年齢不詳な若人が唄の話を中心にアレコレと・・・


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サム・テイラーと井沢八郎

以前、ある方の好意で50枚ほどレコードを頂戴した。
しばらく中断していたが、数日前からふたたび、その頂戴したレコードのPC取り込みをしている。
不調のレコードプレーヤーを使っているので、取り込みは1曲ごと。長い曲だと、途中で止めるなどしながら数度に分けて録音したものを切ったり張ったりと編集することになる。
難しいことはしていないものの、それなりに手間がかかるし、1曲ごとの作業ゆえ、ある程度しっかり聴かざるを得ないので、体力いや気力がないと出来ないのだ。

昨晩も、取り込み作業をしていた。
最初は前日の続きで、サム・テイラー(Sam "The Man" Taylor)のLPアルバム「ブルースをうたう」。
そして「男船 井沢八郎ヒット歌謡集」。

サム・テイラーのアルバム、「ブルースをうたう」といっても黒人音楽なBluesではなく、歌謡曲のブルースの方である。

「別れのブルース」「熱海ブルース」「夜霧のブルース」と戦前戦後の作品から、歌謡ブルース全盛時代の「銀座ブルース」「恍惚のブルース」「東京ブルース」「港町ブルース」「盛り場ブルース」「女のブルース」「新宿ブルース」・・・と和製ブルースが14曲収められている。

基本的に名曲ヒット曲ばかりだが「あなたのブルース」「函館ブルース」という、今では渋い(コアな)立ち位置に置かれていそうな曲や、今や余程の歌謡曲好きじゃなければ知らないであろう「夜のブルース」や「モーニング・ブルース」なんて曲も取り上げられている。

時代の流れで忘れられた曲を楽しむのも、今日なおも知られる曲を楽しむのも、どっちも楽しい。

誰が唄っても演奏しても大好き「東京ブルース」はやっぱり良いし、「モーニング・ブルース」は隠れた名曲というべき洒落た歌だ・・・など。

もっとも、どちらの場合も好きな歌、あるいは嫌いではない歌、ということが肝要だが。

サム・テイラーというと、私の中ではサックス奏者なジャズメンというより、日本御用達の外人アーティストの印象が強い。「ハーレム・ノクターン」の演奏が代表作なのだろが、やはり私の中では中古市場に溢れ返っている歌謡曲のインストアルバムが代表作である。
もしかしたら、本国よりも日本での人気の方があったのではないだろうか。
その辺も含めて、サム・テイラー、ポール・モーリア、ニニ・ロッソは、私は御三家だと思っている。

このLPではないが、頂戴した別のサムのLPには浴衣姿でサックスを吹くポーズで写っているポートレートが同封されていた。
どちらかというと親日家というより、ノリのイイ黒人のオッサンという趣だ。

サム・テイラーの咽び泣く、渋い音色を散々堪能した後は、井沢八郎のLPアルバム「男船 井沢八郎ヒット歌謡アルバム」を取り込む。モノラル盤。10インチではない。
年代は書いていないが「北海の満月」が収録されておらず、「あゝ上野駅」が収録されているところを見ると、昭和39年の発売だと思われる。

井沢八郎。懐かしい名前だ。
もう亡くなって何年になるのだろう。存命だった頃はテレビ東京やNHKの歌番組で度々見かけた。「年忘れにっぽんの歌」の会場である新宿コマで、往年と遜色ないパンチの利いた美声で高らかに歌い上げる「あゝ上野駅」は、欠くことの出来ない番組の味のひとつになっていた。

井沢八郎のデビュー曲「男船」の発売は昭和38年。だから、このレコードはデビューして間も無い新人歌手の歌になるのだが、とてもそうとは思えないうまさである。
まず何と言っても美声。高音の響きは抜群。声量もあるから声がよく伸びる。
同じ東芝レコードの先輩歌手である松山恵子や藤島桓夫や、ほぼ同時期に出た北島三郎と同じラインに位置するパンチの効かせた唄い方もほぼ出来上がっている。
ただ、デビュー曲の「男船」などを聴くと、パンチを利かせようするあまりか、歌詞が不明瞭になる(というのか訛るのか)ところが、この頃の歌には見受けられる。そこが唯一新人らしい弱さだろか。もっとも、これは今日ではもう弱点には入らないだろう。この頃の井沢が今、新人演歌歌手として出て来ても、やはりひとかどの歌手になるように思う。

―久しぶりに、あの歌、聴くか。
上機嫌で針を落とし、再生する。半世紀前のLPだが音は意外に綺麗だ。
やがて、聞き覚えのある、あの前奏が聞こえて来る。

♪どこかに故郷の香りをのせて 入る列車のなつかしさ 上野は おいらの心の駅だ

流行り歌は、長く唄われ聴かれていた歌でも、歌い手が表舞台から去るか亡くなると、途端に耳にしなくなる。この「あゝ上野駅」もそうだ。
『たまには「北海の満月」も唄って欲しい(唄わせてやって)』と言っていたぐらいに、散々懐メロ番組で聴いていたのに、こうして聴くのは数年ぶりなのだ。

久しぶりに聴く「あゝ上野駅」は、沁みる。
集団就職で上京して働く若者の健気な心情を描いた歌詞もそうだが、高揚感に程良いペーソスが隠し味に入った曲、そして井沢八郎の歌声。
この歌は三位一体の魅力、いずれが欠けてもいけない歌なのだ。

人生の応援歌を唄い、昭和40年代に一世を風靡する水前寺清子登場の土壌は、井沢八郎のこの歌によって既に培われていたのである。
その点からも、この歌は、井沢八郎は、歌謡史上に大きな足跡を遺しているのである。

そんなことを思っているうちに一番が終わり、間奏に差し掛かる。
マンドリン(とギター)の音色が響き、『さあ、あの泣かせの利いた台詞だぞ』

・・・無いのだ、あの台詞が。
そう、あの「あゝ上野駅」の台詞は、初回盤レコードには無く、後から付け加えられたものだったのだ。台詞入りの流行歌~歌謡曲には、こういうタイプのものがいくつかある。
島倉千代子の「東京だよおっ母さん」や、美空ひばりの「悲しい酒」などがそうだ。

「悲しい酒」は美空側から発注を受けて、石本美由起が書き下ろしたものだそうだが、「東京だよおっ母さん」は当時コロムビアレコードの専属司会者でもあった漫才師コロムビア・トップの手による。
「あゝ上野駅」はどうなのだろうと、ネットで検索してみると、あの台詞は井沢八郎自身によって実演で加えたものだという。
歌では"おいら"なのに、台詞は"ぼく"になっている不整合からして、ある程度信憑性の高い話に思える。

※ちなみに川内康範の「おふくろさん」騒動は、あの台詞(前歌=ヴァース)が気に入らなくて「歌わせない」と言った訳ではなく(気に入らなかったのは事実であるが)、森の対応の拙さで事態がこじれた結果の出来事である。川内が寄せた情は、根本的なところで森には通じていなかったという、哀しい話である。

歌詞だけで歌の世界をしっかり作っているのに、後から台詞を加えられるのは作詞家の方にはさぞ面白くないことだろう。
だが、聞き手である私からすれば台詞のない「東京だよおっ母さん」や「あゝ上野駅」はワサビの効かない寿司のようなものに思える。知ってしまえばもう、欠くことなど考えられない。

いつだったか、テレビ東京の昔のVTRを流す懐メロ番組で「あゝ上野駅」を取り上げたとき、間奏および台詞の部分を編集でカットして放送していたが、まったく無残な歌の残骸に思えてならなかった。

テレビ番組の乱雑極りない編集のものはさておいて、台詞のない「あゝ上野駅」など、めったに聴けるものではない。ここでは歌の世界に浸るのではなく、興味深く聴取することに楽しみ方を変えることにした。

普段は台詞に隠れてしまう一番と二番の間奏のメロディが、よく聴こえる。
マンドリンとギターが奏でるメロディにしみじみとしてしまった。
台詞の有無関係なしに「あゝ上野駅」の肝はここなのだろう。

動・動か、動・静・動。
ここでひと息入れるかどうかで歌の印象がだいぶ変わってくる。
啄木の詩も盛り込んだ、なかなか出来た青春歌謡から、時代を代表する歌への昇華への鍵は、この間奏にあるよう、私には思えてならない。そして編曲の重要性を実感させられる。

今回聴いた井沢八郎のアルバムには、「あゝ上野駅」のような曲は他に収録されていない。
あとはすべて演歌調である。
井沢の、他のヒット曲「男船」「男傘」「命船」「北海の満月」などは、男の心意気を唄ったもの、漁師の男を唄ったもので、村田英雄~北島三郎~鳥羽一郎のラインが本来の立ち位置なのだろう。

歌い手にとって異色なはずの歌で一世を風靡し、名を永遠に遺すというのは、何とも興味深いし、考えさせる。
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by hakodate-no-sito | 2013-07-29 08:13 | 歌・唄・うた | Comments(5)

何となくアニメをみてみた

行き詰っている。
いろんなことに行き詰っている。
もがけばもがくほど、負のスパイラル。

現状打破のため、今までの自分ならば絶対にしないことをしてみようと思い立った。
立派なことは、勿論出来ない。
本当に小さなことで、ポンと元気になれる自分だ。
何かないだろうかと考えているうちに、どれひとつ、今時の深夜アニメを見てやろうと決めた。

これで、昔はアニメっ子だった。
幼稚園児から中学2年あたりまで。
子供向けアニメを普通に見ていたクチ。
年子の妹がいる関係で、少女向けアニメも自然に見ていた。

中学に入った頃から、だんだん面白いと思わなくなったことや、セル画からデジタルへの画面の変り方に違和感を覚えたこと、アニメは子供が見るもの卒業するものと思っていたこと、高校受験で塾通いを始めたこと、などの理由で、アニメは卒業した。ついでにプレイステーションなどのゲームからも。

前述の通り、アニメは子供が見るもの・卒業するもの、と思っていたのだが、よく回りを見てみると、誰もそんな奴がいなかった。私のような偏見な考えを持つひとはいないのだ。

とはいえ、卒業してしまったものをまた引き返すのも、どうかと思ったし、また重い腰を上げるだけのものにも出逢わなかった。

レンタルショップによく行くようになり、ふといくつか好奇心を抱くものが目に入った。
でも、飛び出す勇気はない。もうひとりの自分がウンとは言わない。

それからしばらくして、同級生と会食の機会があった。
気の置けない人で、信用を置いている人なので、思い切って話を振ってみた。

「うん、知ってるよ。普通に面白かった。ゆるいから、気楽に見られるよ」
ついでに、前述の私の考えを話したところ、一笑に付された。
アニメだからって、そんなこと思う必要ないでしょ、と。

それもそうか、何となく解き放たれた気がした。
それですぐ動ければ私はもっと今、生き生きしているのだろうが、そうは行かず、まだグズグズしていた。
それから3ヵ月経ってやっと行動出来た。

ここで振り出しの話にやっと戻って行く。
「けいおん!」のDVDを1枚、試しに借りて見てみたのだ。

私は見巧者でも何でもないし、アニメはよく判らない。
だから、なるたけバイアスをかけず、素直になった。

画が綺麗。
私がアニメにかじりついていた90年代のものとは全然違う。
あの頃夢中になっていたものを、たまに再放送で見かけると、画の段階でかなりキツイ。古びて見られたものじゃない。賞味期限切れということばがよぎる。

作品自体は、聴いていた通り、いい意味でユルイ。肩の力を抜く、といより脱力といった方が良さそう。
そんな、ふわっとした学生生活を、マンガ(アニメ)的な誇張を交えながらも、淡々と描いている。
このあたり。往年のホームドラマ的な要素があるのかもしれない。
アニメに限らず、戦闘ものが不得手で、ホームドラマ大好きな私にはそういう点でもとっつきやすい。

そして案外と笑いの要素があった。
遊び的な小ネタ、「おいおい」と見ていてツッコミたくなるようなもの、設定や台詞内容自体に(意図せずして)苦笑させられるものまで、様々。笑いの質については言及を避けたい。
そういう点で、下手なゴールデンのバラエティ番組より余程面白いと感じる。
笑いの種類にアニメ・ノリというものは確実に存在しそうだ。独特の進化を得ている。

主演の声優4人については、最初の1枚(1話・2話)を見る限りは、あまり関心しない。
一人はまあまあ及第、あとは粗が見える。
演技するより歌の方が余程うまいのではないんだろうか。
もっともアニメーション独特の演技法というものもあるようなので、一概には言えないし、ドラマことホームドラマというものは大体が最初は息があっておらず低調であることが多い。これからなのかもしれない。

それにしても、アニメにおけるキャラクターソングというのは大きいものらしい。
これもまた、JPOPとも演歌も違う、アニソンという、ひとつのガラパゴス的世界を形成していそうだ。
オリコン等のチャートを見てゲンナリしていたが、これは見方が変った。
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by hakodate-no-sito | 2013-07-25 19:33 | つぶやき | Comments(0)

YOSHIKO

今日7月17日は、石井好子の祥月命日になります。
もう3年経つというのに、まだどこかで「ご無沙汰が続いているなァ」という感覚が残っています。

最晩年の、銀髪姿で微笑む姿を思い出すと、90歳の歌はどういう表現をして披露したのだろう、パリの街風の舞台セット、そこに設けた椅子に腰掛け、何気なく呟くような、小粋さで「ジャバ・ブルー」なんて唄っていたのだろうか、迫り来る闇を思わせるような「暗い日曜日」を聴かせていたのだろうか、なんて想像をしたくなります。

80歳を過ぎてもなおハイヒールを履き、ステージに華麗に現れた姿。恐ろしいまでのスケール感。
そういう凄い石井好子から卒業した、より自由なそれでいて奥行きのある美しい石井好子が見られたのではないだろうか。

やはり、惜しいのです。
それと同時に、やはり鮮やかな幕引きでもあったと、石井好子らしさも感じます。

亡くなってから、共著も含めて文庫本で6冊、単行本で4冊、ムック本1冊、追悼盤が2種類(ベスト盤に追悼の文字を入れただけのものと、若い頃の歌声をたっぷり収めた2枚組)発売されました。それらは、ほぼ手許にあります。微力ながら製作のお手伝いを致しました「LE GONDOLIER」(キングレコード)は、今も愛聴しておりますし、若き日の石井好子の魅力をたっぷり堪能できるCDだと客観的にも末端製作関係者としても石井好子好きとしても思っております。

特に未刊行エッセイ集「バタをひとさじ、玉子を3コ」(河出書房新社)は、お気に入りの1冊。
バスローブについて書いた小文が好きで、いずれバスローブを愛用してみたいと憧れています。

石井好子の随筆に定評があることは「巴里の空の下オムレツのにおいは流れる」(暮しの手帖社,河出文庫)でひろく知られていますし、私も著書数冊が手元にあり読んでいましたが、まさか未刊行エッセイが2冊も3冊も出せるだけ眠っていたとは思っていませんでした。

書いて欲しかった、ということもいっぱいあるのです。

石井音楽事務所の社長として、芸能プロモーターとして、多くの歌手タレントをとりまとめ、外国人音楽家を招聘した頃の話を、1冊にまとめて欲しかった。

自らプロデュースし始めたシャンソン界の祭典イベント「パリ祭」についても、1冊まるごとで書いて欲しかった。

何種類となく出ている自叙伝エッセイを読むと、チラリチラリとその本だけにしか書いていないことが出てきます。そういう、本人としてはさして重要とも思っていなかったかもしれないようなエピソード、初公開となるようなエピソードを、もっともっと綴って欲しかった。

まだ買っていない、過去の著書がいくつかあります。
同じような本だからというよりも「余白を残しておきたい」という想いからです。
でも、そろそろ手に収めて、しっかり読んでみようかとも考えています。

今晩は、これから石井好子80歳の折、都響とのジョイントコンサートのDVDを見てから寝る予定です。

親交のあった水谷八重子(水谷良重)は「素晴らしかった。私も80歳になったら、石井先生みたいなコンサートがしたい。夢です」と語っていて、もともとある憧憬の念をさらに強くさせたひとときであったようです。

このコンサートの素晴らしさ、石井好子の圧巻なステージは映像でもわかりますが、客席に居たなら、その感動はなおのことであったはず。水谷の言葉は私には貴重な証言です。

コンサート映像、ステージばかりではなくチラリと客席も映し出されるのですが、その際秋山ちえ子や岸朝子といった顔ぶれが客席に座って笑ったり拍手する姿がカメラに収められているのです。ノークレジットです。
そしてアンコールナンバーとして「二人の恋人」を歌う石井好子に、花を捧げに走り寄る女性は二葉あき子なのです。

素晴らしいコンサートには、客席側でもまた凄いドラマが展開されることを認識せずには居られま
せん。

もしかしたら、以前DVDを観たときには気付かなかったことを知ることができるのではないかと、そういう期待も、いま抱いています。
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by hakodate-no-sito | 2013-07-17 23:22 | つぶやき | Comments(0)

法善寺横町

高校の修学旅行、大阪での自由散策時間で、私は法善寺横町へ参りました。
喧騒感たっぷりの道頓堀から、路地へ入るとまったくの別天地。

夕暮れどき。
雨に濡れた石畳に、キラリと反映される、ほの暗い街灯。
全身が苔に覆われた水掛不動。
ひっそりと建てられた「月の法善寺横町」の歌碑。

台風接近というときでしたので、人もあまり居らず、それがなおのこと上方情緒を引き出していたのかもしれません。

本屋で長谷川幸延の「法善寺横町」(タチバナ文芸文庫)を見かけたとき、そんな昔のひとときが、ふと蘇りました。

前の日に、村上元三の「思い出の時代作家たち」(文藝春秋)という本を読んでいて、そこに長谷川幸延についても載っていた、というのも後押しでした。

長谷川幸延。
往年の作家、劇作家で、長谷川伸の門下でもあった人。
「殺陣師段平」「桂春団次」などが代表作。

読んだことはありませんでしたが、名前ぐらいは知っています。
頭の中で、既に芸道に生きる人の人情ドラマが展開されつつあります。

お持ち帰りしまして、読みました。

ちょっと想像とは違いました。
「法善寺横町」という本の題名から、ここを舞台にした短篇が並んでいるものだと、思い込んでいたんですが、これは10篇収められたうちの1篇の題名で、他の作品は別に法善寺は関係ないのです。早トチリでした。

もうひとつ誤算がありました。
この本、昭和17年に発売された短篇集を、平成22年に復刊したものでした。
昭和17年というと戦時中。
本に載っている短篇でも、戦争が話に絡んでいるものが多い。
面食らってしまいました。

では、つまらなかったか、というとそんなことはありません。
ときに興味深く、実に面白かったんです。

関西新派や新国劇などの舞台脚本も多く手がけた人なだけあって、作品が往年の新派や大衆演劇の匂いがあって、それが私にはたまりません。何ともいえない情緒があるんですよね。

それに、戦時下の大衆小説なんて、読めそうで読めません。戦争賛美がどうと問答無用で黒歴史化されていますのでね。大衆小説と戦争がどう反映されていたかを知る、いい機会、資料でありました。
戦争賛美描写も、別段違和感はなく、当時の大衆はこうであったろうという、自然なものです。
それは芸人であったり、職人であったり、役者であったり、少なくとも偉い立場にある人が出てこない、等身大の人間、大衆の想いを描いた作品ばかりであるからなのでしょう。
戦時色はあっても、腕のある作家が、仕立てた小説は、やはり魅力的でした。
泣かせの入った作品もありますし、ややイージーな世話物になっている作品もありますが、総じてレベルは高いです。

機会があれば、長谷川幸延作品、また読んでみたいですね。
著作はほぼ絶版、一部舞台の原作者としてかろうじて名を留めるのみ、というのが現状ですが、古本の森には忘れ去られた名作が眠っているように感じてなりません。
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by hakodate-no-sito | 2013-07-02 13:28 | つぶやき | Comments(0)