、そう思うことにする)

水谷の話によると、当初は単なる小説の朗読であったそうだ。
楽な仕事だと思ったが、会場が能楽堂と知ると、そこで本を朗読している自分の姿が想像出来ない。りくの姿ばかり浮かんでくる。
「りくにならせて欲しい」「どうぞ語りではなく台詞を頂けないだろうか」
水谷は担当者に懇願した。

女優の意見は受け入れられた。
上演台本は原作を参考にしつつも、平岩弓枝自身が舞台用に書いた脚本を元に、ひとり芝居用に作り直された。
小道具は扇子一本のみ。藤間流の宗家が仕草指導をつけた。
舞台には水谷と、音調担当者の堅田喜三代がひとり黒子のようにして居るのみ。
堅田の演奏を背景に、大石りくに扮した水谷が裾をひきながら登場・・・と会場である能舞台を生かしきったステージになったのだそうだ。

ラジオ深夜便で放送されるのは、その舞台の録音ではなく、NHKでのスタジオで新規に収録されたもの。
だから絹ずれの音は聞こえないが、極力舞台通りに録音されたそうだ。

水谷八重子は朗読でも光っている。
以前瀬戸内寂聴作品や「滝の白糸」を語るのを聞き、こんなに凄い人だったかと驚いたことがある。
期待はさらに高まって行く。

インタビューが終わり、いよいよ「ひとり語り」が始まる。
音楽と川野一宇アナウンサーによる物語背景を説明するナレーションが終わり、数秒の静寂の後、物語は始まる。

―豊岡にその年、はじめての雪が一尺近くも積もった日、父に呼ばれて居間へ行った。
「りくでございます。父上、りくでございます。ただいま戻りました。・・・」

ひと声、あの落ち着きのある掠れ声が発せられると、もうそこは江戸の世。
大石りくが、他の登場人物が、暗がりの中から一人また一人と、スポットライトを浴びながら浮かんでくる。

背景音楽は無い。
僅かに笛や、風鈴、小太鼓等の邦楽器による音調が使われるのみ。
あとは水谷八重子というひとりの女優が語り、演じ分けてみせる。
もはや演技というよりも憑依といった方がよい。
ひとり芝居という元来不自然な形態を、極めて自然に物語を展開させてゆく。
新派仕込の下地が光る。

聴いていて、息を呑んだ。
放送という枠を逸脱している。
これは舞台だ、ラジオましてやテレビなどでは絶対無い。

十代の乙女りくを演じる水谷の声に、一瞬杉村春子と同じものを見た。
水谷の声はハスキーで、お世辞にも若い処女の声とは本来なら言い難い。
だが、ちゃんと乙女の声に聴こえるのだ。

森光子の「放浪記」、杉村春子の「女の一生」、初代水谷八重子の「婦系図」…
もはや絶滅してしまった大女優がその芸を、その技を、鮮やかに見せ客を沸かした人気演目。
それと同じものが、そこにあったのである。

以前CDやテレビで見聞きしたときよりも、格段に腕を上げている。
そして、ここまで完成度の高いものを見せながらも、まだどこかに伸びしろがあるようにも思える。
これは畏敬というよりも畏怖すら覚えてくる。

だが、インタビューを受けている水谷八重子からは、とてもそのような腕と技を持つような雰囲気は感じ取ることは殆ど出来ない。
はにかみ屋、温厚さといったものは滲み出ていても、凄みは無い。貫禄もさして無い。

だが、それはフェイクなのである。
彼女は名実共に大女優の立場にあるが、「大女優と呼ばれるのはこそばゆい」と大女優と称されることを拒絶している人だ。
「そんなものは舞台に関係ない、権威なんてものは真っ平御免」「かたっくるしいのはイヤ」という水谷の反骨精神から、敢えて大御所然としないだけなのである。

この姿勢が、どれだけ誤解を受けているか。
もっと大女優然とされれば、どれだけやりやすいだろう、と思うこともある。
だが、彼女はそうしないのである。
大女優であることを拒絶し続ける大女優なんて、他に私は知らない。

こんなに、わかりやすくて、わかりにくい大女優は珍しい。
ひとたび魅力を知ってしまえば、これほどクセになる人もいない。
(そして、それすらも母譲りのような気がするのだから、先代八重子という人もこわい)

水谷の演技は舞台に特化しつつある。
たまにテレビドラマへ出演されても、次元が違うので他の出演者とあまり噛みあわない。
水谷良重の昔はそんなことはなく、ドラマや映画だと媒体に向いたサラッとした演技・台詞回しで見せていたのだが、いつの間にかそういう切り替えはしなくなったようだ。
今の水谷八重子を生かしたテレビドラマの話があれば良いのだが・・・。

今回のラジオ放送は、メディア向きじゃなくなりつつある水谷にとって、珍しく本領の芝居をじっくり見せるものになっている。
ラジオ深夜便での「花影の花」の放送は、全4回。 まだ3回分残っている。
映像ではなく、音声のみだからこそ伝わってくるものが十二分に詰まっている。

ながら聞きするには少々重い。どうぞ静寂の空間の中でじっくりと向き合うことをお勧めしたい。

残りの放送は

6月9日25時台
7月6日25時台
7月13日25時台

NHK第一放送(FMでも放送)
「NHKラジオ深夜便・女優が語る日本の名作・花影の花(平岩弓枝・原作)」
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by hakodate-no-sito | 2013-06-08 00:01 | 古今俳優ばなし | Comments(0)

異次元への誘い~千昌夫・新沼謙治ジョイント歌謡ショーへ行く

敷地に入ると、そこは異次元だった。
自転車がびっしり並んでいる。
チケット売り場にも、人、人、人。

見事に年配層ばかりだ。
チケット売場に並んでいる人たちは、スーパー等で配られる割引優待券を片手に握りしめている。
考えることはみんな同じらしい。

「残念、もうそこの席は売り切れちゃったんだよね」
「もっと早く来てくれれば、あったんだよ、席。そこンところ間違わないでね」
「○○円なら立ち見だけど、××円なら席、座れるよ。どう?」
くだけた口調で巧みに話を進めていく、ちょっと一般人とはオーラが違う、いかにも興行関係者(会場スタッフ)が声をかける。
××円は○○の2倍の価格だから、みんな立ち見を選ぶ。

どうこうするうちに私の番が来た。
「お兄さん。お兄さん若いんだから席座んないと」
口のうまいオッサンスタッフが話しかけてくる。
「若いので、敬老精神で席を譲って立ちます」
一度、立ち見というものも経験してみたかったのだ。

会場となる市民ホールの中は、60歳以上の高年層で埋め尽くされており熱気が凄い。
立ち見の席は当然一番後ろだ。通路なので、そこそこ換気もされて蒸していない。
通路の真ん中が空いていたので、そこを陣取る。これでステージが正面から見られる。視界は良好だ。
一番後ろの座席には柵がある。
そこに寄りかかり掴まりしながら見れば、ヘタに席に座るより余程楽に見られる。
尾てい骨が少し出っ張っているので、長い時間座っていると痛むのだ。

ショーは二部構成。第一部は地元演歌歌手コーナー。いわゆる前座だ。
素人っぽいオバチャンが開幕のあいさつ。
「××レコード専属、●●●さん『△△△』、どうぞ拍手でお迎え下さい」
MCに促され、見たことも聞いたことも無い演歌歌手が出て来た。

オッサンだ。名前も曲名も記憶出来なかった。
恰好は覚えている。バナナの皮のような色をした、安っぽい上下のスーツ、靴は白。
歌は・・・ハッキリ言って私の方がうまい。
声質も魅力に乏しく、発音も音程も不明瞭になる箇所が見受けられる。
それでも間奏中に花束を持って来る人がいた。たぶん、身内だろう。

その次もやはりオッサン。
山本譲二の「花も嵐も」を唄っている。前の人よりはカラオケ演奏の質も歌も良くなっている。
でも、声量が足らず発音も時折不明瞭になる。
話し方も唄い方もどこか胡散臭さが漂っている。ジゴロっぽい。
カラオケスナックやアマチュアカラオケ教室か何かの人気者なのだろう。オバサン数人が声を掛けたり、花や御祝儀袋を持って、握手をねだる。
演歌の世界は、花束だけではなく御祝儀袋も手渡すものらしい。
そういうのは梅沢富美男や浅香光代のような大衆演劇の世界だけだと思っていたので衝撃だった。
さして魅力の感じない歌がさらに1曲続く。
何の唄だろうと考えていて、歌の途中で何とか思い出す事が出来た。
クールファイブ(前川清)の「女のくやしさ」だった。
「俺の清に謝れ」とジゴロに文句を言いたくなった。そういう出来である。

未知の世界に最初は興味津々だったが、つまらない歌を続けて聞かされて、軽く苦痛を覚え出したところで、女性歌手ふたりが出て来た。

何とかアスカという人と、タカダトモエという人。
唄ったのは「恋のバカンス」、先のオッサンたちとはレベルが変わる。
やっと聴ける歌になった。声質も良い。
ただ、この「恋のバカンス」、かぎりなくこまどり姉妹寄りだった。

何とかアスカは、水森かおりが着るようなブルーのロングドレス。
タカダトモエは、潮をイメージしたような柄の着物。

このあたり、いかにも演歌的な、B級歌謡ショーっぽい。

何とかアスカはタカダトモエの弟子らしい。
タカダトモエはベテランらしく、テンポよく話しながら、笑いを取っていく。
第二部に出演する歌手とも、一度づつ競演させてもらったことがあって楽しみにしていました、というヨイショ的なトークも忘れない。

ある程度話して、タカダトモエは舞台袖へ。お弟子さんひとりで歌い始める。
林あさ美が唄っていた「つんつん津軽」、次いで「最後の雨」。
遠目からなので、年齢確認はし難いが、20代から30代といったところだろう。
東京に出て、歌手を目指した時期もあったが、挫折して帰って来た。でも歌はやめられなかった。
ということを話していた。歌もうまかったし、良い声をしている。
歌の世界で陽の目を見るのは本当に難しい、とつくづく思う。

何とかアスカが程良い余韻を与えステージを終えたところで、タカダトモエふたたび。
御歳の頃は、40代前半から50代ごろのように思った。
父親が民謡歌手で子供の頃から唄っていたというだけあって、こぶしが回る。
島津悦子に二葉百合子成分をやや濃いめに混ぜた感じだ。
そこそこ知られている演歌(失念)に、(望郷じょうんがら」を唄い、第一部を〆る。
歌のエンディングと、幕を下ろすタイミングがズレて、少々間の悪さを感じるラストだった。

ここまで約30分。1時間ぐらい続くのではないかと思っていたので、正直ホッとした。
「準備が整うまで、しばらくお待ちください」というアナウンス。
トイレ休憩も兼ねているのかな、と思ったが10分もしないうちにブザーが鳴り第二部突入。

「大変長らくお待たせて致しました。さぁ・・・もう少々お待ち下さい」
聞き覚えのある、訛ったオッサンの声が聞こえる。会場大ウケ。これは伏線につながる。

幕が開き、舞台袖から登場したのは新沼謙治。歌は「嫁に来ないか」。
残念ながら第二部もカラオケだ。
だが、そんなことはここでは問題にならない。会場のボルテージが恐ろしいまでに上がる。
ケンチャーンと中年女性がめいっぱい作った高い声による掛け声が飛び交う。
一部が65点なら、二部は初っ端から120点ははじき出している。

新沼にも御祝儀袋が飛んだ。間奏のときにスタスタとステージに寄り、袋を置く。
握手はして貰い御満悦で引き上げる。その後のトークで新沼、戸惑いを店ながらしっかり笑いに仕立てた。

歌は惜しみなくヒット曲が投入される。
演歌ヒットチャート上昇中の「雪の宿」そして「津軽恋女」。
「津軽恋女」は、歌がやや崩れている感じを受ける。調子が悪かったのだろうか。

会場のボルテージはどんどん上がっていく。
「客席へも廻りながら唄いたいと思います」というマッケンジー。
「情け川」「ヘッド・ライト」を引っ提げ、会場を回る。

狂乱状態。
AKB48だのももクロだのジャニーズといった歌手・グループのファンも真っ青である。
くたびれた中高年(50歳代後半から60歳代、70歳代)のオバサマ、オッサンが恐ろしい勢いで群がる。
わざわざ席を抜け出し、だいぶ離れている場所にいるマッケンジーのもとまで駆け寄る人たちが続出している。
女性だけではなく男性もそう。何がそこまで掻き立てるのだ。
・・・そういえば「スター誕生」出身のれっきとしたアイドルだった。
まだアイドルとして健在なのだ。

ニーヌ・マッケンジー、スルーせずに律儀に応対していく。スタッフが交通整理をしているのだが全然おっつかない。マッケンジーもそのエネルギーに圧倒されている。
握手をしながら唄うということが得意じゃないらしい。
歌に入り込みたいときでも、お構いなしに求められる握手の洪水。
私の見ている場所に近づいたときの新沼は少々くたびれた顔をしていた。

客席を回っている間に、舞台には椅子とギターがセットされた。
嵐の握手攻めを何とか終えて、ステージに戻る新沼。
「これで、落ち着いた雰囲気になりました」と、トボけ口調で笑いをとる。

ぼつぼつと亡くなった奥さんの話。
2011年は、妻の母、妻、祖母、と身内を続けて三人も無くしたらしい。
湿っぽさはなく、サラリとしているのは立派だ。
阿久悠の新沼評「爽やかに哀しい男」が頭をよぎる。

年齢の話を絡めながら、ギターの弾き語りで「赤いハンカチ」「愛燦燦」。
。ギターはところどころたどたどしくなるのだが、歌はなかなか聴かせる。

「愛燦燦」に続けて、もう1曲聞き覚えのある歌を弾きはじめる。
♪ひ~と~り~(裏声)
これはキーが高くて唄えないんです、と会場の爆笑を誘う。

僕の歌の先生は、藤山一郎さんのお弟子さんにあたるんです、という話をしながら古賀メロディを2曲。「酒は涙か溜息か」「影を慕いて」。
新沼謙治が五木ひろしのモノマネをやっているようで、これは関心しなかった。

最後に、先週の「NHK歌謡コンサート」でも歌った自作曲「ふるさとは今もかわらず」。
なかなか良い歌だった。でも、カラオケではやはり淋しい。

ここで新沼の出番は終了し、大トリが登場する。岩手は陸前高田が誇る大エンターテイナー・千昌夫。
やはり演奏はカラオケ。ただし、バイオリニストの女性一人が千と共に舞台へ登場、カラオケに合わせて弾いていた。
紅白でも歌った「君がすべてさ」が1曲目、続けて「味噌汁の詩」。
御当地向けの小ネタを挟み、客いじりを行い、バッカバッカ笑いを取っていく。
何よりあのキャラクターの魅力でグイグイ押して来る。
新築祝いで1曲唄ってと頼まれたので「すきま風」を唄って顰蹙を買っただの、吉幾三はお通夜で「幸せなら手を叩こう」を唄って、袋叩きにあっただの、手拍子は揉み手ではなく手を伸ばしてお願い致しますだの、「味噌汁の詩」のラストをマミーと絶叫して〆たり、舌好調。
さすがに不動産・借金ネタは無かったが、ジョーン・シェパードはしっかりネタにしていた。
客席を廻って唄うときも、延々ネタを仕込み、きびきびと握手し、パッと切り上げて行く。手馴れたものである。
さすがに千昌夫では握手の狂乱洪水は発生しなかった。

千の持ち時間30分、絶えず笑いを挟み込み、だれさせない。終演時間を5分オーバーするぐらいに全力投球である。
次第に歌を聴いているのか、漫談を聴いているのか、段々わからなくなる。
千以前のステージの記憶が薄れ、どんどん千昌夫に侵されて行く。

もっとも充実感はたっぷりある。
「北国の春」「望郷酒場」「還暦祝い唄」「いっぽんの松」「星影のワルツ」。
どの曲もヒット曲だったり、そこそこの知名度を持つ歌だったり、ネタにしやすい歌だったりするのだから当然ともいえる。

世界三大ワルツで御馴染の「星影のワルツ」で、ENDかと思いきや、しっかりアンコール。
「『津軽平野』が残っておりました」
とさらに1曲。そしてラストは「夕焼け雲」。

外人との付き合いが長いもんで、ついつい他の人もアチラ風に呼んでしまうというフリで、ニーヌ・マッケンジーが登場。
「夕焼け雲」を軽くハモる。

フィナーレは舞台の幕が下りるものでは無かった。
何と唄いながら、そのままロビーに向かう形だった。
舞台のトークで散々ネタにしていた、手ぬぐいや色紙付きCD販売・握手会をしに直行したのだ。

終演後のロビーの盛り上がりは半端ではない。
「握手はタダです!」というインフォメーションもあり、みんな群がること、この上ない。
あまりの人の多さに気後れして、握手はしてもらうのは遠慮したが、手ぬぐいは買った。
中央に「北国の春」を唄っていた当時の千昌夫の格好がイラストで描かれ、左右に「北国の春」「星影のワルツ」の歌詞が載っている。
綿100%。イラストは、寅さん風でも東京ぼん太風でもあるが、いずれにしても全然似ていない。
ただ、手ぬぐいとしてのモノはしっかりしていて割合良い感じだ。これで500円なら、実用でも話のタネ用でも充分おつりが来る。
芸能人グッズとしては異例の良心さだ。

帰る前に、人の山を覗き込んで、顔を真っ赤に汗をたらしながら、ひとりひとりに握手をしている千の姿は確認した。
あれだけテンションの高いステージを見せて、そのまま握手会へ突入というのは、凄い。
バイタリティたるや、並ではない。
音割れはするし、離し過ぎて音が取れていなかったりするマイクの使い方のヘタさも、魅力に思えて来るから不思議だ。

歌の世界と実業界、伊達に二つの世界で天下を取っていないし、そりゃモテるわなぁ、とやけに納得して帰路に着いた。
チケット売り場には、約3時間後に行われる次の公演の席を入手すべく、やはり割引優待券を握り締めた人の列が出来ている。
来たときのスタッフの話は、本当のことだったらしい。この勢いだと次回公演も満員だろう。

こうして最後まで私は異次元に圧倒されっぱなしだった。
帰るとき、千昌夫や新沼謙治の歌を口ずさんでいたことは言うまでも無い。
演歌パワー、中高年パワー、おそるべし。

(2013年6月5日 函館市民会館大ホール)
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by hakodate-no-sito | 2013-06-07 16:57 | 歌・唄・うた | Comments(6)

唄い続けて半世紀 舟木一夫コンサート

2013年5月14日、肌寒い夕暮れどき。
湯の川にある、函館市民会館の前に、私は来ていた。
「何年ぶりかな、最後に来たのは小沢昭一を観に行ったときだから、えーと・・・」

函館市民会館は、幼稚園~小学校~中学~高校と、ずっと縁があった。
大ホールへは何十回と客席に座っている。舞台にも立っている。
小ホールも含めて、社会見学の一環として、舞台製作・利用者として、観客として、隅から隅まで見て回っている。旧知の仲といってもいい、懐かしい建物だ。

最後に来たのは、小沢昭一の口演のとき以来になるが、あのときはマチネーというのか昼下がりの公演だった。夕刻~夜に、ここへ来るのはいつ以来なのだろうか。

「もしかしたら、布施明のコンサートのとき以来かもなぁ・・・」
布施のコンサートは、私が高校三年のときに観たはずだから、そうすると、約8年ぶりになるのか。随分とご無沙汰をしていることに気付くと苦笑したくなった、これでは昔の女じゃないか。

入り口前は、込み合っているとまでは行かないが、並ぶ必要はある程度に人はいた。
格安招待券が出ているようでは、随分淋しい客入りになっているのではないかと思ったが、そうでもないらしい。ちゃんと正規ルートで、良い席を買っている人もいれば、私のように割引券持参で当日チケットを求める人もいる。
コアなファンだけではなく、一見さんも気軽に来られるように、ちゃんとバランスが取れているようだ。ホッとする。

ロビーでは、多くのグッズが売られている。
生写真(プロマイド)、シャツ、写真集(数種類存在)、タオル、うちわ、キーホルダー、ストラップ・・・歳は重ねどもアイドル的存在であることに変わりはないらしい。
さすがは、御三家。今でも大劇場で座長公演が出来る人気を持っている人だけある。

「おや、CDは売っていないのか」
あった、あった。ただし、コーナーはシャツやプロマイドを売っているコーナーより小さい。
DVD、CDアルバム、シングルCD、シングルカセットと取り揃えている。

安値で観ることが出来たので、何かお土産がわりに買っておこうと思った。
手に取ったのはシングルCD「明日咲くつぼみに」。
これは昨年発売した舟木一夫のシングル盤だ。
もとは永六輔が、親しくしていた三波春夫のために作った歌になる。
「歳を取って「俵星玄蕃」や何かが歌えなくなった、晩年に歌えるような曲を」という想いで作られたのだが、CD発売こそされども、ステージで歌う機会はほぼないまま、三波は病に倒れ、逝った。
数年前、三波春夫の特集番組でこの歌が取り上げられた際、たまたま舟木がその番組を観ていて、自分も歌いたいと申し出て、シングル化されたのだ。

昨年、NHK歌謡コンサートで、この歌を披露している姿を見て、「ああ良い歌だな、良い感じに歌っているなあ」と印象に残っていた。この歌の存在が、この会場へ足を運ばせるきっかけになったといってもいい。

いよいよ、ホールの中へ入ると、人の熱気なのか、スモークなのか理由かわからないが、薄く霧がかっている。
60~70歳代の女性で賑わっていた。
見渡す限り、昔のお嬢さんばかりだ。
夫婦連れだって来ている人も、そこそこいる。

だが、張り切っている女性陣と対象に、男性陣はあまり元気がない。
運転手がわり、付き人がわり、留守番させるとかえって手間がかかるから連れて来られた・・といった感がアリアリとしている。

男女間の平均寿命の差はここにあるのだろう。

くだらぬことを考えているうちに、開演5分前のブザーが鳴り、アナウンスが聞こえ出す。
携帯電話の電源を切るかマナーモードにして欲しい、という定番の注意のあとに「ペンライトの使用はステージ構成の妨げになりますので、お止めください」ということば。

KAZUO FUNAKIでペンライト!?
え、え、え。

改めて、プロマイド(生写真)や写真集が売られているだけあることを認識。

これから始まるコンサート、果たしてどんな世界が待っているのだろう。

―まもなく、開演いたします。

いよいよ、ショータイムが始まる。

幕が開く。
ステージ中央に設けられた階段を降りながら、舟木一夫は唄い始めた。
題名はよく知らないが、何となく聞き覚えのある歌だ。

唄い終えると、「いやースミマセン、実は昼の公演のときに言い忘れていたことがあるんです。・・・ようこそ、いらっしゃいました。ラストの歌うたいながら、『アレ、俺、さっき挨拶したっけ』なんて初めてそこで気付きまして・・・昼の分も合わせて、ようこそいらっしゃいました」

全然気張っていない。
大人の余裕というのか、「同世代同士、気軽にリラックスして楽しみましょう」という雰囲気で全編進められていった。

曲の合間に挟まるMC(お喋り、トーク)も、ベテランだけあってうまい。
多少誇張を交えながら、しっかり笑いを取っていく。
話す長さも適切。MCが長くなり過ぎることは戒めているようで、その辺も好感が持てる。

一世を風靡した人だけにヒット曲も多い。
私は舟木一夫にさして関心がないし、事前におさらいもしていないので、パッと題名が出てこない曲がままあるのだが、それでもどこかで聞き覚えがある。

まったく知らない曲、よく知っている曲、何となく知っている曲。
コンサートで聴く歌を、3種類に分けてみる。

よく知っている曲は、やはり盛り上がる。
何となく知っている曲だと、好きな人はワーっと来るが、そうでもない人はふーんと来る。
まったく知らない歌を聴くのは、なかなか大変だ。
聴いたところで、受け入れられるかというと、これもまた大変だ。

舟木一夫のコンサートの場合、この3種類の歌の割合が絶妙だった。

ベースは全盛期のヒット曲。大ヒット中ヒット織り交ぜる。
その中に、サラッと近年の曲が盛り込まれている。繋ぎ方がうまいのだ。
客側のペース配分ということもよく考えている。
だから、どの歌も流れでスンナリと聴けるし、またチャンと聴かせるだけの力がしっかりとあるのだ。
「昔の名前で出ています」だけではない、今の魅力を持ち合わせている。
近年のレパートリーとして唄っている「浮世まかせ」「船頭小唄」の味は、若い頃には出せないものだ。

私だけがそう思っていたのでないらしく、コンサート終了後、「今の歌、入ってないの!?」と言いながら、CD販売コーナーに群がる、一見のオバサンがいっぱい居た。

全盛期のような張りのある歌声が失われていることが気にかかり、長く興味が持てずにいた舟木一夫なのだが、いざステージを鑑賞してみると、その考えを改める必要があることに気付いた。

前述した通り、舟木のコンサートの雰囲気は、緊張感を有するものではなく、「同世代の皆さん、リラックスして楽しみましょう」という類のものだ。
だから往年の歌いっぷりよりも、現状の肩の力の抜けたロートーン的な歌い方の方が確かに楽に聴ける。

勿論、声質の衰えという問題もあって、それを踏まえたうえで、どうすれば良いステージになるかを考えた末に生まれたのが、今のコンサートの雰囲気であり、唄い方なのだろう。

雰囲気というのは、ものによっては、なかなか映像からは伝わりにくい面もある。
だから場の空気を知らず、映像だけで見ても脳内補完できなかったりする。

舟木は座長公演やコンサートで満員御礼が今でも出せる人なのに、テレビで見ても一向に魅力がわからなかった。その理由が、わかったような気がした。

満員御礼というと、函館の地でも舟木一夫人気は健在であった。
舞台の左右に3つづつ、横長のテーブルが置かれてあり、何なのだろうと思っていたら、ファンが持ってくる花束置き場なのだ。

2曲目、3曲目、4曲目と唄う間に、ゾロゾロとファンのおばさまが花束や紙袋を持ってステージへ駆け寄ってくる。それをひとつひとつ受け取り、握手をして帰す舟木。
あの姿勢、腰に負担がかかるだろうと思うのだが、テーブルまで用意しているところをみると、ファンサービスの一環として、また舞台の彩り・アクセントとして位置づけて、大事にしているのだろう。

50年の歌手生活。
紅白落選に、数度の自殺未遂騒動なども重なり、低迷期も長くあった。
プレ30周年コンサートの成功で第一線に返り咲き、今日に至るが、その低迷期のことがあるからこそ、一層ファンを大事にしているように感じた。

「まずは55周年を目標にそこまではやろうと思っております。皆さん、そのときもコンサートに来られるだけの体力を維持し続けて下さい」という言葉は笑いにくるんであったが本心だろう。

もっとも「銭形平次」を唄ったときに、会場の2/3近く(=良い席で見ている方々)が立ち上がり、手拍子を行い、間奏の間にラケットでサインボールを飛ばすアクションのときには、我も我もと群がるファンの姿は、5年はおろか20年ぐらい余裕で元気そうなパワーに満ち溢れていた。

まだまだ、舟木一夫人気は安泰だろう。
余韻に浸りながら、コンサート中で最も盛り上がった「学園広場」を口ずさみながら、帰路に着く。

楽しい夜だった。
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by hakodate-no-sito | 2013-06-05 06:43 | 歌・唄・うた | Comments(2)