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世界のミフネ

松田美智子「サムライ 評伝三船敏郎」(文藝春秋)を読んだ。

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どんな内容だろうと楽しみにしたが、世界のミフネとしての面と、中高年以降の離婚裁判・黒澤明との確執説・三船プロ内紛、そして晩年の認知症といったスキャンダルが主だった。
全盛時代の映画をメインに熱く語られているような内容を想定していたので、この内容はちょっと意外。

もっともスキャンダルが主といっても、その視線は温かい。
敬意と愛情を持った上で、あくまで本当のことを知りたいという姿勢のもと、ひとつひとつ丹念に追って、曲解されてしまった三船像を解きほぐしていっている。

後年のスキャンダルは、三船敏郎を語るとなると避けて通れない話題であり、あれだけの大物でありながら一種腫れものにもなって、語るに語られない空気の原因のように思う。

そこを敢えて触れて突破することで、一種の露払いをつとめた感じが、この本にはあった。

最もそういう形式に至った理由には、映画スターとしての全盛期を知る証言者が殆ど鬼籍に入っていて、一次証言が得られにくい状況にあったことも大きいのだろう。
それでも橋本忍や司葉子が証言者として、重要な役割を担っている。
黒澤映画の脚本家である橋本忍、同じ東宝専属の女優で映画でも競演し三船没後には国民栄誉賞受賞に向けて動いた司葉子。両名の見解は興味深いこと、この上無かった。
それにしても近年の橋本忍の華麗なる復活ぶり。自作のリライトも「私は貝になりたい」で終りだろうと思ったら、その後も別作品を手掛けている。
歳を重ねてますます頭脳明晰になっている感すらある。驚嘆ものだ。

司葉子の話も、映画撮影時のエピソードもそうだが、政治家の妻として各国の上流階級者と関わる際も、ミフネと競演した女優ということで突破口になり、どんどん親しくなれたという証言が興味深い。

全盛時代の話は上記の二人で担っていたが、後年のスキャンダルの話は、要となる証言者がまだまだ多く健在なだけに、様々な人々が登場する。
三船の息子ふたりは勿論、映画でも競演し三船プロでも最後まで残った夏木陽介、後年三船プロを割った田中壽一(烏丸せつこの元夫)まで出て来る。

いわば敵方といってもいい田中壽一だが、その証言は読んでいるこちらが驚くぐらいに三船への愛情に満ちている。
もっとも三船プロ独立の経緯といい、その証言にはいま一つ信用を置けない面もある。
その辺は作者も重々承知で、疑問点も文中に指摘、また夏木陽介による田中批判も飛び出している。
それでも三船の右腕として、支え続けた人間だけあって、彼によって語られる三船エピソードは興味深いことこの上ない。
一筋縄ではいかない強かな人には違いないが大物の器が在る人には思えない。
今は、三船についての講演も行っているそうなので、その辺りの算盤もはじいているのかもしれない。ただ、三船敏郎への愛情敬意はあった、と私は信じたい。

晩年、三船が喜多川美佳と別れた真相も明かされている。
巷説となっている認知症になった三船を喜多川が棄てた、という説は誤りだった。

海外での映画撮影から戻ったら、大事な形見の品である三船の親の位牌を、●価学会の信者である喜多川によって勝手に処分されていたことに怒った三船が「出て行け」と迫ったが、居住していたマンションの一室は喜多川名義にしていたので、三船が出て行かざるを得なかった・・・という話が真相だった。

いずれにせよ哀しい。
その他にも、三船の愛人・内縁の妻となった喜多川がプロダクションの経営にも口を出すようになり、親族も中に引き込み、あげく創●学会への勧誘をプロダクション内で行い出し、プロダクション内の空気が悪くなってしまい、そのことが田中壽一が三船プロ独立となる一因になったともいう。田中に至っては三船に呼ばれた先で池田●作と遭遇しているという。

もっとも三船自身は大陸育ちの兵隊帰りということもあり元来無宗教で、学会員というよりも喜多川が喜ぶならという、ためでやっている感じが色濃く出ていたという。

それでも作者は証言は紹介すれど、感情的に責め立てることなく、ある程度は喜多川を慮る姿勢を見せているのには感心した。この辺りの抑制の効かせ方は良い。
何はどうあれ、ミフネが長く愛し子まで成した女性である。ミフネへの思い入れと敬意がそういう態度をとらせた一因であるように思う。いずれにせよ、なかなか出来ることではない。

残念ながら、喜多川美佳・三船美佳親子の証言は掲載されていない。
喜多川は「もう女優ではないので」と辞退。
三船は「デリケートな問題であり、あちら側の御家族もありますし、テレビで話すことはあっても番組の流れの関係であり、あまり公の場で話すことは本意ではないので」と事務所側から、断られている。

それにしても、これだけスキャンダルやゴシップにまみれているのに、それを丹念に解いていることには感心させられる。

また、証言者となった人がことごとく三船への愛情を抱いているというのにも驚いた。
最初は意図的に取捨選択したのではないのかとも思ったが、そればかりではないのだろう。
私が今まで見聞した中で知った三船エピソードから浮かぶ人柄と、メディアが報じたイメージにズレがあったのは事実だった。この本は、その疑問にしっかり答えてくれた。

黒澤明との確執については比較的一蹴しやすい話題だが、それ以外は実に扱い難い問題だからだ。
酒乱のことでも、愛人問題でも批判するのは簡単である。
ただ、時代も違う上、様々な思惑を抱いた人々が渦巻く環境に身を置かざるを得ないスターであることを理解した上で、解釈を行っていくことをしない(出来ない)人があまりにも多い。
好き放題言うのは勿論勝手だし、それはそれで面白いのだが、そればかりでは困るし、あまりに御用提灯と化すのもまたしかり。

この本は思い入れは多々あっても贔屓には溺れていない。
その証拠が喜多川への姿勢であり、「御用金」降板のような話でもちゃんと触れて関係者に取材を行って証言を得ている。証言を得られなかった場合もそう記述している。

読み応えのある本というのは、厳しさ・鋭さというものが付きものだ。
そこからすると弱い点があるのかもしれない。
作者が意地の悪さを丸出しにして書いた方が、素材も素材だし、読物としてはずっと面白かっただろう。

だが、この本の場合、あえて情を以て書かれた1冊という気がしてならない。
松田美智子は元来そういう作家ではない。
元夫のことを書いた「越境者松田優作」でも見せなかった面が、この本には出ている。

松田のあとがきではないが、それはやはり三船敏郎という、時には愚直過ぎるぐらいに一本気で人を大事にする人柄のスターが成せること、なのかもしれない。

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by hakodate-no-sito | 2014-02-27 14:43 | 読書感想 | Comments(0)

シナトラとコモ

中古ショップを覗きに行ったら、CDコーナーでCD CLUBのCDが20枚ほど並んでいた。
どれどれと覗いたら、ミルス・ブラザースだのペリー・コモだのロス・インディオス・タバハラス…
と食指が動く顔ぶれがいるではないか!値段は250円と来ている。確保。
ついでに他の250円棚も覗く。「ここには無いんだよね。シナトラとかディーン・マーチン、サミー・デービス・ジュニアなんてあれば
絶対買っていくんだけど」と思いながら、F欄を見るといた!世界一歌のうまいヤクザことシナトラ閣下のラストレコーディング「DUETS」。

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ご丁寧にI・IIと2枚揃っている。嬉しさのあまり、頭の中でシナトラの「ニューヨーク・ニューク」が鳴り響く。
かがんでCDを棚から取り出そうとすると、まだいた。フォー・フレッシュマンのアルバムが。
名前は知っているが、全然聴いたことがない。この際、我家へ来て頂こう。皆まとめて面倒みよう、財布は痛いが面倒みた。
新しく発売した雪村いづみのアルバムがうちに来るのは、これで無期延期。
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ゴメンなさいトンコさん、余裕が出来たときには。

トンコといえば去年発売された前田憲男とのフルバンドでのアルバムも聞きそびれたまま。
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かくして知っていながらの未聴が増える。どれも良い(はず)とわかっているだけに悔しく申し訳ない。
不義理モンの烙印がたまる。ポイントカード制にしたら、相当たまっていそう。嗚呼・・・。

----------------------------------
この手のぼやきは始めるとキリが無いし、何より自業自得なので、話を戻す。

それにしても今回入手した面々は、当たり前だがどれも凄い。
さらっと流し聴きのあと、またぼつぼつ聴いている。

フランク・シナトラ(Frank Sinatra)、この前読んだサミーデービスジュニア(Sammy Davis Jr.)の自伝「ミスター・ワンダフル」で描かれた姿が半端じゃなくヤクザで漢気抜群で格好良くて
、この人はやはりアメリカの象徴だと思っていたところだったので、今回の確保はグッド・タイミング。
さすがに晩年となった90年代ともなると、さすがのフランク・シナトラの歌声にも衰えがあることは否めないものの、それでも華やかさや艶っ気は
はまだまだ健在。そして当世一流・大人気のデュエット・ゲストの歌い手たちの顔ぶれ。
メモリアル、トリビュート、そしてフェアウェルとして捉えると、これほど楽しく豪華で見事なアルバムはそうそうない出来。
何でもこのシナトラのアルバムがきっかけとなって、アメリカの方では大歌手の証としてデュエットアルバムを発表することがスタンダードになったとか。
近年のヒットアルバム、トニー・ベネット(Tony Bennett)の「DUETS」シリーズも、シナトラが無しでは有り得なかったと思うと、拝みたくなる。
ベネット、シナトラが歌う「ニューヨーク・ニューヨーク」の楽しいこと!

シナトラの健康状態が赦せば、あともう1枚発売される予定だったらしい「DUETS」。
叶わなかったのは残念ながら、2枚も出たこと自体が奇跡のようなもの。
それに、相手役にふさわしい歌い手はあらかた出たようにも思うし、誰を迎える予定だったのか、ということは気になる。

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続いて、ペリー・コモ(Perry Como)。
ペリー・コモの名前をインプットしたのは、コモが亡くなった年にペギー葉山が「今年は、あちらの歌い手でも、私たちの青春を飾ったペリー・コモが亡くなって…」よ
話していたことからだったと思う。ペギー葉山が言うなら確かに凄い歌手なんだろうなぁと思ったことを覚えている。ろくにペギー葉山を知らない
田舎の中学生がなぜそう思ったのか、おそらくペギー葉山の放つオーラからなのだろう。
何せあの黒柳徹子が「ペギーさんは凄いわね。普通みんな歳とるとどうでもよくなってくるんだけど、今でもちゃんとお洒落なんだもん」と一目置く人である。
徹子、良重(水谷八重子)、ペギー。このの顔ぶれのつながりをたどると、大体私の興味・好意対象にひっかかる。それだけでも敬意を表したい御三方。

ペギーの話はこの辺にしてペリーに戻す。
ペリー・コモのヒットソングは多い。何しろアメリカを代表する大歌手。
ビング・クロスビー→ペリー・コモ→カーペンターズというポピュラーな流れが存在するっていえば、偉大さが通じるのだろうか。
最近、「パパはマンボがお好き」が車のCMで流れている。大好きな曲だ。買ったCDにも勿論収録されている。江利チエミ盤も好きだ。
全盛期の50年代の歌がいいのは当然だが、それ以降の円熟味を増した名唱もたまらない。
あれだけ音楽シーンが変わって行った60-70年代にもしっかりヒット曲を生んでいるのは凄い。
CDに収められている「黒いオルフェ」や「追憶」の素晴らしさ。
シャンソンで越路吹雪は見せる(魅せる)歌手、岸洋子は聴かせる歌手、太陽と月と称されている。
これ、フランク・シナトラとペリー・コモの関係にも当てはまらないだろうか。
最も越路も岸もシナトラもコモも、魅せることも聴かせること、双方半端じゃなく秀れている存在であることは言うまでもない。
みんな大好きだ。
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by hakodate-no-sito | 2014-02-17 19:41 | CD視聴感想 | Comments(0)

坂田晃一 テレビドラマ・テーマトラックス

前々から気になっていたアルバム「坂田晃一 テレビドラマ・テーマトラックス」、やっと聴くことが出来ました。

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ジブリ映画「コクリコ坂から」(2011年公開)の主題歌に、「さよならの夏」が起用されたことがきっかけで製作された1枚だそうです。

http://www2.toho-movie.jp/movie-topic/1103/07kokuriko_ib.html
(「コクリコ坂から」の記者会見。坂田晃一も参加しています)

坂田晃一は、山本直純門下の作曲家で、昭和40年代から現在まで数多くのテレビドラマの音楽を手掛けて来た方。今も現役で、川越にある尚美総合芸術センター副センター長・尚美学園大学院客員教授として後進の指導にも当たっているとのこと。

主な作品に、市原悦子主演の「家政婦は見た!」、森繁久彌・竹脇無我主演「おやじのヒゲ」、土曜ワイド劇場「船長シリーズ」(高橋英樹→船越英一郎)、西田敏行主演「池中玄太80キロ」、朝の連続テレビ小説「おしん」、NHK大河ドラマ「おんな太閤記」、世界名作劇場「母をたずねて三千里」「ふしぎな島のフローネ」などがあります。

(挙げていない作品でも著名なものは多いので、詳しく知りたい方はネット検索して下さい)

素晴らしい作曲家であることは言うまでもないのですが、まとまった作品集は、少なくともCDでは初。
スタジオジブリ様様であります。

このアルバムはタイトルにもありますが、坂田晃一が手掛けたテレビドラマの主題歌・挿入歌・イメージソングをまとめたもの。

レコード会社の枠を超え、「もしもピアノが弾けたなら」「鳥の詩」「さよならをするために」「冬物語」というヒット曲から、初CD化作品も多数盛り込まれた、全22曲。

1970年代のテレビドラマは映像が残っていないものや、また残っていても再放送の機会がないままになっている作品も少なくないようで、CDに収められた作品も例外ではないようです。
叶うならば、ドラマと併せて楽しめれば良いのでしょうけどね。

もっとも歌だけでも充分過ぎるぐらいに楽しめる、魅力的な作品がそろっています。
コクリコ坂で再び陽の目を浴びた「さよならの夏」も勿論収録。
捨て曲無し。飛ばし聴きしようとは思わずに、ずっと聴き入ってしまっています。

-----------------------
光る海に かすむ船は
さよならの汽笛のこします
ゆるい坂を おりてゆけば
夏いろの風に 逢えるかしら

私の愛 それはメロディ
たかく ひくく うたうの
私の愛 それはかもめ
たかく ひくく 飛ぶの

夕陽のなか 呼んでみたら
やさしい あなたに逢えるかしら
(作詞:万里村ゆき子)
-----------------------

本家森山良子によるこの歌、発表から40年近い歳月を経ても、色あせぬ光を放っています。
(ちなみに、2011年発売のアルバム「すべてが歌になっていった」でセルフりメイクしております。ベテラン歌手によるあるステージ向け歌唱では無い上に、いま現在の歌としてちゃんと良い出来に仕上がっているのです。森山良子、恐るべし)

前にyoutubeで聴いて、音源確保を望んでいた、鹿内孝の「情熱」の収録は嬉しかったです。
テレビドラマ「冬の陽」の主題歌だそうですが、未見。
鹿内孝というと、テレビドラマに悪役で出て来る印象が強いのですが、もとは歌手(ブルーコメッツを専属バンドにしていた方)。

-----------------------
小指のつめを噛んで おまえはふるえていた
まるで嵐の夜の 小鳥のように
ぼくの波うつ肩に 細い手首をかさね
そしてすこし眠ろう 朝がもう近い

くちにはださない 男の気持ちを
燃えてる躰で ぶつけてみたのさ
生きてゆくかぎり この情熱
おまえの長い髪に 誓うよ
(作詞:万里村ゆき子)
-----------------------
「本牧メルヘン」共々、大好きな歌です、「情熱」。

ボーナストラックとして、テレビドラマとは関係ない歌が3曲収められています。
製作担当者が2曲、坂田先生自ら1曲、それぞれ選んだそうで、坂田先生は「みち潮」(由紀さおり)。この歌は昭和49年発表のシングル曲で、東京音楽祭出場用に作られた模様。由紀さおりの歌声は美しいメロディをさらに盛り上げて、聴かせます。

しっとりした、抒情的な、美しい坂田メロディ。
往年のテレビドラマ好きには勿論、そうじゃない人でも楽しめる内容です。
アップテンポな歌が好きな方には向かないかもしれませんが、沁み入る歌が聴きたいという人には一聴をお薦めしたいです。

ところで、口笛が用いられている作品が何曲かあるのですが、山下毅雄のように坂田先生自ら担当したのでしょうかね。ちょっと気になりました。
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by hakodate-no-sito | 2014-02-14 21:50 | CD視聴感想 | Comments(0)

もうひとつの「有楽町で逢いましょう」

ジャンクショップで何の気なしに買ってみたLPレコードに、北村英治クインテットの「有楽町で逢いましょう」が入っていた。 いつ頃のものかはわからないが、おそらく1960年代半ばごろの録音だろう。

「ス・ワンダフル」や「サイド・バイ・サイド」「明るい表通りで」というジャズ・ポピュラーの名曲のなかに、ポンと流行歌が1曲入っているとは、なかなか面白い。

鈴木章治とリズムエースの「鈴懸の径」の線で、日本の歌も1曲取り上げようか、ビクターを代表する作曲家といえば何といっても吉田正だ。それで「有楽町で逢いましょう」という選曲になったのでは、と推察してみる。

北村英治クインテットの「有楽町で逢いましょう」。
北村のクラリネットは冴え渡り、他のギター、ピアノ、ベース、ドラムもしかりで、原曲をうまく活かしたスウィング・ジャズに仕上がっていた。

歌声ならばフランク永井が唯一無二で絶対だが、演奏(インストゥメンタル)ならば話は別。
新鮮味も手伝い、本当に楽しく、くりかえし聴いた。

そのうち、フランスの仕事で日本の歌を歌って欲しいとディレクターから要望があり、この歌を歌ったところ、フランス人のディレクターから「それはニューヨークの歌だ」と評された、という高英男(シャンソン歌手)の話が脳裏に浮かんだ。

吉田正という作曲家の凄さ、改めて思い知った。
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by hakodate-no-sito | 2014-02-14 15:00 | 歌・唄・うた | Comments(0)

「或る窓」 松尾和子VS平岡精二

松尾和子のCDを買った。
前々から彼女の歌は好きで、時々無性に聴きたくなる。

たまたまネットオークションを覗いていたら、前々から興味があった「或る窓」というCDが出品されていた。それもえっ!?という安値だ。出品終了時刻は間近に迫っている。
再販されて、10年近い歳月が経過し、もう入手が難しくなってきている。

―ああ、これを逃したら多分買えないな。
思い切って入札したところ、競争相手もなく無事落札出来た。

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ジャズ畑の鉄琴奏者で、「つめ」「学生時代」「謎の女B」など、作詞・作曲・編曲者としても才気を振るった鬼才・平岡精二が全作品を手がけた1976年発売のアルバムとくれば、楽しみにならないはずがない。

松尾和子と平岡精二の組み合わせの歌は既に何曲か聴いていて、どれも良い歌が揃っている。
特に「帰って来て」という歌がお気に入り。
シングル化された歌なのかは知らないが、ジャズっぽさとミュゼットぽさが融合されている名曲だ。「或る窓」には、私が持っているベスト盤LPに収められたVer.とは別テイクが収められているらしい。これも楽しみだ。

ということを、CD到着の数日前、別のSNSでつぶやいた。
しばし松尾漬けになりたくなって、PCの中の音楽ファイルや手持ちのCDを探して聴いて、到着に備えてモード作りをし、満を持して昨日、話題にしたCD「或る窓」が手許に届いた。

名盤、といえるかどうかはちょっとわからないが、なかなか面白い歌が揃っていて、一聴に値するだけのアルバムだった。
モーグというらしい初期のシンセサイザーが随所でフューチャーされていて、その音色も含めて、ツボにハマった。

第1曲目、ソフトロック調コーラスが印象的な「時計と女」にホーっと思う。
単独で聴くぶんには良いが、続けて聴くのはちょっと退屈を覚える曲(これは好みやモチベーションの問題でもあるだろう)が途中(レコードでいうA面部分)続くが、中盤以降は盛り返し、ジャズ歌謡からジャズと化す「爪」で〆。

期待していた「帰って来て」は、前述のベスト盤「松尾和子ベストコレクション'76」に収録されているテイク(小杉仁三・編曲)と比べると、モーグが前面に出ている分ポップス寄り、奏でられている音はJAZZYなのだが、に感じる。ただ、風邪気味だったか、松尾和子の歌声が鼻声に聞こえる。
そこだけが、ちょっと残念だった。

平岡精二の作詞センスは独特。
「学生時代」のような青春讃歌から、いわゆる日本の流行歌~歌謡曲の王道と一線を架している怪作も書ける人だ。幅は広い。

ふたりきりの姉妹の姉が、妹の不倫を諭す「ゆう子」。
どういうシチュエーションでこういう歌を思いついたのかが気になる。

原始の世界の男と女の恋愛を唄った「昔々の唄」は、アニメか漫画に刺激を受けたような気がする。
「はじめ人間ギャートルズ」か「原始家族フリントストーン」か。
「熟女B」とはまた違う、ナンセンスな世界が楽しい。松尾和子のキャリアでも、こういうコミカルな歌は珍しいのではないだろうか。ムード歌謡の女王が、心底楽しそうに歌っている。懐の深さに、こちらも嬉しくなる。

口笛から始まる爽やかな青春応援ソング「幸福の足音」。 歌手を変えたら石坂洋次郎原作・吉永小百合主演(主題歌も担当)の青春日活映画主題歌にもなりそうだ。松尾和子は過去を懐かしみ噛み締めながら唄っている感じ。爽やかというよりほろにが風味。前述の吉永や、ダークダックス、ペギー葉山でも聴いてみたい。

"作者自身の経験によるものでお酒の恐ろしさを唄った皆様のメッセージ"というナレーションからはじまる、精神病棟に入った女を唄った「或る窓」。
どんな歌だろうと身構えるが、ナレーションの割に案外軽めに仕上げられているので、歌詞に着目しなければ聴きやすいといえば聴きやすい。エディット・ピアフの「白衣」のような演劇的シャンソンを期待すると若干拍子抜けのきらいはあるが、それでも日本では珍しい類のメッセージソングには違いない。

コワさでは、むしろ「或る窓」の次に収められた「ふとい腕」の方が上回るかもしれない。
情事の夜の場景を唄った曲だが、「或る窓」の後に続けて聴くと別の意味が浮かんでくる。
・・・いや、単独で聴いても、充分インパクトある歌だ。

小粋なシャンソン風ラブソング「イニシアル」、、サバの女王風の歌謡曲「愛の怖れ」、メランコリーな「何も考えないで」・・・。どれも松尾がシングル曲として出しても不思議ではない出来に思える。

アルバムに収録された全12曲のうち、一番気に入っているのはラストに収められたジャズアレンジの「爪」と、レコードでいうB面1曲目である7曲目の「あいつ/パロディー」だ。

どちらも平岡の代表作で、今日も歌われている。
前者は既に松尾和子は持ち歌にしていることもあり、唄いっぷりも充分。間奏のジャズ的なセッションも含めて、聴いていてひたすら心地よい。歌手としての出自がジャズであることに終生強い愛着、こだわりを抱き続けたという松尾和子にも嬉しいレコーディングだったろう。

原曲準拠で、サラリと悩ましく唄ったテイクも別に存在するので、普通の「つめ」を聴きたい人にはそちらをオススメする。もっとも「或る窓」テイクはこのアルバムにか収録されていないと思われる。

後者では、題名通り、何と作者自身でヒット曲のパロディを作ってのけた。
こんなことをやってのけたのは、他に永六輔の「続・おささなじみ」(唄:デューク・エイセス)ぐらいしか思い浮かばない。

しかし、あちらは六輔流左翼的世相批判パロディ的要素が強いし、一応は続編という形式だ。
こちらは「あいつ」の歌詞にあわせて、歌詞で唄われている"君"がツッコミを入れていく。
そのツッコミは実に女ならではの辛辣さもあり、痛快ときに冷汗もの。

(あいつ・・・?あいつって誰なの?)
(あたしに恋人がないってことは、別にあなたに関係ないわよ)
(可哀想に。あなたって昔と変わってないわ)
(それもあたしに関係ないわ。せいぜいお悩みなさい)
(ああ、もう面倒くさいわ)

松尾和子の姐御キャラが存分に生きている。
松尾の声は、コケティッシュともいえるけど、それよりも意外にも(!?)キュート。
記憶にある松尾の声より高めなのは、まだ40歳ちょっとで若いからなのだろう。
それにしても、可愛い。ギャップ萌えともいうのか・・・ちょっと驚きが隠せない。
巨乳で気が強くて可愛い面もあって歌がうまい・・・ン?これって今時アニメの理想的なヒロイン(お姉さまキャラ)じゃないのか。
・・・萌えキャラだったのか、松尾和子。

松尾和子が歌う「あいつ」本編も、抜群のムードで歌っていて大変結構。
だからこそ、突っ込みが映える。おかしい。

ツッコミなしで普通に唄っている「あいつ」も聴いてみたいが、レコードはわからないがCDでは見当たらない。
レコーディングはしていなかったのだろうか。残念。

松尾和子、平岡精二。両者どちらも一歩も引かない、本気のぶつかり合いのアルバムだった。
名盤といえるのかどうかは、私には判断が付かないが、1度と言わず何度も聴きたくなる、時々聴きたくなる、独特のポジションを持った1枚であることは間違いないと思う。

平岡精二、松尾和子、両者のさらなる評価・研究・復刻が進むことを、強く期待したい。
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by hakodate-no-sito | 2014-02-13 15:52 | CD視聴感想 | Comments(0)

Piano Daddy

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ジャケットで微笑むしばたはつみと世良譲のツーショットに、手に取ってしまいました。

しばたはつみも世良譲も、亡くなって何年経つんだろう。
しばたはつみは亡くなったのは比較的最近だったはずけど、姿を見かけなくなったのはそれよりずっと前。二人とも10年ぐらい前に遠い人になってしまった感覚があります。

でも、とても懐かしい人たち。
高校時代、スカパーの再放送で見た「サウンド・イン・S」。
今も昔も洋楽に強いとは言えないのに、なぜか毎週録画して見ていました。
よくわからないなぁなんて思いながらも、ゴージャスな大人の雰囲気に惹かれていました。
タイム・ファイブ、松崎しげる、しばたはつみ、伊東ゆかり、世良譲。
ビクターから出ていた「サウンド・イン・S」のLPアルバムも探して買いました。
伊東ゆかりと松崎しげるが番組の雰囲気そのままに唄う、あのアルバム、良かったなァ!
そのうち録画を忘れたり、忙しくしているうちに再放送も終わってしまいましたが、機会があればまた観たい番組です。(懐の事情にも寄りますがね・・・)

CD、良かったです。
「Piano Daddy」という世良さんのトリオではつみさんが唄ったライブ盤をベースに、「The Man I Love」というアルバムから「Piano Daddy」と重複したナンバーを省いた全19曲。

「The Man I Love」はTerry Herman Trioというトリオとの競演。ベースのTSUNEO SHIBATAというのは親類なんでしょうか。

うまいですね。
―こんなにうまい人だったんだ、すごい人だったんだ。
今更ながらに、気付かされましたね。
声質が好みとはちょっと外れるかな、と思いつつも、それを補って有り余るものが滲んでる。

ジャズ・ポピュラーの煌めくアルバムの中に1曲だけオリジナルの歌があって、それがまた良い唄で、誰が書いたのだろうとクレジットを確かめたら、作詩:山川啓介 作曲:海老名泰葉 とありました。

「Piano Daddy」、いい唄です。

ジャケットのおかげで楽しく嬉しい再会になりました。
しばたはつみ ゴールデン☆ベスト~ジャズをうたう~」、おススメです。
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by hakodate-no-sito | 2014-02-08 23:32 | CD視聴感想 | Comments(0)

磯野家二代

声優の永井一郎氏が、平成26(2014)年1月27日未明、虚血性心疾患で、急逝しました。82歳でした。
「サザエさん」45周年という節目の年に訪れた予期せぬ訃報、いえ年齢を考えればその日は近いことはわかっていました。それでも、こんな急な形で襲って来るとは、想像しておりませんでした。
「サザエさん」に限らず、多くの作品に出演し続けた、声優界の至宝の死。残念でなりません。

2月3日の告別式(青山葬儀場)では、加藤みどりら磯野家の面々が弔辞を読むという話を聞き、脳裏に浮かんだのは、先代カツオ役・高橋和枝への、波平役・永井一郎の弔辞でした。

高橋和枝のことをふり返りつつ、この弔辞を反芻してみたいと思います。

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『カツオ、親より先に行く奴があるか』

そんなことをつぶやいてみても、ただ空しいばかりです。
和枝さんがスタジオに来られなくなって、口には出さなかったけれど、みんないつかはこの時が来ることを覚悟していた筈です。
でも昨年、「サザエさん」三十周年記念パーティーに出席なさった貴女のお元気な笑顔からは、こんなに早くお別れが来るとは思いもよりませんでした。

昨日、友人の一人からFAXが入りました。
「まだまだお若い。人生これからだったでしょうに。ショックです」とありました。
日本中が悲しんでいます。

三十年以上も昔、まだ三十代だった貴女は、米テレビ番組の吹き替えで尾羽打ち枯らした元女優の役を静かに演じました。そして元の作品よりずっと良い作品にしてしまいました。すごい人だと思ったものです。

「サザエさん」ではどんな時も、元気いっぱいでした。
貴女が珍しく遅刻していらっしゃった日のことを強く覚えています。「サザエさん」録音日のその朝、あなたは手を骨折し、病院に行ってからスタジオ入りなさいました。声が響いて痛かったに違いありません。出演仲間に台本をめくってもらいながら、でも、お声は元気いっぱいのカツオでした。視聴者の皆さんは何も気付かなかったことでしょう。

あなたは決して泣きごとをおっしゃいませんでした。
まじめで一所懸命。大ベテランでありながら、いつも初心に立ちかえってらっしゃいました。
そして何より「サザエさん」と「カツオ」を愛してらっしゃいました。

私たちはこれからも「サザエさん」を続けて行きます。
「カツオ」の後継者も頑張っています。

貴女の立派なお仕事は、御家族の誇りとなり、支えとなって行くことでしょう。

美しい生き方でした。
そして沢山の感動をありがとう。おやすみなさい、和枝さん。

『カツオ、桜が咲いたよ、散歩に行かんか』

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平成11(1999)年3月27日、平安祭典・高円寺会館(東京都杉並区)での弔辞でした。

今、読み返していて、涙が止まりません。
簡潔にして明快な弔辞。
短い中に紹介されたエピソードから、高橋和枝という人となりが浮かび上がってくるようです。
カツオの後任である富永みーなのことにも触れているところに、永井一郎の人柄が伺えます。
このときから15年が経過していることに、時の流れの早さを感じます。
改めて、永井一郎の死が惜しまれてやみません。

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1998年5月17日放送分の「サザエさん」から、カツオ役が変わりました。
国民的アニメ「サザエさん」もう一人の主役とも言うべきカツオ役の変更は当時大きな話題となり、新聞でも取り上げられる程でした。

亡くなる約10年前から患っていた骨髄性異形成症候群による体調不良のため、98年2月以降の収録は病院からの収録参加でした。
車椅子でも大丈夫な専用スタジオで別録りをしましょうかというスタッフからの申し出にも「そういうものじゃない。皆一緒じゃないと流れが途切れます。いい作品は出来ません」と辞退。
病躯を押してのスタジオ通いでした。

今でも「サザエさん」は、年数回休みがあるものの、原則毎週木曜の11時から14時頃までで、収録が行われているそうです。別録りはありません。必ず出演者はスタジオにいます。録り溜めも原則しません。

二代目ワカメ役の野村道子も、参加当初そのスタイルに驚き、他のメンバーのようにスタジオで食事をしたり世間話をする余裕を持つまでしばらくかかったと話しています。
また、初代マスオ役の近石真介が降板したのは地方巡業を含めた舞台出演との兼ね合いがつかなくなったからだという説があります。
2009年にフネ役の麻生美代子が腸閉塞で入院した際には、1週のみ急遽谷育子がフネ役として招聘されています。
例外としてタラオ役の貴家堂子は、3回病室へテープレコーダーを持って来て貰い、録音で参加したことがあるそうです。

スタジオに着いて、出演者に台本が手渡され、調節を兼ねた1話分のテスト(リハーサル)を行った後に、3話(放送1回分)を一気に収録。
しかし、4月末から高熱が続くなどし、とうとう収録への参加は叶わなくなりました。
録音・演出担当の岡本和(故人)は高橋カツオの参加を希望し、収録直前まで待ち続けましたが、高橋の病状はそれを許さず、看病していた高橋の長女から「これ以上は見ていて無理だと思います。勘弁して下さい」と連絡が入り、1969年12月28日放送分(第12回)以来担当し続けていた「サザエさん」からの降板と相成りました。このとき、ウキエ役の富永みーながカツオ役に抜擢され、2014年現在までカツオ役を担当しています。

1998年10月末、お台場のホテルで開かれた「サザエさん」三十周年パーティーには、病状が小康を得ていたことから高橋も参加が叶いました。
車椅子で登壇し、「磯野カツオただいま戻って参りました。御迷惑をお掛けしました」と、持ち前のサービス精神を発揮させ、カツオ声で挨拶。会場は拍手と歓声、涙につつまれました。
公の場に姿を現したのは、これが最期となりました。

入院中も、前向きに「病気を治して、またカツオをやりたい」と闘病し続け、亡くなる数日前にも「今度新しいセーターを買ってあげるわね」と長男に話しかけるなど、家族への愛情・仕事への情熱を持ち続けていたそうです。

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声優業というものも辛いもので、声の仕事をしない俳優ならば他で補えますが、声優には喉の不調は命取り。
永井一郎も癌の手術後、しばらくの間声が出にくくなり、引退を考えたこともあったそうです。
心配した若い声優仲間から飲み会に誘われて、ワーワーと騒いでいるとき、居合わせた人から「声、出てますよ」と指摘。それから数日は声がよく出たものの、また同じ状態に戻り、呑んだら声が出た。
以来収録の際には、愛飲している芋焼酎を自参するようになったそうです。

同じ話が高橋和枝にもあります。
テンションの高いハスキーボイスで演じるカツオは、3時間も続けるとめまいや喉の不調がやってくるときがある。そんなときに備えて、ブランデーを入れた小瓶を自参。具合が悪くなったときは、それを舐めて録音を続けたそうです。

2013年「サザエさん」は「最も長く放送されているアニメ番組」として、ギネス世界記録に認定され、9月5日に認定式が行われました。
このときのインタビューでもサザエ役の加藤みどりが、「ここに高橋和枝先輩がいらしたらなぁ」「生きていらしたら80歳(ちょっと)。(ギネス記録を)とても喜ばれたと思う」「二人で絶対に(放送が終るまで)やり遂げようと誓い合った」と高橋和枝に言及しています。

加藤みどりにとって、高橋和枝は大恩人にあたる先輩。
「サザエさん」収録現場のムードメーカー。自身の失敗談を持って来ては笑わせるタイプ。
劇中ではサザエと共にのテンション高く番組を牽引する役どころ。
「台詞のやり取りで、たとえばサザエが暴投しても、きちっと補って正確に投げ返してくる。サザエを作ったのは和枝さんなんです」とも、加藤みどりは話しています。
1951年にはラジオバラエティ「とんち教室」(NHKラジオ)への出演で人気を得ており、ラジオの放送劇や吹き替え、アニメーションと多く活躍し、主役の演じ方も脇の演じ方も大いに心得た、「サザエさん」初期の出演陣ではもっとも知名度があった、手練の持ち主。
加藤みどりにとって、どれだけ助けられたし、勉強になったことがあったのでしょう。
こうやって亡くなっても、折に触れて話題に出すということ、有難いです。

声優アワードでも冠の賞が設けられた高橋和枝。
もっと語られて欲しいです。

最後に、高橋和枝が仕事に対して抱いていた思いについて紹介して〆ます。
生前、講演を頼まれた際に書いた原稿にあった言葉だそうです。

「私は、いつも私の声を聞いてくれた人が、悲しみから立ち上がるきっかけになってくれたら、生きる希望を持ってくれたら、どんなに嬉しいだろうと念じながら、自分の心をグッと上に持ち上げて、楽しくて仕様が無いように演じています。生きていることの喜びをいっぱい持って!」
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by hakodate-no-sito | 2014-02-03 00:10 | つぶやき | Comments(0)