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Seasons

最近、洋楽をよく聴いています。
いろいろ思うことがあったのですが、輸入盤は邦楽より安く入手出来ることを知れたことも大きな理由です。
もっとも国は違っても嗜好は同じ年代のもの。そうすると、私の好きな年代の日本の歌手に影響を与えた人が多いことになり、「あ、ここは」という発見なども繋がるかなと思っています。名前だけは知っているけど・・・という人で興味のある歌手もこの際少しづつ埋めていけるかなとも。

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今日はビング・クロスビーの遺作となったアルバム「Seasons」を聴いています。
これは亡くなる約1ヶ月前にロンドンでレコーディング(1曲のみ76年にロスで録音)したもの。
さらにCDにはボーナストラックとして、アルバムとは別の用途で、レコーディングされていた歌や朗読13トラックが追加されています。こちらはなんと亡くなる3日前の録音。

歌声は、程良く枯れた晩年のクロスビー。
ポピュラー音楽の最高峰の人だけあって、さすがの歌声です。
亡くなる少し前だからという陰りは特に感じません。
むしろその死が本当に急なものだったと裏付けるもののように思います。

ジルベール・ベコー作品の表題曲「Seasons」やアズナヴールの「帰り来ぬ青春」、「Summer Wind」「Autumn In New York」・・・とアルバム本篇も良いのですが、ボーナストラックもどれもまた素敵です。「Once In A While」「As Time Goes By」というスタンダードナンバーは勿論、朗読(リーディング?)もまた耳に心地良く響きます。
何を話しているのかは語学力が無いので全然判りませんが、俳優としても一流の人だったということは実感できました。

他にも、ローズマリー・クルーニーとのデュエットアルバムやラジオ音源を集めたアルバムも手に入れることが出来たので、順次聴取予定です。
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by hakodate-no-sito | 2014-03-26 21:15 | CD視聴感想 | Comments(0)

Live from the Cafe Carlyle

かつて、アーサー・キット(Eartha Kitt)という歌手がいました。
1950年代、アメリカで「セ・シ・ボン(C'est Si Bon)や「ウスクダラ(Uska Dara)」といった曲をヒットさせています。
日本ではそれらに加えて、「証城寺の狸囃子」を「SHO-JO-JI(The Hungry Raccoon)」と英語で唄ったことでも有名です。

たいへん個性的な歌手で、世界各国の歌を言語で歌い数ヶ国の言葉を話、映画出演やアニメの吹き替えも行うなど、多彩な活動を行っていました。
政治的主張が原因でアメリカを追い出された時期もありましたが、後に復活。
1980年代にはディスコサウンドに乗り、ヒットチャートに帰り咲き。ゲイアイコンとしての地位も確立しています。
2008年に亡くなりましたか、死の直前まで活動を続け、没後もいくつもの大きい仕事が公開されています。

いま、私の手許に「Live from the Cafe Carlyle」というCDがあります。
2006年、ニューヨークにある名門ジャズクラブ「カフェ・カーライル」で行われたライブを収めたアルバムです。キット、当時79歳。晩年ということになります。

e0134486_12154023.jpg


実にしっかりとした歌声です。
低めのちょっとハスキーな声質はより円熟味を増し、売りのひとつ、猫のような唸りも健在。
声量も申し分なく、抑えた声も張った声もバッチリ、ちゃんと聴かせてくれます。
私、英語はわかりませんが、曲の合間のお話も巧みそうな雰囲気を感じました。
CDジャケットに載っている姿もそうですが、とてももうじき80歳に届く人には思えません。
色物的扱いで軽視されがちなアーサー・キットですが、とんでもない話で、こんな実力者、エンターテイナーそうはいません。

伴奏はピアノ、ドラム、ベース、ギターにパーカッションの5人と少数ですが、物足りなさは思ったよりありません。パーカッションがいいアクセントになっています。
懐かしい「ウスクダラ」も「セシボン」も聴け、よく知らない歌もあるのですが、最高のパフォーマンスから織り成される心地良さのうちにそんなことは忘れ、気が付くと1時間の収録時間はあっという間に過ぎて行きました。

ところで、ここで披露された「Come On A-My House」という歌は、日本語で唄っています。
「セ・シ・ボン」「ヤンミー・ヤンミー」「ウスクダラ」と、アーサー・キットのヒットソングを日本で唄った江利チエミと同じ、音羽たかしの訳詩で、です。
昭和時代は、外国から来た歌手が観客サービスとして日本語で唄うことがあったようですが、アーサーキットもそのクチで一度ぐらいは日本に来て、そうやって唄ったのかもしれません。
晩年もこうやって日本語で歌っているところをみると、お気に入りだったのでしょうか。

Youtubeの映像でいちど見かけたことがありますが、中国扇を持って唄っていたこともあったようです。あちらから見た東洋のイメージなんてまだまだそんなものかと苦笑しつつも、これが結構楽しいパフォーマンスです。

アーサー・キット、このアルバムを聴く限り、もっといろいろ聴いてみたいと思わせる歌手でした。
ベスト盤を、と思ったのですが、日米関係なくベスト盤というのは興味のある曲が全部収められているということは無いのですね・・・。
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by hakodate-no-sito | 2014-03-18 18:14 | 歌・唄・うた | Comments(0)

話のタネに、私選20曲 (服部良一篇)

先日、「服部良一作品を20曲選んでみたら・・・」という話が出ました。
こういうのは嗜好や知識が色濃く出るので、面白い半面なかなかオソロシイものでもあります。
でも、折角なので、私も選ぶだけ選んでみたところ、「服部じゃなくて、江口夜詩や大村能章、阿部武雄ならどうなんだい」と、さらなる御題。
最初、「江口夜詩なら20曲出来るかも・・・」と、及び腰な反応をしていたのですが「俺なら10曲なら出来るよ」という言葉。10曲なら何とかなるかと思い直し「乗りかかった船。もう無知まるだしだろうが、かまわん。やってしまおう」と、バァーっと御題に答えました。

備忘録がわりに、そのとき選んだ作品、ここに載せておきます。
あくまで、私「函館のシト」がそのときの気分で選んだものです。

---------------------------------
「服部良一・私選20曲」
・胸の振子
これは欠かせません。
限りなく不動のトップに近い曲ですね。
そして、誰が唄っても良い曲です。ですので私もカラオケで唄います(笑)
初音盤化された際の霧島昇の音源がベストですが、石原裕次郎が唄ったものも声質と合っていて、良い雰囲気でした。

・東京の屋根の下
言うまでもありませんね。灰田勝彦の名唱と共に不滅の名曲です。
フランク永井の歌声で聴いたことがありますが、これもまた良い味が出ていましたね。

・蘇州夜曲
服部良一本人が、自分の葬儀にはこの曲を流すようにと言っていたという曲。
渡辺はま子、山口淑子(李香蘭)、胡美芳・・・と女性歌手の歌の印象が強いですが、後年霧島昇が単独で吹き込んだものもしっとりとした情感がありました。

・夢去りぬ(Love's Gone)
日本産タンゴの金字塔。
霧島昇や淡谷のり子(この時の題は「鈴蘭物語」)の歌声は勿論ですが、インストゥルメンタル曲の印象もまた強くあります。

・チャイナタンゴ
中野忠晴のヒット曲で、服部メロディのチャイナものの代表作。
戦後吹き込みを行い持ち歌にした霧島昇の艶のある声が耳から離れません。
最初は中野の歌声でこの歌を知りましたがピンと来ず、霧島の歌を聴いて好きになりました。
その後また中野の歌も聴き直して考えは変りましたが、やはり霧島の方が好きです。
後年の再録音はCDで聴けますが、SP盤時代の音源は復刻されていなかったような記憶があります。ぜひともCD化をお願いしたい1曲です。

・ヘイヘイブギー
服部良一×笠置シズ子コンビによる、一連のブギウギものは今なお色あせぬ魅力を放っています。
愛着のある歌は何曲もあるのですが、1曲選ぶとなるとやはりこの歌。
美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみの三人娘にも影響を与えた作品です。
美空ひばり歌唱は、何と言っても昨年2013年に発売された「ひばり&川田 in アメリカ 1950」に収められた音源。天才少女歌手美空ひばりの煌めきに溢れています。
雪村いづみは、キャラメル・ママとのコラボアルバム「スーパージェネレイション」の名唱
江利チエミは、駐留軍キャンプ廻りの頃によく唄っていたそうです。その後もステージで唄う機会はあったようですが、レコードには残されておらず、CDにもなっていません。いちど聴いてみたいものですが・・・。

・いとしあの星
チャイナメロディものとされていますが、系統としては「国境の町」(作曲阿部武雄)に属するものように思います。気が付いたらスッと馴染んで口ずさんでいた曲です。
服部良一の追悼番組で、ジュディ・オングが好きな歌に挙げていましたことが印象にあります。

・花の素顔
松竹映画「花の素顔」主題歌。
今宵いずこの小枝に眠る・・・西條八十の歌詞も素晴らしい、美しい歌です。
この2~3年、安藤まり子のメディア出演により、再び「花の素顔」を聴く機会が増え、嬉しいです。

・恋のアマリリス
東宝映画「青い山脈」挿入歌。レコードでは「青い山脈」のB面でした。
秀作であることは言うまでもありませんが、その曲を盛りたてる二葉あき子の歌唱が光ります。
SP盤時代の歌声は勿論、後年の再録音音源でも見事に唄い切っています。

・雨の日ぐれ
詩人サトウハチローの面が色濃く覗かせる作品。
二葉あき子の歌でも静かな人気があり、55周年記念アルバムでは旧作の中から新たに選ばれ吹き込まれたのがこの歌でした。
コロムビア五人会のメンバーで「二葉さんの歌は何でも唄えます」と豪語するほどの大ファンでもあった並木路子が好きな歌のひとつで、レコードにも吹き込んでいます。

・白薔薇の歌
服部作品で「白薔薇の歌」は2曲あるのです。
1曲は昭和22年、コロムビアから高峰三枝子の歌声で発売された曲。作詩は藤浦洸。
もう1曲はその2年後、昭和24年にビクターから服部富子の歌声で発売された曲。作詩は佐伯孝夫。
どちらも良い唄ですが、やはり高峰三枝子の曲の方が印象が強いです。
高峰も愛着のある曲であったらしく、後年のリサイタルでも編曲を新たに唄っています。

・小雨の丘
服部良一独自のセンチメンタリズムの最高峰といってもいいでしょう。
先述の高峰三枝子、服部富子両名も好んで唄っていました。

・老水夫の唄
NHKラジオ歌謡として作られた作品。作詩藤浦洸。
昭和30年発表。歌は大人気を誇ったシャンソン歌手・高英男。
高はキング、藤浦はコロムビアの専属であり、当時は専属会社の縛りがきつかったこともあり、この歌はソフト化されていないようです。放送音源は遺されています。どうにかCD化されて欲しいと願ってやみません。

・午前二時のブルース
服部リズムシスターズ出身の小川静江が唄った作品。
服部の生誕百年記念のトリビュートアルバムでも取り上げられました。

・落葉の巷(三人のスリの歌)
ひとり芝居、ひとりミュージカルのような歌です。
正規盤でのレコーディングは昭和53年発売の「服部良一大全集 音楽ひとすじ」(NZ-7109)に収録された由起真によるものが唯一。ライブ音源では、昭和51年発売「高英男・歌のアラカルト」(SKD-398~9, キング)、昭和54年「高英男リサイタル'79 NO.2」(MAS-983~4, キング・カスタムレーベルでの自主製作盤)が確認されています(ただし、どちらも記録用程度の音質)。
そのせいもあって、今日では知る人ぞ知る、幻の作品となっています。残念でなりません。
この歌については一度ブログで書きましたのでそちらをご覧ください。http://hakozsito.exblog.jp/18031809/

・君の名はさくら
もとは合唱曲として書かれたそうですが、昭和55年に「Love Again」という由紀さおりのアルバムに収められています。服部は由紀さおりを高く買っており、そのことが服部良一によるオリジナルアルバム制作にも繋がったようです。

・雨のブルース
淡谷のり子とのコンビで送り出したブルースものは数多く存在しますが、「満洲ブルース」「東京ブルース」と迷ったあげく、御馴染のこの歌を選んでみました。男声でもしっくりくる歌ですね。
先日亡くなった島倉千代子が、昭和46年でしたかそのあたりに服部良一作品集を作り、この歌も吹き込んでいます。間奏に、なかにし礼による科白を交え、お千代独自の色で唄い切っていて、それも印象に強いです。

・風は海から
戦時中の昭和18年、渡辺はま子の歌声でレコード化された作品。
気が付くと好きになって、知らず知らずに口ずさんでいることがあります。

・グッドバイ
新東宝映画「グッド・バイ」主題歌。
藤山一郎、池真理子の歌声で音盤化されました。
藤山一郎がビング・クロスビーばりの歌声で聴かせます。池真理子もさすがです。

・バラのルムバ
SP盤に収めれた二葉あき子の歌唱が圧感です。女王の貫禄に満ち溢れています。
後年もステージやテレビで二葉が唄う機会はあったのですが、レコーディングはされなかったようです。
ただ、ライブ盤の音源は残っているので、それがステレオ音源での二葉のCDが発売される折に収録されないものかと願っています。
アルバム「スーパージェネレイション」に収められた雪村いづみの歌声も素晴らしかったですね。
唄いこなすには一定レベルの歌唱力が必要な曲で、その関係で当初予定していた高峰三枝子から「こんな難しい歌、先生、私とてもじゃないですけど唄えません」と辞退された裏話もあるほどですが、服部メロディ屈指の名曲であること、疑いの余地はありません。
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by hakodate-no-sito | 2014-03-14 13:44 | 歌・唄・うた | Comments(0)

「ミュージックジョイ」視聴記

江利チエミ、島倉千代子。
昭和が生んだ不世出の大スター。
1960年代の紅白歌合戦を見ると、そのオーラ、歌声、曲順。
いかに大物であったか、そしてそう遇されていたか、わかるし、想像することが出来る。

二人は美空ひばりのライバル格として、それぞれ語られることはあっても、この組み合わせで話題が出るということは、あまり聞いたことがない。

40年以上前、オールスター大会ではなく、1対1の顔あわせで作られた音楽番組がある。
「シャボン玉 ミュージックジョイ」。
大スター二人の、貴重な競演。

縁があって、拝見する機会があり、備忘録がわりの見聞録をその際認めていたのだが、うっかり紛失してしまい、それきりだった。ところが最近、それがひょっこり出て来たのだ。
昨年、島倉千代子も亡くなった。
折角の機会だから、今回それを基に手直しをし、ここに公開することに決めた。
いくらかでも、音楽番組全盛期の匂い、そして何よりも二人の人柄を伝えることが出来たなら嬉しく思う。

-----------------------------------
テーマ音楽が流れている。
画面には提供テロップ「牛乳石鹸」。
暗闇のスタジオをピンスポットが照らす。
白い幕が掛かっている。その前に人が立っている。ボブヘアーに紫のマフラー、全身白のパンツルックの江利チエミが、小刻みに身体を揺すりリズムを取っている。左手にはハンドマイクが握られている。
提供テロップが消え、チエミが話し始める。
「皆様こんばんは」
シャボン玉ミュージックジョイ No.41
番組タイトルテロップが映る。
「初めて、このミュージックジョイでご挨拶します、江利チエミです」
「そして今夜の私(わたくし)の素敵なパートナー、島倉千代子さんです」
お千代の方を向き、一礼し、どうぞと招き入れるチエミ。柔かな笑みを称えながら画面右から出て、チエミに頭を下げるお千代。
「もうちょっとこっちにどうぞ」「ハイ」
カメラ(視聴者)に向かって一礼するお千代。
すかさずマイクをお千代のもとへ寄せるチエミ。
ざっくばらんに「楽しくやりましょう」と声を掛けるチエミ。
「はい、お願い致します」と、はにかんだような口調で、あくまで謙虚にチエミを立てるお千代。
「ねッ。今日は久しぶりですもんね」
「はい、楽しみに参りました。よろしくどうぞ」
二人とも、実にいい笑顔を見せている。
テーマ音楽が終わり、お千代は中島弘子のように肩から上を軽く横に曲げ、チエミはさぁと左手を前に伸ばし、それぞれ〆のポーズ。CMへ。

スタジオを上から映すカメラ。
雪を意識したセットを、画面左右から蛇の目を持った人が歩いてくる。
左の人が片手でジェスチャーを交えながら、声を掛ける。
「あの、もし。賑やかな京都と静かな京都、どちらがお好き?」、ちょっとおどけた声でたずねるチエミ。
「静かな京都が好きですね」、応えるお千代。
「じゃあ、わたくし賑やかで参りますワ」
すれ違っていく二人。
カメラが切り替わり、白地に黄緑の三日月をあしらったの二色混じりの蛇の目を持ったお千代が歌い出し(アテレコ)、曲名テロップが出る。
「女ひとり」(作詞永六輔 作曲いずみたく)
♪恋に京都 大原 三千院 つかれた女がひとり
昭和41年にデュークエイセスが歌いヒットした曲。島倉は平成に入ってから、この歌をソフトロック風に軽やかに唄ってCDに入れているが、ここではしっとりとしたお千代節で披露している。
1コーラス歌い終え左へ去るお千代の姿が上から映され、今度はチエミが画面に映る。やはり蛇の目を持っている、こちらは白地に朱色の三日月があしらわれている。

♪京都 栂尾 高山寺 恋につかれた女がひとり
賑やかな京都で参りますと言っていたが、こちらもしっとりとした京都をイメージさせる編曲。いやいや、喧噪の中の静けさか。
勿論チエミもアテレコ。まったく狂いなく、音声と口の動きが合っている。
美空ひばりもリップシンクの達人だったが、江利チエミもまたそうだった。
身の動きにも無駄がまったく無い。アメリカのショービジネスの人にも通じるものがある。

後奏が終わる頃、画面左からお千代がやってくる。やはり蛇の目は持っている。
「こんばんは」京言葉で声を掛けるお千代。
「こんばんは」ちょっぴりおどけた口調で合わせるチエミ。
顔を合わせ、ふふふと笑い合う二人。
「いいムードですねぇ」
オープニングよりも、幾分柔らかめに話しかけるお千代。目上を立てつつ、慕ってる感じが伝わってくる。
「京都ってどうしてこんなにいいのかしらね」
「素敵ですねぇ。それに、今日は、セットが雪ですし」
「うん」この相槌は素の声だと思う。人懐っこい感じがする。
「おこたに入って、一杯こう、キューッと。いいですねぇ」ジェスチャーを交えて話すお千代。聞き逃さないチエミ。
「アレェ?」大きな目を一層大きくして笑みを浮かべるチエミ。
「あっ!」
「アレェ、初めて聞きましたよぉ!」声は明るいがどうしたのという顔をしているチエミ。
「アレェ、イケナァーイ」
顔を押さえて恥ずかしそうにそうにするお千代。
「呑めるようになったんですか?」
「少しだけ」うつむきながら答えるお千代。チエミの方を向いたときは淋しそうな顔をしている。
「少しだけ・・・いつから呑めるようになったんですか」表情で明るくない酒と察したか、チエミの声は優しい。
「あのー・・・去年の暮れから」
さらっと話すお千代だが、涙目である。
「あっ・・・」
諒解したチエミ。うんと頷くお千代。
「お母様のときでしょう」
「あのね、日が経つにつれてね、だんだん淋しくなってね」
「うん。判るわ」真顔で相槌を打つチエミ。この頃までに母、甥、次兄、長兄と大事な肉親を失い離婚も経験している。声にも実感がこもっている。
「全然呑めないのに、この・・少しづつね」
「でも」
「でも、薄いですよ」
「いえ、手つきで行くと大分・・うん」
ジェスチャーを交え、場の空気を戻そうとするチエミ。だが表情は暗いまま。
「イケそう?イケない私(わたし)」
笑いながら応えるお千代。こちらは既に平常に戻している。
「うん。今日は、この一杯機嫌で、機嫌よく今夜は参りましょう」
はいと応え、会釈し下がるお千代。
同時に御馴染みの曲の前奏が流れ出す。
カメラに蛇の目が映る。くるくると回っている。回しているのはチエミ本人だ。傘を横に持ちながら回し、パッと顔を隠しリズムを取り、前奏終りと共にヒョイと覗かせる。
♪なんだ なんだ なんだ ネー
江利チエミ十八番「さのさ」(作詩:三井良尚 作曲:不詳)
洋装でこの歌はどうなのかと思うかもしれないが、これが全く違和感無いのだ。和洋折衷の魅力を持つチエミならではだろう。
♪でも 淋しいのよ
袖の代わりにスカーフで顔を隠す形で〆るチエミ。小粋な演出だ。おそらく本人のアイデアだろう、そうとしか思えない。

続いてお千代の「すみだ川」(作詩:佐藤惣之助 作曲:山田栄一)
♪銀杏がえしに 黒繻子かけて 泣いて別れたすみだ川
蛇の目ではなく、マイクを持ち、唄う。
もとは東海林太郎のヒット曲を、懐メロブーム最中の昭和44年にお千代がレコーディング。スマッシュヒットとなり紅白でも2回披露、お千代に欠くことの出来ない1曲として最期まで歌っていた曲。
お千代は幼少期東海林太郎のファンでファンレターまで出した程。レコーディングに至るまでも、もともと愛唱歌で歌い込んでいる歌をさらに稽古を重ね、東海林本人のお墨付きを得る経緯を経ている。またお千代のレコード発売から数年のち、コロムビアから新録音で発売された東海林のアルバムにお千代が客演し、共に「すみだ川」を唄った録音も遺されることになった。
なおファンレターは東海林から返信が届いた上、後年お千代が東海林にその話をしたところ、何と覚えていたという嬉しい余話が残っている。

「すみだ川」を歌い終えたお千代をめいっぱいの拍手で迎えるチエミ。
スタジオには洋椅子がふたつ用意されている。左側にチエミが座っている。

「まぁ、先輩に拍手して貰えるなんて光栄です、ありがとうございます」
と頭を下げながら、椅子に腰かけるお千代。
「ひとりで済みませんけど(笑)」
「いえ(笑)」
「いつ聴いても、この唄いいですね」
「そう・・・ですね、日本の情緒そのもので」
「で、うん・・・お千代さんの、またその『貴方が二十歳、私が十七』っちゅうところ、まったく若いんだもの。全然若々しい」
「そうですかぁ」
「うん、全然歳取らないんですねぇ」
「いえ、そんな、そんなに・・・(笑)」
「ンー、やっぱり、ほんとに、こんな恰好して、あんな歌うたうとなると全然情緒が出ないけど、着物を着て・・・」
「そう、ですねぇ。やはり、全然着物って日本のものですからね」
「ねえ」
「やっぱり、こう、しゃんとしますよ」
「そうでしょう。あたしなんかダメだなぁ、グズグズになっちゃって。今日着物来て下さいっていうから、島倉さんと一緒だからイヤですったの(笑)」
「そんなぁ、どうしてですか」
「イヤよぉ、ヘタなんだもん、着方が」
「そんなこと、とんでもないです」
「あの・・・今日はね、とにかく一度、素朴な世界にね、もいちど帰りたいということで」
「いいですねぇ」
「帰ってみましょうか」
「今日はね
「うん」
とっても可愛い人たちが沢山見えてンです」
「うん、じゃあ皆さんにうんと素朴さを出して頂いて、私たちもそれにあやかって」

カメラ切り替わり、菜の花が写る。
スタジオには菜の花と、野山を意識したセットが置かれている。
着物姿の子供たちが居る。
児童合唱団の子どもだろうか、子役劇団の子たちだろうか。
セットに腰かけたり、三角座りで円陣を組んでいる。
歌は「おぼろ月夜」(作詩:高野辰之 作曲:岡野貞一)。混声児童の歌声。


歌い終わり、照明が暗くなる。画面左上から、ゆっくりとお千代がセット上段を上ってくる。
子供達から菜の花を右手で受け取り、左手に持ったマイクで唄い出す。
「波浮の港」(作詩:野口雨情 作曲:中山晋平)
藤原義江が唄ったことで世に広まった抒情歌の名曲。
この番組から20年余、お千代はドキュメンタリー映画「ララ、歌は 中山晋平物語」で語り部を務めることになる。

続いて「出船の港」(作詩:時雨音羽 作曲:中山晋平)、リズミカルなアレンジだ。
♪シャシャバラバ、アゥアゥ
スキャットをまじえ、スウィングして唄うチエミ。
♪どんと どんと どんと波乗り越えて
この歌はレコードになっていなかったと思う。チエミ節が効いていて、ノリも良く楽しい。

明るく賑やかに〆め、暗転。

暗闇からピンスポットでお千代が現れる。
「チエミ先輩が入ってらしたら、スタジオの中がパーっと明るくなりました。いつも明るくって、元気で、ハツラツとしてるチエミ先輩。
いつでも、どんなときでも、遠くからでも、声を掛けて下さるんですよ。そして、御自分のペースでお仕事なさってらっしゃる。とっても素晴らしいと思います」

語り終え、前奏が流れ出す。
この当時のお千代の新曲「人生七ころび」(作詩・曲:りゅうはじめ)
♪恋の背伸びはしちゃダメと 母の言葉を思い出す
この当時既に、結婚離婚、3度の中絶手術、失明危機、親族との確執・借金、両親との死別・・・と、人並み以上の波乱を乗り越えてきたお千代。
だが、お千代の波乱万丈人生は、まだまだ序章に過ぎなかったとは、誰が想像出来ただろうか。

続いてチエミの番。
「人生七こころび・・・本当にに千代ちゃんの歌の通りだと思います。あたしなんか今、転んで起き上ろうっとしてる、ところかな。起き上ります」
チエミが唄うのは「城ヶ島の雨」(作詩:北原白秋 作曲:梁田貞)
♪雨は降る 降る 城ヶ島の雨
チエミはもともと歌謡界の人ではないから、番組内容に添った柔軟な選曲を行うことが出来たのだろう。
この歌は、昭和36年発売のアルバム「チエミのムード歌曲」に収められ、現在は江利チエミのCD-BOXにも選曲・収録され、聴くことが出来る。

起き上ります。
この言葉どおり、チエミは有言実行を果たし、番組から約2年後「酒場にて」のヒットが生まれる。
お千代も、チエミも並みの人ではない。

チエミが歌い終わり暗転。
わーいという子供の歓声。
「叱られて」(作詩:清水かつら 作曲:弘田龍太郎)の前奏が流れ出す。
スタジオには二つの洋椅子。
左の椅子に座ったお千代が映り、腰かけたまま唄い出す。
♪叱られて 叱られて あの子は町までお使いに
お千代の目はうるんでいる。

1コーラスが終わったころ、チエミが画面左側からやってくる。
そしてお千代のもとへ近寄り、後ろからそっと肩に手を掛け、アイコンタクト。
二人頷き合いながら、チエミも椅子に腰かけ、唄いはじめる。

♪叱られて 叱られて 口には出さねど 目に涙
チエミの目もうるんでいる。
とうとうお千代も堪え切れず、指で涙をぬぐい出す。ポトリとこぼれおちる。
チエミの大きな目からも、大粒の涙がひと筋ふた筋。

二人の手は繋がれている。
ぶらぶら揺らしながらも、きゅっと握りしめ放さない。

2番が歌い終わり、転調。混声児童の声でふたたび「叱られて」の1番が流れる。
セット内で子供達が遊んでいる光景と、チエミ・お千代二人がクロスオーバー。

チエミから話し出す。二人とも少し涙声だ。
「何だか・・・二人でポロポロ泣いて」
「そうですね・・・」
「みっともない番組になってしまいましたね」
「ごめんなさい。何かね、唄ってるうちに、何かいろんなこと思い出しちゃったの」
「やっぱり・・・この、子供たちの唄ってる美しい声を聴くと、・・・なんか昔を思い出しますね」
「そうですね」
「・・・私たちにもこんな時代があったんだなぁって思うとね」
「そう」
「うん」
「・・・あったんですよね」
「ありましたよ」
「ありましたね」
「この子供達の唄ってる美しい声」
「はい」
「こころ・・・やっぱり、歳を取っても持ち続けたい」
「そうですね、いつまでも失いたくないですね」
「大変難しいことかもしれないけどね・・・私たち、つくづく今日ご一緒に仕事してよかった」
「私(わたくし)も」
「お互い・・・幸せになりましょう」
「そうですね・・・」
「うん」
「本当にありがとうございました」
「本当に。また、これ一生の思い出になりますよ、今夜」
「また・・・ぜひご一緒させて下さい」
「こちらこそ。じゃぁ・・・いつまでも涙が止まらないから、この辺で」
「そう・・・皆さん」
「皆さん」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「ありがとうございました」

スタジオ、暗闇に。
二人にはスポットライト。
カメラは引いていく。
エンディングテーマが流れ、スタッフ紹介テロップ。
そして次回予告が流れ、番組は終わった。

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良い番組だった。
番組ラストでは、こちらも貰い泣きしてしまった。
二人の胸中には、何がよぎっていたのだろう。
「幸せになりましょう」というチエミの言葉の重み。
スターの光と影。
二人とも大好きな私には涙なしには見ることが出来なかった。

決して有名な番組ではないだろうが、私には忘れ難い番組になっている。
これからもずっと。

音楽番組全盛時代、番組と番組の合間の5分にもミニ音楽番組が流れた時代。
安価なPV風な音楽番組も少なくなかったろうが、その一方で一社提供の、こういう、きちんと見せる聴かせるが出来る番組もしっかり作られていた。その証のような番組だ。

往年のミュージックフェアと、テイストは似ていると思う。
ただ、ミュージックフェアと比べると温かみ、親しみやすさの要素が強い。
それは関西局制作だからかどうかは、よくわからない。

それにしても、江利チエミ・島倉千代子、両名とも素晴らしい。
CDだけでは見えて来ないものが映像には刻まれている。
映像には演出がつきもの、想像力を失わせる、なんて言うがとんでもない。
映像にだって行間はあるし、演出をはみ出したものも必ず映っている。
映画よりもテレビがコワイのはそこだ。より生身が見えて来る。

チエミは指先ひとつに至るまで動きに無駄が無い。
口パクにもそうだが、本当に芸事が身について自然体になっている。それでいて、近寄りがたい厳しさはなく、どこか人懐っこい感じがある。しっかりしている一方で末っ子の甘えん坊という顔も確かに見える。
そして何よりも、嘘のつけない人のように思う。
明るく元気、朗らか。
勿論そうだが、一方でお千代の母親の件で見せた表情からは繊細さ、影も感じた。
私は江利チエミの没後の生まれだから、あのむごい亡くなり方をリアルタイムでは知らない。
でも、この番組を見終えると、少しその衝撃の凄さが陰影を以て、自分の中で組み立てられるようになった気がする。

お千代・・・もっともこれはチエミもそうだが、二人とも言葉の歯切れが良い。
明瞭で、ちょっと言葉が早い感じも含め、似ている面がある。結びつけて考えたことは今まで無かったが、二人とも東京生まれ。チエミは下谷、お千代は品川。どちらも庶民の町。
ある程度、気の通い合う面があったのだろう。
もし、お千代が酒にイケるクチだったら、酒豪だったチエミと、ノミニケーションを通じて、もっと親しくなっていたのかもしれない。

お千代の先輩の立てっぷりが素晴らしい。
フォーマルと、くだけた感じのバランスが絶妙なのだ。
チエミもまたしかり。
下と見ないで、一対一できちんと接し、それでいて優しい先輩の顔もヒョイと覗かせる。
二人ともきちんとした人だったのだとつくづく思う。
礼節なんて言葉が失われ、就活敬語なるもので覆いつくされた世代の私には頭が下がるし、貴重な動くテキストとしても、ぐいっと引き込まれた。

番組で歌われた「女ひとり」に、童謡・唱歌。
二人ともしっかりとお千代流、チエミ流に染め上げて聴かせている。
「番組から唄えといわれているので唄ってます」感などまったくない。
童謡唱歌も、クラシックの歌手や合唱団のような美術館的な角ばった歌じゃなく、丸みを帯びた、血肉の通った、庶民の歌として聴くことが出来る。
こんなに胸打つ「叱られて」、私はこれからも聴くことは無いだろう。

番組のテープは現存しており、以前フジテレビ系で放送された2時間番組でチエミが取り上げられた際に「叱られて」を歌うシーンが番組内で流れている。

こういう貴重なアーカイブ映像をCSやBSでふたたび放送する、という機会があったらどんなに嬉しいことだろう。どうか検討して頂きたい。

江利チエミ、島倉千代子。
昭和が誇る、不世出の大スターふたり。
少々意外とも思う、大物同士の組み合わせ。
でも、そこに通うものはあたたかかった。
二人はこれからも語り継がれ、聴かれ続けていくはずだ。

こういう映像を拝見することが出来たこと、心から感謝している。
そして、チエミ・お千代両名の冥福を、心から祈りたい。

データ
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by hakodate-no-sito | 2014-03-02 13:15 | テレビ | Comments(4)